異界ボス・コンペに勝ち残った木花開耶姫命の分霊を、【シキガミの義骸】のまま上田銀山・坑道跡の最奥に安置。地鎮祭でよく見る簡易な台に酒・米・塩といったお供え物を乗せ、若干のマグ・マッカをお賽銭替わりにして、そのまま一週間ほど放置したところで。
木花開耶姫命から田舎ニキに『異界が成立した』と霊界通信が届いたので、さっそくお祝いを兼ねて視察に行くことになった。
新潟・魚沼市銀山平の奥、国道352号線を進んだ先に上田銀山・坑道跡は存在する。目印は大福銀山十二神社で、そこに自動車を止めて奥只見湖の湖畔へと藪を掻き分けて斜面を下ると、旧・湯之谷村史跡である坑道跡が五か所に点在している。
この坑道は試掘レベルで止まっており、長さも10m少ししかない。江戸時代に使われた採掘口は今は奥只見ダムの水面下に沈んでいるので、異界として上田銀山を復活させる場合、この坑道を使用することとなる。
「本格的に銀鉱石を運び出すなら、坑道までの道はなんとかしないといけませんね」
「この坑道も膝をつくようにしないと通れないし、高さも幅も拡張しないと不便です」
「異界の入口には結界を張って、未覚醒者が迷い込まないようにすべきだな」
田舎ニキ、地元霊能組織のトップにして田舎ニキのお気に入りである金札の九重静、上田銀山絡みでここしばらく【ガイア連合】のオモチャになっている雑魚地元霊能者の重下稔。その三人で出来たばかりの異界・上田銀山に進入する。なお、田舎ニキの専用シキガミである破裂の人形は、大きいボディでは狭い坑道を通れないということで、十二神社でお留守番している。
三人は口々に気づいたことを言い合うが、坑道を10mほど進んだ先でその足を止めた。
「よく来た! 初めての客として歓迎しよう」
行き止まりとなっているはずのトンネルの先に、六畳ほどの広さの部屋が出来ている。そこには三頭身の手乗りぬいぐるみ人形がふんぞり返っていた。
「無事に異界を形成できたこと、お祝い申し上げます」
田舎ニキが代表として言祝ぎ、九重静と重下稔は手荷物として抱えていた酒・米・塩などを差し出す。
「うむ、うむ。殊勝な心がけよ。今は狭くとも、いずれは佐渡にも負けぬ大鉱山にしてみせようぞ」
UFOキャッチャーの景品人形に分霊が憑依しているため、木花開耶姫命は精一杯の威厳を出そうとしているが、ほのぼのした絵面にしかなっていない。
三人は自身の頬なり腿なりをこっそり抓って、どうしても緩んでしまう顔を引き締めた。
「愚妹よ、背伸びしてもその依り代では威厳などないぞ。それに佐渡金山に張り合うなど、それこそ千年はかかるだろうに」
重下稔が契約している悪魔イワナガヒメが、呆れたような声を上げる。すると木花開耶姫命は柳眉を逆立てた後、への字に口を曲げた。
「今日の風速は時速50キロ、まるで台風よ。先輩風がピューピュ吹いて煩わしい」
「は? 鉱山の守護としては
「へへーん、今の私は一国一城の主なんですー! 私が羨ましいんでしょ?」
「別に? 岩手では私が星祭神社の主祭神としてボスをやってます*1し」
「それは貴女ではなく別の分霊でしょ?」
木花開耶姫命とイワナガヒメがバッチバチにメンチを切りながら口撃を交わす。これも姉妹のコミュニケーションの一環なのか、それとも本気で喧嘩しているのか、周囲からすれば判断に困るところである。
「ふーっ!」
「しゃーっ!」
身長2m近い褐色巨女(アメコミの姿)のイワナガヒメと、手乗りサイズ三頭身ぬいぐるみの木花開耶姫命。猫が威嚇しているような奇声を上げながら互いに見つめ合っている姿は、傍から見ればギャグである。しかしどちらも腐っても神霊、どす黒いオーラが二人を取り巻くように発生する。
「おいおい、勘弁してくださいよ」
とはいえ、木花開耶姫命の分霊はLv5かそこら、イワナガヒメの分霊はLv1しかない。九重静と重下稔に取っては怪獣大決戦であっても、黒札である田舎ニキからすれば子猫のじゃれ合いでしかない。
