「では、これより軍議を始める」
ファナティオさんとカーディナルさんが壇上に立ち、話し始める。
天幕にはベルクーリさんや整合騎士たち、補給部隊や治癒部隊、神聖術部隊の長が集まり、アリスに連れてこられた自分はアリスの一段後ろで話を聞いていた。
「この四ヶ月で多くの作戦をカーディナル殿と話してきましたが、現状の戦力で敵勢力を押し留めることは困難です」
それはこの場にいる整合騎士の数が物語っていた。戦力の要であるはずの整合騎士の数が十三人しかいないのだ。どうやら、チュデルギン『記憶に問題がある』と称し、整合騎士以前の記憶を取り戻しそうになった者、もしくは、整合騎士として不適合だった者に対し、再調整と称した精神魔法をかけたそうだ。つくづく彼奴らは余計なことしかしないと内心舌を打ちつつ、話を聞いていた。
「我が軍五千人に対し、敵は5万。このまま戦えば苦戦どころか帰ってこちらがやられてしまう」
「そこで我々はブレイド・ソド・ワラキアの残した本に則り、東の大門に続く渓谷に防衛戦を展開することにした。縦陣に槍や盾を持たせた部隊を配置。防錆線を敷きながら投石器を使って突撃してくる戦力を削っていく。これが基本じゃ。渓谷内にはいくつか罠も仕掛けており、敵の戦力を少しでも減らしていく」
「何か質問は?」
ファナティオにそう言われ、一番に手を挙げたのはエルドリエさんだった。
「迎撃に関してですが、敵軍には大弓を装備するオーガの軍が、そして、一層危険な暗黒術師団も存在します。それらの遠距離攻撃にはいかなる対応をするつもりですか?」
「これは危険な賭けですが……峡谷の底は昼でも陽光が届かず、地面には草一本生えていない……。つまり空間神聖力が薄いのです。
そこで、開戦前に我らが根こそぎそれを消費してしまえば、敵軍は強力な術式を撃てなくなるでしょう。
もちろんそれは我が方も同じ道理です。しかし、こちらにはそもそも神聖術師は百名程しかおりません。術式の撃ち合いとなれば、神聖力の消費量は敵方の方が遥かに多い筈です」
ファナティオの意見に天蓋にいたほとんど全員が頷いて納得する。
「……成程。副長殿の言は正しかろう。しかし、神聖力が枯渇してしまえば、傷付いた者の天命の回復すらできなくなるのではないか?」
「それはご尤も。しかし、そうでもしなければ敵が神聖術を使ってこちらの防衛戦に穴を開ける可能性がある。だからカセドラルの宝物庫から高級触媒と治療薬をかき集めて持ってきた。これで三日……いや、五日はもつじゃろう」
そう言うと色々な人から幾つかの質問を受け、それに返答するカーディナルさんとファナティオさん。するとアリスが質問をした。
「カーディナル殿……いかにソルスとテラリアの恵みが薄いと言っても、あの谷には長い年月の間に膨大な神聖力が蓄積されていると話だった筈です。それを一体どのようにして一気にかつ開戦前の短時間で根こそぎ使い尽くすというのですか?」
「それはできるのは唯一人…お主じゃ、アリス」
「えっ……!?」「!?」
自分も、アリスも驚いてしまった。その役はてっきりカーディナルさんがやると思っていたからだった。するとカーディナルさんは続けた。
「気付いておらぬじゃろうが、お主の力も整合騎士の範疇には収まらないものになっておる……下手をすれば、わしと同格かそれ以上かもしれぬ。だからこそできる筈なのじゃ、神の如く天を割り、地を裂く強大な術を使うことがのう……」
軍議後、僕はアリスと一緒に歩いていた。それはカーディナルさんがアリスに術式を渡したこともあったが、その後に続けられた指令に若干の困惑をしていた。
『ユージオは全体の戦況を見て、敵の進軍に穴を開けて欲しい』
その為にアリスと共に空に上がって欲しい。と、そう言われ、僕は困惑しつつもそれを了解していた。現在、僕たちは防衛戦を行うという渓谷の陣地を見に訪れていた。
