ソードアート・オンライン 赤色の記録   作:Aa_おにぎり

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#34 再会

試合が終わり、ログアウトまでの待機スペースでシノンは成績を確認する。

一番上に自分とフリューゲルの名前。準優勝者はなく、三位にSterben。同率四位に闇風とキリトの名前があった。

刻一刻とログアウトの時間が迫る中。シノンは息を整えた。

御茶ノ水から自宅まで連絡諸々で十分はかかるだろう。それまでは自分の身を守る者はいない。

回線切断者はゼロ。フリューゲルが倒しまくったのだろう。キル数はフリューゲルがダントツトップだった。

まあ、元々が銃社会のアメリカで育ったのだから銃に慣れていると言えば当たり前なのだろうが……。

そんな事を思っているとついにカウントダウンがゼロとなり、一瞬の浮遊感が訪れ、シノンは詩乃となって現実世界の自室のベットに横たわっていた。

 

部屋に誰かいるかもしれない。

 

そんな恐怖を抱きながら恐る恐る目を開ける。

部屋には誰も居なかった。

風呂場も台所もクローゼットの中もベットの下も見当たる限りではどこにも居なかった。

数時間前にログインしたままの状態で変化は一切見られなかった。

 

「スゥ…はぁ……」

 

大きく息を吸った詩乃はさっきまでの警戒心がバカみたいだったと思いながら水道から水を汲んで飲んでいた。

 

「あ、名前聞くの忘れてた……」

 

咄嗟に詩乃はフリューゲルの名前を聞くのを忘れていた事に気付いたが、後で来るというのだからその時にまた聞けばいいと思っていた。

その時、

 

キンコーン

 

ドアチャイムを押す音が聞こえ、反射的に身体をビクリとさせてしまった。

玄関に向けてチェーンをかけようとした時、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「朝田さん、いる?僕だよ、朝田さん!」

 

ドアに付いている魚眼レンズを覗くと、そこには元クラスメイトにして詩乃をGGOに誘った親友、新川恭二が立っていた。

 

「新川くん……?」

「あの…どうしても優勝のお祝いが言いたくて……。これ、コンビニので悪いけど、買ってきたんだ」

 

そう言いながら、恭二はケーキが入ってると思わしき小箱を掲げた。

待機空間での待ち時間を含めてまだ大会が終わってから五分も経っていないのにも関わらず、こんなに早く自分の家に来ている事に詩乃は一瞬違和感を感じたが、すぐに近所の公園辺りで中継を観ていて決着と同時にコンビニ経由で来たんだろうと納得した。

 

「ちょっと待って、今開けるね」

 

ドアチェーンと電子ロックを解除してドアを開けると、冷たい外気が詩乃の素足にまとわりついてきた。十二月の、しかも夜なのだからこんなに冷え込むのも当たり前といえば当たり前であった。

 

「うわ、すごく寒いね。早く入って」

「う、うん。お邪魔します」

 

恭二は礼儀正しく頭を下げながら部屋の中に入ると、詩乃を見て眩しそうに目を細めた。

 

「……な、なによ。部屋が寒くなっちゃうから、早く入って。あ、鍵もかけてね」

 

恭二の視線に気恥ずかしさを覚えた詩乃は、照れ隠しにそう捲し立てると振り向いて部屋に戻り暖房のスイッチを入れた。唸る様な音と共に温かい空気が部屋に吐き出され、部屋に溜まった寒気を追い払っていった。

 

「どこでも、その辺に座って。何か飲む?」

「う、ううん、お構いなく」

「いいの?私、今すごく疲れちゃってるからホントに何もしないよ?」

 

詩乃がそう言いながら勢いよくベッドに腰掛けると、恭二はケーキをテーブルの上に置いて、傍らにあるクッションに腰を下ろした。

 

「あの…優勝、本当におめでとう。凄いよ朝田さん。とうとうGGO最強のガンナーになっちゃったね。…でも、僕にはわかってたよ。朝田さんなら、いつかそうなるって。朝田さんには、誰も持ってない本当の強さがあるんだから」

「ありがと。でも、優勝って言っても一位タイだし……」

 

すると時計を見て彼女はふと違和感を感じた。

 

「それにしても、うちに来るの随分早かったね。終わってから、まだ五分も経ってなかったのに……」

「あ、その……実は、近くまで来て携帯で中継を観てたんだ。すぐにおめでとうを言いたかったから」

「やっぱりそうだったんだ。やっぱりお茶淹れた方がよかったかな?」

「ううん、大丈夫だよ。これでも結構厚着だから」

 

そこまで言うと、恭二は今まで浮かべていた笑みを消して、かわりに切羽詰まった様な表情を浮かべた。その表情の変化に、詩乃は思わず瞬きをしてしまった。

 

「あの……朝田さん」

「な、何?」

「中継で…砂漠の、洞窟の中が映ってたんだけど……」

 

恭二の言葉を聞いた瞬間、詩乃は彼が言わんとしている事を察してしまった。命が懸かっていた緊急事態だったとはいえ、異性であるフリューゲルに抱きついていたのだ。側から見たら特別な関係と思われても仕方がない事であった。

 

「あっ…それは、その……」

 

詩乃は親友である恭二になんと説明すればいいのかという思考と、抱きついた所を見られたという気恥ずかしさとで俯いてしまった。

その時、恭二の口から彼女の予想だにしていなかった言葉が紡ぎ出された。

 

