ソードアート・オンライン 赤色の記録   作:Aa_おにぎり

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# 31 本心

シノンはフリューゲルの運転するバギーの後ろで近づいてくる金属馬とそれに乗る亡霊に恐怖していた。

障害物が多く、曲がりながら走行するバギーと障害物を飛び越えてくる金属馬との距離はどんどん近くなる。

 

「逃げて、もっと……もっと、速く!!」

 

しかし私の願いも空しく、死銃の騎馬は近づいてくる。

彼我の距離が100mを切った辺りで、死銃は片手をぼろマントの中に突っ込んだ。

ピトッと私の右頬に赤い弾道予測線が当たる。その先の死銃の手にはあの銃があった。

 

「いや、嫌ぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

反射的に頭を下げると放たれた銃弾はキリトが光剣で防いでいた。

 

「大丈夫だ。弾丸はキリトが守る。君はヘカートで狙撃をすればいい!」

「で、でもっ!」

 

バギーが段差で少しバウンドするたび、死銃の影は大きくなり、その都度恐怖感を煽っていた。

 

「対物ライフルだ。牽制だけでも十分な効果が出る」

「無理…あいつは…あいつは……」

 

シノンの子供のように嫌がる光景にフリューゲルはアバターの中身を見た気がした。

冷徹な皮を被ったシノンとその中にいる怯えている少女。

フリューゲルは仕方がないとシノンに向かって言った。

 

「シノン、私が撃つ。ヘカートを貸してくれ」

「えっ……」

 

その時、私の中に残ったプライドが奮い立ち、指を引き金に置き、銃口を死銃に向ける。

 

 

―――動け…動け…動いて!

 

 

しかし私の指は意志に反して全く動こうとはしない。

 

「駄目、撃てない――。撃てない、私、戦えないよ……」

 

弱気になっている自分にフリューゲルは語りかけた。

 

「人は戦うか戦わないかは選択をする。戦わない人間はいないのだよ」

 

ーー選択

 

シノンはその言葉に一瞬だけ揺れた。

自分がこのゲームを始めたのは己の弱さを克服する為。だが実際はただ己の弱さを有耶無耶にしただけで結局は克服なんかできていなかったのだ。

重い引き金に手をかけることができない時、穴あきグローブに温かい炎を感じた。

機械仕掛けの黒と赤の手が熱を持って私の手に重ねていたのが理解できた。

 

「君が一人で撃てないなら私も撃つ」

 

いつも通りの落ち着いた声には少しばかりの焦りがあった。だが、なぜか私は安心していた。

そして、似たような感覚を味わっていた。

あの、郵便局事件の時にあの銃を抜き取って行った、あの時の手と……

 

「駄目!揺れが酷すぎる」

 

「問題ない。揺れは治まる。三…二…一…今!」

 

ゴンッ!

 

バギーは車を台座にして宙を飛んでいた。

シノンは全身全霊を込めて軽めに調節されたトリガースプリングを全身全霊を懸けて引ききる。

着弾予想円は半分も入っていない為おそらく当たらないだろう。

 

ドォンッ!

 

放たれた弾丸は真っ直ぐ飛んで行く。

しかし、弾丸は騎馬の死神を僅かに逸らして後ろに逸れてゆく。

 

外した。

 

しかし、弾丸が完全なミスショットを拒否したのだろうか。12.7mmの対物弾は横転する大型トラックの燃料タンクに着弾、引火して大爆発を起こした。

爆炎に金属馬も巻き込まれ、ボロマントの姿は見えなくなっていた。

バギーは大きくバウンドしながら着地をした。

 

「……倒した?」

「いや、まだ生きているだろう。……さっさとここを出るぞ。あの爆発で近づいてくる奴がいるかもしれん」

 

そう言うと二台のバギーは廃墟都市を走り抜けて北部の砂漠地帯に走って行った。

 

 

 

 

 

北部にある洞窟に向かって走った三人はバギーを乗り捨てると洞窟に入って三人は腰をかけていた。

 

「はぁ…ツッかれた……」

「だらしないぞ」

 

へたり込んでいるキリトに治療キットを渡したフリューゲルはシノンの横に座り込み、同じように治療キットを使用して回復をしていた。

時刻は午後九時十五分、サテライト・スキャンが行われる時間である。

残り人数は八人ほど、主なプレイヤーはここにいる三人と《ステルベン》、そして《闇風》だ。闇風は離れた草原地帯におり、ステルベンは見当たらなかった。

一通り確認を終えたフリューゲルは立ち上がって洞窟を出ようとした。

 

「どこに行くの?」

「奴との決着を付けに行く」

「えっ…あの男……死銃と戦うの……?」

「そうだ」

 

フリューゲルは短く答えると洞窟を後にしようとした。しかし、シノンがフリューゲルに話し続けてきた。

 

「このまま残らないの……?」

 

彼女の疑問にフリューゲルは首を振る。

 

