「相手が勝手に転んだだけというか、すっきりしない勝ちだわ」
急遽発生した路上ライブバトルの後、当初の目的である
カフェの個室で甘いお菓子と飲み物を用意したが、『トラペジウム』の4人はいずれも晴れない顔をしている。
「みくさん、あんな
大河くるみが俯いたまま小刻みに震えている。人付き合いが苦手で他人から注目されることに慣れていない彼女は、不特定多数から性欲を浴びせられることに恐怖を感じたようだ。
それを聞いて東ゆうが露骨にしかめ面するが、他の3人はゆうに視線を向けていないため気づかない。くるみもこの場でアイドルを辞めたいと言い出さない当たり、まだギリギリだが耐えているようだ。
「くるみさん、大丈夫よ、何とかなるわ。……私たち【覚醒】したでしょ、生物としての格*1が上がったから、有象無象の未覚醒者のことなんか無視しちゃえばいいの」
「そうそう、鷺沢先生も教えてくれましたよね。未覚醒者の荒くれ者が束になっても、覚醒者のか弱い乙女ひとりに勝てないって。まさしく蟻と象、象である側は蟻のことなんか配慮できないんだから、気にするだけ無駄です」
華鳥蘭子と亀井美嘉が勇気づけているが、亀井ちゃんはさらっと毒舌だな? ゆうがさっきとは違う意味で顔を引きつらせてるぞ?
「……でも、
「ここにいる人たちも大したことないわ。黒札が呼び寄せた家族なんかはほぼ未覚醒だし、その黒札も特権に胡坐をかいたダメ人間ばかり*2で、修羅勢とか呼ばれる高レベルはほんの一握り。私たちが真面目に霊能修行すれば、人とハムスターくらいの差をつけることも可能よ」
亀井ちゃんの毒舌が止まらない。
彼女の言ってることは半分くらい当たっているかな。彼女たちの霊的才能限界はLv10くらいなので、そこまで鍛え上げても専用式神任せでLv10の壁を超えられないような黒札とは同格になる。ただし性根が甘ったれな黒札と覚悟が決まった在野霊能者では、プレイヤースキルの差というか、立ち回りで差が付くこともまた事実。
亀井ちゃんがこちらに目で訴えかけてきたので、頷いて同意を示す。今の山梨・星霊神社にいる黒札は修羅勢と
「そう、今の私たちに足りないのは霊能者としての『格』! みくさんとのライブバトルで思い知ったわ、歌とダンスを磨いてもアイドルとしての人気には直結しないって。カリスマとか存在感とか人を惹きつける魅力とか、そういう『輝く』要素ってのは魂の発露であり、『格』が上がれば自然とついてくるものよ」
ゆうの言葉は全面的に正しい。亀井ちゃんのときは曖昧な同意に留めておいたが、こちらは明示的に賛意を示す。
「そうだな、その通りだ。当面の間、君らには霊能者としての訓練を優先したいと思っている。いや、君らのステージ衣装を発注したが納品まで時間がかかるとか、全体曲2+ソロ曲各1のミニアルバムくらいは用意してお披露目ライブをしっかりやりたいので作詞家作曲家を探しているとか、スケジュールの都合でもあるんだけど」
彼女たちのステージ衣装と、ライブバトルで奪い合うトロフィー衣装『ウィンタースタイル』*3は別個に用意しておく必要がある。
衣装の作成は新潟から勧請した機織り神である黒姫様に依頼したが、黒姫様がやけに乗り気で橙黄青緑赤紫の色違い6種*4を逆提案されたんだよなぁ。一回のライブバトルで奪い奪われる衣装はひとつだけ、色違い6種セットをコンプリートするまで何度もライブバトルを開催だなんて、何というエグい仕様なんだ。
新曲の方もレコーディングとPV撮影ジャケット撮影があるので、それなりに時間がかかる。PV撮影は監督系黒札の映画泥棒ニキ*5に話をつけたので任せる予定だ。
「新曲を貰えるのは有難いんだけどさ、ミニアルバムってカッコ悪くない? カバー曲も混ぜてフルアルバムってのは、どう? ガイアアニメーションがタイアップできそうな新作を作ってたりしない?」
こちらがアイドル活動の展望を口にすると、ゆうがものすごい勢いで食いついてくる。
