魔法使いと魔王の親   作:メンマ46号

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ネギま!の3-Aの卒業式は2004年。べるぜバブの1話は2008年。………気にすんなっ!


3時間目 英雄vs侍女悪魔

 地球の別名、旧世界(ムンドゥス・ウェトス)とも火星を依代にした幻想世界、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とも違う第三の世界と言える次元、魔界にてある一国の王が突然こんな事を言った。

 

「わし、明日から人間滅ぼす」

 

 その名はカイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ3世。通称大魔王と呼ばれるその悪魔は旧世界にて“ベルゼブブ”とも呼ばれる蠅の大悪魔。七つの大罪の暴食を司る存在でもある。

 

「なんかさー、あいつらさー、ウザくない?増え過ぎってゆーかー、見ててキモいんですけど。去年も火星でドタバタやっててクソうぜぇの。全部消し飛んだ方がスカッとするよねー」

 

 これは言うまでもなく昨年の『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』事件の事だろう。太陽系全てを呑み込もうとしたヨルダ・バオトの極大異界降臨究極魔法術式の影響は魔界にも及んでいたのだ。

 

「20年くらい前もさー、あのあっかい髪した魔法使いにさー、わしボッコボコにされたんだよ?マジムカつくー。あいつ死ねば良いのにー。あんちょこ見ねーと魔法使えねーくせにほんとムカつくんだけどあいつー」

 

 人間の魔法使いにボコボコにされてる時点でもう人間滅ぼすの無理じゃね?そう思った家臣もいたが、今ここでそれを指摘したら大魔王は確実にヘソを曲げて書類仕事をほっぽり出してゲームしかしなくなるだろう。ただでさえ滞り気味な大魔王の仕事をこれ以上滞納されてはたまったものではない。故にそこは意見しない事にした。

 

 因みに大魔王は巨大な画面でのぷよぷよをプレイしながらこんな事を抜かしている。王族の責務を舐め腐っているのは明らかだ。

 

「ですが大魔王様、明日は冥竜王の結婚式が……」

 

「まじでー?じゃあ明後日!明後日から絶対やる!!」

 

「明後日からは地獄チュバカブラ大捜索バスツアーです」

 

「えー、超多忙じゃんわし」

 

 明日の予定はともかく、明後日からの予定は人類滅亡よりも優先すべき事なのだろうか。とにかく予定が詰まっている事から大魔王のやる気は一気に削げて行く。

 

「あーじゃあいいや。もういいや。あいつにやらせよう。この前生まれたわしの息子」

 

 すると丁度大魔王の為にジュースのおかわりを持って来た侍女悪魔、ヒルデガルダが入室して来る。それに気付いた大魔王は丁度良いので彼女に指令を下す。

 

「ヒルダ」

 

「はい」

 

「お前あいつ旧世界に連れてってさー、んで適当な人間に育てさせながら滅ぼせ!なっ!」

 

****

 

「……と、言うわけでございまして」

 

 数日後、旧世界日本、石矢魔にてヒルデガルダ…通称ヒルダは次元転送悪魔アランドロンが旧世界に転送した大魔王の息子……カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世、通称ベル坊の行方を追い、そのベル坊を拾った不良、男鹿辰巳とその友人古市貴之の前に現れ、古市の自宅にてこれまでの経緯を説明し終えていた。

 

((大魔王……適当だなー……))

 

 男鹿と古市の感想は大魔王の適当さへの驚愕だった。人類殲滅を目論むにも関わらず一切真剣には考えずに赤ん坊を送り込む始末。色んな意味で頭を抱えたい事態だ。

 

 しかもその魔王の赤ん坊を人間に育てさせるという話。先程男鹿はヒルダに男鹿が魔王の親に選ばれたと宣告された以上、もはや避けようのない

 

 二人が……正確には古市がこんな話を簡単に信じられたのには理由がある。この人間界……旧世界(ムンドゥス・ウェトス)では昨年の八月末に全世界に『魔法』の存在が明かされていたからだ。

 

 その日、世界全てを邪悪な魔力が覆った。世界各地にとてつもない魔力で構成された魔法陣が出現し、それに連動して巨大な蛇のような化け物達が街を、自然を、文明を、全てを蹂躙するが如く空を覆い始めた。

