一月十一日 午後 横浜港北総合病院
学校が終わり、速攻で着替えた修也は電車を乗り継いでここまで来ていた。
珍しくパリッとしたスーツを着込んだ修也は片手にアタッシュケースを持ってザスマンのお使いに来ていた。
「初めまして倉橋医師」
「初めまして、倉橋です。赤羽修也さんでしょうか?」
倉橋医師の問いかけに修也は苦笑しながら答える。
「はい……と言っても成人間もない私がくるのもおかしな話ですけれどもね」
「まぁ、あなたの話は予々聞いておりますし、特段おかしくはないと思われますがね」
倉橋医師はそう言いながら自分を病院に案内し、一つの個室に案内した。何ともむず痒い話だ。
「こちらに、掛けてください」
「分かりました」
倉橋医師に言われ、席に座ると修也はアタッシュケースの鍵を開けて中からファイルとパソコンを取り出した。
「倉橋医師にはまず我がアクスレー社の行う新しい治療法についてご説明いたします」
「よろしくお願いします」
「では、こちらの資料をお渡しします」
そう言い、修也は印刷された紙を渡すと倉橋医師に淡々と説明をした。
説明をする事一時間ほど、倉橋医師にほとんどを説明し終えた時、倉橋医師が部屋に来た看護師に呼ばれていた。
「先生。今受付に木綿季さんに例の来客が……」
「そうか……すぐに行くと伝えてくれ」
「分かりました」
そう言うと倉橋医師は席を立った。
「修也さん。済みませんがここで待って頂けますか?」
「はい、私はいつでも構いません」
そう言うと倉橋医師は部屋を後にし、修也は部屋で倉橋医師が戻ってくるのを待っていると外から聞こ覚えのある声が聞こえた気がした。
『さっき連絡があった時は驚きましたよ』
『あの……木綿季さんは私のことを先生に話したんですか?』
部屋の外から聞こえる声は修也の聞き覚えのある、あの声だった。
「明…日奈……?」
なんで彼女がここにいるのか思わず疑問に思ってしまい、本当に明日奈なのか確認をしてみたいと言う衝動に駆られそうになってしまった。
「(いやいや、彼女がここにいる理由なんて無いはずだ……大体、彼女がどうかも分からないんだ……)」
ここの隣はメディキュボイドと言う世界初の医療用ブルダイブ機器が置かれている部屋である。
修也は今日この後に今回の被験者となる人物と話をする予定である。修也は倉橋医師と明日奈と思わしき二人の会話を聞いていた。
ユウキがALOに来なくなり、その理由を知りたくて私はスリーピング・ナイツの一人のシウネーさんから聞いた住所と元にユウキと再会をした。
ユウキはメディキュボイドと言う世界初の医療用フルダイブ機器で治療を受けていた。
ガラスの向こうの無菌室でユウキはたくさんのチューブに繋がれて、ジェルベットに横になっているユウキを見て思わず涙が出そうになってしまった。さらに彼女の面倒を見ているという倉橋医師から彼女がHIVに感染していることを聞かされた。
「今は、アメリカから輸入したHIV対抗薬でなんとか命を繋いでいる状態です」
「そんな……」
「明日奈さん。木綿季くんは毎日貴方の事を話して、失う事がつらくて泣いていました」
倉橋医師の話を聞いた明日奈は目頭が熱くなっているとユウキに無菌室から声をかけられ、アスナはユウキとALOで再開することになった。
一通りの話を聞いた修也は倉橋医師とさっきの説明の続きをし、部屋を出て今いる来客が出るのを待っていた。
「え……?修也…さん……?」
そして部屋から出てきたのは案の定、明日奈だった。
「よう、明日奈。どうしてここにいる?」
「それは、そっくりそのまま返してもいい?」
お互いに気まずい雰囲気が広がり、どうしようか悩む中、修也は取り敢えず明日奈に話をした。
「詳しいことはまた今度話すから私がここにいることは誰にも言わないでくれ」
「あ、うん…分かった……」
明日奈は困惑しつつも了承をするとそのまま病院を後にして行った。
「明日奈さんを知っているのですか?」
「ええまぁ……同級生ですから……」
「な、なるほど……」
そう言いながら部屋に入った修也は目的の紺野木綿季と面会を果たした。
「初めまして紺野木綿季さん。私はアクスレー社から代理人として参りました。赤羽修也と言います」
『あ、は、初めまして……』
メディキュボイドから聞こえる声を聞き、修也は話を進めた。
「さて、紺野木綿季さんには事前に本社の方から説明をお聞きなられたと思われますが、改めてお話をさせてもらっても構わないでしょうか?」
『あ、はい……お願いします』
そして修也は先ほど倉橋医師に説明したの保ほぼ同じ内容を説明し終えると木綿季に聞いた。
「……と言う事で、貴方は我が社の新薬の被験者となるために治療施設のあるアメリカに向かってもらうことになります。
しかし、紺野さん。この臨床は貴方のご病気が完全に治るかどうかは分かりません。
