長野県北部の善光寺跡異界に関して一区切りつき、たまには骨休めとして何もしないことを選んだ馬ニキ。上田市派出所シェルター『浦野牧』の牧場の木陰でごろりと横になり、ぼんやり空に流れる雲を眺めながら、とりとめもないことを考える。
「……思えば遠くへ来たもんだ」
【終末】後は電気やガソリンエンジンなどが使えなくなって江戸時代レベルまで文明が退化すると予測して。それの備えとして、祭神が馬背神と馬に縁深い存在だから労働家畜として馬を使役・育成することで生き延びる手段とすると決めて。山梨・星霊神社でショタおじの庇護の下のうのうと過ごすことを選ばず、【ガイア連合】の派出所を立ち上げて一国一城の主を気取って。
ショタおじが頑張った結果、【終末】は地球が魔界に軟着陸したような形になり、当初想像していたよりも文明崩壊しなかったのは誤算だった。
新潟や宮城などではロボをがんがん開発しているし、『終末後もファミチキ食べたい』という【黒札】の欲望がそこそこ実現している程度にはインフラが残っている。文明の恩恵を受けている側としては嬉しい誤算というやつではあるのだが、何かすっきりしない。
ガイア連合で開発した多脚戦車*1や改造オボログルマ*2など終末に対応した乗り物がそれなりに普及して、おかげで労働力としての馬はあまり人気がない。ガイア連合とのコネが薄い多神連合系シェルターではそこそこの需要があるが、それも高級品(オボログルマなどの乗用車)は背伸びしても届かないから身の丈に合った安物(馬)を買うという雰囲気が拭えない。
「いや、もっと文明崩壊して馬が大人気だったら、それはそれで大忙しだろうから、今ぐらいの緩さで丁度良いか」
木の根を枕にするのは頭の座りが悪かったのか、寝返りをうって腕枕をする馬ニキ。そのまま昼寝とばかりにうつらうつらし始めたところで、彼に声を掛ける者あり。
「牧場主殿? 気楽な一人寝も良いが、わらわの膝枕も良いぞ」
「ああ、ネペレーか」
彼の仲魔である【女神ネペレー】は、元が家畜の守護神*3であるため、『浦野牧』牧場における主戦力となっている。
今もデニム地のオーバーオールに麦わら帽子という農作業ルックで、金毛羊だけでなく神話体系が異なるはずの
「膝枕かぁ、お言葉に甘えようかな」
「はい、どうぞ」
「どっこいしょ。うん、空が半分しか見えない…… うーん、漫画ネタ*4は通じないか」
頭を支えるネペレーの太ももの柔らかさを堪能しつつ、下から見上げるネペレーの巨乳に目が釘付けとなる馬ニキ。
ネペレーも助平な視線には慣れたもので、彼の振ったサブカルチャーネタも纏めて微笑んだだけでスルーしてくれたので、馬ニキはその気遣いに甘えることにした。
「今日は骨休めとのことでしたが」
「日が高いうちは日向ぼっこで、日が沈んで肌寒く感じてから温泉にしようかな、と」
「それにしては何かお悩みのようでしたが」
「北信*5が安定したとみるや、黒札仲間からの催促が増えてね。やれ信州蕎麦だの野沢菜漬けだのと、煩いんだ」
終末になってもファミチキを欲しがるような【俺たち】だけあって、B級グルメ的な食にこだわる黒札も多い。
『浦野牧』では家庭菜園に毛が生えたレベルの畑作で蕎麦や野沢菜を栽培しているが、自給自足あるいは地産地消という言葉が似あう程度であり、特産品として他所に出荷するほどではない。
「輸出できるほどの量は作ってないけど、【俺たち】のリクエストには応えてあげたいんだよなー」
「向こうから来てもらえば良いのでは? 人数限定で温泉と組み合わせた信州特産品グルメツアーと銘打っておけば良かろう」
「それは良さげだなぁ」
上田市では林檎、桃、葡萄などの果樹園や栗、胡桃のナッツ類も栽培していたので、終末によりガタガタになった農地をテコ入れする一案になるだろう。
主食の米は瀬戸内ヒノエ支部で大量生産しているからから輸入すればええねん(暴論)。
「あーっ、でも客を呼び込むなら料理人がいないと駄目か」
すぐに欠点に思い当たり、がっかりする馬ニキ。
彼の脳内ではキノコや鯉など特産品をリストアップして食い気に傾いていただけに、失望感が大きい。
*
しばらくして、DDS-netの片隅に信州の特産品を扱うアンテナショップが開設された。
品揃えはあまり良くないが、終末後のご時世に置いて貴重な存在であると、一部の黒札からは注目されているらしい。