新潟・魚沼支部で失神した馬ニキは、救護ネキの手により介護されてベッドに放り込まれていた*1。過労と精神的ショックの合わせ技でダウンしていた彼だが、ペルソナの『全快点滴バッグ』を打たれた効果か、すっきりした気分で目覚め、そこで一言。
「……知らない天井だ」
某ロボットアニメに影響されたオタクが発言したいセリフを呟いて、馬ニキは満足したように大きく息を吐いた。
「健康そうで何よりです」
「ふわっ?!」
ベッド傍の椅子に座って林檎をウサギさんに剥いていた救護ネキに声を掛けられ、彼女の存在を意識していなかった馬ニキは尻の筋肉だけでベッドから10cmほど飛び上がった。
「あっ、どうも……」
無言で差し出された皿を受け取り、馬ニキはぺこりと頭を下げる。彼が爪楊枝をプスリと挿してウサギさん林檎をしげしげと見つめているうちに、救護ネキはテキパキと点滴を外して後片付け始め、彼はなんとなく居心地の悪さを感じながら林檎に齧りついた。
「! 美味しいです」
収穫後三か月以上冷暗所に貯蓄されて水分の抜けた、いわゆる『ボケた』林檎だったら嫌だなぁと内心思っていたのだが、予想以上に瑞々しい歯ごたえ。口内ですり潰すたびにじゅわっと果汁が広がって、芳香が鼻に抜ける。
「うぉぉ…… 林檎にうるさい長野県人*2も満足。これ、どこ産ですか?」
「人魚ネキさんの『お山』*3からです」
「えっ、もしかして【黄金の林檎】?」
「さぁ?」
田舎ニキとは親しく付き合っているが、それ以外の新潟の黒札とはさほどでもないので、良い機会とばかりに話しかける馬ニキ。しかし救護ネキは林檎の種別など興味ないとばかりに淡々と返答し、会話の糸口に困った馬ニキは間を紛らわすために四つ切りの林檎を次々と口に放り込む。
「あー、美味しかった。ご馳走様です」
馬ニキが空になった皿を救護ネキに返すと、彼女は彼をじっと見つめ、軽く頷いた。
「経過観察は良好、退院を許可します。……徹夜はほどほどに」
「ありがとうございます。退院というか、ここはどこですか?」
「ここは異界── バックパック『ホスピタルウィザード』の中、『病院異界バックパック』*4です」
「???」
救護ネキが提案して試作された『治療用簡易デモニカ改【ホスピタルザクウォーリア】』、それが背負うバックパックは『異界病院』であり、戦地で傷ついた兵士たちを収納して帰還するための【異界】である。
基本的に異界は【悪魔】が勝手に作り出すもの、と認識が古いままの馬ニキは、『壺中天地』の技術を応用して自分たちに都合の良い異界を人工的に作り出すというアイデアは探求ネキ*5が蓬莱島とかで何かやってるくらいの知識しかない。
デモニカに背負わせて移動する異界、というのは彼の常識の範囲外だった。
馬ニキはベッドから出て、窓から外を眺める。なるほど確かに、そこは異界の中と言うべきどんよりした背景が広がっている。
「うわぁ……(ドン引き) あっ、触手を生やした犬? それに、やけに動きが素早いゾンビ? もいる!」
建物の外をうろついている化け物らしきものを発見し、それを指差しながら馬ニキが声を上げる。救護ネキは彼の隣に並び、指差される方向を見た。
「ああ、またですか」
「また? あんな化け物が徘徊するのが、また?」
救護ネキは質問に頷くと、病室の中にある机の下からごそごそとある物を取り出した。
「馬ニキさん、お願いです。これをあちらの── 病院別棟の最上階に届けてください、大至急で」
「それは構わないけど、これ、なに?」
「供物です。届け先には疱瘡神を祀っていますので、それを届ければTウイルスのワクチンが作成されます」
肩掛けのメディカルバッグを手渡された馬ニキは、それをたすき掛けにしたところで、聞き捨てならない言葉を聞いた。
「Tウイルス?!」
「はい。この異界を乗っ取ろうと、どこかの疫病神が侵略しています*6。それがあのような形で顕現しているのでしょう」
この前【パズス】を懲らしめたばかりなので、アフリカかどこかの疫病神でしょうか、とこともなげに呟く救護ネキ。
彼女は再び机の下をごそごそし、サブマシンガンを取り出した。
「【ガイア連合】製の霊銃です。使用者の魔力を弾丸に変換するので、魔力切れイコール弾切れです。【黒札】なら乱射しすぎない限り大丈夫でしょう」
「これを抱えながら別棟最上階まで走れと? まるで『バイオハザード』のゲームか映画ですね」
下手なジョークで場を和ませようとした馬ニキだが、救護ネキは笑わなかった。
「ええ、この異界は『バイオハザード』の世界観を下敷きにしてますから。悪魔から侵略を受けている今、それが色濃く反映されているのでしょう」
「なんでまた、そんな……」
「あらかじめ方向性を定めておくと、いざという時に対処が楽ですので」
救護ネキは鋭利な顔つきをさらにキリッとさせ、馬ニキへ言葉をかけた。
「私はTウイルスの消毒をしますので、ここから別行動です。グッドラック」
すたすたと病室を後にする救護ネキの背を見送ってから、馬ニキはコキコキと首を慣らして肩を竦めた。
「美味しい林檎の代金としては、働かせすぎじゃないですかねぇ…… スプラッターホラーでなくアクションだと思えば何とかなるか?」
*
その後、馬ニキが無事に別棟最上階へ供物を届けるまで、「畜生!」「勘弁してくれ」「Fxxk!」など罵詈雑言を百回以上吐いたとか吐かなかったとか。