地方の【支部】や【派出所】を支配する【黒札】には、面会希望者は多々ある。その手の雑事は秘書役を務める黒札専用式神、あるいは黒札お気に入りの地元民(いわゆる金札)が適切に処理して、黒札を煩わせることはあまりないのだが……
ときおり、秘書では処理できずに組織トップの判断が必要、となる案件が発生する。
「これ、どうします?」
「うーむ…… 話だけでも聞かないと不味いか」
恐る恐るといった態度で尋ねるのは、長野県上田市に根を張る地元霊能組織『馬背神社連』の所属メンバーである宮下知佳。組織名から分かる通り、当地の馬背神社を霊能の基盤とする。彼女は馬背神社の氏子総代を務める宮下家の出であり、かつては浦里村*1の村長を輩出した名家の一族である。もっとも昭和が終わるころには衰退して名家(笑)となっており、霊能力は出涸らしで休業状態、彼女の父親が市会議員という『地元の顔役』をやって『表の顔』をぎりぎり維持していた。
彼女の問いに渋い顔をするのは、長野県上田市派出所の黒札、平田維茂(通称:馬ニキ)。馬背神社を地域の氏神とする上田市浦野地区で生まれ育ち、黒札専用式神としてウマ娘モチーフの姿をデザインしたため、地縁と馬の縁から馬背神社の祭神・馬背神に絡め取られた哀れな男。ローカル神格である馬背神を奉じ、宮下知佳と結婚して没落した名家(笑)に入り婿するもののうだつの上がらない日々を過ごしている。なお、平田維茂と宮下知佳は結婚しているが、夫婦別姓で通している。【終末後】は日本という国家は崩壊しており、戸籍システムも機能していないので、改姓の届け出をする必要がないからだ。
同じ黒札である新潟・魚沼支部の碧神凍矢(通称:田舎ニキ)*2と比較して、なんとまあ貧相なことよ── 口さがない者たちはそう評する。一大勢力である諏訪大社と手を組んでいれば今頃は派出所でなく支部だったろうに── やっかみ半分であるが、それは間違っていない。もっとも馬ニキとしてはそんな陰口などどこ吹く風である。魚沼支部を立ち上げてからずっと借金漬けで馬車馬のごとく働いていた田舎ニキを見て、ほどほどで良いと学んだのだ。
話を戻して。
今回持ち込まれた面会希望は、葛葉キョウジからであった。単なる
【金札】の知佳が判断をトップに委ねるのも当然であり、黒札の馬ニキも粗雑には扱えなかった。
「スパムメールもどきなら無視できた*4のにな。あーあ、誰だよ。直接面会すれば支援を引き出せるなんて成功体験を与えちゃったヤツ*5」
馬ニキは気だるげに愚痴を吐いた。俺は悪くないという雑な責任転嫁である。
その愚痴のターゲット、葛葉キョウジに成功体験を与えたのが、魚沼支部であることも把握している。防衛人形A-TOLLを20機供出することも田舎ニキ当人から聞いている。
田舎ニキの親友兼ライバルを自認している馬ニキとしては、見栄を張らざるを得ないのだ。しかし魚沼支部と上田市派出所では動員できるヒト・モノ・カネの規模が違う。魚沼支部の金札・九重静が田舎ニキを通さず独断で裁量できる範囲は、上田市派出所の全体より大きい。
馬ニキにとって葛葉キョウジのおねだりは、マッカビームを喰らうに等しい、懐具合に痛恨のダメージを与えるものであった。
*
とある日、上田市派出所の応接室。
ドアを開けて部屋に入った葛葉キョウジは、僅かに顔を歪ませた。
──どうしてここに、黒札が?