 

 その口から放たれる光線に多くの人々が呑み込まれて消えてしまう。しかし化け物達は物理的に建物を壊したりはしない。ただ口から光線を放つだけ。ただし、人間を狙って。

 

 直接肉眼で見たわけではない。しかしその光の余波を通して、脳に直接映像が流れ込んできた。

 一人は巨大な筋肉ダルマや赤髪の幼き少年、鈴が特徴的な髪飾りの少女などに取り囲まれながらも単独でその者達を圧倒する黒いローブの魔法使い。

 

 そして小柄な子供の姿をした『何か』。

 

 それらの脅威が襲来したのはこの石矢魔も例外ではない。あの日は正に阿鼻叫喚の地獄そのものだった。古市自身マジで死ぬかと思った。もう駄目かと思った。世界が終わるのかと思った。

 だがその光や魔獣が齎したものは破滅へのカウントダウンだけではなかった。

 

 脳内に送り込まれた映像によって世界中の誰もが見ていたのだ。偉大なる魔法使いとそのパートナーが邪悪な魔法使いを討ち倒し、世界を救ったその戦いを。

 

 彼こそ正真正銘、正しい事の為に魔法を使う、立派な魔法使いだ。

 

(つーか、あの魔法使いって俺達と同い年なんだよな……。俺達と同じくらいの歳で世界の命運を背負って戦うとか漫画の中だけの話だと思ってた……)

 

 その後押しもあってかそれまで存在を隠蔽されていた魔法使い達は表立って活動を始め、テロ組織の鎮圧や環境問題の魔法による改善。紛争や貧困に苦しむ人達を救うべく、世界中を飛び回って日夜活動している。

 

 とにかく魔法使いが実在するのだから悪魔がいても何もおかしくはない。そういう理屈だ。

 故に古市が男鹿に言う事はただ一つ。

 

「ガンバ!!」

 

 そんな次元の話に関わって古市にできる事など一つもないのだから。

 

「ちょ…お前この状況で逃げんのかよ!?」

 

「うん。てゆーか帰れ。俺関係ねーみたいだし。ホラ、去年世界を救った魔法使いだって俺達と同い年なんだし、お前にもできるって」

 

「おぉい!?お前も大魔王に負けず劣らず適当じゃねーか!!」

 

 親友にあっさりと見捨てられた男鹿は必死の形相で魔王の親の役を断固拒否する。

 

「くっ……冗談じゃねーぞ!!何が魔王の親だ!!ちょっとガキに懐かれたくらいでふざけんなよ!?知るかそんなもん!俺達はぜってーやらねーからな!!」

 

「達って言うな」

 

 この期に及んで古市を巻き込む宣言をしながら男鹿はベル坊をヒルダに突き出す。

 

「つまり断ると?」

 

「たりめーだ!とっとと持って帰れや!!」

 

「そうですか。良かった……」

 

 ヒルダはティーカップを丁寧にテーブルに置くとニッコリと素敵な笑顔で言った。

 

「では死んで下さい」

 

 日傘に仕込んであった愛用のサーベルを抜き、悪魔特有の膂力を以って大きく振り抜く。

 瞬間、その衝撃波で古市の自宅が半壊した。

 

「み"ゃああああっ!!!」

 

 声にならない悲鳴を上げながら古市は瓦礫と化す自宅を見て逃げる。逃げ足の速い二人はヒルダがサーベルを抜いた瞬間には部屋の外へと逃げ出し、壁が砕かれた時には既に外へと出ていた。

 

「おぉい!待てこら男鹿ぁぁっ!!てめぇアレ絶対弁償させるからな!!絶対だかんなぁ!!」

 

 この厄介事を古市の家に持ち込んできたのは男鹿だ。つまり家が半壊したのも男鹿のせいだ。あんな化け物染みた力を持つ悪魔にそんな風に強気には出れない……というか今正に殺されかかっているので男鹿に修繕費を請求する古市。

 しかしそんな請求もこの場を生きて逃げ延びなければ意味がない。あまりの恐怖に古市は段々と錯乱していく。

 

「うははは!!何だこれ!なんか笑えてきたぞ!!」

 

 そんな親友の様を見ていられなくなった男鹿は自分も脇にベル坊を抱えながら走っているというのにどうにか古市を励ましにかかる。

 

