思い付きのままに魚沼まで行き、金札・九重静の説得でようやく準備不足と思い至った馬ニキは、素直に浦野牧シェルターへ戻った。
そこで改めて自分の仲魔に異界・黄泉比良坂の山葡萄と筍について話をしたところ、仲魔の女神・道敷大神から無言のビンタを喰らった。
「其方が
道敷大神はイザナミの別側面であり、馬ニキが仲魔にしている分霊は【マヨナカテレビ】に巣食う本霊に近い存在*1より格段に劣るとはいえ、イザナギに対する未練は共通している。道敷大神は馬ニキを単なるセフレ程度にしか見ておらず*2、それが単なる思い付きで自身の逸話を再現しようとは不遜である。劣化分霊であり本霊より執着心も薄いからビンタ一発で済んだのであり、高Lvの分霊であれば機嫌を損ね相応に厄介なことになっていたであろう。
「そもそも黄泉比良坂の名を持つ場所でイザナギの真似をすることが、何を引き起こすのかもう一度考え直せ。其方があの碧神と並ぶ実力を備えるならともかく、今のままでは到底生きて帰れることはない」
アバドン・ハレルを倒してLv100の超越者の領域に到達した田舎ニキ*3と、Lv40そこそこでシキオウジも倒せない馬ニキでは実力は比べ物にならない。
鼻歌交じりで【妖鬼ヨモツイクサ】や【鬼女ヨモツシコメ】の群れを薙ぎ払える腕前か、ヨモツシコメたちの目を誤魔化すステルス性能が高くないと、彼の地を探索することは難しい。道敷大神の忠告も当然のことである。
「そこはちょっと、種も仕掛けもあるんでね」
馬ニキは現時点の戦力で何とかなると判断し、道敷大神にとあるお願いをした。
*
新潟・魚沼シェルターが管理している修行用異界・黄泉比良坂。準備を整えそこに再挑戦した馬ニキ一行は、ヨモツイクサやヨモツシコメが多量に出てくる中層に赴いた。
「なんとまぁ……」
仲魔の道敷大神が呆れた声を出すのも無理はない。『千曳の岩』の『こちら側』はキクリヒメの権能により、ヨモツイクサとヨモツシコメはLv10~20に弱体化されている*4のだ。
そのうえ、こちらのパーティにはイザナミの別側面である道敷大神がいるので、ヨモツイクサとヨモツシコメは積極的に戦闘を仕掛けてこない。これが馬ニキの勝算という奴である。
この異界はキクリヒメの管轄であると割り切った道敷大神は、茶番に付き合い切れないのでさっさと終わらせようと、こちらを様子見しているヨモツシコメに「今からこの男が山葡萄と筍を生やすが、イザナギではないので襲うでないぞ」と声をかけた。
「ほれ、櫛と蔓を早よう出せ。それから、次からは手伝わぬぞ」
ジト目で馬ニキを睨む道敷大神と、彼女の機嫌を取るべくへいこらする彼の情けない姿を、野良ヨモツシコメが生暖かい目で見守っていた。
*
山葡萄と筍を無事採取した馬ニキは、農業のスペシャリストであるカタリナネキ*5に採取物の一部を渡して、異界の外で山葡萄と筍を促成栽培してもらった。
その後、天然物と栽培物の2種類をジャンニキ*6のところに持ち込んだところ、ジャンニキは思いのほかこの食材を気に入ったようだ。
「黄泉の国の産物だから陰気の塊なのは当然だが、竹櫛や髪
ジャンニキは茹でてスライスした筍の刺身に、山葡萄の果肉を潰してペースト状にしたソースを添える。
「品種改良された西洋ブドウと異なる酸っぱさの刺激と、筍のほのかな甘みの
カタリナネキがうっとり味わっている横で、馬ニキは一口だけ食べて後は仲魔に譲り、ご機嫌斜めだった道敷大神もこれを食べてご満悦。