「今見えている中で残っている中で闇風は強いプレイヤーだ。死銃のトリックがはっきりしていない今、死銃が闇風を殺す可能性がある。それを止めに行くためだ」

「だったら私も連れて行って」

「ダメだ」

「!?」

 

彼の即答にシノンは一気に体温が下がった気がした。今まで組んでいた時もこんなにあっさりと切られたことは無かったのに……。

すると途端の怒りの感情が湧いた気がした。するとフリューゲルは更にそこに油を追加した。

 

「今行ってもキミはむざむざと殺されるだけだ。キミの命が失われる可能性がある」

「……死んでも構わない」

 

シノンが静かな口調で言うとキリトは驚き、フリューゲルは目を細めた。

 

「私、さっき凄く怖かった。死ぬのが恐ろしかった。六年前の私よりも弱くなって情けなく悲鳴を上げて……、そんな私のまま生き続けるくらいなら、死んだ方がいい」

「死ぬのが怖いのは当たり前だ。死ぬのが怖くない奴などいない」

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きるのは……疲れた。別に付き合ってくれとは言わない、一人でも戦えるから」

 

シノンはへカートを持って立ち上がって洞窟を出ようとした。しかし、フリューゲルがシノンの腕を掴んで動けなくしていた。

 

「一人で戦って、一人で死ぬ……とでも言うつもりか?」

「…そう。たぶん、それが私の運命だったんだ……」

 

そう言ってフリューゲルの手を振り払おうとした瞬間。

 

 

バチィンッ!

 

 

乾いた音が洞窟内に響いた。フリューゲルがシノンに思い切り平手打ちをしていた。

女性には今まで一切手を出さ無かったフリューゲルがだ。キリトはそのことに衝撃を受けてフリューゲルを見ると、彼はシノンの胸ぐらを掴んで今までに無いほど怒気を含んだ声でシノンを叱っていた。

 

「君は阿呆か?人は一人では生きていけないんだ。君が死ねば、誰かの中にいる君も死ぬ。少なくともシノン、今の君は一人ではない。それに勝手に運命と言う理由をつけて死にに行こうとする者は愚者と同じだ」

「っ!別に頼んだわけじゃない!私は……私を誰かに預けたことはない!」

「もう、私とこうして関わっている。これは壊しようがない過去の出来事だ。今までの関係を無かったことにはできないぞ」

 

そう静かに叫ぶ彼にシノンは悲痛に似た声をあげてしまった。

 

「ーーなら、あなたが私を一生守ってよ!!」

 

シノンは目に涙をこぼしながらフリューゲルの掴む手を離すと両拳を握ってフリューゲルの体を力任せに殴る。

 

何度も、何度も。

 

「何も知らないくせにっ!何もできないくせにっ、勝手なこと言わないで!!これは……、これは!私の、私だけの戦いなの!たとえ負けて、死んだとしても、誰にも私を責める権利なんてない!それとも、貴方が、貴方が背負ってくれるの!?このっ――」

 

シノンは右手を震えながら持ち上げる。罪を着せてしまった過去、人を撃ってしまったという変わらぬ事実を残した汚れた手。

 

「この……、ひ、人殺しの手を、貴方が握ってくれるの!?」

 

シノンは過去の記憶が鮮明に、詳細に蘇ってきた。

 

郵便局で、強盗犯から奪った銃を一発、強盗に向けて放った。

 

その銃を慌てて抜き取った一人の青年。

 

その金属のように鋭利な顎に、すこし灰がかった髪色に金属的な目。

 

そしてその青年は何かに気づき、持っていった黒星・五四式を強盗に向けて四発放つ、甲高い音と共に強盗はうめき声をあげ、ついにはピクリとも動かなくなってしまった。

 

そして青年は銃のスライドを引いて分解すると完全に静まり返った郵便局の中を私の体を引っ張って母のところに連れて行くと青年は母にこう言っていた。

 

「娘さんは無事です。お母さんはこの子をよろしくお願いします」

 

そう言うと青年は今度私の方を向いて

 

「君、良くやった。あとはこっちでなんとかするから。君はお母さんを守ってあげなさい。家族を守れるのは同じ家族しか居ないのだから……」

 

そう言うと青年は駆け付けた警官に何かを話すとそのままパトカーに乗ってどこかに行ってしまった。

 

 

 

 

 

名前も聞けずに、風のように消えてしまったあの人は警官に名前を聞かれた時にこう答えていた。

 

『君、名前は?』

『ーー中学の赤羽修也です』

 

鮮明に思い出したその記憶にシノンは更に涙をこぼしていた。初めて見るシノンの反応に、フリューゲルは彼女の手を優しく握った。

 

「っ!?」

「今の君の涙でよくわかった……

 

 

 

 

 

どうやら君は私と似た存在らしい」

 

フリューゲルはシノンの手を取って優しく、そして穏やかに口を開いた。

 

