微睡みから浮き上がりつつあるアリスが最初に感じたのは、人の温かさだった。これは知っているものだった。
ふと瞼を開けるとそこに映ったのは少し傷の増えた様子の青い剣を持った金髪の青年だった。
「…ゆー…じお?」
すると急速に朧気な輪郭は像を結び、はっきりと周りの光景を映し出す。自分はユージオに膝枕されており、そこで今までのことを鮮明に思い出した。皇帝ベクタの駆る飛竜に攫われ、意識を失ってしまった。何と迂闊だったことか。
「アリス…!?」
「ユージオ…!!」
意識が回復した自分はユージオに抱きついた。
「うおっ!」
「ユージオ…ごめんなさい……」
啜り泣きながらアリスはユージオに抱きついていた。
「イテテテテ、アリス…い、痛いです……」
「あっ…ご、ごめん……」
そう言うとアリスは横になって倒れているベルクーリを見てアリスは思わず近づく。
「小父様!!」
そう言うとベルクーリはアリスの方に目を合わせるとアリスに向かって言った。
「おお、起きたか嬢ちゃん……」
そう言うとベルクーリは自然回復した分の天命を確認するとアリスが神聖術を唱えた。
「システム・コール。トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ……」
アリスが天命値移動をしようとした所でベルクーリが彼女の腕を掴んだ。
「おいおい、天命値移動するまでじゃねぇよ」
「し、しかし……」
「ユージオを見ろ。普通に回復術を使っているぞ」
そう言い、指差した先にはユージオが光素を使い、シャスターを治療していた。その事にアリスは自分の気が動転していたことに気がついた。それを見たベルクーリが面白げにアリスに言った。
「慌てんな、まだ俺は死ぬ状態まで天命は減っていない。だから落ち着け」
「は、はい……」
そういい一息付いて息を整えるとアリスは慎重に光素を唱えてベルクーリの回復をしていた。そして回復を終えるとユージオが提案した。
「ベルクーリさん、僕はこれから本隊の援護に向かおうと思います」
そう言うとベルクーリはユージオとアリスを見ながら言った。
「……取り敢えずユージオは嬢ちゃんと休憩していろ」
「ですがっ…!!」
ベルクーリに一言言おうとしたその時、ユージオは眩暈がするほどの倦怠感に襲われ、倒れかけてしまった。それを咄嗟にアリスが支えた。
「ユージオ!」
「それ見たことか」
「無理をするな。若者」
そう言うシャスターにアリスは疑問に思いつつも、ベルクーリが違和感がないように話していたので、自分の気絶している間に何かあったのかと思ってい、喉元まで出かけた所を引っ込めた。聞けばこの三人が暗黒神を倒したそうだ。それを聞いて驚愕していた。
「さて、取り敢えず小休止を取ったらこのままアスナのいる本隊に……」
その時、ベルクーリとシャスターはある気配を北側から感じていた。その方を向くとそこには一つの小さな影が徐々にこちらに近づきつつあった。
「なんだ、あれは……」
「敵…?」
そう思うとその影は徐々に姿を現した。左肩に特徴的な形をした武器らしきものを装備し、アスナとよく似た装飾の装備を纏った人は、上空で制止したかと思えば、ゆっくりと降りてきた。
「…あなたがユージオとアリス。それと、ベルクーリでいいのかしら?」
「は、はい……」
「あなたは…」
「私はシノン。太陽神ソルスの器を借りていると言えばわかるかしら?」
「おいおい、創世神に暗黒神に太陽神かよ。こりゃ地母神や月神が出てもおかしくねぇな」
まだ、ブレイドが月神のアカウントを使っていることを知らないベルクーリは少しげんなりした様子で肩を若干落とし、シャスターはそんなに神が現れていたのかと言う事実に驚愕した表情を浮かべていた。
その雰囲気から敵ではないと感じた僕はシノンさんに聞いた。
「あの…シノンさん。今の戦況は……?」
「アスナ達が赤い鎧の軍勢を抑えているわ。まぁ、敵の数が多すぎて楽観視はできないけど……」
「そうですか…では、休憩が終わり次第北に「ダメよ」っ!?なぜですっ!?」
シノンの遮った言葉に思わず声を失った。
「あなた達にはこのまま南にある果ての祭壇に行ってもらうわ。そこでコンソロールを触ってリアルワールドに通信をすれば…」
「それで逃げろと言うんですか?もう皇帝ベクタは死んだのですよ!それならば、後は赤鎧たちを倒し、ダークテリトリーを抑えるだけでしょう……!?」
「そうでもないのよ」
そう言うとシノンさんは決心したように口を開いた。
「リアルワールド人は…アンダーワールドで死んでも、本当の命を失うわけじゃないわ」
「「「「っ!?」」」」
「皇帝ベクタに宿っていた敵が、新たな姿に宿って…この世界にまたやってくるかもしれないのよ」
あくまでも倒したのはベクタの体。命まで断ち切ったわけではない。その事実にアリスは憤りを覚え、噴火した火山の如く言葉を連ねた。
「では…ユージオかボロボロになって、小父様や暗黒将軍が死にかけ、小父様が決死の一撃で葬った敵が・・・死んでいないと。ただ一時姿を消して、何事もなかったかのように蘇ると……命を賭した闘いが全て無駄だったと、貴女はそう言うのですか!?」」
「…………」
「ユージオ達が満身創痍だというのにだというのに…それなのに…ユージオたちは何のために、その命を懸けたと言うのですか!?こんな……こんな一方の命しか懸かっていない立ち合いなど…まるで……
まるで、ただの茶番ではありませんか!!」