続いてジャンニキはあれよあれよと言う間に筍の土佐煮を作り上げ、馬ニキ&カタリナネキの前に器を並べた。
「うぅん、深い味わい。これが神話に書き記された美味…… これに慣れたら普通のタケノコは食べられなくなっちゃう」
恍惚のあまり頬が溶け落ちてしまいそうなカタリナネキと、こちらは一口も手を付ける前に皿を仲魔に強奪された馬ニキ。道敷大神を小狡く使った報い、自業自得であろう。
「栽培物は、天然物より概念が薄れるぶんだけ味が劣るな。その代わり料理人の腕をそこまで要求しないから、特産品とするなら栽培メインか」
ジャンニキが一通りの調理を終えて感想を漏らす。試食の最後に洗っただけの山葡萄の実がガラスの器に盛られて出されるが、目にも鮮やかなデザートも馬ニキはたった一粒しか味わえなかった。
馬ニキは物寂しく口内で山葡萄の種を転がしながら、異界の中で天然物を採取する難易度を思い返し、栽培物を扱う注意点をジャンニキに聞き返した。
「栽培物でも料理人の腕が要求されますか」
「そりゃ、黄泉の国を由来とする食材だぞ? 未覚醒者が何も工夫せずに食ったら死ぬ。霊能力者が陰気を抑える下ごしらえをしっかりしなきゃ、怖くて流通に乗せられない」
「
「黒札基準なら覚醒してりゃそれでいいが、一般基準だと…… 家庭料理が無難にこなせる程度の料理の腕と、ちゃんとしたオカルト知識を併せ持ったならLv2~3くらいか」
馬ニキはそれを聞いて、自分の『浦野牧』シェルターで覚醒者を料理人として裏方に回す余裕があるかないか検討し始めた。
「それより加工設備の方を心配しな。タケノコの水煮やメンマ*7は、冷蔵庫に放り込むだけなら3日かそこらが賞味限度だ。乾燥メンマとかなら雑な包装でも日持ちするけど、食う前に水に戻す一手間が必要となると売れにくい。真空パックや缶詰瓶詰にするなら最大1年くらいは保つが、酸化防止剤の添加とか、きっちり加熱殺菌して窒素ガスで酸化を防ぐとか、料理人の範囲に留まらないことも多い」
馬ニキはそれを聞いて、筍を自シェルターの特産品にすることをすっぱり諦めた。真空パックも缶詰瓶詰も浦野牧の技術レベルではそう簡単に生産ラインを用意できない。
「こんなに美味しいのに、駄目なんですの?」
馬ニキのがっかりした雰囲気を悟ったカタリナネキが、上目づかいでおねだりする。なお彼女は直前まで山葡萄の実をまるで山猿のように貪っており、指先と唇を果汁で紫色に濡らしているその様子は令嬢という言葉からほど遠い。彼女の中途半端な猫かぶりの態度を見て、ジャンニキが笑いを堪えるのに必死だ。
「田舎ニキなら…… 田舎ニキなら、なんとかしてくれる*8。新潟なら瓶詰缶詰の工場もあるし、西洋から移住してきた白魔女*9たちならオカルト料理を任せられる」
馬ニキは丸投げすることにし、心の中で田舎ニキと九重静に頑張れと勝手にエールを送った。
「
浦野牧シェルターでは養蚕を奨励して桑の実が副産物で取れるので、ドライフルーツまたはジャムに加工するという点で山葡萄と共通化できそうだ。従来からある西洋葡萄種の果樹園に接ぎ木する形で、果肉を多く種を小さくする品種改良に着手して、ジャムの瓶詰工程は自前で工場を抱えて内製できるようにしたいな──
旬の季節に浦野牧へ行けば美味しい筍と山葡萄が食べられるんですね──
取らぬ狸の皮算用とばかりに揃ってニヤニヤし始める馬ニキとカタリナネキ。ジャンニキはそんな二人を見て、お手上げとばかりに小さく肩をすくめるのであった。