「……状況は?」
サブコントロール・ルームで藤吉が問う。今の彼は足のガーゼから血を流しつつも平然と立ち、片手には拳銃を持っていた。ちなみに言うが彼は現役の国務大臣である。
それに答えるのは一人の自衛官であった。
「はっ!第一・第二耐圧隔壁の完全封鎖、及び非戦闘員の船首ブロックへの退避完了を確認致しました」
「どのくらい持つか?」
「爆薬を使われれば…ですが恐らく……」
「だろうな……」
敵の目的は第一隔壁の近くにあるのはライトキューブクラスター……『A.L.I.C.E』の奪取だとすれば、ターゲットを破壊するような工作は避けるだろう。
「こちらの被害は?」
「……閣下と自衛官二人が軽傷です。民間者に怪我人はおらず、重症者はいません」
「船体の被害状況はどうだ?」
「船底ドック及びドックからメインコントロール・ルーム間の隔壁は遠隔操作ができません。
更に深刻なのは、正電源ラインを切断された影響で……電力自体は副ラインから各所へ安定供給されていますが、制御系を再起動しないとスクリューを回せません」
「こりゃ、ヒレのない海亀だな……」
「ロアシャフトの一番から一二番までの区画も……完全に占拠されてしまいました」
報告を聞いて菊岡は頭が痛かった。たかが公務員の負傷という事になるが、藤吉は現職の国務大臣。私的な用事とは言え出先で負傷。それもどこぞの訓練された部隊との交戦で負傷となれば国際問題になるのは確実だった。
むしろ拳銃一丁で護衛よりも前に出て真之と共に前線を張って、それでいて敵部隊を何人が脱落させるという、リアルチート人間を見た様な気分だった。
だが、同時にここに自衛隊最強格の人が二人も居た事に若干の安心感が生まれていた。
だからと言って菊岡にとっては先輩と教官、これから何を言われるのかヒヤヒヤして仕方がなかった。
「メインコントロールと第一STL室、そして、原子炉までが軒並み制圧されたわけか…不幸中の幸いが破壊ではないといったところか…そうでなければ、もうここも爆弾か何かを使って突破し、占拠もしくは破壊工作をもっと仕掛けてこないと不自然だ。だが、そうなると、連中の正体が何者なのかという話になるわけだが……比嘉君、何か意見はあるかな?」
状況を整理し終えた藤吉は、目的を推測した上で、襲撃者の正体について考察を始め、比嘉に意見を求めた。
比嘉はコンソールを操作し、大画面のモニターに襲撃時の録画映像を一時停止の状態で映し出した。銃弾を受けたはずなのに平然としている藤吉に苦笑しつつも比嘉が言った。
「この装備と身長だとアジア人っすかね……」
「少なくとも、どっかの国の特殊部隊だろうな……」
「いや、動きは米国に近い。…恐らくはビビリのNSAだろうな……」
しれっととんでもない事を言う真之に菊岡達は感嘆の声と恐怖を抱いた。
菊岡曰く『もう米寿を超えると言うのに見た目が五十代から変わらないリアルスーパーサ◯ヤ人』。その本人である真之は菊岡の言い分に眉を細めて不満げにしていた。
「どうりで動きが速いわけだ。奴さん、真っ直ぐここまで来たからな…恐らく護衛艦が離れたのも……」
真之が推測をしている間、菊岡は比嘉に聞いていた。
「システムはどうだ?」
「問題ないっす。専門家でも難しいレベルには。まぁ、その影響でこっちから排出するのも無理っすけど」
「それなら問題ない。だがこっちは……」
菊岡は藤吉達の方を見ると彼らは畝っていた。
「うーむ、横須賀司令部にここに俺と義父がいる事は伝えたか?」
「ええ、先ほど伝えましたが……返答はありません」
「そうだろうな……奴ら、恐らく上層部とコネクションがあるはずだ。護衛艦に突入命令が出た頃にはライトキューブを確保して、ここを去ってしまっているだろう……追跡不可能な場所にまで逃走したところでな」
「……これが終われば
真之の一言に菊岡のみならず、ここにいる自衛官全員の肝が一瞬で絶対零度まで下がり切ったが、そんな事に気づかず、凛子は比嘉に聞いていた。
「……それで、ライトキューブの排出はアンダーワールドでもできるの?」
「そうっす。メインシャフトの真ん中にあるライトキューブクラスターから、対象のキューブが取り出されて、エアチューブ経由で任意のコントロール・ルームまで運ばれるんです。取り出し口はそこのコンソールにありますよ……もちろん、メインコントロールにもね……」
菊岡がコンソールを触り、映像を切り替えるとそこにはSTLで横になっている和人と修也の姿があった。
いきなり修也達が出てきた事に詩乃達が驚いていると菊岡が言う。
「比嘉君、彼らの状況はどうなっている……?」
「…はっきり言えば、キリト君は最悪の一歩手前。ブレイド君は
二人の状況を聞いて彼らを知る者達の目が一斉に細まる。詩乃や明日奈に至っては硬直してしまっていた。比嘉は説明をする為に二人のフラクトライトを見せた。
