一月十二日
「これじゃあジャイロが敏感すぎる……だからここら辺のパラメータにもっと余裕がないと」
「だけど、急な挙動があった時にラグるんじゃないのか?」
「その辺は、最適化プログラムの学習効果に期待するしかないよ」
「だったらプログラムの事前情報をもっと増やすか……」
「修也はハードの方をやってくれ。あとは俺がするから」
空き教室で和人と、修也達はあーだこーだと話していると和人がパソコンで尋ねた。
「初期設定はこれで良いとして……ユウキさん聞こえますか?」
『はーい!よく聞こえているよ!』
「じゃあ、こっちで初期設定をするので視界がクリアになったところで声を出してください」
『はい!』
今和人達の班が作っている<視聴覚双方向通信プローブ>は現実の音と視界の情報をネットと繋げる機械である。
ユウキはアスナの肩に乗っているような感覚だろう。まるで鳥だ。
和人は調整を終えると明日奈に注意事項を伝え、明日奈はプローブを持って部屋を出て行った。
「……ふぅ、ひとまず安心。と言ったところかな?」
「そうだな」
修也と和人は同じメカトロニクスコースを選んでいるので授業はほぼ同じ物を取っていた。
すると和人が修也に聞いていた。
「そう言えば、あのプローブに使った部品ってどこで集めたんだ?」
「秋葉の電気街で年末と初売りで買い込んだ」
「ちなみにお値段は?」
「
「スゥ〜……聞かなかったことにしよう」
和人がすっと顔を背けながらそう呟いた。実際買いすぎて詩乃に怒られたのは新しい記憶だった。
修也は家を思い出すと苦笑しながら午後の授業に入っていった。
放課後、修也と明日奈、それと木綿季は初めて乗る路線に乗り、星川と言う駅に到着した。
初め、修也が明日奈と同じ柄の制服を着ていたことに驚愕をしていたが、修也の無言の圧力で木綿季は深く詮索しなかった。
「……ここかい?」
『うん、ここまで有難う』
駅に到着した二人は木綿季に言われ、街を見渡すと木綿季は懐かしそうに街を見ていた。
『わぁ…結構変わっているなぁ……』
「ユウキ、行きたい場所って?」
『あ、ごめん。僕のわがままに付き合って貰っちゃって……家の方は大丈夫なの?』
「良いよ良いよ、いつも遅いし……」
そう言い、明日奈達はユウキに指示された通りに歩くとそこには明かりが一つも付いておらず、雨戸も閉まり生活感のなくなった一軒の白い家があった。
「ここ?」
『そう、暮らしたのは一年くらいなんだけどね。で、あの頃の一日一日はよく覚えている……姉ちゃんと毎日走り回って……あのベンチでバーべキューして……パパと本棚作ったりして…。楽しかったなぁ……』
思い出しながら聞こえるその声は懐かしそうに聞こえ、本当に楽しかったのだろうと言う事を証明していた。
『でも、もうすぐこの家も取り壊されちゃうんだ……』
「えっ…なんで……?」
『親戚の人が……コンビニにするか更地にして売りたいんだって……わざわざ遺言書けってVRの世界に来て行ってきたんだよ……』
「……」
「(それは脅迫とほぼ同じじゃないか……?)」
だが、言われてみれば誰も住まず、管理する人がいなくてこの有様だ。親戚としては売りたいのも分かる気もした。
「ユウキって今十五だよね。十六になって好きな人と結婚するのは?」
『あはははは、アスナってすごいこと考えるね。でも良い人がいないなぁ〜』
「ジュンとかはどうなの?」
『ダメダメ、あんな子供じゃ!』
「ふーん、じゃあ修也さんとかは?」
「……は?」
そんなアスナの突拍子もない提案に彼女は一瞬驚いていた。
『ーえぇぇっ!ないない、それはない!修也さんはどっちかって言うとお兄さん的な感じだから……』
「ははは…兄か……面白い言い方をされたものだ」
今までで初めて呼ばれた言い方に思わず笑ってしまっていた。
ユウキはそんな修也を見て少し恥ずかしくなったようにも見えた。
ユウキは恥ずかしさから話題を変えるためにもう一度家を見ていた。
『今日は二人とも有難う。もう一度この家を見られて僕は満足だよ』
そう言うと木綿季の家族の話、明日奈の家族の話となった。
「私も……もうずっと母さんの声が聞こえないの。向かい合って話しても、心が聞こえない。私の言葉も伝わらない。――木綿季、前に言ったよね。ぶつからなければ伝わらないこともあるって。どうしたら木綿季みたいに強くなれるの」
「……」
『僕…強くなんかないよ。全然……』
「そんなことない。私みたいに人の顔色を窺ってビクビク怯えたり、尻込みしたり、全然しないじゃない。凄く……自然に見えるよ」
「……似ているのかもな」
「『え?』」
明日奈とユウキに割り込むように呟いや修也に二人の意識がむいた。明日奈の話を聞いたからか、自分も思わず話したくなってしまった。
「私は…家族がどんなものなのか知らずに育った……」
『……?』
「…自分がまだ小さい時に親戚の勧めで両親とは離れ離れに暮らしていた……そのせいか親というものが分からなくなっているんだ。
父親というのはどんな存在なのか。母親はどんな人なのか、どんなような存在なのか……。終いには両親の顔も忘れてしまったさ」
