#14 未帰還
二〇二四年 十二月八日
あの鉄の城から現実世界に戻って早一ヶ月、毎日のリハビリで通常生活が出来るところまで動くことができるようになった修也は歩いて病院のカフェに足を運んでいた。
この一ヶ月はリハビリに加え情報収集と忙しい事この上なく、加えて五感も使わなかったせいかそのほとんどが衰弱しており、味覚に至ってはいまだ完全に治ったとは言えなかった。
「赤羽修也君かい?」
「……ああ、そうだ」
修也に話しかけて来たのはそれはそれは胡散臭そうで、気に食わない雰囲気のスーツに身を包んだ男だった。
「いきなり何のようだ。こっちも忙しいのだが?」
「ああ、ごめん。僕はこう言うものだ」
そう言い、男が名刺を渡して来た。
「菊岡誠二郎…《総務省SAO事件対策本部》…ですか……」
「ああ、僕から君に色々と聞きたいことがあってね。まあ、あっちでの話を色々と聞かせてほしい。毎日の生活やボス戦。それと、茅場晶彦に関する情報もね」
そんな怪しい官僚に臭いがぷんぷんするが、修也はある目的のためならと首を縦に振った。
「……ええ、良いでしょう…ですが、私が情報提供をする代わりに、ある人物の連絡先を教えてもらって宜しいでしょうか?」
「できる限りの便宜は測るよ」
そうして、菊岡と名乗る男にSAOでの生活、最後のボス戦の事を事細かに話した。
菊岡がこっそりとボイスレコーダーで会話を録音しているのは少々おかしいと思っていたが、覚えられないのだろうかと取り敢えず指摘する事はなく、これから毎日こんなことがあるのかとややうんざりとしながら話し、次来る日の予定を決めると菊岡は去って行った。
「マスター?」
修也の隣にコーヒーを持って来たマキナが不思議そうに見ると修也が一言
呟いた。
「…あれは狸だな」
「え?」
「いや、何でもない。戻るぞ、マキナ」
「はい、マスター」
修也は菊岡がマキナの事を見ていたのを感じていた。
その目はマキナを欲しがるようなそんな目であった。
「(まさか、官僚がマキナを盗もうとしているのか?)」
修也は病室に戻る途中、そんな事を考えていた。
それから一ヶ月後、二〇二五年一月一九日
退院して本駒込の実家に二年ぶりに戻った修也はあの時と変わらない殺風景な自室を見ていた。
「……」
修也は上着を着て家の外に出る。ついこの前大型二輪の免許を取得して、中古でバイクを買ってもらった。
車種は《ホンダ・ゴールドウィングツGL1800ツアー》、帰還祝いとして父が買ってくれたのだ。
少し祝い事としては高い気もするが二年間分の誕プレと合わせていると言われて無理矢理納得させられてしまった。
赤色に塗装された大型二輪に跨り、修也は音楽を掛けながら所沢郊外の病院に足を運ぶ。
そして修也はバイクを降りて最上階の病室に入る。病室に入り口には《結城明日奈》と書かれた札が貼られ、病室のベットではナーヴギアをつけたまま寝ている眠り姫の姿があった。
「……」
思わず見惚れてしまいそうなほど綺麗な彼女は目を覚ます事なく未だに眠ったままだった。
これは菊岡から聞いた話だが、未だ目を覚まさずに眠っているSAOプレイヤーが全国に三百人ほどいると言う。理由はわからず、SAOのサーバーも未だブラックボックスとして稼働していると言う。
茅場晶彦の性格からわざと残したと言う事は絶対にないと確信している。理由はあの人の性格がそうであるからだ。ある仕事に対し、その見合った報酬を与えるのがあの人のポリシーのようなものでもある。
そんな人がクリア後のゲームに人を縛り付けておくとは思えないからだ。
だったらなぜ未だにSAOサーバーが稼働しているのか。データが消去されている光景を目にしていた修也はそこが疑問だった。
つまり、誰かがクラッキングしたのかと思うしかなかった。
聞けばSAOを運営していたゲーム会社《アーガス》は《レクト》と言う会社に吸収され、《アルヴヘイム・オンライン》と言うゲームと絶対安全を謳う《アミュスフィア》と言うハードが現在の主流であると言う。
このアルヴヘイム・オンラインはいわばソードスキルを廃して魔法をくっ付けたような世界であり、SAOと似た世界観を持っていた。
アーガスを吸収したレクトとそのレクトが出したアルヴヘイム・オンライン……修也はレクトが三百人の未帰還プレイヤーを生み出したのではないかを疑っていた……。だが、それは無いと感じた。
何故なら今ベットで眠っている結城明日奈の父、結城彰三はそのレクトのCEOをしているからだ。
自分の娘をVR世界の閉じ込めたままにするとは考えられない。少なくとも前にあった時、帰ってこない愛娘を心配するような雰囲気があった為、他の理由を考えていた。
すると病室の扉が開き、一人の少年が入って来た。
「…和人か……」
「修也、来ていたのか……」
そこにはSAOで共に戦ったキリトが立っていた。
現実世界でお互いに顔を合わせた二人は修也が生きていた事に喜びを露わにしていたが、明日奈が戻って来ていないと知って明らかに気を落としていた。
