魚沼のダンジョンアタックから戻ってきて、とりあえず組織の増員については宮下のおじさんに丸投げした。
宮下のおじさんも俺が組織運営に無頓着だった部分を心配していたので、こういう方針で行きたいけどどうでしょうと伝えておけば、後は何とかなるでしょ、多分。
*
王子塚古墳へダンジョンアタックする前に、同敷地内にある氷上王子神社に参拝し、無事に生きて帰れることを祈願する。
「聞こえますか…… 平田惟茂君…… 今あなたの心に直接語り掛けています……」
「えーと、塩焼王でいらっしゃる?」
「そうです、塩焼王です。正確には明治になって本神社に合祀された、塩焼王の和魂です」
「あ、これはどうもご丁寧に」
「馬背神から話は聞いていますのでヒントを。この古墳には私の荒魂がいますがボコボコにして構いません。一度力を示せば塩採掘し放題です、逆に言えば私を倒さぬ限り塩は取れません」
「ボコボコにって……」
「私は不滅です、人ごときでは一時的に滅することしかできません。手加減不要です」
「ちなみに、逃げ帰ったとしても再挑戦可能ですか?」
「地下に封じられた私は長らく挑戦者が現れなかったことで暇を持て余しています。何度でも挑み、どうぞ私を楽しませてあげてください」
なんか態度が軽い託宣(心霊通信)を貰った。それはともかく、発言内容を吟味するとこのダンジョンは今までと違う意味で危険そうな気がする。
塩焼王(和魂)がダンジョンの入り口を開いてくれたのか、古墳の丘にはぽっかりと空いた地下への道が出現している。
「予想はしていたが坑道内は真っ暗だな。通路は幅も高さも狭いから一列で進まざるを得ない。先頭は<ヒメ>、二番目が俺でランタンを持つ、三番目が紅葉で、殿の<アグネス>もランタン持って光源2つ確保。それじゃ行きますか」
「主様、さっそく敵が出てきましたわ。地下に相応しくネズミとムカデの
「入って早々にお出迎えか、塩焼王(荒魂)はよほど暇を持て余していたのかな。ざっとアナライズしたが敵のレベルは高くない」
「それならっ、先手ひっしょ、おぉぉぉ~~」
敵に向かって突っ込もうとした<ヒメ>だが、足元不注意によりいきなり体勢を崩した。
「大丈夫か、<ヒメ>!」
「こっ、これくらいは平気のへっちゃら、あっ、痛っ、主様、こいつら毒持ちですわ~」
「初っ端から地形トラップ&毒かよ! 殺意が高い!」
「このっ、このっ、スモウ張り手! スモウチョップ! からのー、必殺!プリンセス☆パンチ!」
体勢を崩した挙句に狭い坑道内で武器を振り回すのは不利と悟った<ヒメ>は、【相撲】スキルの格闘技に活路を見出したようだ。その掛け声はちょっとどうかと思うが、Lv28の前衛が手足を振り回せばLv1桁前半の敵など、当たるを幸いなぎ倒すという表現がぴったりだ。
「ヴィクトリーッ!」
「はいはい、<ヒメ>もお疲れ様」
<ヒメ>はムカデとネズミに咬まれたところが赤く腫れている。毒消しの【パトラ】*1を掛けながら、最初の一戦で想定外にリソースを消費したことに危機感を覚えた。
「これは一筋縄ではいかない、体力(HP)より先に気力(MP)が尽きる。今日は様子見ということで、地下道に慣れることを目標にしよう。少なくともランタン2つじゃ光源が足りない」
そう言ってデモニカのマップ機能をオンにする。初回ではどこまでマップを埋められるのかな。
*
第一層は敵が弱いので、いつも以上に慎重に進むことで何とかできた。地下水でびしょぬれになったり、泥でぬかるんでいる通路に躊躇しているところでバックアタックを受けて泥に押し込まれて転んだり、散々な目にあいながらも地下二層への階段を発見。しかし階段を下りた直後、ダークゾーンが広がっていたので撤退することにした。
「初回で第二層に進むとは見込み有りますね、次も頑張りなさい」
