やっぱあれを見て泣かない奴は人間じゃねぇ!!
十二月七日 銀座のとある喫茶店
日曜日の昼、マダム達が多く入店している喫茶店に二人はやって来た。
「なあ、ここ俺たちには場違いじゃないか?」
「そうか?せいぜいマダム達が多いだけの喫茶店だろ」
そう言うのはラフな格好の修也とその隣にいる同じくラフな格好をした和人だった。
「おーい二人とも。こっちこっち」
今すぐマナーというものを小一時間ほど教えたくなる程大きな声が店に響き、思わず帰りたくなってしまったが経費で落ちるからなんでも頼んでいいと目の前にいる人間に言われ自分と和人……特に自分は遠慮なく注文をしていたーー合計何円したのだろうか……。
「ご足労願って悪いね。二人とも」
「そう思うなら銀座のこんな場所なんぞに呼び出すなよ」
「まあまあ、美味いものがタダで食えると思えばそれでいいじゃないか」
今回自分たちを呼び出した相手、菊岡誠一郎は陽気に自分たちと同じように注文をすると和人が早速要件を聞いた。
「で、要件はなんですか?また、面倒なバーチャル犯罪のリサーチですか?」
「おお、話が早くて助かるよ」
そう言ってスイーツを目一杯食している横で和人は菊岡から説明をされた。
どうやら《ガンゲイル・オンライン》のプレイ中に二人が心不全で亡くなったそうだ。
一人は《ゼクシード》といい、番組出演中に心臓発作を起こして亡くなり、《薄塩たらこ》はスコードロンの集会中に同じく亡くなってしまったそうだ。
話を聞かされて気分のいいものじゃとても無かったが和人と菊岡の二人はアミュスフィア、及びVRでの出来事が現実にどれほどの影響をもたらすのかという話で盛り上がっていた。
完全に蚊帳の外扱いの自分は黙々と注文を取っては和人の横でスイーツを食べていた。
そして菊岡がその二人が殺された時にある酒場で《死銃》と名乗った男が銃を撃ったのと同じタイミングで画面に映っていたゼクシードが消えてしまったと言う。
「結論ーーゲーム内からの干渉でプレイヤーの心臓を止めるのは不可能。じゃあ、俺は帰る。ご馳走様です」
「わぁ、待って待って。こっからが本題なんだよ。もう少し付き合ってくれ」
「……」
和人は仕方なく椅子に座り、菊岡が頼み事をした。
「GGOにログインして《死銃》と接触してほしい」
「はっきり言ったらどうだ!撃たれてこいって事だろ!やだよ!何かあったらたまったもんじゃない!」
「待ってくれ!撃たれても死ぬことはないと結論に達したじゃないか!それに、死銃には被害者のこだわりがあるんだ!」
「こだわり?」
高校生の青年の裾を掴み、椅子から落ちる官僚。中々カオスな空間が広まっていた。
「イエス。被害者の《ゼクシード》も《薄塩たらこ》もGGOではかなり名の通ったプレイヤーだ。多分、強い人を狙って犯行は行われている。だから、かの茅場に最強と認められた君なら……」
「俺でも無理だよ!GGOってのはそんな甘いゲームじゃない。プロがウヨウヨしているんだぞ」
「ん?プロってのはどう言う事なんだい?」
菊岡の疑問に十皿目を食べ終えた修也が答えた。
「簡単に言えばGGOには《ゲームコイン現金還元システム》と呼ばれるものを採用している」
「ほう?」
修也の返答に菊岡が興味深そうに聞く。
「簡単に言えばゲーム内で稼いだクレジットを本物の現金に換金することが出来る。まあ、換金できるのは電子マネーだけだが今の時代あれで払えないものはないから実質的に同じだな」
「……しかし、そんなことしてビジネスが成り立つのかい?運営業者だってボランティアじゃないんだ」
「その為に毎月の通信量が高く設定されているし、換金するときに手数料を取られる。換金率はだいたい100クレジット一円。為替によるから結構よく変わる」
「へぇ……随分詳しいな」
和人までもが修也の話を聞いていた。
そのシステムを作ったのが自分たちなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……。
ともかく、ゲーム内にカジノやゲームセンターまである上に、競馬まであるのだ。
ギャンブルみたいにハマってしまう人もいることから課金額に上限を設けてある事も伝えていた。
「本当よく知っているな……」
「そりゃこっちは毎日やっている身だからな。で、GGOのプロというのは毎月その換金システムで月に二、三十万稼ぐ人のことを言う。だからトッププレイヤーは妬まれやすい……。要は今の私のような感じだな」
「君…一体何個食べたんだい……?」
菊岡がやや引き攣った顔で机に並ぶ白い皿を見る。
「知らんな。数えてすらいない」
「さりげなく自虐していません?」
「人の金で食う飯ほど美味いものはないと聞かないか?」
「性格悪いな、お前……」
和人が呆れた様子でそう突っ込むも修也は知らん顔でさらに注文をしようとし、そこで菊岡が和人に三本指を出しながら言った。
「依頼金としてこれくらいは出す。やってくれるかい?」
菊岡から出された金額に和人の心は揺らいでいた。
「そんなの運営に直接確認すれば済む話だろ。どうして俺にわざわざ頼むんだ」
