新潟・魚沼地方で地元名家・九重一族と深く関わるようになった黒札・碧神凍矢(通称田舎ニキ)。
彼が現在頭を悩ませているのは、九重一族の分家に位置する少年・重下稔の取り扱いだ。彼は霊能力に目覚め、ガイア連合の手引きでサモナーとして霊能力者のスタートを切ったのだが、契約・使役している悪魔に振り回されているようである。このままでは、歪に成長してまっとうな戦力にならないどころか、九重一族全体に悪影響を及ぼす可能性すらある。
早いうちに矯正し、彼がきちんと成長してまともな戦力に数えられるようになって欲しい。力持つ者・人生の先達として、田舎ニキはそう考えている。だが田舎ニキはあれこれやることを多数抱えており、稔少年の指導を手ずから行なうだけの余裕がない。そして九重一族は地元名家(笑)と言われるような霊的才能の低い集団である。曲がりなりにもサマナーとして正規に覚醒した稔少年を指導できる人材となると、これまた存在しない。
ならば余所から指導者を連れて来る、または余所の指導者の下に送り込むとなると。田舎ニキの現在の人脈だと、適任がガイア連合スケベ部の人間しかいないのだ。
「QBニキの結嵌学園*1とかさぁ、なんだよそれ! 地元霊能者の霊的才能を引き上げるという目的はともかく、メス堕ち男の娘に強制転化という手段は、なんだよそれ!」
ミナミィネキからお勧めの育成方法を聞かされ、それでは戦闘能力のない欠陥レベルアップになるからと拒否した田舎ニキであるが、じゃあ代替案はと言われると思いつかない。しかも一緒に話を聞いた九重静は、ガイア連合とのコネが増えると乗り気である。
「うーん、取り敢えずは時間稼ぎしよう。重下君がどのくらい戦闘向きかを測るだけなら俺でもできるか」
そこで田舎ニキはふと思い至った。重下稔が契約・使役する姥石明神だが、これは魚沼地方に伝わる尾瀬三郎伝説の一部であると。
これは尾瀬三郎こと藤原房利が平清盛との争いに負けてこの地に流されるという貴種流離譚で、この伝説に付随する話として、尾瀬三郎の乳母である三ツ俣の前が彼を追って魚沼に来たというものである。この三ツ俣の前が旧・湯之谷村の巨石(姥石)と結びついて、姥石明神という村落の守護神(道祖神)として成立したのは江戸時代とされる。
「尾瀬三郎はこの地で再起を志し、反平家の軍を起こそうとした。武運拙く大きな動きになる前に死んでしまったが、武人でもあった。これは行けるか?!」
重下稔は姥石明神を傍に置いている、尾瀬三郎は乳母の三ツ俣の前を傍に置いていた、姥石明神と三ツ俣の前は同一の存在なので、つまり重下稔は尾瀬三郎とオカルト的にイコール。呪いの藁人形などと同じく、似たものは互いに影響しあうという類感呪術の理論である。
「重下君が武人の素養を持つなら、戦えないこともないだろう。それに尾瀬三郎伝説に縁ある霊的アイテムを使えば、霊的才能の底上げにもなる」
重下稔の育成に光明が見えた、そう考えて田舎ニキは安堵の溜息をついた。
*
「という訳で、尾瀬三郎の立像があるこの地まで来たわけですが」
魚沼市宇津野、尾瀬への入り口である奥只見湖の西端の丘、銀山平キャンプ場の近くに、昭和40年に尾瀬三郎像が建立された。
烏帽子と直垂姿の尾瀬三郎像だが、田舎ニキと重下稔が近づいても何も起きない── と思いきや、石像が僅かに瞬きしたのを田舎ニキは見逃さなかった。
「ふむ、重下君。ちょっと姥石明神を召喚してみてくれないか」
「えっ、この場でですか? はい、分かりました」
指示に素直に従った稔少年は、懐からカードを取り出すと姥石明神を召喚する。相変わらず、豊満ボディにショート浴衣という目に毒な姿で顕現した姥石明神は、きょろきょろと周囲を見回した後、尾瀬三郎像へと話しかける。
「文武両道に美貌まで恵まれた三郎様といえど、長らく雨ざらしでは格好がつきませんね」
