多数の黒札を揃えてごり押し作戦、スタート!
宮城支部の幼女ネキ*1ご自慢の飛竜戦艦が、雲を割いて信濃国の空を飛ぶ。
目的地は奥穂高岳の山頂に座す穂高神社(嶺宮)、そこにある異界を攻略し封印されている穂高見命を解放するのが今回のミッションである。
元々は【黒札】にして長野県上田市派出所長の馬ニキが穂高見命の分霊から啓示を受けて異界攻略に乗り出したのだが、彼だけでは力が及ばないということで、あちこちに助っ人依頼を出した結果、複数人の黒札が合同で挑むことになった。
「しかしまあ、豪華なメンツだよね」
さすがに山頂に飛竜戦艦は停泊できないので、奥穂高岳の麓、涸沢小屋のあったところに着地してそこから山頂を目指すことになる。
戦艦を真っ先に降りてひとつ大きな伸びをした新潟・魚沼支部の田舎ニキ*2が、ぞろぞろと戦艦から降りてくる助っ人同僚を見やる。
【ガイア連合】の支部長あるいは支部長格だけで、田舎ニキ、幼女ネキ、岩手支部のセツニキ*3、北海道・道南支部のカス子ネキ*4、巌戸台支部の探求ネキ*5の五人。『お山』で黄金の林檎を栽培している人魚ネキ*6も実質領地持ち。正直この六人のうち誰か一人いれば異界攻略できるレベルのオーバースペックぶりである。
「【メシアン】が【日本神】を封じた異界の解放、【終末前】であればこれくらい黒札を搔き集めるのは当然なんですけどね」
「念には念を入れるというか、日帰りツアーの野次馬気分で参加している黒札もいますし」
脳缶ニキ*7と千景ネキ*8が豆柴ニキ*9をモフりながら、飛竜戦艦の格納庫から荷物を運び出しているところをぼんやり眺める。今は馬ニキと琉球ニキ*10が数人乗りのボートを担いでいるところだ。
「こんな山頂にボート?」
「封じられている穂高見命は海神・綿津見神の子で、異界の中には海があるそうですよ」
当たり前だが支部長クラスの有力な黒札はスケジュールに余裕がないので、今回の異界攻略は戦力を搔き集めて短期決戦という方針である。可能なら日帰りを目指すという馬ニキの指針に対し、一日だけならとスケジュールを調整してスポット参戦してくれた一騎当千の黒札たちであれば、烏合の衆と化すこともないだろう、多分。
「山頂に向かって、出発しまーす!」
セツニキが音頭を取って、各々が奥穂高岳の登山を開始する。
黒札は山梨の星霊神社で初期の修行をすると富士山登山をやらされるので山に慣れているし、覚醒者の常人を超える身体能力をもってすればピクニックと大して変わらない。道中は悪魔も出ずに平穏な道行となった。
*
奥穂高岳異界、浅層は馬ニキが事前調査してマップがあるし、出没する悪魔も【妖鬼】アズミ、【水妖】イヒカ*11、【水妖】イソラ*12の3種類とさして強くもない。
高レベルの黒札としてはまさしく鎧袖一触、手間取ることなく奥へと進み浜辺に到達した。
「この浜辺から海になりますが、ここが第二層です。沖に見える島が第三層にして最終目的地ですね」
ここまで担いできたボートを砂浜に下ろし、首と肩をコキコキいわせながら馬ニキが説明する。
「ぱっと見て、水深の浅い所がありますね。干潮になれば島まで歩けませんか?」
「調査しましたが、時間経過で干満になりませんでした」
「海に出てくる悪魔は?」
「アズミとイソラは第一層から引き続き、それから【魔獣】アーマーンを確認しています」
「アーマーンって鰐の姿でしたか、水生生物オンパレードですね」
ここからが正念場と気合いを入れなおした黒札ご一行が、海のスペシャリストである人魚ネキに視線を向ける。
人魚ネキは何やら考え込んでいたようだが、思いついたことがあるのか沖合の島を指さした。
「穂高見命は北九州の海の民、安曇一族の祖神。この異界に出る悪魔もアズミ、イソラと安曇に縁のあるものばかり。鰐の悪魔も、妹の豊玉毘売命の正体が八尋の大和邇であったという逸話からすれば不自然ではありません。地形も勘案すれば、浅瀬は海の中道、あの島は綿津見神の本宮がある安曇の民の本貫地、志賀島ですね」
「志賀島というと、あの『金印』が出土した?」
人魚ネキはこくりと頷くと、海に向けて砂浜を一歩踏み出した。
「志賀海神社に伝わる神楽歌、試してみますか」
君が
あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ
花こそ 咲いたる 沖の
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで
今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ
いるかよ いるか 汐早のいるか
人魚ネキが歌い終えて、その余韻が波音に消えていこうかというころ。