「落ち着け古市!!俺は大丈夫だ!!」

 

「てめーが一番落ち着け!!何持ってきてんだソレェェェ!!」

 

 そう、男鹿は今殺されそうになっている原因であり、今すぐにでも離れたいはずのベル坊を抱えていた。

 

「何って……ぬがっ!?」

 

「ぬがっじゃねーよ!さっさと置いてけよ!!」

 

「いやてゆーか、なんか……離れねえ!?」

 

 ベル坊を引き剥がそうとするとベル坊は男鹿のワイシャツの背中部分を掴んで離さず、そんなベル坊の足を引っ張る事で形容し難い絵図が出来上がる。ついでに言えばベル坊は全裸である。

 

「諦めろ!悪魔から逃げられると思っているのか!?」

 

 するとそんな二人にヒルダは電柱の上から立って投降を促す。だが殺されるなんてまっぴらな二人はそのまま逃げる。

 

「うるせー!一生そこでカッコつけてろ!!」

 

「パンツ見えてますよー!!」

 

 色は白だったそうな。

 

「よかろう……アクババッ!!」

 

 流石の対応と下着を見られた事にキレたヒルダは部下ともペットとも言えそうな怪鳥に呼びかけ、その怪鳥……アクババが男鹿達の前に立ち塞がる。

 

「グゲゲゲ……!!」

 

(……マジで悪魔とかそんなんじゃねーか!!え、どうすんのこれ!?こんなんどうすれば良いわけ!?)

 

 魔法の存在が世界中に既に広まっているとはいえ、魔法が一般的に学べるような世の中ではない。こんな化け物に一般人が対抗できるわけがない。

 ……例外を除いて。

 

 男鹿はアクババを前にしても足を止める事なく、その頭部にそのまま蹴りを入れて脳震盪を起こさせた。当然アクババは倒れてしまう。

 

 ただの人間でありながら、魔獣と言えるような存在を一撃で瞬殺したのだ。

 

「何してんだ、行くぞ」

 

「相変わらず躊躇ねーな……。お前のそーゆートコ、素直に尊敬するよ」

 

「うるせー。先手必勝だ」

 

 その様子を見て流石にヒルダも驚いて、数秒間固まる。それでもすぐに気を取り直して二人を追い始める。

 

「見つけた」

 

 そこから数百m程離れた場所で箒に乗った一組の男女がそんな彼らを見ていた。

 

****

 

「それで逃げたつもりか?」

 

 暫くして、男鹿と古市が逃げた先の鉄塔近くの空き地。ヒルダの姿が見えなくなった事から一旦は逃げ切ったと安堵した男鹿達。そんな彼らに死刑宣告でも告げるかのように背後から男鹿の頬へとサーベルを添えたヒルダが問う。

 

「てめえ、最初(ハナ)からこうするつもりだったのかよ……」

 

「悪魔は契約にうるさくてな。貴様が断ると言ってくれて良かった」

 

 ヒルダは最初から男鹿をベル坊の親にするつもりなどなかった。当然理由はいくつかある。

 

「確かに貴様は魔法も気も使えないただの人間にしては強い。腕力に関しては評価に値する。それは認めよう。だがそれ以上に重要なもの……知力、財力、支配力、政治力は皆無。貴様が親では人類殲滅など夢のまた夢だ。ただ凶暴なだけでは人間は滅ぼせん」

 

「……」

 

 ただ力を振るえば良いというものではない。人間には科学の発展による兵器などがあるし、それらを効率的に量産する仕組みを作る経済などにも警戒は必要だ。それらをコントロールできる人間でなければ、兵器の戦力を削るもしくは封殺する事ができない。

 

「そして人間の中には悪魔を凌駕する魔力を有して生まれてくる者もいる。強大な力を持つ魔法使いは我々にとっても脅威だ。他にも魔力が無くとも魔族を封滅する為の剣術流派なども根強く受け継がれている。例え貴様が坊っちゃまの魔力の全てを引き出せたとしても、正面から馬鹿正直にぶつかるようでは絶対に勝てん」

 

 最大の問題点。徒に力を振るおうとそれを更に上回る力で押さえ付けられては意味がない。事実、人間を滅ぼすと宣言した大魔王自身、21年程前に人間の魔法使いに大敗を喫している。