両者にどうやって割り込もうかとタイミングを見計らっていた田舎ニキだが、ふと彼の勘に触れるものがあった。
「ん?」
彼がたいして広くもない岩室の壁面に目を向けると、そこにピシピシと急激にヒビが入った。みるみるうちにひび割れは大きくなり、ポロポロと小石が崩れ落ちて隙間から何かがにゅっと飛び出してくる。
「大百足ぇ?!」
「ギギ…… 異界ヲ貰イウケル……! 我コソガココノ主ニ相応シイ……」
「ぎゃーっ、異界造成の苦労を他人に押し付けて美味しい所だけ掠め取ろうなんて卑怯! 圧倒的に卑怯!」
「弱イ犬ホドヨク吠エル……」
田舎ニキがぱっと見たところ、この大百足の妖怪はLv10~15くらい、【終末】前の現段階ではそれなりに大物だ。
現世において悪魔同士で異界を奪い合うのは珍しくない*2し、弱肉強食の世においては普通のことだ。
「大百足、甲斐や佐渡の金堀衆が山神の使いとして崇めた存在ですね。俵藤太の百足退治伝説や群馬・赤城山の赤城明神など、強力な神格として語られることもあります」
「この状況で平然と蘊蓄語りしないでくださいよ!」
「今昔物語では加賀国の漁夫が大百足を退治する話があります。大丈夫、
九重静が平然としていられるのは、彼女がLv5~10くらいあって大百足の圧に耐えられることと、彼女が心酔している田舎ニキがムカデを驚異と見なしていないからだ。それ以外のメンバーはと言うと、重下稔と彼の契約しているイワナガヒメ&姥神明神はいずれもLv1、木花開耶姫命の分霊はLv5と、大百足に抗えないだけの差があり、大百足にビビリまくっている。
「くっ、妹に狼藉は許しません!」
「ギギ…… 山ノ神ヲ喰ラエバ我ノ格ハ上ガル…… 一粒デ二度美味シイ……」
「お姉ちゃん、駄目!」
イワナガヒメが木花開耶姫命を庇うように前に出て、麗しい姉妹愛を見せつける。もっとも大百足にとっては美味しいご飯のお代わりが出てきたようなものだ。
「私が囮になります! 二人とも逃げて!」
「お客人に命を張らせるなんでできません、私はこれでも異界ボスなんですよぉ、最後まで見栄を張らせてください」
重下稔が契約している姥神明神も、
「零落シタトハイエ神霊ガ三体! 美味シスギル! 飛ンデ火ニイル夏ノ虫、イタダキマス」
大百足は歓喜に全身を振るわせてギチギチと耳に障る音を出し、三体の悪魔を喰らわんと飛び掛かる!
「【ブフ】」
「ギャーーーッ!」
田舎ニキのブフ一発で呆気なく蹴散らされる大百足であった。
「お、虫の息とはいえまだ生きてるんだ。しぶといな、でも丁度いいか」
ノックアウトされて地に転がる大百足の頭を踏みつけ、田舎ニキは他の面々に声をかける。
「狼藉者にトドメを刺すのは君たちがやるんだ」
「碧神殿の高配、痛み入る」
補助ありとはいえ格上を倒せば低レベルから脱却できる、要はパワーレベリングである。田舎ニキにすれば、この大百足の経験値を独占するよりも、手柄を譲って恩を売る方が美味しい。
木花開耶姫命&イワナガヒメ&姥神明神の三体と、九重静&重下稔の二人も加わって、総勢五人で袋叩きにする。いくら高レベルかつしぶといことに定評のある百足でも、田舎ニキに首根っこを押さえられた状態では何もできなかった。
「ギギ…… 無念…… ダガ第二第三ノ刺客ガココヲ狙ウデアロウ…… ソノトキ常ニ助ッ人ガイルトハ限ラヌゾ……」
そう忠告?を言い残して、大百足は消滅した。
「不埒者を返り討ちですわーっ!」
ガッツポーズしながら全身で喜びを表現する木花開耶姫命。どうやらこの戦いでレベルが上がったようで、大百足を相手に死を覚悟した悲愴な顔をしていたとは思えぬ意気高揚ぶり。
そのはしゃぎようを暖かい目で見守るイワナガヒメ&姥神明神も、使役者の重下稔も含めレベルアップしたようだ。(なお重下稔のLv上限に引っ張られる形で、イワナガヒメ&姥神明神のレベルアップも最低限でしかない)
