「海だ──ッ!!」
新潟県上越市、直江津海水浴場。
他の海岸沿いの都市シェルターと同じように、上越市には地脈を利用した結界が張られているが、新潟市や魚沼のような黒札直轄ではない。
そのため、海水浴場という名前であるがデビルハンターが悪魔と命のやり取りを行う狩場の一つである。結界でガチガチに守った高級ビーチ日和山浜海水浴場*1と比べてはいけない。
ちなみに、海なし県である長野県民が海水浴に行く場合、長野市を北上して上越市に行くのがもっとも手っ取り早い。
上越市からちょっと離れた柏崎市あるいは糸魚川市という選択肢もあるが、【終末】後のご時世では【トラポート】が使える一部エリート以外は長距離移動はリスクである。
「で、本当にこれでCM撮影するんですか?」
売り出し中のアイドルグループ『トラペジウム』のメンバー、東ゆうがジト目で睨んでくる。残りのメンバーである華鳥蘭子、大河くるみ、亀井美嘉もいかにもな不満顔を作っている。
「【ガイア連合】の武器防具製造チームに『一番いいのを頼む』って依頼した結果がこれだからな、安全面でもこれが最善だ」
「確かにね、並のデビルハンターがこれを得るためなら何でもしますって言いたくなるぐらいに高性能なのは分かる。でも、どうして、スクール水着*2なの? 他にも選択肢はあるでしょうが!」
「製造チームいわく、
それを聞いて、大河くるみががっくりと肩を落とす。
「東ちゃん、『浪漫』という言葉が出た以上、もうどうしようもないよ。ガイア連合ってのは、頭の可笑しい連中の集まりだからね」
大河くるみは高専在学中にロボットコンテストで好成績を収めた過去があるので、ガイア連合ホビー部のミニ四駆やビーダマンなどを手掛けるガジェット系部署を紹介したことがある。彼女がそこで『浪漫』に命を掛ける馬鹿連中を経験したであろうことは想像に難くない。
「気持ちを切り替えましょう? 高性能防具を無料で支給して頂けるのですから、スポンサー様を腐してはいけません」
「うぐぐ…… えぇい、分かった! やってやろうじゃん!」
華鳥蘭子にそう声を掛けられて、これ以上ごねても変わらないと判断した東ゆうは腹を括った。
ちなみに彼女たちが着用しているスクール水着は、ガイア連合謹製だけあってLv20くらいまでなら陸上でもメイン防具として通用する。霊能者としての才能上限がそれくらいである彼女たちにとって、一生モノの装備と言って良いだろう。外見さえ気にしなければ(なお性能が良ければ外見は気にしないというのが標準的なデビルハンターである)。
「じゃあ撮影するよー」
映画泥棒ニキの指示を受けて、『トラペジウム』の四人はレジャーシートの敷いてある砂浜へ歩き出した。
「牛乳と混ぜるだけで、フルーツ寒天ゼリーのできあがり! 美味しい!」
「どろり濃厚! ピーチ味、リンゴ味、ぶどう味の3種あります!」
透明なガラスの器に盛られた、ゼリー飲料*3とフルーチェの中間のようなものが日差しを受けてきらりと光る。
この寒天ゼリー製品は単なる嗜好品ではなく、ガイアカレーと比べるとスズメの涙ほどの効果だが、霊薬の一種だ。
ちなみに寒天は長野県の名産品である。夜の冷え込みが激しく日中の晴天が多いという冬場の気候が寒天加工に適しており、江戸時代から生産されていたが、明治になり鉄道で原料を大量輸送できるようになってからは国内生産量トップである。
伊那食品の『かんてんぱぱ』シリーズは聞いたことがある人も多いだろう。
四人はそれぞれグラスを掲げ、乾杯の要領でカツンと当てる。
と、そこで力加減を誤ったのか、グラスを揺らしてしまった亀井美嘉が、白くて粘性のある液体の雫を周囲にまき散らしてしまう。
「きゃっ?!」
「うぉぉっ! 白濁液、いいえ、ケフィアが! 美少女の顔に! ナイスハプニング! 撮れ高!」
興奮する映画泥棒ニキと、お色気メインでは売りたくないので渋い顔をする馬ニキ。
いったん撮影中断して仕切りなおすこととなったが、前途多難の予感がした。
*
「青い空、白い雲。人っ子一人いない海。そして美少女たち。ここまで同じ条件なのに、放課後スイーツ部とどうして差がついてしまったのか。慢心、環境の違い……」
撮影行程が全終了して撤収前の休憩時間。
東ゆうはビーチパラソルの日陰で黄昏ていた。
CM撮影はハプニングの連続だった。ぐいっと飲み干すところで咽てしまったり、強風で砂が飛んで目に入ったり、こぼした霊薬(フルーツ寒天ゼリー)の気配に惹かれてカニの妖怪が出てきたり。撮りなおすたびにゼリー飲料を作り直し、捨てるのはもったいないからとパクパク食べて消費していたのだが、寒天は案外お腹に溜まる。
CM撮影後はアイドルバラエティ企画として、海に入って寒天の材料となる海藻(テングサ・オゴノリ)を採取した。亀井美嘉が使役する
後でデビルアナライズしたところ、人魚ではなく大神社姫または海出人と呼ばれるアマビエ*5らしい。
「揃いのツナギを着て無人の地を開拓なんて疾走アイアンアーム路線をやってるようじゃ、正統派アイドルに勝てないのかな……」
終末前は某男性アイドルグループがバラエティ番組のテーマとして無人地開拓をやっていたので、その路線もアイドル活動の一環と言われると彼女としても否定できない。さらにメンバーの大河くるみは、ファンに媚びるのは苦手でこっち路線が好きと明言しており、今更この路線を辞めることもできない。
自分たちが汗かいて肉体労働に勤しんでいるのに対し、青春を形にしたかのような放課後スイーツ部の爽やかさよ。先日公開された清涼飲料水のCMを見て、彼女は負けたと思った。
「はぁ~。隣の芝生が青く見えてるだけって、分かってはいるんだけどな~」
終末後に文明が退行している現状、アイドルとして歌って踊るだけでは食べていけないことは身に染みて分かっている。それでやっていけるのは美の女神の化身などほんの一握りだ。
デビルハンターとして命をチップにした商売もいつまで続くか分からないから、無人地開拓バラエティ企画の一環という名目であれこれ職業体験させてもらい『手に職つける』ことが重要なことも、頭では理解できている。それでも納得はできていない。
「フォークリフトやユンボの操作なんて、どう考えてもアイドルの特技じゃないでしょ」
ちなみにこの後、麻の糸紬ぎと機織りの体験企画で指導員として機織神が出てきたり、稲作体験企画で同じく稲荷神が出てきたりと、彼女は霊能者として明らかな勝ち組になるのだが──
彼女が正統派アイドルを目指す限り、それらは回り道でしかないのだ。