東ゆう、本当にアイドルに関しては貪欲だよね。物怖じせずにぐいぐい提案するのは美徳であるけど、チームメンバーのことを置いてけぼりにするのは悪い癖だぞ。
「東さん?」
蘭子の少し困ったような咎めるような声に、ゆうはビクっと身体を硬直させ、青菜に塩とばかりに勢いを失った。
「私たちはあなたについていきますけど、常にあなたと同じ速さで歩けるとは限りませんからね」
「ごめんなさい……」
「ほーんっと、東さんってさ。可愛い女の子はアイドルに憧れて当然、アイドルになるにはこれくらい当然って、出力フォーマットがアイドルに固定されちゃって。それはもうどうしようもないけど、私たちはそうじゃないってこと、忘れないでね?」
「くるみはさー、無意識にストイックさを周囲に押し付けるのでなきゃ、付きあえるから。ロボコン合宿のときみたく緩い雰囲気が理想かな」
美少女たちが友情を確かめ合う、心に沁みる光景。それを目の当たりにした馬ニキは、己が透き通って部屋の壁に同化したかのように、無心で彼女たちを見守った。
*
みくにゃんとの突発的ライブバトルにより中断した
山梨・星霊神社の修行場へと向かう途中の人場で、彼らはとある女性に声を掛けられた。新潟・魚沼支部の田舎ニキこと碧神凍矢の専用式神、高峯のあ(破裂の人形)である。
「……トラペジウムの4人に、アイドルバトルを要求する」
「なんで?」
「……にゃん・にゃん・にゃん(仮)*6の片割れとして、みくにゃんの仇を打つ……という建前」
「建前?」
「……あなたたちが黒姫にアイドル衣装を発注したから、十日町シェルターの麻績屋媛神*7が勝手に発奮して、衣装を押し付けられた」
「あっ(察し)」
「……というわけで、
高峯のあがトルソーに着せられた衣装を持ち出すと、周囲のやじ馬から落胆のため息が聞こえてくる。
前回のみくにゃんのように敗者が観衆の視線に晒されたまま服を脱ぐことを期待していたようだが、それはさすがに無法が過ぎる。
「すいません、ちょっとだけ作戦タイム」
馬ニキは広場の隅っこに寄って、トラペジウムの4人と打ち合わせする。
「私はまったく知らないんですが、どんなアイドルですか?」
「魚沼支部長の黒札の専用式神で、歌唱は未知数だけどおそらくみくにゃんより下手*9、表情の変化に乏しいが、精密なロボットダンスは一見の価値がある」
「霊能者としてはどれくらい強いんです?」
「Lv80以上*10だから、俺でもまともに戦ったら瞬殺される。戦闘に偏っているから付け入るスキがないとは言えないが、みくにゃん並の強敵だな」
「それじゃあこっちに勝ち目なんか無いに等しいじゃないですか、デビューイベントも済ませてない新人に二連発で強敵って難易度調整間違ってません?」
「逆に考えるんだ、キャリアが浅いから負けても痛手じゃないって」
前回と同じように野次馬が集まってきたので、あまり作戦会議に時間もかけていられないと見切り発車することになった。
賞品衣装のミスティックサイバーを中心に、上手側を高峯のあ、下手側をトラペジウムに並ばせる。
「それでは、高峯のあvsトラペジウムのアイドルバトルを開始します! 今回はトークバトル*11! アイドルの小粋なトークをお楽しみください。最初のお題は、えぇっと──」
観衆からお題を募集してもいいけどお下劣ネタとかで場をコントロールできなくなるのも嫌だ、と馬ニキが逡巡したところで、ただでさえ無表情な高峯のあがぴくりとも動かないことに気づく。
「あのぅ、のあさん? 大丈夫ですか?」
「……余計な言葉で自分を飾るのは苦手…*12」
「いや、苦手と言われても」
「……麻績屋媛神への義理は最低限果たした、私の負けでいい」
そう言うと高峯のあはくるりと背を向けて歩み去り、観衆ともども呆気にとられた馬ニキたちがその場に残されることになった。
「えぇっと…… よくわかりませんが、アイドルバトルはトラペジウムの勝利ということで」
「前回に引き続き棚ボタ勝利って、天丼ネタで恥ずかしくないんですか?」