八月二一日 朝
その日、詩乃は朝起きてすぐに違和感を感じた。
「(あれ、修也は?)」
朝目が覚めると、いつもはまだ寝ているはずの修也がベットの上からいなかった。彼は休みの日は目覚めが恐ろしく遅い。だから夏休みの今日も昼頃まで寝ていると思っていたのだが……。
「修也?」
ベットから起き上がり、寝室を出た詩乃は部屋を見回すと其処はとても静かな様子だった。
「…」
どういう事だろうかと疑問に思っていると、台所から音が聞こえてきた。
「?」
疑問に思った詩乃は扉を開けると、そこでは台所で包丁を手に持っていた修也が立っていた。その横でマキナが鍋に切った具材を放り込んでいた。
すると修也が詩乃に気付いて顔を向けた。
「おはよう」
「あっ…おはよう……珍しいね。今日は」
「ああ、今日は特別な日だろ?」
「あっ…そっか……」
カレンダーを見て詩乃はハッとなって思い出す。今日は私の誕生日だった。
今まで忙しすぎたこともあり、あんまりまともに誕生日を祝ったりしたことがなかった。たまに祖父母が祝ってくれることもあったが、基本的にそう大きなものではなかった。
祖父母と言えば春に一旦東北の実家に帰省した時に、私は修也のお爺さんの実家が地元では中々の名家だったことを知り、驚いたこともあった。
「今日は詩乃が何もしなくてもいい日です!」
「おい」
マキナが胸を張ってそう答えるも、元々が少女体型故に鍋の火を見ていると何処と無く危なく見えてしまうのは気のせいじゃないだろう。
今度新しいボディが届くというのは聞いていて、その際にあの身体は和人の家にいるユイに譲られると言う。
「実際そうだが……詩乃」
「ん?」
「十一時までに着替えておいてくれ。すまんが来客だ」
「分かった」
来客というのも珍しいと思いながら詩乃は久しぶりの修也の作る朝食に少し嬉しかった。
アメリカでの生活のほうが長い修也は実生活においてもアメリカンが滲み出ていることが多かった。そのことが特に顕著だったのは学校だと言う。
「はい、できたぞ」
「わぁ」
アメリカじゃあ元々朝食を食べる人が圧倒的に少ないと言い、修也も昼しか食べない生活を送ってきていたそうで。出てきたのはベーコンにソーセージ、パンケーキに目玉焼きにトーストと……まさに『アメリカン・ブレックファスト』を体現したような内容だった。
「美味しそうね」
「そう言ってもらえて何よりだ」
そう言い席に座ると二人は手をあわせる。流石に修也も日本人の心は残っていたのか、食事前の挨拶はしっかりしていた。
朝食後は詩乃と修也の二人は適当にテレビを見ていた。
その後ろでは中でマキナの指導を受けながらストレアが皿洗いをしていた。
「こうですか?」
「そうですそうです。上手になりましたね」
一つの体から腹話術のように二人の声が聞こえ、ストレアが体を動かしていた。
「この生活にもだいぶ慣れちゃったわね」
「そうか?」
「半年以上過ごしていたらね」
修也は十九、詩乃は十七。二歳の歳の差がある二人は映画を見ていた。
「最近のマナー講習はどうだ?」
「ん?まあ大変ね……」
元々結婚できない性格をしている修也に唯一できた交際関係の女性。それを見た母はここぞと言わんばかりに詩乃を囲んでおり、何故かもう結婚前提で話が進んでいた。まあ無理もない、元々親族からは避けられてきた身だ。
散々自分の事を人殺しと罵っておいた後にMeacシステムを開発した後は日本での販売権取得の為に、正体も知らないのに胡麻を吸って寄ってきたのは今でも嫌な思い出だ。
販売はザスマンや信頼できる友人に一任していたので全く触って居なかったが、パーティーに呼ばれた時に遠くで知っている顔がいたことに嫌悪感を覚えていた。
「大丈夫?」
「ん……ああ、問題ない」
少々不安げな表情を見せた詩乃に思わず修也は今まで考えて居たことが全て吹き飛んだ。
「いかんな、誕生日だと言うのに別のことを考えてしまった」
「いいよ、修也も忙しいでしょう?」
「しかし、今日は詩乃の誕生日だ。余計なことを考えたくないんだよ」
「そっか……」
少しだけ顔を赤くしながら彼女は修也の方に体を傾けると、そのまま映画を見続けていた。
夏のあのアンダーワールドの一件以降、色々と忙しくなってしまった修也はこうしている自由な時間が本当に久しぶりに取れていた。
だからこそ、静かに二人だけでいるのがとても詩乃にとっては十分だった。
