新たに仲魔となった【鬼女ヨモツシコメ】の<月夜>だが、鬼女紅葉が都から戸隠の地へ配流されたときに付き従った官女*1だけあって、単に身の回りの世話をする腰元*2ではなく使用人全般を統率する立場であった。
単に読み書き計算ができるというだけでなく、職能として部下の仕事量把握やスケジュールの調節、あるいは給金の管理といった『事務作業』『管理職』の概念を含む。それが何を意味するのかというと。
「<月夜>さんを【ガイア連合】『浦野牧』派出所の【デビルハンター】事務所の運営メンバーに任命します」
人手不足の『浦野牧』派出所においてこき使われるのであった。
「事務仕事ができて、他所の紐付きでなくて、
「仕事を覚えたら私の代わりにトップに立ってもらうから、よろしくね!」
自画自賛する馬ニキと、これまた嬉しそうな【金札】の宮下知佳。
「
事務仕事を式神にやらせる*5ところも珍しくないが、【シルキー】や【座敷童】など戦闘に不向きな悪魔でなく【鬼女ヨモツシコメ】というのはあまり見ない。
指名された<月夜>は鬼女紅葉の顔色を窺った後、気乗りしない様子で抗弁するが、馬ニキは全く気にするそぶりがない。
「大丈夫大丈夫、<月夜>さんがちょっとレベリングすれば、
「ははっ、官女であった<月夜>はともかく、野盗団でも戦力の中核であった<お万>に天女は似合わぬ」
「<お万>さんは足神様として祀られていたから、【鬼子母神】など神性を持つ方向に進化すると思う」
<月夜>の心配とは見当違いの返答をする馬ニキと、混ぜっ返す鬼女紅葉。紅葉が事務員就任を止めないことから抗っても無駄と察した<月夜>は、僅かな可能性に賭けて話を続けようとした。
「今ハンター事務所を仕切っているのは宮下さんですよね? 別部署に移動されるのですか?」
「え? 私は、シェルター運営の表舞台からは引退かな。維茂君の子を産むことに専念するの」
馬ニキこと平田維茂のワンマン運営となっている『浦野牧』派出所/シェルターの後継者問題として、シェルターの祭神である馬背神を奉じる地元霊能組織が嫁を出すのがもっとも波風の立たないやり方であり、その地元例異能組織が零細で金札・宮下知佳しか適任がいないとなれば、<月夜>も表立って反対できない。
「このご時世だと五人くらい欲しいよね、十年がかりかな?」
「若返りの水*7を使えば与謝野晶子を越える*8こともできよう?」
引き続き混ぜっ返す紅葉を見て、同じ女性として子を産むことの複雑な気持ちを抱えながらも、<月夜>は言葉を飲み込んでため息を吐くに留めおいた。
*
金札・宮下知佳の妊娠もまだ判明していないが、何かと気の急いた馬ニキはじっとしていられなくなり、いきあたりばったりの迷走を始めた。
「出産・子授けにご利益があるのは木花咲耶姫、 木花咲耶姫といえば浅間神社。でも
ちなみに上田市には浅間社が存在し、長野県神社庁にも登録されている。ただしgoogle検索しても写真が1枚も出てこないくらいにマイナーな存在であり、所在地(上田市下之郷)で生まれ育っていない馬ニキが覚えていないのも仕方がない。なお上田市には富士嶽神社という木花咲耶姫を祀る神社も存在するが、浅間という名前に釣られてそちらに思考が回らなかったのは馬ニキの不手際である。
「よし、軽井沢への途中に浅間神社がある*9から、街道*10のメンテついでに参拝しよう」
思い立ったが吉日とばかりに、馬ニキはデビルシフター能力で【スレイプニル】に変身すると一目散に駆け出した。
で。
「えーっ、
「お目当てが
平安時代の女性装束である十二単を身に纏った浅間神社の祭神、
なお磐長姫命のここの分霊は、鼻筋が低く頬骨が張ったいわゆる『おたふく』顔である。某一族が頑張った結果*12明確なブスと言うより愛嬌ある顔という表現が似合っているが、美女と名高い木花咲耶姫と比べるのはさすがに酷である。
「普通は、浅間神社と言えば木花咲耶姫を祭るはずですが……」
「
「なるほど」
納得した馬ニキであるが、この神社の役目に理解が及び、背筋が震えて飛びあがった。
【終末】後に無人の地となった軽井沢地方、当然この浅間神社も参拝する人が途絶え祭神も力を失う一方である。そしてこの神社から力が失われたとなれば、浅間山は噴火する。江戸時代の天明大噴火の再来となれば被害は全国規模*13になるだろう。
「定期的に、その、毎月参拝しますから! 何卒! なにとぞーっ! ご堪忍をっ!」
「……目先の利益に飛びつく阿呆かと思うたが、長期的な視点も持ち合わせているようだな」
馬ニキは木花咲耶姫への供物として用意したお神酒を差し出してスライディング土下座を敢行する。
磐長姫命は最初は不服そうであったが、黒札がマグを込めた特製お神酒であることに気づくと、態度を軟化させる。
「毎月と言うたな? 違うでないぞ」
「その件ですが、霊道の結界とこの神社を繋げてもよろしいでしょうか…… 街道の守護というお役目が追加されることは、その、供物を増やしますので……」
磐長姫命の分霊が特製お神酒(正確にはそれに含まれるマグ)に執心しているのを見て取り、恐る恐る申し出る馬ニキ。敷設した霊道は使わなければ道という概念が薄れてしまうので、定期的に往来して結界の綻びがあれば修復するメンテ作業が必須となる。定期作業に組み込むのであれば浅間神社への参拝も何とかなるという算段だ。
「私がこの程度で買収できる安い女と思うなよ」
「いえ、決してそんなわけでは!」
必死になって額を地面に擦りつける馬ニキに溜飲を下げたのか、磐長姫命がふっと雰囲気を和らげる。
「少し脅しすぎたか。供物の量を増やせなどとケチなことは言わぬ。お前の本貫地である上田市には富士嶽神社があり
交渉がどうにか纏まりそうだと安心した馬ニキは、確か磐長姫命の祭祀に詳しい黒札仲間がいたような? とぼんやり思い出して、コンタクトを取ろうと決意するのであった。
Lilyalaさんのイワナガヒメのネタにボンコッツさんが乗ったので、尻馬に乗りました。