「あれは…あいつに脅されたんだよね?何か弱みを握られて、仕方なくあんな事してたんだよね?」

「は、はぁ?」

 

詩乃は唖然としながら顔を上げ……恭二の姿を見て驚いた。

彼の目には先程まではなかった奇妙な光が浮かんでおり、唇は不規則に震え、声は微かに掠れていたのだ。

恭二は驚いている詩乃のことは気にせずに、そのまま質問を続けた。

 

「脅迫されて、あいつの戦ってる相手を狙撃までさせられて……。でも、最後にはあいつを油断させて、グレネードに巻き込んで倒したんだよね?だけど…それだけじゃ足りないよ、朝田さん。前にも言ったけど……もっと、ちゃんと思い知らせてやらないと……」

 

詩乃は恭二のあまりに的外れな発言に絶句していたが、どうやって説明するべきか必死に言葉を探した。

 

「あのね…脅迫とかそういうんじゃないの。大会中にあんな事してたのは不謹慎だと思うけど…私、ダイブ中に例の発作が起きそうになって……。それで取り乱してフリューゲル…あいつに当たっちゃってさ。いろいろ酷いこと言ったのは私の方なの」

「朝田さん…でも……それは、発作で仕方なくなんだよね?あいつのこと……別になんとも思ってないんだよね?」

「え……?」

 

詩乃は恭二の言葉にすぐには答えられなかった。詩乃自身、彼に対して今まで抱いてなかった感情が芽生えている様な感じがしていたのだ。特に彼に手を添えてもらったあの時の感覚はあの青年を思い出させていた。

そんな詩乃の心の葛藤を知らない恭二は、膝立ちになって彼女の方に身を乗り出しながらさらに言葉を続けた。

 

「朝田さん、僕に言ったよね。待ってて、って。待ってれば、いつか僕のものになってくれるって。だから…だから僕……」

「新川くん……?」

「言ってよ。あいつの事はなんでもないって。嫌いだって」

「ど…どうしたのよ急に……」

 

確かに詩乃は大会前に、近所の公園で恭二に向かって『待ってて』と言ってはいた。

しかしそれはいつか自分を縛るものを乗り越えて、それができた時にようやく普通の女の子に戻れるという意味で言ったはずであり、決して恭二の捉えてる意味で言ったつもりはなかった。

 

「あ…朝田さんは優勝したんだから、もう充分強くなれたよ。もう発作なんて起きない。

だから、あんな奴。必要ないんだ。僕がずっと一緒にいてあげる。僕がずっと……一生、守ってあげるから」

 

恭二はうわ言のように呟きながら立ち上がると、次の瞬間腕を広げて詩乃の事を強く抱きしめた。

 

「朝田さん、好きだよ。愛してる。僕の朝田さん……僕の、シノン」

 

詩乃をベッドに押し倒しながら、恭二は呪詛に近いひび割れた声でそう言った。詩乃は咄嗟に必死に足に力を込め、手を恭二の胸に当てた。

 

「っ…やめて!!」

 

掠れた囁き程度の声しか出せなかったが、詩乃はどうにか恭二を押し返す事に成功した。恭二は床に置いてあるクッションに足を取られて尻餅をつくと、信じられないという目で詩乃の事を見た。

 

「だめだよ、朝田さん。朝田さんは僕を裏切っちゃダメだ。僕だけが朝田さんを助けてあげられるのに、他の男なんか見ちゃダメだよ」

 

恭二は再びのろりのろりと詩乃の方に近づくと、ジャケットの前ポケットからクリーム色のプラスチック製の何かを取り出した。

円錐状の金属が先端に付いており、パッと見は年頃の子供が遊ぶ光線銃の玩具にも見えなくもないが、そのシンプルなデザインから機能性と実用性のある品物だと詩乃にはすぐにわかった。

 

「しん…かわ…くん……?」

「動いちゃダメだよ、朝田さん。声も出しちゃいけない。……これはね、無針高圧注射器って言うんだ。中身は《サクシニルコリン》っていう薬。これが体に入ると筋肉が動かなくなってね、すぐに肺と心臓が止まっちゃうんだよ」

 

詩乃は恭二の言ってる事の八割は上手く理解できなかった。ただ一つわかったのは、恭二が自分の事を殺そうとしているという事だけであった。詩乃は何かの悪い冗談だと思いたかったが、首筋に当てられた金属のひんやりとした感触が、その可能性を否定していた。

 

「大丈夫だよ、朝田さん、怖がらなくていいよ。これから僕たちは……一つになるんだ。僕が出会ってからずーっと貯めてきた気持ちを、いま朝田さんに全部あげる。そうっと、優しく注射してあげるから……だから、何にも痛いことなんてないよ。心配しなくていいんだ。僕に、任せてくれればいい」

 

もう詩乃の耳にはそんな恭二の言葉は入ってきていない。『注射器』、『心臓』、この二つの言葉をつい最近聞いたのを彼女は覚えていた。

それから考え出される可能性に行き着いた時、詩乃は唇を震わせながら掠れ声で訊ねた。

 

 

 

「じゃあ…君が……君が、()()()()()()()()》なの?」

 

 

 

詩乃の言葉に恭二は体をピクリと震わせると、いつも詩乃と話す時に浮かべていた憧れを潜ませる様な笑みを浮かべた。




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