ソードアート・オンライン 赤色の記録   作:Aa_おにぎり

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#39 再ログイン

赤鎧を貫いた右拳からバキバキと骨の折れる音がする。手からは血が流れ、イスカーンはその拳を眺める。

今の彼は身体中の肉が張り裂け、血を流し、立っていられるのが不思議なくらいだった。

 

「…見事な戦いぶりでしたよ。チャンピオン」

 

その横で副官が話しかける。二万ほどいた赤い鎧は三千ほどまで減った。しかし、こちらも残ったのは三百人ほどで、あとは押しつぶされる未来しか見えなかった。

しかし、相手が円陣を組めなかったのは一重に一人の整合騎士の活躍があったからだった。

 

 

 

 

 

「は…ああぁぁあああ!!」

 

整合騎士シェータは鉛のように重い体を動かし、黒百合の剣を振りかぶる。鈍い風切り音と共に赤い鎧を砕く。直後、手首から膝にかけて張り裂けるような痛みが走る。

《無音》と言う二つ名に全く似つかわしくないひび割れた声が喉から溢れる。罵声と共に倒れる敵兵から刀身を引き抜き、息を荒くつく。心意が通りにくいのだ。まるで影と戦っているかのように、本当はこの場にいないもの達をどこか遠くから写した影絵の軍隊。

自分がこれほどまで切る事に嫌悪感を抱いたのは初めてだ。自分はただ斬る事しか知らないはずの人形なのに・・・

 

『斬って斬って斬り続けなさい。その血塗られた道の果てに貴方の呪いを解く鍵があるかも知れないわ』

 

最高司祭に言われた事が、私には分からなかった。しかし、その命に従い今まで幾多もの時を掛けて多くの人を、多くのものを斬り続けてきた。そしてそこで見つけたのだ。そんな人、物よりも固い一人の拳闘士に。

また戦ってみたい。だけど、何だろうかこの胸の痛みは・・・

 

ーーキシッ

 

不意に右手から微かな音が聞こえた。シェータはそこで持っていた黒百合の剣を見ると、その漆黒の刀身の中方からひび割れていたのだ。

 

「(あぁ、そうか……)」

 

そこであらゆる疑問が解消した。最高司祭の言った呪いとは何だったのか、理解した。シェータは滑らかに赤鎧の攻撃を回避すると右手の剣を鎧の中央に差し込んだ。しなやかに敵の命を奪った黒百合の剣は無数の黒い花弁が落ちるように砕け、ポリゴンへと変わっていった。

 

「ーー長い間、ありがとう」

 

砕けた黒百合の剣を見届けると彼女は拳闘士の居る小さな丘へと自分の飛竜と共に向かった。

 

「すまねえ…大事な剣、折らしちまったな」

「いいの。私がなぜ…あらゆるものを斬り続けてきたのか、やっと分かったから…」

 

地面に膝をつくと彼女は若い拳闘士の指十本を掴んだ。

 

「それは…斬りたくないものを見つけるために、守りたいものを見つけるために、私は闘い続けた。そして、それは…貴方。だからもう、剣は必要ない」

 

一瞬、大きく見開かれた拳闘士の左眼に涙が浮き上がったのをシェータは少し驚きながら見つめた。若者は歯を食い縛り、喉を鳴らしながら囁いた。

 

「ちくしょう…あんたみたいな女と所帯を持ちたかったな…そうすりゃ、俺とあんたに似た強いガキが生まれただろうにな…先代より、俺より…ずっと強い…拳闘士の子がよぉ…」

「それは駄目よ…その子は強いんだから、私以上の騎士にしないとね……」

 

二人は見つめ合い、同時に微笑む。優しい巨漢に見守られながら二人は抱き合い、並んで座った。

残った拳闘士と、一人の整合騎士。一頭の飛竜は赤い歩兵がジリジリと近づいて来るのを無言で待っていた。

 

イスカーンは霞む右目で赤い兵士を見る。これで最期なのだと思い、シェータの右手を強く掴む。すると同じように握り返され、心地の良い痛みが広がる。そしてそっと目を閉じようとしたその瞬間。

 

「…あれは」

 

視界の先に接近してくる部隊を見た。それを見たイスカーンは驚愕した。

 

「オーク…!?何でこんなところに!?」

 

東の大門で待機していたはずのオークの部隊がこちらに接近してきていたのだ。そしてその先頭を走る人物を見て二度目の驚愕をする。

 

「あれは…地母神…?」

 

先頭を走っていたのは黄色い髪をたなびかせ、若草色の装束から伸びる手足は眩しいほどに美しい。間違いなく人族、人界の若い女だった。それにあれは、オーク族の指揮をとっているようでもあった。普段から自分たちに憎悪を持っているはずのオークが人族を守っていた事にイスカーンは驚きを隠せなかった。

するとオークの戦闘を走る若い女が長刀を抜くと高々と振りかぶる。赤い兵士達までの距離は二百メル以上ある。

 

ーーしかし

 

女の刀と両腕が霞んだ。イスカーンですらその斬撃は視認できなかった。その直後、自分たちの周りにいた赤い兵士達は胴を真っ二つに斬られ、一瞬で消滅した。

 

「……すごい」

 

シェータが声にならない声で囁いていた。

 

 

 

 

 

リーファは目の前にいる三千人の赤い兵士達が行く手を阻んでいた。しかもよく見れば仲間と思わしき人がその中で倒れてしまっていた。

聞くと彼らは拳闘士という人たちだと言う。仲間だと言うのなら助けるまで。

 