修也は原因を考えていたが一向に答えは出ず、どうしたものかと思っていた。
そしてキリトと共にアスナの横で少し話をしていると病室に二人の男が入って来た。一人は結城彰三、もう一人は初めて見るダークグレーのスーツを着たメガネの男だった。そのメガネの男は須郷伸之と言い、彼の会社の研究部主任をしているそうだ。
「そうか……君たちがあのキリト君とブレイド君か」
「……桐ヶ谷和人です」
「赤羽修也です」
二人がそっけない挨拶をすると修也はこの須郷という人物に聞き覚えがあり、思い出そうとすると彰三は明日奈の様子を見届けると病室を後にし。
部屋には自分とキリト、そして須郷が残った。するとそこで須郷はとんでもない事を言い出したのだ。
「実はね……僕は明日奈君と結婚する予定なんだ」
「なっ!」
「……」
それはそれは気味の悪い笑みで須郷はアスナの髪を触り、いろいろな事を話し始めていた。
明日奈が目覚めないのを良いことに須郷が養子として結城家に取り入ろうとしている事。
自分達が学生だから何も出来ないだろうとたかを括って実にいろんな事を喋ってから須郷は自分達を馬鹿にするように病室を後にして行った。
「……」
怒りで震えている和人の横で修也は徐に棚から手入れ道具を出した。
「何しているんだ……」
少しだけ怒りの気持ちのこもった和人が聞くと修也は棚から櫛を取り出した。
「あんな汚いやつが触った髪を綺麗にしようと……和人もするか?」
「……ああ」
修也に誘われて櫛ではみ出ている髪の毛、特に須郷の触った場所を重点的にすき。病院を出ると修也が和人に話しかけた。
「和人、少しいいか?」
「なんだ?」
「さっきの須郷とか言うクソ野郎の事だ。もしかすると蹴落とせるかもしれない」
「……どう言う事だ?」
和人は修也の突拍子もない話に驚きながら興味深そうに食いついた。
「和人、今日はどうやってここに来た?」
「今日は自転車で来たぞ」
「そうか…じゃあここで話すか……」
駐輪場に向かう途中、修也と和人はさっきの話と明日奈が目覚めない理由を考察していた。
「さっきあいつも言っていたが、今のSAOサーバーを管理しているのはレクトのVR技術研究部だ。そしてそこから出されたゲームがアルヴヘイム・オンラインと言うものだ」
「アルヴヘイム・オンライン……」
和人が繰り返すようにそう呟く。
「そしてこのゲームがリリースされたのはレクトがアーガスを吸収してから比較的早い段階だ」
「…それがどうしかしたのか?」
「レクトはアーガスを吸収するまでVRはおろか、ゲームを作る部門さえなかったんだ。そんな会社がたった数ヶ月でゲームをゼロから作れると思うか?」
「まぁ…アーガスにいた社員が居るなら……」
しかしそんなキリトの言葉にブレイドは首を横に振った。
「アーガスにいた社員はレクトに吸収された時、あるいはその前にその殆どが会社を去っている。今いるのはほとんどがレクトに吸収された後にやって来た人員だ」
「……」
修也の言葉に和人は驚いていた。何故そこまで詳しく知っているのか。
詳しいことは後で聞くとして和人は修也のある提案を聞いた。
「そこでだ。和人はキリトとしてアルヴヘイム・オンラインに行ってもらいたいと思っている」
「何故だ?」
一人は修也がそこまで確信めいた様子で話すことに疑問を覚えていた。
「もしアスナが居るとしたらおそらくそこだろう……。SAOのゲームデータは失われ、ただでさえ数の少ないVRゲームの中で一番広大な広さを持っているのがアルヴヘイム・オンラインだ。探してみる価値はあると思わないか?」
「……」
修也の言葉に和人は悩んだ。アスナが居るかもしれないが、いなかった場合に自分はどうなるのだろうか……だが、アスナがあの男のものになってしまうまで時間がない……。
しかし、アスナがそのゲームにいると言う確証がない……。
和人は考えたが、一旦そのことに対して保留の意見を伝えた。
「少し…考えさせてくれ……」
「分かった……決まったら連絡を頼む」
そう言うと、一人は修也に聞く。
「ブレ……修也はどうするんだ?」
「私は外から攻めていく。意外と面白いことがわかりそうだ……」
「そ、そうか……」
修也の邪悪な笑みに和人は若干引いてしまった。
そして駐車場に着いた和人は修也の乗って来たバイクを見て羨ましそうに見ていた。
「でっけぇバイクだな」
「《ホンダゴールドウイングGL1800ツアー》だ。この前免許を取ったから中古で買ってもらった」
「これ中古でも凄い値段しないか……?」
「……値段聞くか?」
「…やめときます……」
見るからに高そうなバイクにキリトは値段を聞くのが恐ろしくなった。
「じゃ、またVRやることになったら言ってくれ。こっちで準備できるものは準備する」
「ああ、分かった」
そう言ってヘルメットを被り、バイクのエンジンをかけた修也は病院から出て行った。
この時、和人は普通二輪の免許を取ろうかどうか悩み始めるのだった。