仕切り直しとして、三羽烏もとい三馬鹿ラスは改めてモツ煮を買い直して舌鼓を打っていた。
「んめ~、ゴボウのささがき、大根と人参はイチョウ切り。しっかり味が染みていている」
「信州味噌って淡い山吹色っていうか、仙台の赤味噌と違うよね」
「おにぎりとこれだけで立派な一食だよね、沖縄の味噌汁定食を思い出す」
三人は思い思いにモツ煮を口にして、クロマニキが買ってきたおにぎりにも手を伸ばす。
「この笹の葉に包まれたおにぎりも風情がある。刻んだ野沢菜の混ぜご飯はいかにも信州って感じ!」
「そこは【終末】後の物資不足が影響している面もあるんだがな。プラスチックの使い捨て包装はあまり見かけなくなったし、海産物も不足しているからツナマヨも明太子も昆布佃煮も具にならないし、海苔も巻かれていない」
「そうだよね。盛り蕎麦とざる蕎麦、刻み海苔がトッピングされているかどうかだけでお値段がぐっと違う」
サスケニキはずずーっと下品な音を立ててモツ煮の汁を啜り、ほぅと息をついた。
「豚汁の豚肉をモツに代えただけとも言えるんだが、んまい! だが、これにはまだ足りないものがある! じゃじゃーん!」
サスケニキは擬音を喋りながら、懐に手を入れて小瓶を取り出した。
「七味唐辛子! 更なる風味をもたらすもの!」
彼は蓋を開けると、手首から先をほんの少しだけ揺らし、ほんのひと振りだけ赤い粉末を散らした。
「まずは何も手を加えずに一口、それが作ってくれた人への礼儀だよね」
サスケニキは目を瞑って鼻をすんすん鳴らし、七味に含まれる柚子のほのかな香りを楽しんだ。
「ふうむ。それは、牛丼屋で出てきた牛丼に、まず最初に七味や紅生姜をてんこ盛りにするのは下品と言いたいのかね?」
ヨロイニキがキッと睨むような視線を向けるが、サスケニキは動じない。
「まあ、ケースバイケースだ。行きつけの店でいつもの食べ慣れた味と分かっているなら、初手から味変するのも、分からなくもない。でもまあ、初めて入ったラーメン屋なら、スープを一口飲んで味を確かめてから胡椒を振るほうが、スマートだと思う」
その言葉に納得したヨロイニキは、一つ頷いてから腰のポーチに手を入れて、手のひらサイズの何かを取り出した。
「それは?」
「【ガイア連合】の技術の粋をこらした、ハンディ冷蔵庫。道南支部のカス子ネキ*1から貰った北海道バターを、こうして」
ヨロイニキは、これまたどこかから取り出したバターナイフをすっと差し込んで、バターを一欠片切り取ってモツ煮の丼に落とした。
「七味唐辛子も悪くないんだがな? 札幌ラーメン風の味噌バター味も良いと思うんだ」
ヨロイニキが当てつけのようにニヤリと笑うと、サスケニキと交錯した視線にバチッと火花が散った。
「けっ。脂のコクが美味さを引き立てるのは認めよう。だがなぁ、俺が香辛料の繊細な風味を味わっている横で、それをかき消すようにバターをドボンするのは、心遣いがなってないぞ」
「ふっ、負け犬の遠吠えが耳に心地良いな~」
二人のボルテージが高まっていくが、つい先ほど取っ組み合いの喧嘩をして怒られたばかりなので、最後の一線だけは越えないようにと互いに我慢している。
と、そこへ、クロマニキが新しい丼を手にしてテーブルに戻ってきた。
「モツ煮のお代りをしようと思ったんだけど、あっちに別の屋台があって、そっちで買っちゃった」
クロマニキがどんとテーブルに置いた新しいモツ煮。それは。
「キャベツとニラが具のメイン、醤油味のモツ煮だと?!」
「そうだよ、それに」
クロマニキは箸をすっと差し込み、丼の下に隠れているものを露わにした。