 つまりは人間を滅ぼす悪魔の側に就く人間の戦力も必要となる。それらの人間を味方に付ける人心掌握力。それが男鹿には欠けているというのがヒルダの見解だ。

 

「少なくとも千の呪文の男(サウザンドマスター)を殺せるだけの戦力を整えねばならん。そう言う意味でも貴様では話にならんのだ」

 

「いや無理だろ。お前らが総力上げて細工した程度でナギさん殺せるなら俺達がヨルダにあそこまで手ぇ焼くわけねーだろ」

 

 その会話に割り込むと同時に光属性の魔法の射手(サギタ・マギカ)がヒルダに数発直撃して10m程吹っ飛ばした。

 あれだけの力を持っていたヒルダが簡単に吹っ飛ばされた。その事実に驚いてその光の出所と思われる方向を見ると男鹿達と同年代と思われる少年が立っていた。

 

「ったく、ザジの奴……次元転送悪魔なんか全然見つからねーじゃねーか」

 

 その姿を見て古市は固まる。この少年……否、この男こそ、昨年の大事件で滅亡の手前まで追いやられた人類の未来を救った張本人なのだから。

 

 立派な魔法使い(マギステル・マギ)、赤羽京一。

 

(何でこんなとこに……いや、悪魔が人間滅ぼすなんて考えてんなら、阻止する為に動いてもおかしくないか?)

 

 一方、吹き飛ばされたヒルダは真底忌々しそうな表情を浮かべながら立ち上がり、サーベルを構える。

 

「貴様……真祖バアルを退け、『始まりの魔法使い』を倒した魔法使いか」

 

「ほー。俺を知ってるのか。『貴族』みてーに俺ら人間には無関心……とはいかねーか。人類滅亡なんてほざいてる時点で」

 

「フン、貴様ら人類の齎した傍迷惑な魔法術式『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は魔界にも届いていた。貴様ら人類のせいで我々まで()()()ところだった」

 

「おいおい、それはバアルとかデュナミスのせいじゃねーか?元々魔法世界(ムンドゥス・マギクス)だけを呑み込むはずだったんだし」

 

 突き放すように話すヒルダとグダグダと話す京一。しかし両者共にその目は一切笑っていない。明確にお互いを敵と見ていた。

 

「まぁ今回はそんな文句をわざわざ聞きに来たわけじゃないんだ。分かるだろ?人類滅亡とか本気でシャレになんねーんだよ。潰すぞ?」

 

「流石に最初に貴様と遭遇するとは思わなかった……。だがここで逃げるのも無理そうだ。なら、死んで貰う」

 

 サーベルを掲げ、悪魔特有の影のような魔力がヒルダの周囲に渦巻く。その凄まじい圧迫感を感じた男鹿は息を呑む。

 

「それが魔言召喚って奴か」

 

 京一も魔力を身体に滾らせ、臨戦態勢に入る。ビリビリと空気に衝撃が走る中、呑気にも顔を横に向けて男鹿と古市に忠告する。

 

「おい、そこのバカそーなのと銀髪」

 

「え…」

 

「下がってろ。死ぬぞ」

 

「死ね」

 

 その隙をヒルダは見逃さない。全力のスピードで京一の前に迫り、その首を斬り落とそうとサーベルを振るう。

 その刃が届く前に上空へと蹴り上げられた。

 

「!!?」

 

「まぁこの程度なら大呪文はいらねーかな?」

 

 格納魔法で愛用の重力剣、黒棒を取り出し、虚空瞬動で距離を詰め、蹴り上げられた衝撃で頭の回転が追いついていないヒルダへと容赦なく剣を振る。

 痛みと衝撃で強い吐き気に見舞われながらヒルダはサーベルで京一の斬撃を防ぎ、影の魔力を放って京一を遠ざけにかかる。

 

 当然京一もそれを剣で防ぎつつ、無詠唱の魔法の射手(サギタ・マギカ)を乱射してヒルダに攻め手を与えない。どうにかそれらを剣撃と魔力操作で弾き続けるヒルダの間合いに瞬動で入り込み、気を込めた掌底を剛腕一撃。吹き飛ばされたヒルダは近くの鉄塔に叩き付けられた。

