意識を失っている<ヒメ>を担いでどうにか山道を下り、実家に戻る。霊地で修行してレベルアップした肉体強化の恩恵がなければかなり苦労したはずだが、今なら彼女一人を背負うくらいは造作もない。
母はまだ帰宅しておらず、父は腰を痛めて居間でごろごろしているので、とっとと元・自室に<ヒメ>を運び込み、客用布団を敷いて彼女を寝かせる。
改めて彼女を観察すると、特に苦しんでいるようには見えない。式神なのでそれで大丈夫かと言われると窮するが、こちらに打つ手がない以上は様子見に徹するのが得策かもしれない。馬背神もこちらを害するそぶりを見せなかったし。
彼女のことは考えてもどうにもならないので、思考を切り替えて馬背神の依頼/命令/試練について検討することにする。
今回の帰省は異界探索するつもりがなかったので装備はなし、この状態で異界に突入など自殺しに行くようなものだ。三月に異界を覗いたときは低レベルの動物霊・妖怪が多かった印象だが、ボスが交代したなら大きく様変わりしても不思議ではない。入口周辺の情報だけでもと欲を出すのも危ないだろう*1。
幸いなことに馬背神はタイムリミットを一年以内としてくれた。それまでは自分を鍛え、年末年始の帰省である異界調査をある程度して、戦闘系【俺たち】の助力も貰って春にボス攻略、というスケジュールで間に合うはずだ。
「Lv10が成長の壁と聞くので、まずはそこまでレベルアップかな…… あ、母さん帰ってきた。<ヒメ>のこと説明しなきゃ」
その後、<ヒメ>が体調不良で寝込んでいると両親に説明し、親子三人で半年ぶりの水入らずで夕食となった。
新しい職場でやっていけているのか、<ヒメ>との出会いは、などあれこれ聞かれたが、オカルト業界と無関係のカバーストーリーをスタンクニキに相談するとき一緒に練り上げておいたので、やり過ごせた。
なお、ディアの力を込めたマッサージは両親に好評で、特に父はギックリ腰の具合が良くなったと大喜びだ。スタンクニキの霊能マッサージが女性を引き付ける理由が垣間見えた。
*
翌朝、目を覚ますと<ヒメ>が俺のそばに佇んでいた。良かった、目を覚ましたのか。
「おはよう、<ヒメ>」
「おはようございます、主様」
あれ、会話と仕草と表情の連動がめっちゃスムーズなんだけど。搭載AIが大規模バージョンアップして、今なら長時間会話しても、常識知らずとか話のピントが合わないとか思われることはあっても、人間ではないと疑われることはないんじゃないか?
「馬背神から知恵と力を授けていただきましたの。貴方の愛馬として今後ともよろしくお願いしますわ」
可愛いこと言ってくれる。しかしやる気満々な表情とガッツポーズから可愛いというよりは頼もしいという気持ちが先に来る。ここら辺はパワーファイター型でデザインされたそのままだ。
「それから【食事】できるようになりましたわ」
「おぉ、周囲に人外とばれないようにと願ったけど、ここまでフォローしてくれるのか。馬背神には素直に感謝だ」
「これ以上の加護は、異界攻略してボスの座を取り戻すまで頂けませんの」
「手付の報酬としては十分だよ」
<ヒメ>の頭を軽く撫でてから起き上がる。今日は快晴、良い祭り日和になりそうだ。
*
馬背神社の例大祭は宴会から始まる。
正午に公民館兼社務所に集合し、広間でビール、漬物、お握り、モツ煮が振舞われ、まずは男衆の酔っぱらいを製造する。
俺は<ヒメ>と共に公民館に行き、皆から質問攻めにあった。昨日の今日で噂が広まるのが本当に早い。
<ヒメ>はいつの間にマスターしていたのか、宴会スキル【ビールを注いで回る】で一躍皆の人気者になっていた。その後、うら若き乙女と思えぬ食欲でお握りとモツ煮をパクパクデスワーしていたが、酔っぱらいの皆さんはそれで大いに盛り上がっていたようだ。
俺は嫉妬から執拗に絡んでくる元同級生を適当にあしらった後、トイレに行って一息つくことにした。すると、俺と連れ小便するかのように一人の男性が後を追いかけてきた。
「宮下のおじさん、今日は父の代わりに頑張ります」
ご近所の宮下さん、かつてこの地が浦里村と呼ばれていたころの村長の家系で、市会議員でありこの地域の顔役、そして馬背神社の氏子総代を務めている。この人の娘さんが兄と小学校の同級生だったこともあり、俺が中学生くらいまでは家族ぐるみで仲良くしてた。俺が高校生になってからは【覚醒修行】に力を入れたこともあり、顔を合わせる機会も減ってしまったのだが。
