アメリカにクトゥルーが出現し、日本の霊能力者たちも終末が間近に来ていると肌感覚で理解したころ。
新潟在住の田舎ニキが音頭を取って*1、新潟と山梨を繋げる【街道】計画が発足した。*2
なんだかんだ理屈をつけて富豪ニキ(ギルニキ)から予算を分捕ったというので、甲信越の【ガイア連合】は降って湧いたこの大型公共事業にてんやわんやすることになった。
小さいながらもガイア連合【派出所】である【浦野牧】は長野県上田市に存在するため、この新潟山梨街道計画の中継地点として指定され、同時に協力するよう依頼された。依頼と言っても既に予算がついているため実質命令なのだが、浦野牧の管理責任者である平田維茂(馬ニキ)は前世の社畜根性を発揮してこの依頼を受諾した。
「とはいえ、結界を張るのは苦手だから街道整備に協力と言ってもな……」
銀時ニキが大赦支部に積極投資して霊能結界や周辺市町村への連絡網を構築したり*3しているのに対し、浦野牧派出所は地域への投資をあまりしていない。支部と派出所で予算規模が違うというのもあるが、浦野牧という【異界】を超大型シェルターとして扱って、いざというときは一般人も異界シェルターに入れて農業させるという考えに基づいているからだ。
そのため投資となれば周辺の霊的安定より異界発展が優先されている、これはヒノエ米で日本の米の需要をすべて賄うと意気込んでいる【ヒノエ支部】と似たようなスタンスだ。
それでもこの街道計画に積極的なのは、終末後に自動車などが使えなくなり物流が乏しくなるのが見込まれており、浦野牧で生産する馬が物流に役立つからだ。
甲信越街道図
地図を見ると、直江津-長野-上田-小諸の国道18号は北国街道(善光寺街道)、小諸-韮崎の国道141号は佐久往還(佐久甲州街道)とどちらも中山道の脇街道ルートになっている。この古来から街道であるという概念を上手く使うことで、街道計画に寄与できそうだ。
計画書だと新潟-長野は国道117号も候補に上がっているが、このルートは新潟チーム主導でやってもらいたい。
「善光寺参りという概念が存在するのだから、霊能に優れた人が実際に歩くことで、その概念を霊的に補強する。最低限、上田-長野は俺が、できれば小諸までやってしまいたいな」
浦野牧の異界を維持する神仏の一角、北向観音は長野市の善光寺と参拝がセットになっており、両参りと言われている。江戸時代の善光寺地震のときに両参りした者は北向観音の加護で難を避けたと言われており、実際に北向観音にはその絵馬が奉納されている。
また小諸の布引観音は『牛に引かれて善光寺参り』の伝説がある地で、牛に化けた観音様が布を角に引っ掛けて不信心の老婆がそれを追いかけ、善光寺まで導かれた老婆は信仰に目覚めたという。
神仏の加護を得た街道という概念をまず植え付けて、その後にちまちまと結界で補強することになるのだろうか。そこら辺の具体的な手順は新潟チームなどと相談するのがよさそうだが。
「小諸-長野の50km*4マラソンか。自動車専用道でなく下道、国道18号は歩道があんまり整備されていないんだよな…… 人目は避けたいけど事故が怖いから、通勤ラッシュの終わる朝9時ころに布引観音に参拝して、覚醒者の身体能力なら4時間あれば走れるか?」
多分何とかなる。そう楽観視して、俺は北向観音へ参拝して明日のマラソンに備えた。
*
翌朝、小諸の布引観音に参拝したところ、伝承通りに観音様の化身である牛が現れた。北向観音が布引観音に話を通してくださったのだろう。しかし頭の角に布を引っかけているというより、白いニット帽を被っているかのように見える。
「あの布を取り返せば良いのですね! 頑張りますわ!」
「<ヒメ>、ステイ。伝承再現だから、善光寺までは追いつけないんだよ」
「馬の因子を身に宿すものとして、牛に負けていられませんわーっ!」
同伴者である<ヒメ>のテンションが高い。俺より前を走らないように指示したけど、守ってくれるかどうか怪しいな、こりゃ。
実際走り出してみると、マラソンランナーまたは駅伝ランナーを応援・見物するかのように、思ったよりたくさんの妖怪などの霊的存在が物珍しそうにこちらを眺めている。俺達を先導する牛を含め、常人には見えない存在だから世間一般を賑わせることはないだろうが、オカルト業界ではさぞかし話題になるんじゃないかな、このイベント。
*
先導していた牛の頭にあった帽子は、走っているうちに少しずつ解けて糸が地面に沁み込んで行き、街道の概念を強化していきながら少しずつ小さくなっていった。牛の帽子がなくなった地点が終点の長野市・善光寺で、俺はヘロヘロになりながらも何とか64km*5を走り切ってミッションクリア。
善光寺の参拝を終えて、しばらくは境内の日陰で寝転がって動けなかった。
「これで小諸-上田-長野の霊道化が見えてきたな。長野以北は新潟チームに任せて、小諸ー韮崎に専念したいところだけど」
「主様、直江津までは走らないのですか?」
<ヒメ>は元気だね、馬の因子を有するだけあって走るのが大好きだろうけど、流石に俺はもう無理。
「そうですか、いずれ定期的に走ると思えば、今日のところはこれで我慢します」
「ん? 定期的って?」
「霊道を開通させた後、維持・メンテナンスしなければ途切れてしまいますよね?」
……嫌だ、これ以上走りたくない。早急に何か別のやり方を考えないと。
うっかり新潟山梨間の200kmを維持なんて任されたら、死んじゃう。
修正履歴:街道図を修正(十日町と魚沼が誤っていた)。