もしここで和人達が盗聴していたら『抱きつけ!そのままキスしろ!スチル回収!!』とか言って茶化してきそうな雰囲気だった。
しかし和人達と違ってヘタレ的要素の多い修也・詩乃ペアは今までキスという直接的な方法はしたことがなかった。しかしそれでも二人はしっかりと付き合えているし、何なら勢い余って婚約までしていた。流石に和人達のようにゲームでおっ始めた事はなかったが……。
「詩乃、そろそろ着替えた方がいい」
「ふぇ……?!」
修也の匂いに包まれて、どうやらいつの間にか寝て居たらしい。少し驚きながら首を起こすと、横では修也はピタリとも動かずにタブレットを触っていた。
時計を見るとそろそろ客人が来る頃合いだった。いい時間を見計らって起こしてくれたようだ。
「じゃあ、着替えてくるね」
「ああ」
詩乃はまだ寝巻き姿だったので、クローゼットのある自分の部屋に戻ると修也はタブレットを使って軽い仕事をしていた。
十一時
詩乃が着替え終わってリビングに出てきたのと同じ時にインターホンが鳴った。
「時間通りだ」
そこで修也が立ち上がって対応をすると、そのまま玄関まで出迎えた。何やら騒がしいと思っていると部屋に身知った人物達が両手に袋を持って現れた。
「よう!」
「シノのん〜!」
「遊びに来たわよ」
「失礼します」
部屋に入ってきた和人達いつものメンバー。和人、明日奈、珪子、里香、直葉そして……
「お、お邪魔しまーす……」
「失礼する」
アリスとユージオの二人だった。数日前に桐ヶ谷家に突撃した二人は一泊だけ外泊した後はラースに戻って色々と微調整を受けていた。そしてこの日、二人は詩乃の誕生日会に呼ばれていた。
「おお、ここがシューヤの家……」
「色々と高そうなものばっかりあるね」
「実際こいつは金持ちだしな」
買ってきたものを並べながら和人が言うと、ユージオは置いてある置物に萎縮していた。
「相変わらず大人な雰囲気の部屋よね」
「ですね、これも全部マキナちゃんのおかげなんですか?」
「一部はマスターの趣味も混ざっています」
里香と珪子にマキナが答えると、買ってきた好きなものの料理を並べていた。その光景に詩乃は驚いていると横で修也が言った。
「プレゼントを直接渡したいと言ってやまなくてな。どうせならと思ってバイキング形式にしてもらった」
幸いにもここには大食いがいると言って和人、アリス、ユージオの三人を見ていた。後者二人に関してはドラ○もんの原子胃袋の如く摂取した食事をエネルギーに変換できる謎技術が搭載されていた。下手をしなくても機体以上にブラックボックスな部分だった。
そして料理を並べ終えると、そこには多くの料理が並べられていた。
それを見てすでに涎が垂れている(ように見えるのもいる)和人達三人。そこで明日奈が買ってきた飲み物を全員のグラスに注ぐと里香がいつものように音頭をとる。
「じゃあ、詩乃の誕生日を祝って」
「「「「「乾杯!!」」」」」
そこで部屋に来た全員が乾杯をあげて料理を皿に盛って誕生日会を始める。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう、みんな」
誕生日を大人のいない状態で祝ってもらい、詩乃は一気に騒がしくなったのを見て少し笑ってしまった。
「はい、シノのん」
「ありがとう」
そして明日奈達からそれぞれプレゼントを貰う。
詩乃からしてみてもこんなにプレゼントをもらったのは初めてだった。その事に少し嬉しく思った。
「ちょっと、その顔は本番までその顔は取っておきなさいよ」
そんな顔を見て里香に思わず注意されると彼女はハッとなって彼女を見ていた。
「それで、準備の方はどうなんだ?」
片手に買ってきた中華料理を乗せた和人が聞いてくる。
「ああ、特に問題はない。準備は万全だ」
そう話していると横で明日奈が少し萎縮した様子で修也に言う。
「でも恐ろしいよ。今日の夜はいいところでご飯なんでしょう?」
「良いどころかお高い店だよ」
和人がツッコミをかけると修也は当たり前と言った様子で答える。
「ヘリでしか行けない店だ。良いだろう?」
「良いだろうと言うかちょっと引くレベルだわ」
「これだから金持ちは……」
もはや全員が呆れている中、アリス達は和人達の買ってきた多様な料理を一口ずつ取っては口に入れて味の変化を楽しんでいた。
「「「「じゃあね〜」」」」
「ヘマすんなよ」
