シノンを膝に乗せながらフリューゲルは昔話をし始めた。
もう何年になるか……十二歳の時の冬、私がアメリカで暮らしていた時の話だ。
そもそも私は幼い頃からアメリカで生活する事を強要され、親と離れ離れに暮らしていた。
父は国会議員、母はモデルをしていて、たまに会っていた親族達も誰もが優秀な人たちばかりだった。
私はその中で優秀な遺伝子を持っていると言われ、記憶のあるうちから英才教育を叩き込まれた。
そして教養を広げるために五歳の時からアメリカに行って生活をしていた。
その親戚に雇われたベビーシッターとアメリカで借りた家で何年も暮らしていたんだ。
そしてその十二歳の時の冬の真夜中。家で課題をしていた時に家の玄関が壊されて中に二人組の見知らぬ男が入ってきた。
いきなりの事にシッターの人が驚愕している隙に、男の一人が持っていた銃でそのシッターの頭を撃ち抜いた。
そしてその後も死んでいるはずのシッターに銃を撃ちまくって部屋中に血と肉片が飛び散っていた。
それを見て男達は笑っていたんだ。
あまりの恐怖に気が動転していたのだろう。
私は暖炉に置いてあった薪割り用の斧を持ってそのうちの一人に襲い掛かったんだ。相手は銃を持っていたけどシッターに撃ち過ぎたみたいで弾がなかったんだ。
引き金を引いても弾が出ない事に本気で焦っていたけど、そんなことも気にせずに、私は斧を頭から思い切り振った。
その時、身長はすでに170あったから、大きく振りかぶると簡単に男の頭に斧が突き刺さった。骨が折れる音、斧の刃が木ではない初めての感触の物を切っていた事。斧を持っていた手から伝わるその感触は今でも覚えている。
そして一筋の血を流してその男は銃を手放して倒れてしまった。
残ったもう一人の男はいきなり仲間が死んだ事に動転して固まっていたんだ。
その隙に私は男を倒した斧を引っ張って抜くと血だらけの状態で斧を引きずっていた。
するとどうだ。意識が戻った男は斧を持つ自分を見て目を見開いて口をぱくぱくさせながら慌てて吹雪の中に消えていった。
人は極限状態になると落ち着くんだろう。私はその後家にあった電話で警察に電話して、その後駆け付けた警官が信じられないと言った様子で私を見ていたらしい。
どうも、死体が横に転がっているのに、平然とテレビを見ていたらしい。
正直、警察に通報した後のことは覚えていないからこれは他の人から聞いた話だ。
それで、その後話を聞きつけた両親がアメリカに飛んできて自分を迎えに来て自分は日本に帰国する事になった。
「……で、日本に帰った後。親戚からなんて言われたと思う?」
「えっ…『大丈夫だった?』とか……?」
そんな彼女の返答にフリューゲルは苦く笑った。
「そんな甘い物じゃないさ。親戚中の集まりで、いろんな人が見ている中でこう言われたんだ」
『この人殺しの悪魔め!何故日本に帰って来た!』
ってね」
「えっ……!?」
シノンは絶句してしまった。ただでさえ、人を殺したことで傷心しているはずなのに……なのにそんな言い方をするとは……。シノンはその名も知らぬ親戚に無性に腹が立ってしまった。
フリューゲルは哀しい表情でその後の顛末を語った。
「それで、それを言った親戚は気づいた時には自分がその親戚に馬乗りになって、相手の顔面が崩壊してボロボロの状態だった」
「え?なんで……?」
「腹が立ったみたいで足を蹴り飛ばして転ばせた後に馬乗りになって永遠と殴り続けていたらしい。相手が謝っても、泣いても、そんなの気にせずにただひたすらに永遠と殴っていたと父から聞いている」
「それで…その人は……どうなったの?」
「複数の顔面の骨折に、両膝の脱臼。歯も何本も折れ、社会復帰が危ういレベルだった」
フリューゲルから語られる過去はシノンは自分よりも酷いのでは?と思ってしまった。
自分とほぼ同じ年で人を殺して、それでいて心を痛めているのにも関わらず罵倒を浴びせられ…むしろよくそこで精神が壊れなかったと思うほどだった。自分は修也さんが罪を背負ってくれたからあの後も普通に学校に通うことができたし、普通に生活することも出来た。
しかし、フリューゲルはどうだろう。幼い頃に両親と離れ離れにされ、向こうで自分を守るために人を殺したら親戚中から罵倒を浴びせられ……。
それでまたあの世界で人を殺して来た。それでいてフリューゲルはこうして人を恐れずに話すことができている。シノンはフリューゲルがとても強いと思っていた。
「シノン、人は誰しも暗い部分を抱えながら生きている。それが大きかれ、小さかれな……」
「ねえ、フリューゲル。貴方は、貴方はその記憶を『罪』をどうやって乗り超えたの?どうやって過去に打ち勝ったの?どうして、そんなに強く居られるの?」
シノンが思わずフリューゲルにそう聞く。フリューゲルはシノンの問いに手を優しくシノンの髪に乗せながら答えた。
「なに、乗り越えたわけじゃないし、過去に打ち勝ったわけでもない」
「え?」
「過去に起こった記憶は忘れることはできない。それに、必ず何処かでその記憶は生き続けている」
「そ…そんな…じゃあ…ど、どうすればいいの…。わ、私……」
「だが、それは正しいことでもある。今を生きている自分達ができる事はその過去を乗り越えるのでは無く、受け止めて考え続けることしか出来ない」
「受け止め、考える……」
