高レベルの野良悪魔が出現し、縄張り争いに巻き込まれたデビルハンター見習い達が多数死傷した事件からしばらく。
上田原炭鉱は操業を再開していた。
「今日も一日、ご安全に!」
「「「ご安全に!」」」
炭鉱採掘の実働側リーダー、カツが定例フレーズで朝礼を〆る。労働者一同がそれに唱和する光景は、最初は奇妙に感じたが、今ではすっかり受け入れている。
なんでも、これは『現場ネコ』なる怪異を鎮めるための儀式だそうだ。現場ネコは労働現場によく出没し、不安定な足場など危険な場所を見つけると、人や物がダメージを追う様子を特等席で見物するためにその場に留まるのだとも聞いた。現場ネコを発見するために小まめな『指差し確認』も欠かせないらしい。
幸か不幸か、私はまだ現場ネコを見たことはない。おそらく現場ネコはたいして強くない木っ端妖怪の類で、私を導いてくださるバステト神の化身、【猫又】テトの威光にひれ伏しているのだろう。
「スティとタネは昼食の準備を先にしてから見回りね」
リーダーのヴィーがそう作業分担を指示したので、大人しくそれに従う。ここの仕事は悪魔を倒してマッカ・マグネタイト・フォルマを得られるだけでなく、護衛仕事の給金が出る。給金・福利厚生の一環として昼食まで付く(なお食材が提供されるだけで料理は自前で行なう必要がある)あたり、領主がこの炭鉱を重視しているのは間違いない。
「今日の緑野菜は…… ブロッコリーでいいか。タマネギとニンジンはまだ日持ちするから明日でいいよね」
「いいよー。皮むきとかメンドいし、私らは本職の料理人じゃないから、食えればそれだけでオッケー」
同じく料理番に指名されたタネが、簡易キッチンエリアで食材を前にやる気なさげな声を上げたので、それに同調する。
私は白米の入った米袋を業務用大鍋の近くに引っ張り出し、一人当たりカップ一杯(一合)の米を鍋に放り込む。鉱夫と護衛の私たちで20人くらいいるから、20回。そうしたら鍋に水を入れて、適当に掻きまわす。水が白く濁るが、もみ殻が水面に浮かばなければ気にしない。
「米は『洗う』じゃなく『研ぐ』って言うらしいけど、変わらないよね」
「【ガイア連合】は食に拘るから、浄水器とか精米機とか生活インフラのうち食に関わることはしっかりしているんだって聞いた。文明の利器で精米をちゃんとやるから、研ぐ必要ないって」
「でも日本人は上から下まで研げ研げ五月蠅い」
「そうだよねー、『親指の付け根の部分を使って、こうねじり込むように押し付ける! ぎゅぎゅっと!』とか力説されてもねー」
二人で愚痴を言い合いながら、タネが取り出したブロッコリーを大ザルに盛ってこちらも水洗いし、二人でみじん切り。こちらも一人当たり成人の片手握り拳くらいの体積を目安に使うのでかなりのボリュームになる。小さくするのは火の通りを早くするためなので雑にカットしても問題ないが、量が多いので無心の作業となる。刻んだブロッコリーはそのまま鍋に放り込むので扱いは簡単な方ではある。
「今日はベーコン? それともソーセージ? 誰かが鳥ハムとか作って持ち込んでくれたりしてない?」
両手と包丁とまな板が野菜カスまみれになったので、それを流しで洗いながら相方に問う。このまま塩とうま味調味料*1を追加して煮るだけでも最低限の雑炊として成立するが、動物性たんぱく質がない賄い食は肉体労働者(鉱夫だけでなく自分たちも含む)に不評なので、それも鍋で一緒に煮る(肉を別途焼くなどという手間のかかることはしない)。
「今日は鯖味噌にしようかなって」
「サバミソ?」
「魚の一種。新潟で海産物を取り扱い始めて*2、これは直江津港の近くで獲れたサバ・アジ・イワシなどを加工したもの、らしい」
容量5リットルくらいありそうな巨大タッパーを、どこからか取り出してドヤ顔するタネ。
その中に入っている茶色い何かを見て、ミソが何であるかの見当はついた。
「シーフードか、よく手に入ったじゃん」
「御領主様が機嫌よかったから適当におだてたら、貰えた。それで、賞味期限も短いから皆で食べようかなって」
「あっ…… ふーん」
領主、別名はガイア連合の【黒札】、が治めるこの地は【支部】ではなく【派出所】と呼ばれる小規模であり、民との距離は近い。
それにここの黒札は特段偉ぶったりしないので、フレンドリーに接すること自体は難しくない。
それでも、Lv60超の黒札と、Lv一桁の一般霊能者では存在の格が違う。ほいほいと接しに行ったタネの糞度胸ぶりには感心せざるを得ない。
「で、それ、美味しい?」
「黒札はみな食い意地張ってるから、黒札が推す食べ物は基本的に大丈夫」
「『基本的に』ってトコが引っ掛かるー」
「御領主様のご下賜品だって前面に出せば、不味くても文句は言えない」
いざとなったら権力でごり押し、と不穏なことを言いながら、タネはタッパーの蓋を開けて中身を全部鍋にぶち込んだ。
「これで下ごしらえは完成。いつも通りの省力雑炊、ヨシッ!」
「ミソがだいぶ入ったから最後の塩味調整はいらなそうね。準備よし!」
お昼ちょい前にこのまま鍋を火にかけて、水から煮立ったら米に火が通っているか確認するだけ。煮込み中にアク取りすらしない省力雑炊だが、カツを筆頭に鉱夫たちは久しぶりの鯖ミソに感激して好評だったらしい。
作中の省力雑炊は、料理研究家リュウジがインスタか何かで公開しているブロッコリー粥がベースです。
お手軽に作れるので重宝してます。