その後、パーティーを片付け終え、和人達は各々帰っていく。
そう、誕生日は今日の夜が本番なのだ。
「着替えてくれるか?」
「うん、わかった」
今日は行く場所が場所だけにキチンとした服とおめかしをしなければならなかった。
そして夜、二人の姿は新木場の東京へリポートにあった。
「うわぁ……緊張する」
「下手に心配しなくてもいいさ。詩乃は普段から作法は綺麗だからな」
修也はスーツ、詩乃はドレスを纏って目の前のチャーター便に乗り込む。行き先は伊勢にある高級鮨店、以前にも修也は行った事があるらしく、和人達がドン引く程の超高級店だった。飛行時間は一時間半ほど、それまでは夜景を楽しむ予定だった。
まさかパイロットもこんな若い二人を運ぶことになるとは思うまい。
「でも緊張しちゃうよ。どうしたって」
「誰だってはじめはそんなもんさ。さ、行こうか」
「うん」
詩乃の手をとって修也はヘリに乗り込むとそのまま離陸していった。
「うわぁ……」
「まったく見事なものだな」
インカムで話しながら離陸したヘリの中で詩乃と修也は景色を楽しんでいた。ちょうど陽が落ちる直前ということもあり、夜景が恐ろしいほど綺麗だった。
「帰りは船でそのまま飛行機だ」
「うわぁ、すっごいルート」
今更ながらどれだけの金がかかっているのかが恐ろしくて聞けないが、修也の金銭感覚に彼女もやや毒され始めていた。
「まもなく到着します」
そしてヘリは伊勢志摩の小島の中の一つに着陸するとそこには一軒の小さな店があった。
カウンター席も少なく、今日はフルコースだと聞いていた。
「今日も宜しく頼みます」
「かしこまりました」
そしてそこで魚介フルコースを二人は楽しんでいた。修也は前にも来た事があるようで、慣れた様子で料理を楽しみ。詩乃も次第になれたのか、談笑を楽しめるくらいになっていた。
そして食事を終え、桟橋に向かった二人はそこでボートに乗る。夜間のヘリの飛行は危険ということで帰りは夜の飛行機に乗ることにして居たのだ。
「詩乃」
そんな帰りのボートの上、修也は詩乃を呼んで後ろに居た。
「今日はどうだった?」
そんな彼の問いに詩乃は即答した。
「すごく楽しかった……こんなに良い思いをさせてくれたから」
人生で最も楽しい誕生日になったと断言できた。それほどに楽しい一日を過ごせたからだ。
「昼に和人達に祝ってもらって……夜はこんな良いお店に招待してくれたし。もうなんだか…とても嬉しくて……」
「そうか……それは良かった」
修也も嬉しそうな彼女の顔を見て安堵した様子を見せると、今度は背中からこれまた高そうな紙袋を取り出した。
「これは……」
「誕生日プレゼントだ、これくらいの事しかできないが……」
「いやいや、もう十分すぎるくらいだよ」
でもありがとうと言い彼女はそれを受け取って中身を見て良いかと確認を取った後に二個あることに気づく。
「これは……」
「自分の時はカーディガンだったからな。どうせならと思って…少々時期ハズレだが……」
「……」
中身はマフラーだった。イニシャル入りの物で材質もカシミアだと一瞬でわかる触り心地だ。色はゲームでもお馴染みの淡い水色に草色のストライプだった。
「ありがとう……」
そして詩乃はもう一つの何かの本と思われるつつまれたものを手に取った。
「明日奈の提案でな。ちょっとばかし考えたものだ」
「へぇ……」
春の時もプレゼント選びに付き合ってくれたのは明日奈で、二人して同じ考えに行き着いた事に少し笑いながらそれを手に取って中身を見ると、それは……
「二〇〇八年八月の女性雑誌だ」
「おぉ……!!」
詩乃の趣味の古い女性雑誌集め。その中でも自分が生まれた時に発行された女性雑誌、明日奈の提案で神保町の古本屋を駆け回って見つけたとっておきだった。
「すごい、よく見つけたね」
雑誌は基本的に古本屋に出ることはないのでよく見つけられたなと感心してしまった。
「本当は新品でもあればと思っていだんだが……」
「ううん、これで良いの……」
そう言い、その雑誌を丁寧に持って少し寄れた雑誌を見た。
それを見て修也も詩乃の古本の持つ味と言うものに納得した後に誕生日がうまくいった事に安堵していた。
今って原子胃袋じゃなくて何でも分解胃袋って言うらしいね。
あと主はもちろんヘリに一回も乗った事ないのであくまでも人から伝え聞いた感覚を書いてます。今回の鮨屋もその友人から聞いた話です。