「敵陣には私が斬り込むから。リルピリン達は拳闘士と合流して、そっちに行く敵だけを倒して」

「お、おで達も一緒に戦う!」

「ダメよ、あなたたちにこれ以上の犠牲は出したくない。私なら大丈夫。あんな敵、何万人いたって負けないわ!」

 

そう言うとリーファは単身刀を持って赤い兵士たちの中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、シノンは飛び立ったユージオ達を見送り、ベクタが最後に倒された岩山近くで()を待っていた。

 

「ーーー来た」

 

シノンは空からこちらに降ってきた黒い線を見た。目的は時間稼ぎ、なので即死させては意味が無い。そこで自分は空中にホバリングしたまま敵の実体化まで待っていた。黒い線は岩山の山頂に降り立つと粘土質の水溜りを作る。普通ではないログインに一層緊張感が高まる。

そして、漆黒の沼から姿を現したアバターを見てシノンは体温が急速に下がった感覚を覚えた。

 

知っている。自分はこの男を知っている。

 

現れたのは全てを吸い込むような、一切の感情を持たない瞳に上下が揃った濃い灰色の服の上に革のベストを装着し、足許は編み上げたブーツ。それは現実世界の兵士が使うような戦闘服だ。武器は左腰の長剣と、右腰のクロスボウ。

その男を見たシノンはその者の名を呟く。

 

「…サトライザー……?!」

 

間違いなかった。見間違えるはずがなかった。ほんの二週間前に行われた第四回BoB、第一回BoBにおいて日本人プレイヤーを蹴散らしたアメリカ人プレイヤーだ。

シノンは弓を構えるのを忘れて、愕然と両目を見開く。激戦の戦闘痕が残る岩山の山頂に現れたサトライザーは南に視線を向けると無機質な口調で呟いた。

 

「…アリスは逃げたか。まあいい、すぐに追いつく……」

 

そう言い、シノンを見て薄く笑う。

 

「…君とは確か、ガンゲイル・オンラインの大会で戦ったね。名前は……《シノン》だったかな?まさか、こんな所で会えるとは」

 

その声を聞き、シノンは思わず弓を落としそうになる。すると有翼状の謎の生物に乗った彼は温度のない笑みを浮かべたまま、流暢な日本語で続けた。

 

「君はラースの人間なのかい?こんな場所に来てまで傭兵をやっているのかい?」

 

シノンは震える体を押さえつけ、掠れ声で問いただす。

 

「お前こそ…なぜここに……!?」

「必然だからに決まっているじゃないか・・・?」

 

嬉しくてたまらないと言うように、両腕を横に広げたサトライザーは言った。

 

「これは運命さ。私と君を引き付け合う魂の力だ。そう…私は君を欲した。だから、こうして巡り会った。これで色々なことが分かるだろうこれで色々なことが分かるだろう…STLを介せば、生身の人間からでも、魂を吸い取れるのかどうかを…そして……

 

 

 

BoBでは味わえなかった、君の魂がどれほど甘いのかも」

 

異様なその台詞にシノンは第四回BoBの終盤がフラッシュバックした。

 

Your soul will be so sweet.(君の魂は、きっと甘いだろう)

「!!!???」

 

途端に息が荒くなる。

 

「さあ、こっちに来たまえ。シノン。私に全てを委ねるのだ」

 

サトライザーの体から黒い心意が溢れ、シノンの周囲を取り巻く。

 

「(ダメよ、抵抗しないと。戦わないと)」

 

意識はするも体が動かず、黒い心意は自分をサトライザーの元に引き寄せた。そしてサトライザーはシノンの右手を掴むと頬に手を掛け、話しかけた。

 

「シノン、君は《サトライザー》という名前の意味を考えてくれたことはあるかな?」

「……?」

「意味は…研ぐ物、薄くする物、選ぶ者…そして、盗む者……私は君を盗む、君の魂を盗む」

 

抵抗しないと行けないのに。シノンは目の前にある二つの青い瞳の中で、漆黒の渦がブラックホールのように回転するのをぼんやりと眺めた。

目から光が消え、意識がどんどん薄くなっていく。

 

ーーいけない。

 

これはもう現実世界で起こっている事件だ。仮想世界の話では収まらない。意識が薄れ、サトライザーの唇がシノンと交わろうとした時。

 

ーーザシュッ!

 

「っ!?」「!!!」

 

サトライザーの腹部を、シノンの背中から赤黒い袖を通した腕が貫いていた。その衝撃でシノンを囲んでいた黒い心意は消え去り、咄嗟にソルスの飛行能力でシノンは距離をとった。

 

「これは…」

 

自分の陰から飛び出た腕を見たシノンは咄嗟に自分の後ろに居る気配を見た。するとそこには背中から大きな翼を羽ばたかせてホバリングし、赤黒い軍服に身を包んだ一人の青年が立っていた。青年を見たシノンは目を大きく見開き、目からは涙が溢れていた。すると青年はシノンを見て言った。

 

「済まなかった、シノン……それと……それを届けてくれて、ありがとう」

 

そう言うと青年はシノンが担いでいた小銃を見ながら言った。青年を見たシノンは涙をこぼしながら青年に抱きついた。

 

 

 

「ブレイド!!」

 

 

 

そう言い、シノンは自分の愛した人に抱きついていた。ブレイドはそんなシノンを見て頭を優しく撫でながら優しく微笑みながら言った。

 

 

 

「今まで色々と迷惑をかけたな……」

「バカ……!!」

 

 

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