精神的疲れによりぐったりしながらも地上へ帰還できた俺達に、塩焼王(和魂)が満足そうな託宣を投げてくる。俺達のどたばた劇に満足していただけたようだ。
「あー疲れた、風呂でさっぱりしたい、泥まみれの装備のメンテは考えたくもない……」
「神仏の見世物扱いは納得いかぬが、そも神仏とはかようであったか」
鬼女紅葉は塩焼王(和魂)の上から目線が気に入らないようだ。そうだよね、風雲た○し城を思わせるアトラクション満載のダンジョンを初見攻略なんて、塩焼王(和魂荒魂どちらも)にとって格好の娯楽だよね。俺としては、現時点では命のやり取りというリスクは低いので、このまま塩焼王の機嫌を取って塩採掘権が入手できるなら上出来だけど。
「初見の罠に引っかかるのは仕方がないが、次以降に同じ轍を踏む必要はない。【光玉】*2を大量に持ち込んで光源はそれ主体にしよう。【封魔の鈴】*3も面倒くさい地形だと思ったら迷わず使って、泥地など足元不安定なら【浮き足玉】*4も…… 塩の安定供給は公共事業だと思って赤字も容認するけど、ダンジョンアタックの回数次第では大幅赤字か」
「主様、出てきたモンスターの傾向は分析できました?」
「第一層で出てきたのは、ネズミ、モグラ、ムカデ、ヘビ、トカゲといった動物・昆虫系の妖怪、それから地霊コダマ。いずれもLvは1桁前半で強くはないが、毒などデバフが多い」
「其方が状態異常解除に特化していて助かったの。坑道内は塩の気配に満ちており、実体を持たぬ低級悪霊は存在し得ぬし、ゾンビなど死者もあそことは相性悪かろう」
「今後の第二層以降に出現すると思われるのは、妖虫・妖獣・妖樹あたりか? コダマがいたから地霊ツチグモは出そうだが」
*
DDSネットでアイテム注文のついでに、転生者掲示板で斥候系の助っ人を依頼してみたが、労多くして実り少ないダンジョンに挑んでくれるもの好きは居なかった。分かってたよ、畜生。
注文したアイテムが届き次第、王子塚古墳のダンジョン攻略を再開するとして、初見の罠は身体を張って強引に突破(通称:漢解除)する方が良いのかな。その方が塩焼王に受けて、結果としてこちらの身の安全に繋がるのかも。
*
そんなこんなで、王子塚古墳ダンジョンの第五層へ至る階段を発見しました。今までの塩焼王のアドバイスで第五層が最下層であるという情報を得ているので、これで80%クリアとなる。
いやぁ、一層クリア時に『風雲た○し城を思わせる』なんて感想を抱いたが、正直風雲た○し城より上だったわ。【覚醒者】の常人を越えた肉体スペックを基準にアトラクションが設計されてるからね。地下水の溜まった地下池の上を蔦のロープでターザンよろしく渡るときに蝙蝠に妨害されて、池に転落して池の主である霊亀に追い立てられて必死に泳ぎ、最終的にコカクチョウ<アグネス>に荷物扱いされて空輸されたときなんかは、塩焼王が腹を抱えて笑い転げている様子のイメージがわざわざ託宣として送信されたくらいだ。神霊を慰撫するってハードだよね。
出現するモンスターのLvが最大でも20程度だったから戦闘自体は苦労しなかったのが救い。でもLv1桁の在野の能力者ではクリアできないと思う。
「いつも通り、階段を下りて第五層の基本情報を得たらダンジョン撤退だ」
トラエストストーンがポーチに入っていることを確認し、ゆっくり深呼吸しながら階段を一歩ずつ下りる。
最下層の入り口であるそこは──
「久方ぶりの客である! よくぞ参った!」
「アイエェェェ! 入って即ボスとか聞いてないよ!」
「今まで階層を下りてすぐ脱出のパターンだったからな、意表を突かせてもらった。裏事情としては、六百年の長きに渡り塩を持ち出す人がおらなんでここ以外の部屋と通路は在庫で埋まっておる」
ハイテンションな塩焼王(荒魂)がいきなり登場してくれた。
ちなみに塩焼王の外見は百人一首の絵札に描かれている奈良時代の貴人そのままだ。