「まず、キリト君ですが……デス・ガン最後の一人に襲われて、ニューラルネットワークに損傷を負ってしまったキリト君を治療するために、我々はこれまでのテストダイブ同様に、彼の記憶をブロックしてアンダーワールドにダイブさせました。
ところが、何故か彼の記憶はブロックされていなかった……キリト君は現実世界の桐ヶ谷和人のまま、アンダーワールドに放り出されてしまった……これは推測ですが、襲撃によるダメージによって、フラクトライトが不安定となっていたから起こったことだと思われます」
「ちょ、ちょっと待ってよ……!それなら、彼は……加速されたアンダーワールドで、彼ら自身としてどれぐらいの時間を過ごしていたというの?」
「…およそ二年です……」
「「(二年!?)」」
明日奈達が驚くのも無理はなかった。しかも、修也に至ってはそれよりもっと長く、二十年近い時を過ごしているという。
その事に絶句する二人だったが、比嘉はキリトの状況を説明した。
「その道中は決して易しいものはなかった筈です。しかし、彼らはそこに辿り着いた。
新たな『A.L.I.C.E』の覚醒の確認と奴らの襲撃が重なってしまい、ログの確認が遅れてしまいましたが……公理教会との闘いの中で精神的なダメージをフラクトライトに蓄積してしまっていたみたいなんです。
特に、通信直前に起こった戦闘の前後でそれが顕著に見られていました……そして、通信を開いていたその時でした……黒づくめの連中が電源ラインを切断し、ショートによって発生したサージ電流がSTLの出力を瞬間的に上昇させた……
その結果、自身を責めていたキリト君の自己破壊衝動が現実的なものになり、治療していた筈のフラクトライトのダメージまでもを巻き込む形で拡大し、彼の自我を非活性化させてしまった」
「自我を非活性化する……?それはどういう意味なの?」
「こちらの映像を見て下さい」
神代の疑問に答えるべく、比嘉はモニターの映像を変える……そこには、白い靄の真ん中に真っ黒な穴が空いてしまっている映像が映っていた。
「映像に映っているこの穴…ここに本来あるべきものは、言うなれば主体……セルフイメージなんです」
「セルフイメージ……?自ら規定した自己像ってこと……?」
「そうです…どうやら、僕らの意思決定は“自分はこの状況でそれを行うか否か”というフラクトライトの中のイエスノー回路を経由するようです。例えば、牛丼屋に行って、牛丼を食べ終えた時……二杯目を食べるかどうかを判断する際、自身の状況ではなく、自らの意思に沿って判断する……それがセルフイメージによる処理結果というわけです」
説明に素人である明日奈や詩乃にもなんとなくではあるが伝わった。
「キリト君の場合、フラクトライトの大部分は無傷です。しかし、問題の回路が機能していないので、今の彼にできるのは…おそらく染みついた記憶による反射的なリアクションのみでしょう……。
自分が誰なのか、何をするべきなのかも分からず、自分からは何も言うことはない……言うなれば、自我を喪っている…そんな状態ではないかと……」
「……………………」
「そして、ブレイド君ですが……」
そう言い、比嘉はフラクトライトを見せると、そこには相変わらず真っ黒なフラクトライトの映像が流れていた。そして比嘉が映像を推移させると凛子が違和感に気づいた。
「あれ?これって……!」
「そうっす。彼のフラクトライトは一瞬だけ観測されたんっす」
そう言い、比嘉は映像のあるポイントで止めるとそこにははっきりと映るフラクトライトと、活性率の映像があった。
「「!!」」
明日奈達はその映像に驚いていると比嘉がさらに話し続ける。
「でも、この後すぐにフラクトライトは観測不能に戻ったっす。それに、これは災い転じて福となる。そうとも言うべき事柄っす」
そう言うと比嘉は淡々と説明をした。
「まず初めにカセドラルで戦闘をした時に、彼のアカウントに異変があったんっす」
そう言い、IDを見せるとそれに菊岡が反応した。
「っ!?なんでこのアカウントが……??」
「さあ、俺にはさっぱりっす…本来ここにあるべきではないアカウントが何故彼に適用されたのか……」
「「「「「?」」」」」
菊岡と比嘉の話に全員が疑問に思っていると比嘉がハッとした様子で話す。
「とにかく、今ブレイド君が使っているアカウントの名前は《月神ノスフェラトゥ》。ダークテリトリー側のスーパーアカウントの一つっす」
「ダークテリトリー?」
凛子の問いに比嘉は頷く。
「そうっす。だけど本来このスーパーアカウントは人界側にはない物です。しかし、何故彼がこのスーパーアカウントを使っていたのか理由は分かりませんが……」
そう言うと比嘉は少し深刻に今の修也に起こっている事を伝える。
「率直に言うと今の彼は非常に危険
「……だった?」
詩乃の疑問に比嘉はこう答える。
「これがさっき僕が言った事です。電力がサージする直前、彼の使うSTLに本来であれば存在しないシステムが働いていたっす……」
そう言う比嘉の声は少し言いにくそうであった。