岩山にアリスの悲痛な叫びが響き渡る。自分は反論する権利はなかった。今までやってきたゲームで何回死んだことか。ベルクーリさんやシャスターさん達が何も言えない中、シノンさんはアリスの相貌を見つけながら言う。
「じゃあ、ブレイドやキリトの痛みは偽物なの?」
「……え?」
「あの二人もリアルワールド人。この世界で命を落としても、本物の命は失われない。でも、彼らが受けた傷は本物。傷ついた魂は本物なのよ?」
「っ…」
「キリト達はあんな風にになるまで頑張った。ユージオも貴方を守るために剣を振った。だからこそ、貴女はユージオと一緒に行かなければならないの…敵が再びやってくる前に、今の僅かな時間を使って。貴女たちは向こう側に行かなければならないの」
「「…………」」
そこに嘘はなかった。キリトやブレイドは文字通り死力を尽くして戦った。ブレイドは戦争が始まる直前まで和平の道を必死に探していた。それはこの世界に住まう人の為を想ってのことだった。
それはアスナや、シノンも同じことなのだろう。
「…まぁ、来ちまった訳だな。この時間が」
「小父様…」「ベルクーリさん…」
ふと呟いたベルクーリにアリス達の視線が向く。横にいたシャスターも会話の雰囲気から何をしていたのか予測ができた。
「…このまま何事もなければと思っていたんだがな……お前達はそのまま果ての祭壇に行け」
「小父様!?」「ベルクーリさん!?」
そう言うとベルクーリさんは僕たちを見つめながら言いつけるように話した。
「いいか、よく聞け。今ここで戦い続ければ。それこそ共倒れするまで奴らの蹂躙は収まらない。お前達なら分かるだろう?さぁ、このままリアルワールドに向かうんだ」
「ですが…それではまるで私たちが除け者の様ではありませんか!!」
「
「「?」」
ベルクーリさんの話に僕たちは首を傾げる。
「俺はな、お前達を何よりも大事にしたいからそう言ったんだ。
何のためにエルドリエは死んだ。
何のためにアスナや囮部隊が命を賭けた。
キリトやブレイドが世界を敵に回してまで最高司祭と戦ったのはなぜだ?」
「「…………」」
「これ以上犠牲を増やしたくない。これまでの犠牲を犠牲と思いたくないのなら行け。ベクタが戻ってくるまでに。……さあ、行くんだ」
「小父様…」「ベルクーリさん…」
するとアリスはベルクーリさんの胸に飛び込むと嗚咽を鳴らしていた。
「おいおい、いつもの真面目はどこに行ったんだ」
「無理です…小父様には今まで剣を、術を、私に教えてくださいました…まだその御恩すら返しきれていないと言うのに…」
「御恩か…俺は返してもらった気がするがな」
そう言うとベルクーリさんはユージオを見た。そのことにシャスターとシノンだけがその理由を理解できた。
「これからは一人じゃねぇんだ。お前にも大切な人がいるんだ…何、これで一生の別れじゃねぇんだ。向こうの騒ぎが落ち着けば、また戻ってこればいい。そうだろう?シノンの嬢さん?」
「…このアンダーワールドが無事ならば。必ず帰って来れるわ」
ウチには天才がいるから。と言いかけたところでシノンは言うのを止めた。どこにいるかも知らない、こっちの気も知らない大馬鹿野郎はどうしたのだろうかと思いつつ、シノンは目の前の光景を眺めていた。
「そう言うことだ。これで最後って訳じゃねぇんだ。分かったら行くんだ」
そう言うとベルクーリはユージオを見るとユージオの肩を掴んだ。
「ユージオ、さよならとは言わん。だが、向こうで嬢ちゃんを泣かすようなことはすんな?それは男の恥だと思え」
「はい…分かっているつもりです」
そう言うとベルクーリは二人を南に振り向かせると背中を軽く押して、言った。
「…行ってこい」
「「はいっ!!」」
そう言うとユージオ達は飛竜を呼び、それぞれ乗り込むとシノンが言う。
「果ての祭壇のついたら、向こうで既に準備は整っているから。その人に指示に従って」
「分かりました」
「行こう、アリス」
「ええ…行ってきます。小父様」
最後の挨拶を交わすとアリス達は手綱を握り、飛竜が空に上がる。その様子を見続け、影が米粒程になったところでベルクーリが話しだす。
「……弟子の旅立ちか」
「これはこれで美しいものだ…そうだろう?」
「はっ、それは違いねぇ」
実にイケオジな発言をする二人は次にシノンを見た。その目は戦いをする戦士の眼差しだった。
「さて、これからどうするか…」
「ベクタの本体が来ると言うことはまたここから現れる可能性が高いか……」
しばしの思考の後、シノンが口を開いた。
「…その役目、私にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「…シノンの嬢ちゃん」
「先ほどの戦いでお二人は疲労をしていると思われます。ちょうど、ここに来る前、東の大門から移動中の投石器部隊に敵が迫っていると聞きました。出来ればそちらの対処をお願いしたいと思っています」
「疲労と言いながら老骨に鞭打ちと来たか…」
少しだけ愉快そうに話すベルクーリにシャスターが話しかける。
「何、所詮は雑兵。俺たちの剣の天命すら削まい」
「はははっ!そいつぁ違ぇねぇ」
そう言うとベルクーリはシノンを見ながら飛竜を呼んだ。シノンの目に浮かぶ熱意に、ここは任せても良さそうな気がしたのだ。
「嬢ちゃんがそう言うなら、俺たちはそっちに向かう。後を頼んだぜ」
「はい、分かりました」
そう言うと二人は飛竜に跨り、飛んでいった。荒原に一人残ったシノンはいつ来るやも知れぬ敵を待ち構え、思わず手に愛し人の作った小銃を握っていた。
「お願い、力を貸して……」
その呟きに、小銃が答えるようにあわく光ったことに気づく事はなかった。