 

「やべっ……やり過ぎた。あの塔壊れねぇよな?」

 

 目の前で繰り広げられる魔法戦闘に唖然として言葉もでない男鹿と古市。しかし鉄塔から聞こえて来た激昂する怒声で現実に引き戻される。

 

「おのれえぇぇっ!!」

 

 叫びと共に魔力が極限まで高まり、それを一点に集中させ始めた。巨大な影の塊を剣先に集中させ、振り下ろす。

 

「な、なんだありゃああああっ!?」

 

「馬鹿が。辺り一帯消し飛ばす気か」

 

 まぁベル坊が男鹿に貼り付いている以上、彼らの安全は考慮されてはいるだろうが。京一はヒルダの動きに警戒しつつ、あの魔力の塊を消し飛ばすべく、呪文詠唱を始める。

 

「クレプスクルム・プリンケプス・プラエフェクトゥス!」

 

 始動キーを唱えると今度は京一の周囲に暴風のような魔力が吹き荒れる。

 

「来たれ雷精、風の精!雷を纏いて吹きすさべ南洋の風!」

 

 魔力が雷を帯びて、掌に集中し始める。男鹿も古市も初めて生で見る魔法を前にあんぐりと口を開いて何も言えない。

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

 

 文字通りに渦巻き暴風を撒き散らす雷は影の塊と正面から衝突し、衝突による衝撃波が一瞬広がるが、次の瞬間には京一の雷の暴風がヒルダの影の塊を貫き、呑み込み、消し飛ばした。

 

 それでも尚消えずに突き進む雷の暴風。そのまままっすぐに進んではヒルダ諸共鉄塔に直撃して破壊してしまうので、その軌道を少しばかり曲げて上空で爆発させる。

 

「……!!」

 

 規格外の威力と常識外れの魔力。そして自身の力が足元にも及ばない程の実力差。人間との契約無しでは旧世界では本来の力を発揮できないという自分達特有のディスアドバンテージなど言い訳にもならない。恐らくは魔界で彼と戦っていたとしても同じ結果だった。それが理解できてしまうからこそ、ヒルダは歯軋りする。

 

(なんという魔力……!!これが真祖バアルを撃退した人間の魔法使い……まさかこれ程とは……!!)

 

 しかしヒルダの胸中にあったのは人間に圧倒されている事への屈辱ではなく、激しい焦りと不安だった。

 

(この男は間違いなく人類殲滅の障害……いや、坊っちゃまに危害を及ぼす危険人物!!何としてもここで殺しておかねば!!)

 

 元々人間を滅ぼす為の障害として魔法使いを警戒はしていた。そして実際に目の当たりにした事で確信した。この男もまた、千の呪文の男(サウザンドマスター)に並ぶ抹殺対象だと。

 

(差し違えてでも殺す!!!)

 

 最早後先の事など考えてはいられない。己が命を捨ててでも主たるベル坊への脅威を排除する。ベル坊の事はベル坊を旧世界に転送した次元転送悪魔に任せるしかない。全魔力を用いて纏い、全力の斬撃を命中させるべく、鉄塔から飛び出して、京一に迫る。

 

 京一はそんなヒルダを至極冷めた眼で見据えて呟く。

 

「おい侍女悪魔」

 

「死ねえぇぇっ!!」

 

「横」

 

 直後、ヒルダの側頭部へと弾丸が直撃した。弾丸を頭に受けたヒルダの意識は暗転し、気を失ったヒルダは力無くそのまま落下。その身を地面に打ち付けて倒れ伏した。

 京一はそれを見届けると斜め後方へと目を向けて口を開く。

 

「おせーぞ真名」

 

 その言葉の後、一瞬遅れてライフル片手に瞬動で京一の視線の先に移動してきた褐色美女がいた。名は龍宮真名。京一の友人の一人で、魔法関係者のスナイパーである。

 

「未契約の侍女悪魔にしては中々素早くてな」

 

「いや俺が鉄塔に叩き込んだタイミングで撃てただろーが。様子見とかホントいらねーから」

 

 落ちたヒルダを見て青褪める古市。流石に素人目でも分かる。ヒルダの側頭部に狙撃でヘッドショットをかましたのは彼女なのだと。

 

「え……今、殺し……」

 