すると、尾瀬三郎像の口が動いて、皮肉に対して返事があった。
「ぬかせ。水も滴るいい男というものだ」
「わっ! 像が喋りました!」
「ふーむ、学校の七不思議で動く二宮金次郎像とかいうパターンがあるけど、それに近いな。尾瀬三郎の霊が憑依しているのか」
驚く稔少年と冷静に観察する田舎ニキ。
姥石明神と尾瀬三郎像はしばらく無言で見つめ合っていたが、言葉を介さずとも同じ伝説を彩る存在として意思疎通したのだろうか、余計な説明をする前に三郎像が再び口を開く。
「三ツ俣から話は聞いた。この魚沼ローカルの伝承なぞ、大した力は得られぬぞ?」
「尾瀬三郎の力を得た後は、また次の伝承を手掛かりにしますよ。例えるなら出世魚のように、ですね」
「ははは、言いよる。まあ良い、三ツ俣の顔に免じて、我が足跡を辿り力をつけることを許そう」
三郎と田舎ニキは男同士で何やら通じ合ったのか、軽妙なトークで意気投合する。あっという間に伝承再現の許可を当人から取り付けてしまった。
「しかし三ツ俣…… ずいぶんと姿が変わったのう。それではまるで…… 春をひさぐようだ」
「まあ! 三郎様、久しぶりに言葉を交わしたというに、なんとつれない」
「いや、我らは霊的存在だから物理的に声を出さなくても意思疎通できるじゃん」
「ああ三郎様はすっかり風情を解さぬ朴念仁に成り下がりました、よよよ……」
二人の茶番を横から眺めながら、当たり前だと田舎ニキは思った。
だって、肉付きのいい30代後半の美女が、膝上の丈のショート浴衣一枚で、ノーブラノーパンなんだもの。いかにも身体を持て余していますといった雰囲気を漂わせて、売春婦みたいと言われるのは、残念だが当然であろう。
形勢の悪くなった三郎は、こほんと咳払いして話題を逸らす。
「まずは我の埋蔵金を探してみよ。ほれ、すぐそこの上田銀山にお宝が眠っておる」
「尾瀬三郎伝説に埋蔵金? 聞いたことがありませんね」
「まあ、今思いついたからな。だが銀山の奥底にお宝が眠っているのは事実、我がお家再興・平氏打倒のために兵力・物資・資金を搔き集めたのも事実。我は武運拙く敗死したが、搔き集めた資金は埋蔵金として隠されているとした方がロマンあるだろう?」
「なるほど、尾瀬三郎伝説は浪漫ある話、そう我々が思いこめば認識が補強されるという因果逆転の発想ですか。つまり埋蔵金があると強く信じれば、銀山からお宝が出る。ダンジョンを探索すればついでに度胸も養われると、良いアイデアです」
田舎ニキは、三郎の提案に感心した。
「こちらとしても、伝説の知名度が高まれば自身の強化に繋がるから損はない。互いに益のあることだ、励めよ、少年」
最後にそう言って、三郎像は再び物言わぬものへ戻った。
「上田銀山ですかぁ。確か、江戸時代に廃坑になって、今は坑道跡がわずかに残っているだけですよね?」
「確か、三郎像のあるここ(銀山平入口)から銀山までの山道はきちんと整備され、坑道跡も実際に中に入れるはずだ。よし、行ってみよう」
そういうことになった。
*
上田銀山。江戸時代の1600年代半ばに鉱脈が見つかり、最盛期には年4000kgの銀、72000kgの鉛が採掘されたという。1862年に地下水脈を掘り当てて水没し、再起不能となって閉山した。鉱夫・商人・遊女など関係者最大25000人規模という鉱山街も、閉山後は衰退し、昭和37年の奥只見ダム完成により水没した。今は採掘現場の坑道跡がわずかに残っているだけである。
魚沼市の中心街から国道352号を進み、尾瀬三郎像のある奥只見湖遊覧船・銀山平船着き場まで約25km。ここまで田舎ニキの運転する自動車で来た二人は再び車に乗り込み、同じく国道352号で奥只見湖の南側を進み、目印となる大福銀山十二神社に到着した。三郎像からここまで約25km、覚醒して身体能力の上がった霊能者なら徒歩でも移動可能だが、普通は自動車を使う距離だ。