シノンはフリューゲルの言葉で迷いが一つだけ、解けた様な気がした。
話を終えたフリューゲルはキリトを呼び寄せた。
「さて、二人にはある仮説を聞いてほしい」
「仮説?」
「ああ、死銃がどうやって現実世界で殺しているかだ」
「……聞かせてくれ」
キリトは思わず息を呑みながらフリューゲルの推測を聞いた。
「まず前提として、アミュスフィアを使ってログインをした場合はこの世界で人を殺すことはできない」
「ああ、絶対安全を謳っているからな」
「ならば、現実世界で殺されたと考えるべきだ。今までに殺された二人のアミュスフィアは改造をされた形跡もなかったしな」
そう言うとフリューゲルはキリト達に仮説を伝えた。
「私は、この死銃が複数人による犯行だと考えている」
「複数人……?」
「ああ、この世界で黒星を使ってプレイヤーを撃つ人、もう一人は現実世界で人を殺す人だ」
「だとしたらタイミングは……」
「死銃はペイルライダーやシノンの前で十字架を切っていただろう?」
「ああ!!そう言う事か!!」
「でも、相手のプレイヤーの個人情報はどうやって手に入れたの?」
「BoBのログインの時に住所を打ち込む場面がある。恐らくアイツの使う透明マントを使ったのだろう」
そう言うとフリューゲルも住所を打ったと言い、キリトが少し心配そうにしていた。フリューゲルはさらに仮説を立てて話していた。
「殺された《ゼクシード》と《薄塩たらこ》はどちらも一人暮らしだ。おまけにマンションの鍵はどちらもログの残らない旧型の電子錠。どこかでマスターキーさえ手に入れれば侵入は簡単だ。後はBoBの映像で死銃の合図と同時に体に毒を入れる。二人いれば簡単にできる」
そう言うとシノンが恐る恐るフリューゲルに聞いた。
「そこまで、そこまでしてなんで人を殺すの……?」
「彼らはSAOを終えた後でも《レッドプレイヤー》であり続けたかったのだろう。少なくともこんな事を起こしたい位には……」
そこでフリューゲルはふと疑問が浮かんだ。
「シノン。君は一人暮らしか?」
「え?えぇ…一人暮らしだけど……」
「家の鍵は初期型か?」
「分からない。けど、もしかすると初期型かも……」
「チェーンは?」
「して…居ないかも……」
その返答にフリューゲルは極めて平然とした口調で言う。
「……シノン、落ち着いて聞け。もしかすると君がさっき狙われたと言うことは死銃は既に殺す準備ができていると言う事だ。もしかすると既にいつでも君を殺せる準備ができているかもしれない」
フリューゲルの言葉に全身の血の気が引いた。
「いや……嫌よ!そんなの」
シノンの体が拒否反応を起こし、瞳孔が開き、不意に喉の奥が塞がるような感覚と共に呼吸ができなくなり、心拍数がどんどん上昇していった。そして自動ログアウトが働きそうになったその時。フリューゲルが彼女の体を抱きしめていた。
「落ち着け、相手に黒星で撃たれない限り。君は死ぬことは無い。それよりも自動ログアウトして犯人の顔を見た方が君は危ない。落ち着いて深呼吸だ。息を大きく吸って吐くんだ」
「でも!でも!」
「狙撃の時と同じだ。相手を着弾予想円に入れる時の様に深呼吸をするんだ。息を吸って、止めて、ゆっくりと吐く。そうすれば体が落ち着いてくる」
フリューゲルの金属でできた体で少し強めに抱かれた時の痛みと、深呼吸でシノンはだんだんと落ち着きを取り戻していた。
女性に対する扱いが上手なフリューゲルだなぁ……どっかの誰かとは大違いだ。と感心しながら俺はフリューゲルとシノンを見ていた。
実際、ツンツンしていたシノンがここまで信頼を寄せているとは……。
そんな事を思いながら見ているとシノンはやがて大きく息を吸ってフリューゲルに聞いた。
「……私はどうすれば良いの?」
「簡単な話だ。死銃を倒せば良い。死銃を倒せば共犯者も何もできなくなって退散するだろう」
「シノンはここにいた方が良い」
シノンの安全のためにもキリトがそう言うもシノンは反対した。
「私も戦うわ。ここがいつまでも安全ってわけじゃ無いし。私達がここに潜伏していることくらい既にバレてるわ。それにあなた達とはここまで戦ったんだもの。最後までやるわよ」
「相手は狙撃銃を持っているんだぞ?」
「所詮あんなの旧式のシングルアクションよ」
そう言うとフリューゲはシノンが参加することを確認すると作戦を話した。
「これから二人で外に出てサテライト・スキャンを待つ。恐らく死銃は名前に気づいてここにくるはずだ。その時に狙撃を頼むぞ」
「大丈夫なのか?相手は音も聞こえないし、予測線も見えない……」
「問題ない、予測線が出てから避けることくらいはできる」
フリューゲルはそう言って口角を上げている様にも見えると思っているとキリトが視界の端に映る何かを見た。
「何だ?あの水色の丸?」
「……しまったな」
「キリト、それは中継カメラよ。人数が減ってきたからこんな所にまで来ていたのね」
「え!?じゃあさっきの会話も……」
「相当大きな声で喋らなければ問題ない…それよりも女子二人と話しているから後から色々と面倒なことになるな……」
キリトもアバターを見てため息を吐くとフリューゲルは銃を持って洞窟の出口に向かう。
「じゃあ、こっちは行ってくる。後ろから援護を頼むぞ」
「ええ、気を付けて……」
シノンは洞窟から出ていく二人を見て行った。二人は片手を上げて問題ないと答えて行った。