「殺してねーよ。特殊な魔法弾で眠らせただけだ。悪魔だし墜落した程度じゃ死なねーよ」

 

 話しながら気絶しているヒルダの周囲に捕縛用の魔法陣をいくつか出現させて動きを封じる。

 

「あのままやっても勝てたけど、周りの被害の方がやばかったからな。隙を見て気絶させる事にしてたんだ」

 

 ヒルダの捕縛を完了させると京一は呆然と戦い……否、一方的な蹂躙を見ていた男鹿の前に立ち、両手を出す。

 

「魔王の赤ん坊、渡してくれ」

 

 ベル坊の引き渡しの要求。

 あっけらかんと自ら男鹿にとっての凄まじい厄介事を引き受けると宣言した。しかし赤ん坊とはいえベル坊は悪魔……それも人類滅亡の使命を背負った魔王だ。人間を守る側である魔法使いに渡すとなると嫌なイメージしか湧かない。故に古市はぎこちなくも質問する。

 

「えっと……魔王、どうするんだ?まさか……」

 

「流石に赤ん坊殺したりしねーよ。まぁ麻帆良の魔法関係者の元で育てて人間滅ぼすなんて思想を持たねーように教育はするがな。別に洗脳とかじゃねーぞ。人間基準の情操教育とかそんなんだ」

 

 返ってきたのは普通にまともな答え。それを聞いて古市はホッと息を吐く。魔王とはいえ赤ん坊が始末されてしまうのではないかと考えるとあまり良い気分ではないが、そういう事なら問題はないだろう。何もできない素人ではなく、魔法使い達に魔王の処遇を任せるのが一番無難だ。

 

「さ、渡してくれ」

 

「お、おう……」

 

「私は高畑先生に連絡しておく」

 

 男鹿もベル坊の両脇を持って京一にベル坊を渡そうと差し出した。しかしその胸中は非常に複雑だった。

 

(……なんか釈然としねぇ)

 

 別に男鹿としてもこんな厄介事を引き受けたい訳ではない。人類滅亡の片棒を担ぐなどまっぴらごめんだし、かと言って人類の命運を背負うなど荷が重過ぎる。魔王だのなんだのと分かる前から扱いに困り、おっさんが割れて出て来た事から「何太郎だてめー!!」とすら思ったくらいだ。

 それなら目の前にいる……実際に世界を救った人間に任せるのは至極当然。一番賢い選択のはずだ。

 

「……」

 

 だが、どうにもスッキリしない。

 

 ポッと出の魔法使いに助けられた事も、何もできずに見ている事しか出来なかった事も、そんな脇役でしかいられない自分の弱さも。

 

 あらゆるものにムカついていた。

 

「……アレ?なんかこいつ力強くね?」

 

 そんな事を考えていると京一が戸惑いながら言った。男鹿からベル坊を受け取ろうとして、ベル坊の腹を両手で持ったのだが、ベル坊はその両手で、自分の脇を持つ男鹿の両腕を掴んで離さなかった。

 

「ヴ〜〜!!」

 

「ちょ……全然離さねーなこいつ」

 

「凄え力……」

 

 踏ん張って絶対に男鹿を離そうとしないベル坊。京一も流石に少し力を強めてベル坊を引っ張ろうとする。それでもベル坊は男鹿にしがみ付く。

 

「おいおい……」

 

「ふむ。中々強情だな。一発撃ち込むか?」

 

「何さらっと物騒なもん出してんだアンタ!相手赤ん坊だぞ!?」

 

 ショットガンを取り出す真名とまさかの強硬手段に全力でツッコんで止める古市。

 しかし魔王と言えど赤ん坊。そして京一は一度は世界を救った最強クラスの魔法使い。力で勝てる訳もなく、徐々に、ゆっくりと男鹿の腕から引き剥がされていく。

 

「フ……ウ……エグ……」

 

 ベル坊の体が震えて、目に涙が溜まり始める。同時に魔力が高まり、パリパリと電気が周囲に走る。

 そしていよいよ男鹿から完全に引き剥がされそうなった時、決壊した。

 

「ビエエェェェェェェェェェェェェェェェン!!!」

 

 ベル坊が泣き出すと同時にその場に莫大な魔力による雷撃が広がった。

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