そんな宮下のおじさんだが、しかめ面を崩さずに小声でぼそっと問いかけてきた。
「維茂君、少し見ないうちに人外の存在を使役するようになったんだね」
「あ。あー…… おじさんも分かるんですね」
この地に霊能者はいないと思い込んで油断してた。霊能者ならガイア連合製高級式神を人間ではないと見破ることもできよう。おじさん相手に下手に誤魔化すよりは、正直にゲロった方がマシかも知れない。
「実は高校卒業直後に【覚醒】しまして。今は【ガイア連合】所属の霊能者見習いという立場です」
「ガイア連合…… 今一番勢いのある組織だね」
「親父が腰をやったのでお神輿担ぎの代理として急遽呼び出されたんですが、何の偶然か馬背神から神託を頂きまして。一年以内にあの異界を攻略しろって」
「……これ以上は社務所で話そう、ついてきて」
おじさんに従って公民館の廊下を渡り社務所の小部屋に入る。
「おじさんはいわゆる、地元の霊能組織というやつに所属してるんですか?」
「そうだ、『馬背神社連』という名だが、戦後のごたごたで資料は散逸するし有力な血筋は途絶えるしで、今は私一人という見る影もない状態さ」
おじさんの霊能力ポテンシャルをざっと観察したところ、Lv1で本当に最低限という感じ。地方の霊能力者がロバに例えられ、黒札俺達がサラブレッドに例えられるのも納得できる。
「私も神様から啓示を頂いたのだが、私の才能では夢でぼんやりしたイメージを受け取るのが精いっぱいでね。神社の異界が綻んでいると教えられても、修復するだけの知識も力もない。娘を生贄にすればとも思ったが、生贄の儀式すらやり方を知らなくてね」
「生贄は駄目です。おじさんが変に思い詰めたら、悪戯好きの
「……やっぱりそうか、誘惑に乗らなくてよかった」
おいおい、俺の地元でニャルが策謀を巡らせていたとか、洒落にならん。これはカヲル君に通報案件。
「とにかく、有望な霊能力者が氏子に生まれたことは目出度い。神様が維茂君へ異界を攻略するよう試練を課したなら、私はサポートに喜んで回ろう」
「それ、馬背神も俺のこと氏子と呼んだんですけど、俺はもう親元から独立して山梨に移住した身、もう氏子ではないのでは?」
「ははは、何を言ってるんだ。君を逃がすわけないだろ? なに、無理強いして本気で縁切りされては元も子もない、馬背神社連とガイア連合の二重所属で構わないし、なんなら
「……それについては
黒札俺たちが地元霊能組織に取り込まれるパターンって、女性を宛がって結婚に持ち込むとか弟子をつけて人情に付けこむとか人の縁で縛るのが主流と聞いていたけど。地縁でがっつり縛られるのは珍しい部類だろうか。
生まれ育ったこの地が嫌いというわけじゃないし、
*
馬背神社のお神輿は、酔っぱらった男衆が担ぐ。伝統である。
長年の課題の解決に糸口が見えた宮下のおじさんは、めっちゃハイになってお神輿を先導している。サッカーやバレーボールの主審が吹くホイッスルをピッピッと鳴らし、それが移動ペースを作るのだ。
「わーっしょい! わーーっっしょい!」
お神輿の担ぎ手と、お神輿についていく女子供が、威勢良い掛け声で囃し立てる。これも伝統である。
酔っぱらいが担ぐので、旧・浦里村の地区を練り歩くお神輿そのものが右へ左へとふらふら千鳥足。他のお祭りはいざ知らず、馬背神社の祇園祭では、お神輿を真っ直ぐ運ぶのではなく左右にふらふらと道路の幅いっぱいまで使うのが作法なのだ。そのため道路の端、これ以上は側溝に落ちるというところで踏ん張ってお神輿を逆ベクトルに転換させるのにパワーが必要で、担ぎ手はかなり重労働。担ぎ手は頻繁に入れ替わって休憩を取るのだが、俺は若いんだからという理由でなかなか交代させてもらえなかった。
またお神輿についていく女子供は、全長2mほどもある巨大団扇を使って担ぎ手に風を送るのが伝統だ。巨大団扇も重量があるので扇ぎ手も頻繁に交代するのだが、これは<ヒメ>が大活躍した。
午後一時過ぎにお神輿が出発し、夏の炎天下を三時間ほど練り歩いて公民館兼社務所に戻ったらお祭り終了。公民館でビールを飲みなおすストロングスタイルな人もいるが、俺は素直に実家へ戻り、シャワーを浴びたら山梨へトンボ返りだ。
帰りの電車の中では疲労でうつらうつらしながら、帰省と馬背神のことをぼんやり思い返す。
今日のお祭りで生じたマグは、馬背神にとって美味いものになっただろうか。