アンダーワールドから時は少し経って数年後。
太平洋洋上
その日、海の上を一機のプライベートジェット機が飛ぶ。
「到着まで五時間ほどです」
「了解」
機長が教えてくれると、修也はそのまま頷いて客室に戻る。
彼は水色のシャツに紺色のズボンを履き、ややラフな格好でキャビンに戻ると。そこには一人の少女が座っていた。
「もうすぐで到着です。紺野さん」
「は、はいっ!!」
そこで荷物を置いてやや萎縮している様子の木綿季は変な声を上げてしまいながら答えていた。
数年前、二〇二六年の三月にアスクレーのAIDS専用の治療施設に治験者として木綿季はアメリカに飛んで治療を始めた。
行きはアスクレーの所有していた改造大型ビジネスジェットに乗り。電子機器の使えない特別な施設に飛んでいた。そしてそれ故に明日奈との連絡も国際郵便か、録画したビデオレターなどしか無かった。
ただ、治験はうまくいっており。治療開始から半年ほどで念願のALO復活を果たしており。アスナやシウネー達は感激のあまり泣き崩れていた。
メディキュボイドの世界初の被験者となった木綿季はその三年間のほとんどを仮想世界で過ごして来ていた。
もし彼女はAIDSでなければ、菊岡は彼女をラースに誘う予定だったと聞いていた。
「もうすぐ日本です」
「おお!」
修也がそう言うと、木綿季は前よりもはるかに健康的なった姿でメディキュボイドも使わない生活をしていた。
「何年振りの帰国だろうなあ」
「どうでしたか?向こうでの生活は」
「楽しかったよ。いろんな人と交流できて」
何より、同じ境遇の人たちと話ができたことが何よりの救いだったと彼女は語る。
「世界中からいろいろな人が集まってて、すごいなって思っちゃった」
「まあ、各年代からかき集めて治験をしていましたからね」
修也はそう言い、治療が終わって各部署から安全と判断された木綿季をアメリカから直接迎えに行っていたのだ。
「今から楽しみだよ」
「そうですか」
ブランデーを片手に楽しんでいる修也は完全に大人だ。木綿季も一応治療施設で教育を受け、中退したが大学まで行っていた身だ。
「あの……修也さんは今何を?」
「今はアメリカを拠点にニートしていますよ」
「ニートって……」
修也の返答に思わず苦笑してしまうが、よくよく考えるとこの人は不労所得でボロ儲け状態なのでニートという表現が間違いとはならなかった。
「でもありがとうございます。わざわざ送ってくださって」
「いえいえ、自分も丁度日本に帰る事でしたので」
そう答えると、修也はそれほど気にした様子もなく木綿季を見ていた。
二〇二六年 九月二十日
ALO内 央都アルン
その日、本人たっての希望で大規模に行うことはないが、それでもどこかソワソワしているようだった。
主なメンバーはキリト・ファミリーやスリーピング・ナイツの面々だった。
場所はイグドラル・シティ大通りにある《リズベット武具店》、そこに大勢の人間が詰め寄っていてなかなかにキッチキチだった。
チリーンチリーン
『『『『『っ!!』』』』』
店の扉が開き、一斉に全員が顔を向けると。そこにはユナとノーチラスが入ってきており、全員の反応を見てやや引き気味に見ていた。
「あっ、私です〜」
「ど、どうも」
そんな二人を見てクラインが気が抜けた様子で答えた。
「なんだ、お前たちか……」
「なんか…すみません……」
そんな景色に思わずノーチラスは頭を下げてしまった。
「しっかしなかなか来ないわね」
「まあ相手はアメリカから繋げているんですし、時間がかかるんだと思いますよ?」
思わず溢したリズベットにシリカが宥めるように答えるとその人物が来るのを首を長くして待っていた。
現在時刻は日本時間午後二十時、向こうとの時差は十七時間もあって向こうだと午前三時と言う事になる。時間や彼女の体調面から考えても一時間しかログインは認められていなかった。
「でも対応しているのはブレイドさんなんですよね?」
そこでシウネーが聞くと、キリトが頷いた。
「ああ、アイツが迎えに行っているはずだ」
「まだかな〜」
「アスナさん、朝から元気でしたものね」
ソワソワが学校から抑えきれなかったご様子のアスナにシリカも思わず思い返して苦笑していた。
連絡があったのは三日ほど前、月一の文通でアスナは彼女から連絡を受けていたのだ。
「でも興奮しないわけがないもの」
「まあ、その気持ちはわかる気がします」
「でも朝っぱらから学校をほっぽっていたブレイドは頂けないけど……」
そこでシノンがやや不満げなご様子で呟く。
「仕方ないでしょう。現実世界でも色々と忙しいんですから」
ノーチラスがそう言い、できれば手伝いなんかをしてあげたいと願望の混ざった表情で話していた。
「ノーチラスって、本当にブレイドのこと尊敬しているよね」
「ええ勿論。命の恩人ですし……なにより技術者として素晴らしいと思っていますから」
なぜか誇らしげに語るその姿にシウネーが軽く突っ込んだ。
「年下ですよね?」
「一年だけですよ」
そう答えると、店の扉が開いて鈴の音がなる。入ってきたのはブレイドだった。
「皆揃ったか?」
「ああ、全員いるぞ」
ブレイドの問いかけにキリトが答えると、ブレイドはそのまま扉の外に一瞬目をやった。
「入って良いぞ」