『…修也さん……』
「それで、日本に帰って来てすぐにSAOの一件で巻き込まれて……それでさらに両親と接する時間も減って……なんとなく赤の他人と言った雰囲気になってしまった……この前実家に戻った時も、どうすれば良いのかを悩んでしまったよ……」
「……」
『……僕は、現実世界でパパやママを喜ばすために自分じゃない誰かを演じていた気がする。家族に元気一杯な様子を見せなきゃいけない気がして。…でも、思うんだ。演技でもいいんじゃないか、って。それで少しでも笑顔でいられる時間が増えるなら。――ほら、もうボクにはあんまり時間がないでしょ? 物怖じしてる時間が勿体ないって、どうしてもそう思っちゃうんだ。最初からドッカーンと行っちゃってさ。……嫌われても構わないんだ。何にせよ、その人の心のすぐ側まで行けたことに変わりはないから』
「「……」」
『それに、僕が逃げてもアスナは追いかけて来てくれた。ーー昨日モニタールームで見たアスナを見て明日奈の気持ちがすっごく伝わってきた。本当に……本当に嬉しくて涙が出ちゃった』
ユウキは一瞬言葉に詰まらせながら続けた。
『……だから、お母さんともあのときみたいに話してみたらどうかな、気持ちって、伝えようとすればちゃんと伝わるものだと思うよ』
この時、明日奈から静かに涙が溢れていた。
明日奈と分かれ、家に戻った修也は詩乃の出迎えを受けた。
「おかえり、修也」
「ああ……」
修也が玄関から上がると詩乃が上着を持ちながら聞いてきた。
「何かあったの?」
「……いや、何でもないさ。…ちょっと出掛ける。帰りは遅くなるかもしれない」
「……気をつけてね」
何か察した様子の詩乃に荷物を預け、キーを持った修也はバイクを走らせた。
修也はバイクを走らせていると携帯に電話があった。相手は……母からだった。
「もしもし?」
『あ、修也?よかった、ちょっと付き合って欲しいんだけど』
「……良いよ。どこに行けばいい?」
『じゃあ、八時に〇〇レストランに来て。お父さんも一緒に来るから』
「分かった」
そうして電話を切った修也はバイクを走らせると母に指定された場所まで向かって行った。
母に指定されたレストランに着いた修也は近くの駐輪場にバイクを停めると店の扉を押して中に入った。
この店は両親がお気に入りの店で、二人が見合いをした会場でもあるそうだ。
名前を伝えて通された個室には既に母が座って待っていた。
「母さん」
「あら、思ったより早かったわね」
「近くを走っていたから」
そう言い母の正面の席に座っていると扉の開く音と靴の音が聞こえ、個室にスーツを着た父が入って来た。
「待たせたな」
「今来たところよ」
そう言い、父が母の横の席に座ると食事が始まった。
前妻が出され、三人は静かに食事をしていた。静かな時間が過ぎる中、最初に父が口を開いた。
「修也、あの学校はどうだ?」
「良いと思っているよ…友人とか知っている人がいるから……」
「そうか……」
すぐに話が終わってしまい、どうしようか困っていると母が父に注意をしていた。
「あなた、もっと話題を持って来なさいよ……ごめんね修也、父さん昔から口下手だから」
「良いよ良いよ、気にしていないから」
修也はそう返事をしていつも通りの表情をしていると母が話しかけた。
「実はね……今日来て貰ったのはお父さんから言いたいことがあったのよ」
「言いたいこと?」
「ええ」
母はそう良い父に視線を向けると少し黙った後に口を開いた。
「修也…お前にはできればゲームをやめて欲しいと思っていた。あんな事があったからな……だが、お前はそれでもゲームの世界に没頭していた……」
「……ごめん」
それほど心配させていたかと思って頭を下げてしまうと、父は頭を上げさせた。
「謝るな、お前には散々迷惑をかけてしまったんだ。普通に送れたはずの人生を台無しにしてしまったのは親である私たちの責任だ」
「……」
「……修也、お前の出自がどうであれ。お前は私達の子だ、そこは履き違えるなよ」
「……分かったよ。父さん」
修也と藤吉はお互いに少しだけ笑い声を浮かべると藤吉は修也に聞いた。
「ところで修也、今度ガンゲイルオンラインをやろうと思っているんだが……」
「え?」
「ほら、お父さん昔そういう仕事していたから……どうせなら修也の作ったゲームで昔の感覚を思い出したいんだって」
「……」
思わず唖然とした表情で父を見ると父はいつもに増してやる気十分と言った様子だった。むしろ仕事をしている時よりも元気にも見えた。
「そういう事だから、今度あったら教えてくれ」
「あぁ…うん、分かった……」
そうして久しぶりの家族の食事は楽しく終わった。帰り際、迎えの車に乗り込んだ父と母を店先で見送った。
「修也」
「どうした?」
「たまには家に帰って来い。母さんが悲しむぞ」
「っ!……分かった」
「じゃあ、詩乃ちゃんにもよろしくね」
「うん、また」
そうして黒塗りのワンボックスカーを見えなくなるまで見送ると修也はバイクに跨って家まで帰宅をした。