田舎ニキの本拠地である新潟・魚沼シェルター。イザナギが黄泉国から逃げ帰るときに桃の実を投げて追手を退けたエピソードを元に、管理異界【黄泉比良坂】から桃の概念をコピーし、果樹園で仙桃を栽培している。*1
記紀にあるイザナギの黄泉下りエピソードでは、桃だけでなく、髪飾りを投げ捨てるとたちまち山ブドウの実がなり、また櫛の歯を折り捨てるとたちまちタケノコが生えて、ヨモツシコメがそれを食べることでイザナギが逃げる時間を稼いだという。
つまり、何が言いたいのかというと──
異界・黄泉比良坂に生る山ブドウとタケノコは、追手であるヨモツシコメが一時的にでも任務を忘れてしまうくらい美味い*2のである。
馬ニキはそう思いついた途端に何も手につかなくなり、一心不乱に魚沼へと【トラポート】してしまっていた。
*
「はぁ。そうですか」
魚沼シェルターの金札・九重静は呆れていた。
他所の【黒札】が押っ取り刀で駆けつけて、すごい剣幕で自分たちが管理している異界の中に入れてくれと頼み込んできたので、大事件が発生したと考えるのも当然のこと。
それが事情を聴いてみれば、単に食い意地が張った黒札の気まぐれである。いざというときには自分の命を投げうってでも田舎ニキ到着までの時間を稼ぐと悲壮な決意をした彼女は、安心すると同時に、張り詰めた気持ちが抜けて脱力してしまった。
「そのー、驚かせてしまったようで、すいませんね」
申し訳なさそうに頭を下げながらも、異界への探索を絶対に諦めないと態度で示している馬ニキ。
彼は温厚なので顔見知りの金札が崩した態度を見せてもそうそう怒ることはないが、金札以下の礼儀態度に厳しい黒札も存在する。九重静は気持ちを切り替えて、おすまし顔を取り繕った。
「異界・黄泉比良坂の中に山ブドウとタケノコは存在を確認されていますが、採取の難易度は高いとされています。なにせ、徘徊しているヨモツシコメが見つけ次第食べてしまうので」
「なるほど、採取は長期戦覚悟なんですね」
すっとぼけた返答をする馬ニキに、九重静は
「
「
「そこら辺は自己責任でお願いします」
食の探求姿勢を崩さない馬ニキと、愛想の欠片もない九重静。ツンとして取り付く島もない彼女に、馬ニキはまったく意に介さず話しかけ続ける。
「山ブドウは天日干しのドライフルーツにすれば陰気が抜けると思うんだよね。タケノコは茹でて灰汁抜きするときに、ヒノエ米の米ぬかを入れれば行けると思うんだ。ほらヒノエ米って概念強いから施餓鬼米の概念であの世に強いし」
「そこら辺は料理に詳しい方にご相談ください」
「そうだね、ジャンニキ*3に相談してみるよ。メンマってタケノコを加工した保存食だし、ドライフルーツも保存食だから、ガイア連合製の珍味として売れるかも?」
「実験結果をこちらにフィードバックして頂けたら、桃と同様にこちらで栽培するかも知れません。碧神様にお伺いしてからになりますので確約できませんが」
「ああ、それは助かる。田舎ニキはこちらからも連絡しておくよ」
黒札の気まぐれに振り回されることを警戒してそっけない態度を取っていた九重静だが、魚沼シェルターに利が誘導できそうな話し向きになってきたので、少しだけ愛想よく振舞うことにした。
「山ブドウとタケノコは、黄泉比良坂の中をただ当てもなく探し回っても見つからないでしょう。イザナギが身に着けていた
「うーん、なるほど。何も考えずにここに来たけど、準備不足だな。いったん出直すよ。教えてくれてありがとう」
馬ニキは感謝の言葉を述べると、そのまま帰っていった。
九重静は大きく深呼吸して、突発的な黒札襲来が大騒ぎに発展せずに終わったことを深く感謝するのであった。
*
後日、二人のやり取りを見ていたモブ霊能者が掲示板に『魚沼のツンデレ受付嬢』とネタ書き込みをするのだが、それは九重静の与り知らぬところである。