そう答えると、途端に店の空気が緊張に包まれた。しかし、ブレイドの後に入って来た一人の闇妖精の少女は大声で手を振りながら入って来た。
「みんなたっだいまーー!!」
緊張していた雰囲気の空気を一撃で破壊する陽気な声が響いていた。
その後、リズベット武具店は一種の宴会場となっていた。
「ユゥ〜キィ〜……!!」
明らかに泣きながらダル絡みしているアスナ、その様子を見て流石にブレイドも引いていた。
「泣き上戸かよ……」
「仕方ない、アスナだからな」
そしてそんなブレイドにキリトが答えると、なぜか妙に納得できてしまった。
「と言うか、文通していたんじゃないの?」
そこでリズベットが聞くと、答えたのはシウネーだった。
「いやいや、やっぱり手紙よりも。こうやって会える方が嬉しいものですよ」
「ふーん、そんなものなのね」
彼女に言われて納得した様子のリズベットは泣きながらダル絡みしているアスナに少し微笑ましく見ていた。
「アスナ、ユウキ。面会時間は一時間と言うのを忘れるなよ」
「うん、分かってる」
「はーい!」
向こうの現地時間も考えると、一時間が最大限できる譲歩した時間だった。これでも頑張った方なのだ。ただログインに思いの外時間がかかってしまい、実質的に会えるのは残り三十分と言ったところだった。
「向こうでの生活はどうなんだ?」
そこでジュンが聞くと、ユウキは陽気に答えた。
「すごかったよ!僕もまだまだ施設の中だけだけど、世界中からいろんな人たちが来ていて、話していてとても楽しかったよ」
彼女のいる治験施設には世界中から集まったAIDS患者が共同生活をしている。その為、施設には数多の言語が飛び交っていたと彼女は言う。
「勉強はどうなの?」
「問題ないよ!向こうで先生が教えてくれているもん!」
そんなアスナの問いにもユウキは元気に答える。するとALOに復帰した記念でユージーン達からも祝電がユウキの元に届いていた。
しかし、そんな祝電を読む前にユウキはまるで文句を溢すようにアスナに言った。
「僕もアンダー・ワールドに行ってアスナの手伝いをしたかったなぁ……」
アンダーワールドの事件の際、まだ仮想世界に復帰出来ないと診断されていた彼女はその事件を知った時は全てが片付いた後だった。
「良いよ良いよ、まずは体を治すのが優先だから」
「そうだ、今の君は無理はまだ禁物なんだ」
「むー、こうなったら早く治ってやる!!」
ブレイドに言われてそう意気込んでいたユウキにアスナは内心『生きているだけで私は嬉しいよ』と思っていた。
そしてその後は武具店で宴会状態となってユウキの復帰をひとしきり祝った所で時計を見たブレイドが冷酷に言った。
「ユウキ、そろそろ時間だ」
「え?もう?」
そう返して時計を見ると確かに三十分がたっていた。
「えぇ〜、もっと伸ばせないの?」
「無理だな。それに事前に言っただろう?VRは週に一回、一時間だと」
「…ケチ」
「ケチ言うな。彼女の健康状態を鑑みての事だ」
そう言われてしまっては誰も反論する事は出来ず、アスナやユウキは名残惜しそうにしていた。
「また来ればいいよ」
「うん。そうだね」
そして二人は今度はキリトのログハウスで会おうと約束し、ユウキはリズベットに確認を取るとここでログアウトすることにしていた。
「ある意味で一番の安地だな」
「ある意味ってか、そのままの意味よ」
クラインの呟きにリズベットがそう答えると、ユウキはアスナやシウネー達を見ながらログアウトして行った。次に会えるのは最短でも一週間後、しかも健康状態によってはもっと伸びる可能性すらあった。
「次会えるのはいつかなぁ……」
「まあ、首を長くして待っているといいさ」
アスナの呟きにブレイドはそう返していた。
「あれから数年、無事に治ってなによりです」
「うん、僕もそう思っている。あの時の約束も果たせるからね」
修也の反対の席に座る木綿季は軽く胸に手を当ててそう答えた。
あの後、無事に治療が終わり。その後のリハビリ期間は通信制大学に通っていた。
元々ALOを訪れる回数は年を追うごとに増えて行っており、その点で明日奈達も安堵した様子を見せていた。
「修也さん覚えている?明日奈との約束事」
「ああ、勿論」
木綿季の問いに修也は頷く。それは彼女がアメリカに飛ぶ直前に交わした約束だった。
『今度は、こんな壁もなくなって話せるといいね』
明日奈とそう話していた彼女はその通り、二人を塞いでいた壁が消えた状態で話せるようになっていた。
まるでゲームの時のように、程よく肉もついた状態で回復していた彼女はこうして修也と面と向かってすでに話していた。
「間も無く到着します」
「ああ、分かった」
そして機長席の方からそう言われると二人は椅子のシートベルトをつける。
「いよいよ日本かぁ……」
「日本に着いたら何をします?」
ウキウキしている木綿季に修也が聞くと、彼女は少し悩んでいた。
「そうだなぁ…先ずは明日奈に会って……その後は家の掃除かな」
「はははっ、よかったらお手伝いしましょうか?」
「うん、そうだなぁ……お願いしよっかな」
彼女は少し微笑みながら修也にそう答えていた。
修也のジェットはDassault Falcon 8X、アスクレーはBBJ 777の改造機をイメージしてやす。