競馬場の屋台エリアで転がって泣きわめく三馬鹿ラス。その無残な姿がTVカメラに抜かれてDDS-net競馬チャンネルに中継されており、全国に無様を晒しているころ。
【ガイア連合】の長野県上田市【派出所】のボスである黒札・馬ニキは、周囲から「あの馬鹿三人の狼藉を止めてくださいよ」とせっつかれて、仕方なしに彼らを宥めることにした。なんと、余所様のキャラをお借りしてから自作主人公と絡ませるまで三話もかけるのんびりっぷりである。
「どしたん? 話でも聞こっか?」
馬ニキは片手に5リットルは入りそうな大きいヤカン、もう片手にはお盆を持って三馬鹿ラスに近づく。
「うぅ…… 幼女が、幼女が、芋煮で俺達を殺しに来るんだ……」
「なにそれ?」
意味不明の戯言を聞かされた馬ニキは小首を傾げるが、考えてもらちが明かないと判断して、意気消沈している三馬鹿ラスをテーブルに手招いた。
馬ニキはお盆に乗せていた丼山盛りの漬物をテーブルに置き、同じくお盆に乗せていた人数分の湯飲み茶碗にヤカンからほうじ茶を注ぐ。
「あぁ~、信州人はこれだよ、これ」
お茶で軽く口を湿らせた馬ニキは、色鮮やかなニンジンのぬか漬けを爪楊枝でひょいと摘まみ、ポリポリと軽快な咀嚼音を立てる。
するとそれに釣られたのか、三馬鹿ラスはのろのろとテーブルに寄って来る。
「……長野県人は、お茶請けに、酒の肴に、ことあるごとに山盛りの漬物を食らうと聞いたが」
「事実だ」
サスケニキが恐る恐る問いかけると、馬ニキは当たり前だのクラッカーと言わんばかりの態度を取る。馬ニキはぐいっとほうじ茶を飲み干すと、はぁ~っと大きく息を吐き、空になった湯呑茶碗にヤカンで注ぎ足そうとする。
「おっと、手酌(?)だなんて滅相もない」
それを見たヨロイニキが腰の低い三下ムーブでささっと近寄り、ヤカンを奪ってお茶を注ぐ。ほうじ茶の素朴な香りが彼らの鼻をくすぐった。
馬ニキが再び手招きすると、三馬鹿ラスはおずおずとテーブルに近づいて、勧められるまま漬物を一口齧る。
「こりゃぁ美味い!」
「手前味噌ならぬ手前漬物さ。これらを摘まみながら茶飲み話に花を咲かせるのが、典型的な田舎農村の爺婆スタイルってね」
「そんな卑下する言い方はないっしょ。腰据えてシェルター運営するなんて俺らにはできないことッスよ!」
上田市は【終末】前に人口15万人を数える長野県東部の中核都市であったが、終末後は人口2000人強と激減している。これは上田市に戸籍登録されている人数であり、余所からの出稼ぎや、戸籍を持たない流浪人(上田市はスラム街を形成できるほどの規模ではない)を含めてもせいぜい5000人がいいとこ。取り立てて目立つ特産品もなく、細々と農業主体で自給自足を目指しているものの、馬ニキがシェルター周囲の悪魔を狩って得たマグで瀬戸内ヒノエ支部からヒノエ米を輸入してようやく成り立つ自転車操業。
馬ニキとしては色々不満があるが、千代ネキと組んで市全体をしっかり保護した煙ニキ*1などと比べて、終末前に自前の牧場にばかり目を向けていた結果である。なお、終末後に黒札が地方でシェルター運営するのがブームになった*2が、それらと比較して並という評価である。
三馬鹿ラスがヨイショしたことで場が暖まり、だだ下がりしていた彼らの気持ちも落ち着いてきたので、馬ニキは改めて話を向ける。
「で? 芋煮がどうとか騒いでいたようだけど」
「そう、そうなんですよ! 邪智暴虐な幼女が、芋煮会で俺達を処刑するんです!」
「うん?」
「味噌で味付けした芋煮なんか芋煮じゃない! でも悪逆無道な幼女は、きっと俺達に
「ううん?」
「山形・酒田の醤油味に慣れた俺達に宮城仙台・味噌味の芋煮を食わせるなんて、魂の殺人ッス! 宮城支部の幼女に
「ははぁ」
急にヒートアップし始めた彼らに、キノコタケノコ論争に似た雰囲気を感じ取った馬ニキは、『どうでもいいことで騒ぎやがって』という内心の呆れをポーカーフェイスで表に出さず、小さく溜息を吐くに留めた。
「ふぅむ…… 私が思うに、芋煮ってのは、もっと自由であるべきと思うんだ。……味噌と醤油に捕らわれず、そう、例えば、イタリアンとか」
「イタリアン!?」
「イタリアン芋煮?!」
「そうさ。芋を煮れば芋煮なんだろう、じゃあ里芋でなくジャガイモを煮たっていいはずだ」
「……確かに、里芋でなくジャガイモを使う芋煮は存在しますが」
「ならば、イタリア風ジャガイモのトマト煮は芋煮に分類される。違うかい? そして、芋煮会に招待されたとして、ただ振舞われるだけでなく、自分たちで作って振舞う側に回るのは、どうだい?」
適当に話をでっち上げた馬ニキの言葉に、三馬鹿ラスは蒙を啓かれたとばかりに眦をかっぴろげてわなわなと震え出した。
「本当だ! クック○ッド検索でイタリアン芋煮のレシピがある!」
「味○素レシピサイトにもあるぞ! くっ、鶏手羽のトマト煮込み、美味そうじゃねーか!」
手元のCOMPで料理レシピをDDS-net検索した彼らは、目当てのものを見つけて目を輝かせる。
「トマトで味付けするならボルシチ、ロシア風芋煮もありだな!」
「洋風芋煮ならホワイトソースやデミグラスソースだって!」
「スパイスをふんだんに使ったスープカレー、もといインド風芋煮はどうだ?」
すっかりいつもの調子を取り戻した三馬鹿ラスがわいわいと騒ぎ出すの見て、馬ニキは何とかなったかと内心で撫でおろした。
「ならば! キャッサバ芋からでんぷんを取って作ったタピオカも! 広義の芋煮と呼べるのではないか?!」
「え? うーん、それはどうだろう。苦しくない?」
「いや、待てよ? 芋煮とは、必ずしも芋を煮なくてもよいのでは? そうだな。道南支部のカス子ネキに『やきとりは鶏でなく豚』と問えば『Yes』と答えてくれるだろう*3。鶏肉でなくてもやきとりが成立するなら、芋がなくても芋煮は成立する、それが道理」
「なるほど!」
だんだんと雲行きが怪しくなってきたが、馬ニキは素知らぬ顔して会話に加わらず、ひたすら漬物を齧ってやり過ごす。
「よし! 招待された芋煮会で、タピオカミルクティーを飲ませてやれば良い! 宮城の幼女、恐るるに足らず!」
「ありがとう馬ニキ! この礼はいつか必ず!」
「幼女対策に早速取り掛かるので、この場は失礼させてもらう!」
いつの間にか話が纏まった三馬鹿ラスは、そそくさと競馬場から立ち去っていく。
厄介な騒動客を追い払うことに成功した馬ニキは、小さくなっていく彼らの後ろ姿を見送って、小さく肩をすくめた。
「幼女ネキがタピオカミルクティーごときで怯むわけないだろうに……」
ぼそっと呟いた言葉は、当然ながら三馬鹿ラスの耳に届くことはなかった。