「君が望むなら、私は命果てるまで君を守ろう。なに、そんな顔をするな…

 

 

 

 

私が代わりに君を守ろう。どのような手を使ってもな」

 

シノンはその一言で一気に力が抜け、フリューゲルの胸に倒れ込み、フリューゲルは驚きつつも右手を優しく彼女の頭に当てて撫でていた。

 

洞窟に一人の少女の泣き声が響いていた……

 

 

 

 

 

「……泣いてスッキリしたか?」

「…少し、寄りかからせて」

 

あれから少したち、シノンは洞窟内でフリューゲルの膝に頭を乗せていた、痛くないかと聞いても大丈夫と答えるだけでこの状態が数分続いていた。

するとシノンは徐々に言葉を紡いていった。

 

「私ね…、人を、殺したことがあるの。ゲームの中じゃないよ。……現実世界で、本当に、この手で人を殺したんだ。六年前、東北の小さな街で起きた、郵便局の強盗事件。犯人は拳銃の暴発で死んだって報道されたけど、実際はそうじゃないの。私が、強盗の銃を奪って、そのまま撃った」

「……」

「十歳の時だった。……もしかしたら子供だからできたのかもね。私、それからずっと、銃のこと考えたりすると吐いたり倒れたりしちゃってた。銃を見ると、目の前に殺したときのあの男の顔が浮かんできて、怖い。凄く、怖い」

 

そしてゆっくりと懺悔するように言葉を吐き出す。

 

「だけど、その時。私が撃った時にその銃を取って代わりに撃ってくれた人がいたの。……その人が撃った時の方が印象が強かったんだろうね。他の人もみんなそっちの人の方しか覚えていなかった……」

 

そして彼女は目一杯後悔の念を積んだ様子で呟く。

 

「私はその人に罪を被せてしまった……」

 

シノンは後悔の念で一杯となった感情で言葉を紡いでいた。

 

「あの後、私はその人を探そうとしたけど会うことも出来ずにいたの……。あの時その人が罪を着てくれたから……。今の私がいるんだって……」

 

その事を彼女は今でも悔やんでいた。

 

「それに、この世界なら銃を見ても大丈夫だった。だから思ったの、この世界で一番強くなれたら、現実の私も強くなれるって。あの記憶を忘れることができるって。なのに、さっき死銃に襲われたとき凄く怖くて、いつの間にかシノンじゃなくなって、現実の私に戻ってた。……死ぬのはそりゃ怖いよ、だけど、だけどね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも辛いんだ。死銃から、あの記憶から戦わずに逃げたら、今よりももっと弱くなっちゃう。だから、だからっ……」

 

すると今まで口を閉じていたフリューゲルは呟いた。

 

「私も、昔人を殺したことがある」

「っ!いいのか……?」

 

話を聞いていたキリトが驚いた様子で彼を見ると、諦めた様子で呟く。

 

「もう良いさ。彼女は俺たちがSAO生還者って事を知っている。今更さ」

 

そう言うとフリューゲルは淡々とあの出来事を話し始めた。

 

「SAOの世界で、彼らはラフィン・コフィンという殺人者集団を名乗って殺戮を繰り返していた。そこで討伐チームが組まれ、そこに私とキリトは参加していた」

「ああ、それでその時。フリューゲル……その時はブレイドと名乗っていた彼は情報が漏れていると確信して普段とは違う方法で奇襲をかけた。そしてその予想は的中し、ラフィン・コフィンのアジトを奇襲することができたんだ…だが……」

 

そこで続きはづリューゲルがする。

 

「戦場は混戦となり、生きるか死ぬかの二択しか無かった。ーーーそこで私は十二人を殺めた」

「じゃ、じゃあさっきの死銃って……」

「ああ、恐らくラフィン・コフィンの残党だろう……生き残って牢屋に送り込まれた者や、逃げ延びた奴もいる。だが、あいつの名前が思い出せない…確かに会ったはずなのに……」

 

その疑問にフリューゲルはすんなりと答える。

 

「『赤目のザザ』……それが彼の名前だ。あの時倒しておけばこうならなかったかもな」

「凄いな……いつもお前には驚かされてばかりだ」

 

それを忘れてしまったらあの戦いの意味までも無くしてしまう……忘れられる訳がなかった。

 

「フリューゲル、教えて。貴方は、貴方はその記憶を、『罪』をどうやって乗り越えたの?どうやって過去に打ち勝ったの?どうして今、そんなに『強く』いられるの?」

「私はそこまで強くないさ。むしろ君のほうが強いと思うぞ」

「そんなはずない!じゃあ、なんでそんな事を人に話せるのよ」

 

シノンの苛立ちに少しばかりしまったような表情をフリューゲルは浮かべるとキリトを外に追い出した。

 

「キリト。すまないが外を見ていてくれ。彼女と話がしたい」

「……分かった」

 

そう言ってキリトが見えなくなるとフリューゲルはゆっくりと昔話をし始めた。

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