浜辺に顔を白布で覆い隠した男のぼんやりした影が現れた。
「春日大社に伝わる神功皇后の伝説の通り。阿曇磯良が干珠・満珠を授け、海路の安全を庇護してくれるのね?」
人魚ネキの問いかけに推定・阿曇磯良の神霊はこくりと頷き、振り返ると海に向けて両手をかざす。
すると、みるみるうちに引き潮となり、浅瀬であったところが露出して志賀島まで続く中州が出現する。
「こういうギミックだったのかー」
「ボートを運搬する必要なかった……」
荷運びに苦労した一部メンバーが落胆しているのを、人魚ネキは優しく肩を叩いて慰めてくれた。
*
気を取り直して、出現した中州を進んで島に到着した黒札一行。
道中はまったく悪魔が湧かず、すいすいと島の中央部、現実世界では潮見公園展望台に該当するところで、国津神・ホタカミノミコトが待ち受けていた。
「よく来たな、ここで我を倒せば異界は崩壊し、忌まわしきメシアンどもが仕掛けた封印も一緒に消滅する。その後は新たな分霊が降臨して異界を再生するが、穂高神社の里宮からアクセスできるようにするからな、どうだ、海なしの長野県でも海産物に困らなくなるし、新潟・糸魚川と長野・松本を結ぶ千国街道の守護者としても有用ぞ? 我の信徒にならぬか?」
「いやー、黒札が十人以上いるからって、勧誘必死過ぎでしょ」
「気持ちは分かるけどね。黒札を捕まえられたら神霊として勝ち組だよ」
カス子ネキと探求ニキが呆れたように肩をすくめる。
彼らのやり取りを一歩下がったところから眺めていた幼女ネキは、今回の異界攻略の音頭を取った馬ニキの背後にこっそり回り、どんと彼の背中を強く押し出した。
「幼女ネキ、何するんですか?!」
「国津神ホタカミノミコトはLv50ちょい、終末前であれば立派な異界ボスだが、終末後にレベルキャップ解放された我らの敵ではない」
幼女ネキの言うことは事実、Lv100に到達している田舎ニキを筆頭に、【シキオウジ】ロボを倒せる猛者ばかり── というか、発起人の馬ニキが一番低レベルだったりする。
彼我の戦力差を分かっているのか、ホタカミノミコトは何も言わない。
「それに対して馬ニキはLv40台前半、仲魔と合わせればいい勝負になるだろう。我らは後方腕組み彼氏面で見守ってやろう」
「なんですとーっ?!」
このまま誰かにホタカミノミコトを倒してもらってミッション終了と捕らぬ狸の皮算用をしていた馬ニキは、顔面を蒼白にして狼狽える。
「そうだな、終末後のこのご時世、馬牧場をやりながらスローライフというには、Lv40じゃちょっと貫目が足りない」
「田舎ニキまで! なんてこったい!」
頭を抱えた馬ニキが最後の望みとばかりにホタカミノミコトの顔色をうかがうが、ホタカミノミコトは肩をすくめるだけだった。
「強者に逆らってもいいことないぞ」
「あーっ、もう! やりますよ、やればいいんでしょーっ!」
やけになった馬ニキが仲魔を呼び出すのに合わせ、幼女ネキを始めとする他の黒札は一斉に下がって観戦モードに入った。
「馬ニキの異能は
「黒札用高級式神がタンク型で、物理攻撃も魔法攻撃も仲魔頼り。でも本人のLvが低いから仲魔のLvも30後半止まりで、山梨の修行場異界深層にはまったく通用しませんね。そもそも上級クリアできたんですか、あの人」
「とにかくLv60まで育ってくれれば、霊能ももう一皮剝けてくれるんじゃないですかねぇ。一皮剝けなくても、仲魔がLv50台まで行けば当人が戦闘に不向きでもシキオウジロボには勝てるようになるでしょう」
「黒札ってのは大抵が強力な神格を前世に持つのですが、彼は馬背神なんていうローカルな神格にこだわっているから悪いんじゃないですか? 馬背神は本地垂迹だと馬頭観音ですから、馬頭観音の一側面が馬背神と認識を切り替えて、悪魔が合体で格上の存在になるように、観音から菩薩、如来とランクアップしていけば」
「彼は馬に拘っているから、強い馬の悪魔…… スレイプニルを介して北欧神話のロキと縁を繋ぐのも手ですかねぇ。でも北欧神話に行くと日本神話からはみ出ちゃうので今の立場が危うくなる諸刃の剣」
馬ニキとホタカミノミコトの戦いを見ながら好き勝手に品評する黒札たち。
「畜生、好き放題言いやがってーっ!」
「終末後のこのご時世、弱いのは罪だからね」
「ああっ、正論! 正論パンチが痛い!」
*
どうにかこうにかギリギリの戦いを制して精魂尽き果てた馬ニキは、田舎ニキたちに抱えられて崩壊する異界を撤退し、黒札一行は幼女ネキの飛竜戦艦で山梨に移動。
そこで異界攻略成功の打ち上げとして、あらかじめ手配しておいたジャンニキの料理を食べて散々盛り上がった。なお馬ニキは精魂尽き果てて倒れたままであり、せっかくの料理を食べ損ねたとか。
どっとはらい。