【カオ転三次】マイナー地方神と契約した男の話   作:れべっか

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余話75 馬主デビュー

ちょっと、【終末】前の昔話をしよう。あれは、そう…… 【ガイア連合】ではウマ息子ニキ*1を中心に競馬界でキャッキャウフフしていた頃。

グガランナとイチヒメザクラがクラシック三冠と牝馬三冠を同時達成してからしばらく後の頃、と言った方が分かりやすいかもな。

育成牧場ガイアファームと、一口馬主会社ガイアレーシングも設立されて、【俺たち】が『ボクの考えた最強の血統』を実現しようと好き勝手していた時代さ。

 

あの頃は、日本競馬界ではサンデーサイレンス・トニービン・ブライアンズタイムの"御三家"が主流となり、メジロマックイーンやトウカイテイオーのパーソロン系を始めとして、オグリキャップ、ミホノブルボン、アイネスフウジンといった多種多様な血統が時代遅れとして淘汰されていってねぇ。

それを惜しんで、私もガイアレーシングに投資してとある馬のオーナーになったのさ。それが、ガイアウラノホマレ号。父メジロマックイーン、母父ハイセイコーという当時でも『一昔前の主流血統』という評価で、とある記事で『ガイアレーシングはこの業界でまともにやっていく気があるのか』と書かれた*2原因の一つだったりするんだけど。

いや、主戦騎手のウマ息子ニキは頑張ってくれたよ。あんな馬でもオープンクラス昇格まで引っ張り上げてくれたからね。"雨の"ウラノホマレなんて称号・渾名が付けられたくらいに荒天のレースに強かったというか、実は雨の日はやる気を出すけど晴れの日にはやる気を出さないという変な性格の馬でね。ウマ息子ニキがゲートイン前とレース中に必死で宥めすかしているのを、馬主俺たちと一緒に馬主席から見てゲラゲラ笑ってたのも良い思い出さ。

なんであんな性格になっちゃったのな? 生まれたばかりの頃から目をつけていて、アイツが生まれた牧場を離れてガイアファームで馴致するようになってから、あの時は私もガイアファームの臨時職員というくらいに毎日出入りして、ガイアウラノホマレを温泉に連れ出してやったこともあった。

ほら、馬に温泉ってのはオグリキャップとかの例もあるからね。童守町の稲葉ネキ*3が薬師如来の権能で回復温泉の効能アップとかやってたからさ、【トラポート】でちょいと連れ出すことくらい簡単さ。おかげでプール調教も大好きになったしね、アイツ。

え、ガイアウラノホマレが水に強い理由はそれだろって? うーん、言われてみればそうかも?

そうそう、ガイアウラノホマレが抽選を突破して出走が決まった、20XX年の天皇賞(春)。その日は雨になるよう、雨乞いの儀式を行なったんだっけ。俺たちが本気を出せば天候の一つや二つ、どうとでもなる。京都競馬場近辺にピンポイントで雨雲が掛かったのをウェザーニュースで見て、馬主俺たち一同でこれは勝ったと大はしゃぎでさ。

なお、それだけやってもレースには勝てず、儀式にかかった費用が大きく圧し掛かって泣きを見たんだけどね。

敗因? それは簡単、鞍上がウマ息子ニキでは無かったからさ。ウマ息子ニキは当時すでに押しも押されぬ凄腕騎手で、実力ある馬を何頭も担当していたからね。天皇賞なんて格のあるレースなんかは有力馬に事前予約が決まっていて、抽選でぎりぎり滑り込んだ程度のポッと出の馬など、いくらガイア連合繋がりでも乗ってもらえなかった。

 

そんなこんなで、ガイアウラノホマレはそこそこの期間をレースで走って、そこそこの成績を出してくれた。

主流血統じゃないし、目を見張るような結果を出したわけじゃないから、種牡馬としては残れなかったけど。引退後は『浦野牧』(ウチ)の牧場でのんびり過ごしてるよ。終末後になっても競馬が途絶えないようにしないとね。

アイツさ、泥だらけの馬場を好んで走っただけあって、田んぼに入って代掻きするの嫌がらないんだよ。サラブレッドなのに農作業に使える、こう言うとアレだけど、『変なヤツ』さ。

*1
【カオ転三次】騎手やってるってよ

*2
騎手やってるってよ「【馬】ガイア連合 競馬スレ49【隔離】」

*3
【カオ転三次】どう考えても90年代にジャンプで連載されてたアレ

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