キョウジとしては、あくまで黒札ではなく側近の金札へ営業を掛けたつもりだった。実際に、魚沼支部では金札・九重静との交渉で支援を勝ち取っており、黒札・田舎ニキとは顔を合わせていない。今回も金札・宮下知佳とだけ折衝するはずで、黒札がいきなり出てくるのは想定外であった。
馬ニキとしては、向こうがショタおじの威を借るなら、自らの財布に入るダメージを少しでも軽減するためにこちらも黒札が矢面に立たねばならぬ、という気持ちである。
キョウジは軽く咳払いをして、意識を切り替えた。Lv20オーバーの黒札は現人神とも言える強力な存在だが、彼は異界対処の手段として神仏へ祈祷・祈願する*6するタイプであり、己より強大な存在に縋り慈悲を乞うことに慣れている。九重静のアドバイスを受けて全国各地の黒札巡りをした経験から、営業モードを取り繕うことに(不本意ながら)慣れてしまっていた。
まずは挨拶と名刺交換、続いて天気など雑談を挟み、いよいよ本命となる京都線力増強を切り出す段になって。
「京では毎年五月前半に、下鴨神社で流鏑馬、上加茂神社で馬比べの神事が行なわれるが、昨今では事情が厳しく、このままでは神事が途絶えてしまうのです」
「ふぅん。ウマ息子ニキ*7に声を掛ければ、乗り手は集まると思うけど」
「それが、馬を揃えることすら難しく」
「【終末】後では、そうでしょうね」
馬ニキはそこで一息入れて、キョウジに問うた。
「うちは
馬ニキは終末後に文明レベルが下がり、自動車などガソリンエンジンを使うものが軒並み使えなくなると見越して、終末前から馬牧場を営んでいた。
しかしショタおじの決死の努力により日本は魔界に軟着陸し、彼が予想していたよりも終末後の文明レベルは維持されている。自動車の半分が妖怪【オボログルマ】ベースのオカルト動力だとしても、自動車・バイクによる輸送インフラは維持されており、馬運の出番はほとんどない。
「いいえ、戦力とするなら【ペガサス】や【ユニコーン】といった馬型悪魔を提供していただきたいところですが…… 悪魔だけ提供されても、それを御するだけの才覚を持ったデビルハンターがいない*9ので……」
「うちは小規模なんで、デビルハンターの派遣は無理ですね」
直接的な戦力提供依頼は即座に断られてしまったが、それはキョウジにとって織り込み済み。彼は小さく首を横に振ってから、本命を口にする。
「いいえ、私の願いはあくまで上下、両加茂社のテコ入れ。都の北を守護する加茂社の神事が途絶えることは、結界の綻びを意味しますので」
「そっちに馬を出せってことね」
「はい、退魔の実力者に仕切って頂きたく。箔付けとして
馬ニキは顎に手を当てて少し考えこんだ。
「何か気になる点でも?」
「ああ、祭神は上加茂神社が加茂別雷命、下鴨神社が賀茂建角身命と玉依媛命で、いずれも加茂氏の祖神だよな?」
「はい、そうです」
「私は加茂一族でないから、馬を一時的に貸すだけならともかく、神事を仕切るのは筋違いだろう」
「……平田さんは、どちらの系統で? メジャーなのは桓武平氏ですが薩摩平田氏、下総平田氏、伊賀平田氏など多岐にわたりますし、尾張国春日井郡平田村発祥の清和源氏足利流平田氏、あるいは中原氏庶流の地下官人之棟梁平田家といった」
やけに食いついてくるな、と内心で訝しみながら、馬ニキは自身のルーツを思い出した。
小学校の社会科の授業で先祖のルーツを探ってみようという課題があり、平田村(現・長野県松本市平田)の水飲み百姓が明治の平民苗字許可令を切っ掛けに平田姓を名乗った、という面白みのない出自である。
どこの馬の骨とも分からぬ平民でござい、と馬鹿正直に答えようとしたところで、馬ニキは一瞬言葉に詰まった。素直に答えると、キョウジが「先祖不詳ならちょうどいい、加茂一族の貴族家に養子に入って平田家の家格を上げましょう」とか言い出して面倒なことになる、そう勘が囁いたのだ。
「えぇと…… 家系図とか証明できるものはないが、桓武平氏の流れを汲むと、祖父からは聞いた。信濃国東筑摩郡平田村の、信濃平田氏と言うべきか?」
馬ニキは咄嗟に嘘を吐いた。小学生が辿れたくらいなのだから、平田村出身という部分は簡単に裏取りできるだろう、だからそこは事実を述べる。その代わりに桓武平氏と大きく法螺を吹く。
「信濃平田氏…… 聞いたことありませぬぞ! いったいどのような家伝なので?!」
くわっと
それを見て、内心で失敗したかなと思う馬ニキ。しかし覆水盆に返らず、吐いた唾は飲み込めない。『家系図とか証明できるものはない』と予防線は張ってあるので、嘘を嘘で塗り固める暴挙に出た。
「隣り地区…… 上田市岡には、岡城址公園という城跡があるんだが、桓武天皇の後裔・権之左衛門尉平清氏が弘仁2年(811年)に信濃守となり当地に築城したという由来で、その子孫が」
「それは後世の創作でしょうな」
馬ニキの言葉を遮ってピシャリと言い切るキョウジ。
「桓武平氏は桓武天皇の孫が臣籍降下して平朝臣姓を賜ったのが始まりですが、天長2年(825年)のことです。811年では計算が合いません」
「あ、そうなんだ」
岡城址公園には由来を記した石碑があり、小さい頃からそれを読んで鵜呑みにしていた馬ニキは、ぽかんとしてしまう。
「じゃあ、鬼女紅葉伝説にも謳われる平維茂! 尊卑分脈では信濃守とされているし、そっちの間違いかな? うちのご先祖のうっかりにも困ったもんだよ、ほんと……」
「じゃあ、って何ですか、じゃあって」
あたふたしながら思い付きの嘘を重ねる馬ニキに、キョウジはジト目を向ける。
「あー、はいはい! とにかくウチは、信濃守として長野県に赴任してきた平氏の
キョウジは黙ったまま、ニヤニヤした視線で馬ニキに問う。沈黙は金、しかし『口止め料はいかほど貰えるので?』と雄弁に語っている。
「(´・ω・`)ショボーン」
口は災いの元、痛い目を見て一つ学んだ馬ニキであった。