「六百年前って室町時代、この地の『塩原牧』が消滅した時期か? 塩を取れる人材の不在と牧の消滅、卵が先か鶏が先か……」
「ちなみに
「江戸時代中期から途絶えてたのか、それはまあ、無聊を慰められたなら身体を張った甲斐があります」
「殊勝なことよ、ならば最後の楽しみ、分かっておろうな?」
「あ、やっぱり戦いは避けられませんか」
「最初に上で私(和魂)が伝えたであろう? 私に勝てたらそなたが死ぬまで塩持ち出しは自由ぞ」
そう言ってニヤリと笑った塩焼王は、いつの間にか手のひらに握っていた塩を俺達に投げつけた。
「そうれ、まずは清めの塩!」
「マズい、破魔と目潰し(BIND)を併せ持つ! いったん下がる!」
鬼女紅葉は破魔弱点なので早々に戦線離脱して封魔管(脆)に戻る。
「<アグネス>はバフ、<ヒメ>は…… 突っ込め! アナライズしたが物理攻撃が普通に効く!」
「どすこいですわ~っ! 突っ張り、突っ張り! プッシュ! プッシュ!*5」
「やるな小娘、屁の突っ張りはいらんですよ!*6」
狭い坑道内で武器を振り回さずに格闘技能を磨いていた<ヒメ>は、せっかくの広いボス部屋だというのに素手(【相撲】スキル)で塩焼王に向かっていった。いや、武器を取り出す暇はなかったかも。
アナライズして塩焼王はLv20代半ばだったから、塩焼王vs俺<ヒメ><アグネス>の1vs3なら、素手でも勝てると思う。せっかくだから俺も合わせるか、エンターテイメントに徹するほうが塩焼王に取っても良かろう。
「鹿島神にかわいがりされたのは俺もだ! 必殺の、組みついて、【鯖折り】!*7」
「ぬぅっ、しかしこの程度では、私の背を折るには力不足! これが必殺技とは片腹痛い!」
「この【鯖折り】は相手の行動を封じるのが目的!*8 つまり、<ヒメ>がフリーになっている!」
「な、なんだとっ?! ま、まさか?!」
「今こそ! 主従の絆式ツープラトン! 超!プリンセスッ☆パーンチッ!!」
塩焼王の顎に<ヒメ>渾身のストレートが叩きこまれる。
バキッという肉と骨の潰れる音がしたはずだが、俺の耳にはこの一戦を観戦している塩焼王(和魂)が爆笑している声しか聞こえなかった。
*
「あー笑った笑った…… こほん、塩焼王(荒霊)の討伐おめでとう、君には本古墳から塩採取する権利をあげよう。あ、トラップのない裏口があるから今後はそこから出入りすると良い。ただし権利のない人が裏口を使うと呪われるから注意」
「ありがとうございます」
「それから第一層だけでいいから君の配下を定期的に挑ませて。じゃあね」
塩焼王(荒霊)の討伐に成功したら、塩焼王(和霊)からの託宣があった。満足そうな気配から、エンターテイメント路線で戦って正解だったのかも。
入口兼ボス部屋の向こうの壁に新しく扉が出現したので、それを開ける。その先にある通路には左右の壁にレンガのような石がずらりと積み上げられ、人がようやく一人通れる程度の隙間しかない。
「在庫で埋まっているって、こういうことか」
試しにレンガのような石に指をこすりつけてから指をしゃぶる。
「岩塩? 鉱塩? 固めてあるのは持ち運びやすくて助かる。ここを通って地上に戻ろう、地上近くまで鉱塩ブロックはあるはずだから、塩の回収はそこでやろう」
そこから細い道を延々と上がり、最後に持てるだけの鉱塩ブロックを抱えて地上に出る。
そこは氷川王子神社/王子塚古墳とは塩田平を挟んだ逆、塩吹池と呼ばれる場所のすぐ近くだった。塩吹池は江戸時代に溜池として改修される前は塩沼と呼ばれており、言われてみれば合点がいく。
何はともあれ、海のない長野県で終末後に塩の心配がないのは良いことだ、目出度し目出度し。そうしておこう。
なお後日、ある神霊専用掲示板に神と人の戦いを収めた動画がアップされたが、当人にはまったくあずかり知らぬことだとか。