「今日は様子見だから、そんなに気負わなくていいよ。準備もしてないし」
田舎ニキが重下稔にリラックスの声をかけ、周囲を見回した。
神社から山を湖側へ少し下りたところに5箇所の坑道跡が当時のままの姿を残し、中に入ることもできる。そう聞かされてはいるが、実際に目で確認するまでは安心できない。
「ここら辺、冬季は国道352号が閉鎖されますよね。銀鉱山を再開発するのはハードル高そうですが」
「そういうのも含めての調査だけど、設備投資してペイできるのかは難しそうだよなぁ」
同じ新潟県でも佐渡島の蝶野光爵*2は、異界化した金鉱山を採掘運営している。そのノウハウを共有させてもらえるなら、上田銀山でうっはうはの大儲けという可能性もあるが、今は捕らぬ狸の皮算用である。
坑道跡は旧・湯之谷村の史跡文化財として整備されており、看板が出ているので、見つけることは難しくない。大人がしゃがんでやっと通れるほどの小さい隧道を10mほど進めば、金属柵で仕切られそれ以上進むことができないようになっている。
「うわ。異界化が進んでるよ、ここ」
田舎ニキが思わず口に漏らしてしまったが、正確には異界に『なりかけ』である。淀んだ瘴気を祓えば異界にはならない。
「えっ?! 大丈夫ですか?」
「まだ異界化の途中だから、現時点では出てもLv1未満のスライムのなりそこないくらいかな。まあそれでも一般人がうっかり入り込んで取り憑かれるようなことがあれば致命的だけど」
田舎ニキは顎に手を当てて悩んだ。あまり霊的才能がない九重家でも、ここの淀んだ瘴気を祓うことくらいはできるだろう。一般人に被害が出る前に異界化を阻止して安全確保するか、それとも一般人立ち入りにして異界化させてしまい、銀山を復活させて採掘経営するか。
「今は現状確認が最優先だな、よし、坑道の奥まで進んでみよう。念のため、姥神明神、重下君、俺の順で隊列を組む」
重下稔の度胸付けを兼ねているので、田舎ニキは殿。不慮の事故が怖いので、先頭は使役する悪魔。まあトラップなどないだろうから、大丈夫だろう── そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
坑道の高さが低いので、先頭を四つん這いで進む姥神明神。彼女はノーブラノーパンで膝上丈のショート浴衣姿。しかも意図的にお尻フリフリして稔少年を誘っている。眼福なんだか目の毒なんだか、自身の股間を抑えて苦しそうにしている稔少年が哀れに思える。
そして、たかだか10mもない通路の奥に到着というところで、事件が起きた。
「きゃぁぁぁっ!」
衣を裂くような姥神明神の悲鳴。坑道の暗がりに潜む野良悪魔の不意打ちだ!
とはいえ、出てくるのはLv1未満のスライムもどきが精々で、ぶっちゃけ姥神明神の敵ではない。
「何だ、何があった……」
田舎ニキの視線の先には、天井から降ってきた【外道スライム】に全身を包まれ、もがきのたうち回っている姥神明神がいた。
その姿は、なんというか、独りローション相撲かな? スライムに服を溶かされ、全身裸にぬるぬるしたゼリー状のものが絡みついている。
「ああ、うん。どうしようか、これ」
当初の見立て通り、姥神明神はスライムを難なく振りほどけるだけの実力差がある。しかし彼女は稔少年へのセクシーアピールチャンスとばかりに、このハプニングを楽しんでいるようだ。
呼吸も荒く、血走った目で彼女をガン見している稔少年。ここに田舎ニキがおらず二人だけなら、おっぱじめてしまうことは想像に難くない。
「ほんと、どうしようか、これ……」
田舎ニキは幻頭痛を覚えてこめかみに手を当て、大きく溜息をつくのだった。