「手打ちうどんだと!」
「うどん! しかも真っ白でなくうっすらと茶色がかっている…… 全粒粉か!」
「そうだよ。地元産の小麦を使っているんだって」
クロマニキはずずっとモツ煮うどんを啜り、もぐもぐと咀嚼した。
「このどっしりした歯ごたえは、埼玉・武蔵野うどんの系譜かな? 信州の麺といえば蕎麦が最初に挙がるけど、うどんも隠れた名品だね」
醤油味という新たな勢力が台頭したことで、七味とバターで争っている場合ではないと、ヨロイニキとサスケニキは一瞬で和睦した。
「ま、まあ、落ち着こうじゃないか。モツ煮と煮込みうどんの合体なんて、珍しくもなんともない」
「そ、そうだとも。我らの味噌モツ煮だって…… 汁におにぎりを放り込んで、ラーメンライスに出来る!」
「おい、そこは牛丼ツユだくだくと例えるべきだろ?」
勝手にクロマニキに負けた気分になって、震え声で虚勢を張っていた二人だが、サスケニキが抱えている丼に箸を突っ込んだところで、くわっと目を見開いた。
「おぉ! これは!」
「芋の切れっ端し!」
「それもただの芋じゃねぇぞ! 里芋だ!」
「な、なんだってぇ~~っ?!」
サスケニキが箸で摘まみ上げたモツ煮の具。それは里芋であった。
「つまり!」「つまり?!」
「これは!」「これは?!」
力いっぱい叫ぶサスケニキと、それに追従するヨロイニキ。
「東北のソウルフード、芋煮とモツ煮の魔合体だ!」
「な、なんだってぇ~~っ?!」
あまりの喧しさに、彼ら三人の周囲にいた人たちが引いている。
だがそんな事には気づかず、三馬鹿ラスは掛け合いを続ける。
「うぐぅっ、そんな、俺は…… 味噌味の芋煮を食ってしまったのかっ!」
「どうした、ヨロイニキ?!」
「宮城の幼女ネキ*2に
悔し涙をぼろぼろ流しながら、ごろごろと地面をのたうち回るヨロイニキ。その姿はまさしく七転八倒と表現するに相応しい。
「くそっ、馬ニキめ! 今川焼名称論争やキノコタケノコ論争に並ぶ、芋煮味付けのトラップを我々に仕掛けるだと?! なんと卑怯な! ええい姿を見せろ!」
ヨロイニキの狂気が伝染したのか、サスケニキも発狂して立ち上がり、二人で絶叫ともいうべき魂の叫び声を放った。
「芋煮は! 山形!」「芋煮は! 山形!」
「コンビニで薪を売ってる!」「川原で陣取り!」
「「「我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからには、心を同じくして助け合い、困窮する者を救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年同月同日に生まれることを得ずとも、願わくば同じ芋煮を喰らわん事を!」」」
いつの間にかクロマニキまでシンクロして桃園の誓いらしいものを唱えていた。
「ああー、いい汗かいた」
阿呆なやり取りをして満足できたのか、三人はうんうんと頷いて、モツ煮を食べきってしまおうとしたところで──
三人とも同時に、COMPに通知が届いた。
『近々、芋煮会に招待してやるから、首を洗って待ってろ 幼女』
「アイエエエ?!」
「幼女ネキ?! 幼女ネキナンデ?!」
「ゴボボーッ!」
慌てふためく三馬鹿ラスが恐怖のあまりひきつけを起こすのをモニター越しに見ながら、幼女ネキは満足そうににやりと笑った。
「馬鹿め! 馬ニキの草競馬はDDS-netで中継されているのだ! レースの空き時間で競馬場グルメ紹介しているところに映り込んだのが運の尽きよなぁ! 上手く抜いたカメラマンはグッジョブ!」