その上、この臨床試験には何年も時間がかかってしまう場合があります。
それは辛く、厳しいことです。
それでも紺野さんはこの臨床試験を受けますか?」
修也の最後の問いに木綿季は考えていた。今まで失ったものは多い。だけど、得たものも大きかった。
今のスリーピング・ナイツのメンバー
ここまでわざわざ来たアスナ。
木綿季は修也の問いに一瞬だけ迷うも、答えを出した。
『……私も…明日を生きたいです。……今まで失ったものも多いけど、それでも私は生きたいです』
答えを聞いた修也は一瞬だけ目を閉じると小さく頷いた。
「……分かりました。では倉橋医師。ここに紺野さんの引き渡し書にサインをお願いします。本国での準備が出来次第。すぐに彼女の治療を開始します」
「分かりました……木綿季くんを…よろしく……お願いします……」
倉橋医師は涙ぐみながら渡した正式な書類にサインをした。あとはこの紙を本国に渡し、手筈を整えれば木綿季さんはそのままアメリカに飛ぶことになる。
サインされた紙を受け取った修也はクルリと木綿季の方を向くと木綿季に向かって言った。
「では、また今度お伺いに上がります。木綿季さん、希望はまだありますよ。望みを捨てないでください」
『っ!……有難うございます』
そう言い残すと修也は病室を後にした。倉橋医師と出口まで向かう途中、倉橋医師は修也に感謝をしていた。
「木綿季くんを救って有難うございます」
「いいえ、それは彼女が治ってからにしてください」
「ですが……」
そこで修也は念を推すように倉橋医師に言う。
「倉橋医師。いくらこの臨床が猿の段階で九割超えでも油断は禁物です。感謝するのは彼女が本当に病気が完治してからにしてください」
「…分かりました……。ですが、木綿季くんの事をどうかよろしくお願いします……!!」
「……分かりました。私も彼女の病気が完治するのを祈るまでです」
そう言い出口で倉橋医師と別れ、駅までの道を歩いていると声をかけられた。
「修也さん……」
「っ!なんだ、明日奈だったか……」
「……教えて」
「?」
「今、何を話していたの……!?」
明日奈の必死めいた声色に修也は少し考えたのち答えた。
「……明日奈、少し歩きながら話そう。こっちも彼女のために急がなければならない」
「……分かった」
修也のただならぬ雰囲気に明日奈は小さく頷くと二人で駅まで歩き始めた。
「まず、君があそこにいた理由を聞かせてくれ」
「ええ、もちろん」
そう言って明日奈はなぜあそこにいたのか説明をした。
元々紺野木綿季はALOであの絶剣と呼ばれるユウキというプレイヤーであの二十七層のボス戦以降、別れてしまい。スリーピング・ナイツと言うユウキのいたギルドの一人からここの情報を聞き、今日来たのだと言う。
「じゃあ、私も言ったから今度は修也さんね」
「少し、守秘義務で話せない部分もあるがいいか?」
「それでも良い。教えて」
「…分かった。では話せる事を話そう……」
そして修也は淡々と明日奈に話し始めた。
「ます彼女がHIVに感染したことは聞いたか?」
「えぇ…輸血で感染したって……」
「そうだ、そこで彼女は治療のために今はメディキュボイドに三年間フルダイブの世界で生活をしている」
「うん……それも聞いた」
明日奈は思わず拳を強く握ってしまっていた。その様子を見つつも修也はさらに話をつ助けた。
「現在の彼女はアメリカで承認されたばかりのHIV対抗薬で毎日を生きている。だが、つい先月にHIVの本格的治療を目的とした医療機関が人での臨床実験のために今、世界中からHIV感染者を募っている」
「も、もしかして修也さんが居たのって……」
「……そうだ、日本での臨床試験枠に彼女が選ばれた。と言うわけだ」
そう言うと明日奈は目を大きく開いて修也に聞いていた。
「じゃ、じゃあユウキは…直るの……?」
「それは分からない。今の所、猿で行った実験では九割の成功を収めたそうだが、それでも一割の確率で薬が効かないんだ。もしその一割に今回の紺野さんが入ったら?」
「……」
修也から話される現実に明日奈はひどく落胆をするもそこに修也が希望を見出した。
「だが、彼女が今回の臨床を受けた事を私はホッとしているよ。少なくとも今よりは病気が完治する確率はグッと上がる。あとは…彼女の病気が治る事を神に祈ることしか出来ない……」
「……」
思わず明日奈と修也は空を見上げる。おそらく同じ事を思っているのだろう。駅に到着した二人は改札を通って列車に乗り込み、帰路についた。
「じゃあ、私はここで降りるよ。あ、今日のことはくれぐれも和人にも言うなよ」
「うん……分かった」
明日奈にそう言い残し、修也は先に降りて乗り換えをして行った。その時の修也の表情を見て明日奈は思わず恐怖していた。