「しかしまあ、今後はどうしたもんか」
どっかと座り込み、持ち込んだ酒の封を切る田舎ニキ。異界新規造成の祝いに百足退治の戦勝祝いを兼ねて、車座になってささやかな宴でもという雰囲気になったところで、彼は今後について頭を悩ませる。
「あの百足の遺言の通り、今後も異界ボスの座を狙ってくる奴はいるだろう。そして俺もここに用心棒としてずっと貼りつくことはできない」
「ガイア連合から拠点防衛用シキガミをレンタルできませんか?」
「レンタル料は高額だし、そもそも注文してすぐ納品されるか分からない。それに式神の動力として地脈パワーを大半持っていかれるから、異界の成長速度が遅くなって、旨味が少ない。ぶっちゃけ、奪われた異界を取り戻す方が楽といえば楽」
田舎ニキのある意味で見放すような発言に、それまで勝利で浮かれていた木花開耶姫命が泣きそうな顔になる。
「そんな…… 碧神殿を常に縛り付けるのは無理としても、そこの九重殿なら何とかならぬか?」
「いいえ、私も碧神様の秘書役として、あまりお傍を離れることはできません」
重下稔は才能ロバなので、戦力として当てにされずに話題にならない。彼自身も弁えているので、ここで自分を売り込む真似はせずにじっと黙っているだけだ。なお彼の目にきらりと光る雫が一滴浮かんだのは、男の子としての意地か、それとも。
田舎ニキは自身の専用シキガミである破裂の人形を派遣しようかと一瞬考えたが、そもそも狭い坑道を通れずにここに連れて来れなかったとこを思い出して、すぐに諦めた。
「一番手っ取り早いのは、木花開耶姫命の本霊からより強い分霊を改めて派遣してもらうことか?」
「それって、私自身はクビってことですか?! あっ、本霊もその気になってる! 嫌ですー、折角の現世をもっともっと満喫したいですー!」
じたばた駄々をこねる木花開耶姫命。黒札と繋がって我が世の春が来たと取らぬ狸の皮算用をしていただけに、梯子を外された感で一杯だ。
「違う分霊に異界ボスの座を明け渡すにしても、このまま本霊のところに戻るだなんて、異界新設のただ働きしただけじゃないですかー! 私自身にボーナスがあってもいいと思いません? ね、碧神殿、私を仲魔にしませんか? ほんのちょっと、現世を楽しませてくれるだけでいいんです!」
「すいません、仲魔枠は満杯でして」
露骨に媚びを売り始める木花開耶姫命に、田舎ニキは冷めた目を向ける。悪魔の我がままに一々付き合っていれば身が持たない。
「じゃあ、じゃあ! 九重殿はどうですか?! 私なら美神の側面もありますから、女性なら垂涎モノの加護を与えられますよ!」
しかし九重静も首を左右に振るだけで、木花開耶姫命の懸命の売り込みをスルー。だって、強力な分霊が改めて派遣されるなら、そちらと縁を繋ぐ方が効率的だからね。
「じゃあ、じゃあ……」
木花開耶姫命は田舎ニキ、九重静と続けてフラレたので、残る重下稔に視線を向けて、そこで売り込みの言葉が止まる。
「愚妹よ、今の貴女にえり好みする余裕がありますか」
「使役者に最低限の能力を求めるのって当然よね」
「制限ある中であれこれやりくりするのも面白いものですよ」
「私はお姉ちゃんと違って、ダメンズを支える趣味ないから。糟糠の妻を気取るのはお姉ちゃんだけで充分でしょ、二人とも同じポジションに収まったら、
「「…………」」
「ふーっ!」「しゃーっ!」
外敵に一致団結したと思えば、また姉妹で睨み合う。仲が良いのか悪いのか、田舎ニキは溜息をついて頭をポリポリと掻いた。
そして、木花開耶姫命にまたもや相手にされず、悔し涙を流している重下稔少年をちらりと見る。
「サモナーに直接戦闘力は必要ない。促成栽培でもそれなりの悪魔を使役できる器になれるなら……」
以前に稔少年を【スケベ部】へ売り渡さないと判断したが、やっぱり売り渡す方が良いのでは?
その疑念が拭えない田舎ニキであった。