「……ユージオ」
「っ!?どうしたの?」
アリスから話かけてきて少し自分はびっくりしてしまった。さっき怒っていた事についての話かと思っていたが、どうやら違うようだった。
「さっきの話。ユージオはどう思っているの?」
「さっきの話?」
そう、問いかけるとアリスはさっきカーディナルさんに割れていたことを呟いていた。
「『神の如く天を割り、地を裂く強大な術』、それを私に使えるのかなって言う……」
「あ、あぁ……」
なんだそう言う事か。と思ってしまった僕は内心ほっと思いながらアリスに向かって言った。
「出来るよ。アリスは……」
「どうして?」
「アリスは昔から神聖術が上手だったから」
「……」
それでも心配と言った表情を浮かべるアリスに僕は思った事をふと呟く。
「それに、『無理が通れば道理も引っ込む』って言うしね。僕とアリス、キリト達でカセドラルを登った事だって無茶の一つだ。それに……最高司祭を倒した事だって無茶の一つさ。
だから、僕は思ったんだ。どんなに無謀なことでも、どんな無茶でも、誰かを想う気持ちがあればきっとそれは叶うって事にね」
「……」
「だから僕はアリスが出来ると信じている」
「っ//それは……」
いきなりの話にドギマギする自分にユージオは意を結したような表情で言った。
「……アリスに何があっても、僕が守るよ」
ユージオの宣言に、私は小さく頷くとユージオに向かって言った。
「……ええ、お願いね」
そう言い、ユージオと私は優しく微笑んだのだった。
「(これで、さっきのことはチャラにしようかな……あ、でもやっぱりダメ。あの子の目はユージオを狙っていた目をしていたから……)」
ユージオを見てアリスは内心そんな事を思っていた。
「(凄いな…これ全部罠なんだ……)」
ユージオは渓谷内に無数に置かれたものを見て思わず呟く。東の大門の前から格子状に組まれた拒馬という障害物や、狼穽という落とし穴まで作られていた。下手に歩くと罠に引っかかるからと、言われた場所から出てはいないが、おっかないと思っていた。視察を兼ねてカーディナルさんにお願いしていたが、かなり堅牢な作りになっているようだった。
視察を終え、そのまま自分用の天幕に歩き、中に入った。
「ふぅ……」
この戦争は勝てるのだろうか。
ふとそんな疑問が浮かぶ。東の大門から侵攻して来るダークテリトリー軍を迎え撃つ。相手はこちらの十倍、単純に一人頭十人は倒さなければいけない。少しきついのでは無いかと思ってしまう。そんな事を考えているとチリンという音と共に天幕に誰かがやってきた。
『ユージオ先輩。今、いますか?』
「あ、ああ。入ってきて」
『失礼します……」
そう言い、天幕に入ってきたのは昼間に出会ったティーゼだった。僕は咄嗟にティーゼに紅茶を淹れて渡す。カップを受け取ったティーゼは少し間を置くとユージオに聞いた。
「ユージオ先輩。その……アリス様とはどのような関係で?」
「え?」
「あ、いえ…アリス様を親しくされていたようなので。その…どのような御関係なのかと思いまして……」
ティーゼの問いにユージオはどう返答したものか困ってしまった。
「(どうしよう……)」
ユージオはさっきアリスと話した時に感じたものを思い返す。
「(きっとアレが
ユージオはそう思ってしまい、ティーゼにどう答えようか困ってしまった。
「(こんな時、ブレイドがいたら……)」
そう思ってしまった。普段から色々と相談事にのってくれて、信頼できる友人に今の悩み事を聞いて欲しかった。だけど……。
「(ブレイドだったら『自分で決めろ』って言うのかな……)」
基本的に人の内面の事情には干渉しないブレイドだからそんなふうに答えられるのだろう。どんなふうに言われようと、答えは出さないといけない。