「駄目なんだよ、和人君。GGOの運営のザスカーは住所はおろか、電話番号やメールアドレスも非公開で問い合わせできないんだ」
「……」
元々愛好会のメンバーが作ったゲームであり、ここまで発展するとは思っていなかったのでザスマンが会社やらいろんな部分の登録をすっ飛ばしたのである。
ザスカーは自由を理念に運営をしているが流石にこれは自由すぎやしないかと思っていたが、まさかここで仇となるとは……。
と言うか確認はほぼ不可能だろう……それはシステム上の問題でサーバーに負荷がかからないようにある一定期間を過ぎた銃撃データは消去されてしまう設定となっていた。
で、その期間が確か十日……とてもじゃないがゼクシードは間に合わない。薄塩たらこも同じだ。
今からログ確認をしても間に合わないだろう。
とすればその死銃に会うには……
「直接行くしかないわけか……」
「そう、頼めるかい?」
「菊岡、それは私にも言っているのか?」
「ああ、もちろんだ。それ相応の報酬は渡すよ」
「…いいだろう、私もGGOじゃあ古参のプレイヤーだ。それなりに稼いでいる……それに、私も今はマンションで暮らしている身だ」
「!?」
驚きの告白に二人は驚いていた。
「GGOプレイヤーだったのか……」
正確には運営もやっています……。なんて言えるわけもなく、修也は半ば巻き込まれる形で菊岡の依頼を受けるのだった……。
「じゃあ、こっちで場所とかは準備するから。あとで連絡をするよ」
菊岡はそう言うと会計に向かい、領収書を見て若干青い顔をしていた。
高級喫茶店の外で和人と別れた修也は銀座の街を歩き。さっきとは違い、カラオケショップに入った。
名前を伝えて小さめの個室に入った修也はため息を吐いた。
「こんなところで密会とはイメージ崩れますね」
「そうかい?僕としてはさっきの支払いの方が君のイメージと違って驚いたんだけどね」
そう言って先に入っていた男、先ほど別れた菊岡は苦笑しながらそう言うと修也は要件を聞いた。
「さて、なるべく早くしてほしい」
「君も和人くんと似てせっかちだねぇ……」
菊岡は面白くなさげにそう言うと修也は呆れ半分で菊岡に言った。
「……和人がアンタの事を見ていた。だから、さっさと用事を終わらせたい」
「なんと……じゃあ、早速これを」
そう言ってカバンからファイルと薄い冊子を取り出した。それを読んだ修也は紙を返すと菊岡に言った。
「国が主導のAI開発ですか……さぞかし予算がかかりそうですね」
「《プロジェクト・アリシゼーション》。ボトムアップ型AIには色々お金と時間がかかるんだよ」
「VR技術は茅場晶彦氏によって今まで優っていたアメリカと同じか、それ以上になりましたからね……」
そう話すと、菊岡はわざとらしく言う。
「別にそんな言い方しなくても良いよ。君の出生に関しては調べさせてもらっている。いつも僕はビクビクしているよ」
「……あまり人から言われるのは気分が良くないな」
「あの時のことは迂闊だったと思っているよ」
菊岡が今までにない程に腰が低かった。おそらく彼が望んでいるのは……
「全く、どこの国もマキナが欲しいのですね……」
「それは当然さ、彼女はトップダウン型AIとしては最高の存在だ。おまけに彼女の体に使われている技術は到底真似できる人は居ないと思うな」
事実、マキナは過去に何回か誘拐されかけたことがある。しかし、その全てが失敗に終わった。それは何故か……
答えは簡単である、重過ぎたのだ。
ただでさえ今の彼女は体重に換算すれば100キロ以上である。おまけに彼女には自衛用にスタンガンを持ち合わせており、消費電力とパーツの摩耗はとんでもないが暴れる事もできる。
100キロ以上の人間がスタンガンを持ちながら暴れれば相手は無事で済むはずがなく、今まで何度も誘拐犯はお縄になっている。
「そこで、我々はマキナに使われている技術を使わせて欲しいんだ」
そう言って菊岡はさらに紙を出す。それは今では珍しい切手であり、そこには見た事ない金額が記されていた。
「どうだろう……これにさらに給料も出す。どうだろう、協力してくれるかい?」
「……」
修也は黙り込むと記された金額をもう一度見た。
この金額があればマキナの機体を完全に新調することができるし、なんならもっと高性能にすることができる。
元々民生品を多く使うマキナの機体は既に容量が足りないと言うことで自分のパソコンを使っている状態だ。
どしたものかと一考した結果、修也は……
「少し…考えさせてください。結論はだしますので」
「ああ、返答はいつでも待っているよ」
そう言い残して修也は部屋を後にした。残った菊岡は修也の表情を見て満足げな表情を浮かべた。
「(出だしは好調だな……しかし…)」
菊岡はマキナを写した写真を思い出すと思わず身震いしてしまった。
マキナは一見すれば普通の少女と見間違えるほど多彩な表情と感情を持ち、もはや一人の人間ではないかと感じてしまうほどだった。
「天才が考えるものは恐ろしいもんだ。おー怖い怖い」
菊岡は修也をどうやれば計画に参加させられるのかを考えながらカラオケルームを後にした。