「…彼の使っているSTLには……ナーヴギアと同じシステムが使われていたっす。つまり、脳を焼き切る電磁波が組み込まれていたと言う事っす」
「「「「「っ!?!?!?」」」」」
比嘉の放った一言に全員が絶句した。すると比嘉はその時の状況をログを見ながら説明する。
「ブレイド君がカセドラルで体力が全損した時。本来であればそのままログアウトをするんっすけど、その時にログアウトではなくナーヴギアに組み込まれていたシステムが起動して脳破壊シークエンスが発動したっす……」
比嘉の言葉に詩乃が震えながら聴く。
「じゃ、じゃあ…修也は……」
絶望した表情で聴く詩乃に比嘉は一息つくとこう答える。
「あぁ、その心配はないっす。何せ、サージが起こった時にそのシステムも電源を落とされた影響で破損してしまった見たいなんっす。だからさっき災い転じて福となしたって言ったんすよ」
そう言うと詩乃は心底ほっとしたのか床にへたり込んでしまった。それには明日奈もホッとした様子で詩乃に寄り添っていた。比嘉の話を聞いて藤吉達が比嘉に聞いた。
「比嘉君。そのシステムは取り除くことはできるか?」
「そうっすね…彼の使っているSTLに向かってデバイスを直接取り除けば……だけど、それをするには一旦彼にはログアウトして貰わなければいけないっす。
ですが、機械のログから推測するに、今の彼は
「ならば…「行きます」っ!詩乃君……」
藤吉が行こうとした事を詩乃が言い、明日奈も同じ様に言う。
「私も、行きます。キリト君の所に……」
「君たちならそう言うと思ったよ……確かに第二STL室は空いていて、使用が可能だ……だが、アンダーワールドは君たちが体験してきたVRMMOとは何もかもが異なる世界だ……君たちのことを守らなければならない僕からすれば、賛同するわけにはいかない」
「私は、修也に助けられました。それに、今は修也に聞きたいことが沢山あります。だから、行かせてください」
「私も、キリト君の側に行って、言ってあげたいんです。君はできる限りのことはしたんだって……」
変わらぬ二人の意思に菊岡は真之達に一瞬視線を向けると、彼らもそっと目を閉じて無言で菊岡にメッセージを向けた。
「はぁ…仕方がない。今のアンダーワードは最終負荷実剣の直前だ。そこでA.L.I.C.Eが殺されてしまうと言うこともあるか……」
「ちょっと待って。最終負荷実験って?」
「人界とダークテリトリーを繋ぐ東の大門の耐久値がゼロになって怪物の軍勢が人界に雪崩れ込むんです。人間たちが十分な防衛策を整えていれば、侵略を押し返せる筈です。ですが、キリト君達が公理教会を倒した影響でどうなっているか……」
凛子の問いに比嘉がこう答え、真之達は戦況は厳しいと判断していた。そして藤吉が比嘉に言った。
「比嘉君。二人にスーパーアカウントの用意だ」
「えっ!?スーパーアカウントはその性能が凄まじい分、特殊能力を使った反動も酷いんですよ……!?」
「君は戦場に行く彼女達に素手で行けと?行かせるなら最善の装備でなければ……第一、彼女らにする事は本来であれば我々がやらなければならない事だ。
それを一般人の彼女らが自らやると言うのだから我々は彼女らの安全の保障をしなくてはならない。すぐに始めてくれ」
「りょ、了解っす……」
藤吉の圧力に比嘉は頷くと早速キーボードを叩き始めた。その横で菊岡がスーパーアカウントについて説明をしていた。
「スーパーアカウントの固有名……創世神ステイシア、地母神テラリア、太陽神ソルス……これにダークテリトリーに属するスーパーアカウント暗黒神ベクタ、月神ノスフェラトゥ。この五つが現行のアンダーワールドにて創世記に存在したとされる神々のことを指している。二人にはこの内ステイシアとソルスを使ってもらう。君たちはすぐに準備向かってくれ。
コクッ
二人は頷くとそのまま部屋を後にした。残った真之と藤吉は後悔の念を抱きながら言う。
「なんとも恥ずかしいものだ。本来守るべきである国民に国から危険に晒させるわけなのだから……」
「彼女達が望んだ事だ。これ以上何も言えまい……藤吉、衛星電話はあるか?」
「何を…あぁ、そう言う事……」
藤吉は今から真之が何をしようとするのか理解できたので真之に大きなアンテナのついた分厚い携帯を渡し、真之は携帯の電話番号を押してある相手を呼んでいた。
『創世記』第一章三節の一部より
創世神ステイシア様は自身のお力を用い。不毛の大地に山脈を築き、そこに楽園をお作りになった。ステイシア様より授かった大地に我々は楽園を築くことを誓い、日々開拓の日々を過ごした。
私たちが人外に楽園を作る間、ステイシア様は外の世界にも足を運びそこに居る者達との融和を図った。
ステイシア様は旅を続ける中、ある人物と出会った。その者は自らをヴラッドと名乗り、ステイシア様の旅に加わらせて欲しいと懇願した。ダークテリトリーとの融和を望んでいたステイシア様はヴラッドを旅の仲間に引き入れたのだった。