「(だけど、ティーゼを傷つける事になってしまう……)」
そう思った時だった。
『(本心を言うんだ)』
何もないところから聞こえた気がした。その声は自分が最も必要とする親友の声な気がした。思わずハッとなってしまったが、僕はすぐに平常心を取り戻す。
「(本心を言う…成程……
そんな親友の助言に感謝しつつ、緊張した顔付きでティーゼに言った。
「ティーゼ……」
「はい……」
「アリスとはね……幼い頃一緒だったんだ」
「そうなんですか?」
「うん、そう。アリスと僕は幼い時に一緒でね。ある出来事がきっかけで別れてしまったんだ」
「……」
僕の話をティーゼはしっかりと聞いてくれた。その目に心が痛みつつ、僕は話を続けた。
「でも、こうして再開できた。僕にはそれがとても嬉しかった…本当にね……」
「……」
そこで一息吸って覚悟を決めたユージオはティーゼの目をしかりと捉えた。
「だから、もう二度とあんな事を繰り返したくないと思ったんだ…僕にとってアリスはね……
ずっとそばに居て欲しい、居たいっと想う存在なんだ」
「っ……!?」
僕の言った事に衝撃を受けた様子のティーゼ。行ってしまったと後悔する僕。するとティーゼは徐に立ち上がりながら言った。
「そう…だったんですね……」
するとティーゼは席を立って天幕を後にするように歩き出す。
「…教えてくださって……ありがとうございました……。失礼しました……では」
そう言い残すとティーゼは天幕を後にした。残った僕は名前を呟くことしかできなかった。
「ごめん…ティーゼ……」
天幕を出たティーゼは人の少ない場所で泣いていた。
「先輩…先輩……!!」
ユージオとアリスの関係を知り、自分は納得しつつも悲しかった。アリスがユージオに向けていた視線は自分と同じものだった。だから多分とは思っていたが、いざ言われると込み上げて来るものがあった。
人知れず泣いているとふと真横に誰かが座っている事に気がついた。するとその人は自分に向かって呟く。
『ユージオも君を嫌って言ったんじゃないさ。彼も彼なりに苦労をしていたのさ』
その声は少し曇っており、普通であれば怪しむはずだが、ティーゼは不思議とその優しい口調からか思わず答えてしまう。
「でも…」
『ユージオは優しい子だ。それに……片思いの恋というのもロマンチックでいいじゃないか』
「ロマンチック……?」
聞きなれない言葉に疑問符を持つと横に居た人が答える。
『美しい恋を指すような言葉だ。今の君にはピッタリだと思う。本当に愛する人がいるなら、ずっとその人の事を想っていれば良い。例えそれが実らなくても、愛と言うのは消えないからな』
そう言うと横に座っていた人はたち上がりながら言った。
『じゃあ、私は行くよ……ティーゼ。ユージオが好きなら、好きなままでいると言うのも一つの手だぞ」
「っ!?」
立ち去る寸前、私は鮮明に聞こえて来たその声の主を聞いて、ハッとした。まさか……
「じゃあな、マリー達によろしくと言ってくれ」
咄嗟にその方を見ると既にその姿は人の喧騒の中に消えてしまっていた。ティーゼはその声の主に驚きながらその者の名を呟いていた。
「ブレイド…先輩……??」
『創世日記』130ページより抜粋
ヴラッドは非常にステイシア様の事を気にかけていた。それもそうだろう。旅の初めにステイシア様に拾ってもらい、人界に唯一ついて来たダークテリトリー側の人間なのだから……。
ヴラッドは毎日のようにステイシア様の住む場所に赴き、様子を気にかけていた。その優しい心にステイシア様もご理解なさり、ヴラッドには他の職者よりも手厚い対応をなされた。だが、ダークテリトリー出身という事もあり、ヴラッドを嫌う者も少なからずいた。
そんな彼を守るためにステイシア様は彼を助ける手段をお与えになった。