「近頃、デビルシフトで
「馬は年二回、夏毛と冬毛が生え変わるからでは? 主様、今日は徹底的にブラッシングしましょう」
そういうことになった。
*
「あぁ、さっぱりした。しかし悪魔なのに換毛するんだ…… やっぱ認識・思い込みが強く作用するのかな」
辺りに散らばった抜け毛を箒で集める<ヒメ>を見ながら、馬ニキはぼんやり考える。
「思ったより毛が取れたな…… 45リットルサイズのゴミ袋に満杯かぁ。半年に一回、黒札の肉体素材がタダで手に入るなら、良い小遣い稼ぎになるかな?」
確か、同じ黒札の竜胆ネキがデビルシフター能力で竜になって鱗素材を売ってた*1な。
あの人、俺と同じく異能者として後から第二能力【デビルシフター】に目覚めたので、なんとなくシンパシーを感じるっていうか。
「主様、夏毛冬毛が完全に生え変わったわけではありませんので明日もブラッシング継続ですわ! 最終的には5~7袋くらい取れる見込みです」
「そ ん な に」
「【ガイア連合】の開発班に中間素材として引き取られる分には、おやつ代がせいぜいと聞きますけどね」
おそらくシキガミ同士のネットワークで情報を仕入れたのだろう。ああ、おやつと言えば仲魔うちでは【トリサブレー】*2が人気だが、DDS-net掲示板の一部で評判の占いウロコ煎餅*3を買うのも面白そうだ。
「手間を掛ければ高値になります。アンゴラヤギ・カシミヤヤギなどと同様に紡いで毛糸にすればミサンガなどの呪物素材として使えますし、紡ぐのでなく圧縮加工してフェルト布にしても使い道は多々あります」
「毛織物あるいは毛氈か。今うちでやり始めた養蚕・絹織物とは似て異なる技術ツリーだから、あんまり一度に手を広げすぎるのもどうだろう」
「ならば牧場主殿、妾に任せてもらえるか?」
ちょっと及び腰な馬ニキに声をかける女神ネペレー。
「妾は家畜の守護神にして金羊毛のエピソードを持つもの。古代ギリシャではウール素材が広く使われたゆえに、毛の加工についても権能の延長上よ。単に牧場主殿の仲魔としてマグ稼ぎに同伴するに留まらぬ、安定した牧場の副収入として貢献できるが如何?」
「それは魅力的な提案なんだけどさ、ネペレーには俺の仲魔という立ち位置のままで居て欲しいの。はっきり言うと、ネペレーの権能がシェルター運営に寄与していると皆が認識して、それがシェルター民の信仰に繋がることを警戒している」
この『浦野牧』シェルター、主祭神は馬背神というマイナーどころであり、結界の維持には北向観音や生島足島神*4といった地元・上田市の複数の神格に協力してもらっている。シェルター内では日本神話と仏教が混在したいわゆる『伝統的な日本の宗教観』となっており、黒札運営シェルターではよく見られることだが、メシア教は内心の信仰こそ許すものの布教・宗教活動を禁止している。これに付随する形で海外宗教は一律禁止としている。
なお、エジプト神話のフェニックスが朱雀・鳳凰あるいは火の鳥として日本で信仰を集める*5のはセーフというガバガバな判定である。
「そんな…… 妾は常日頃から家畜の守護神としてこの牧場に貢献しているのに…… ょょょ」
「そりゃ
「ぅぅ…… 妾はただ、アイオリス人*6に信仰されていたあの頃を取り戻したいだけなのに…… 月架手町シェルターのヘカテー*7や佐渡のダイアナ*8のようにしっかりした地盤を築きたいだけなのに……」
馬ニキと<ヒメ>から冷たい視線を向けられ、嘘泣きを止めてあからさまに芝居じみた嘆きを演じるネペレー。仲魔と言えども油断も隙もあったもんじゃない、と大袈裟にため息を吐いた馬ニキ。互いに茶番を演じたという暗黙の了解でもってネペレーの野心はいったん保留となった。
「主様、平安時代には越後の国から兎褐と呼ばれるウサギの毛織物が朝廷に献上されたそうですわ*9」
「ほう、越後か。そういえば新潟の十日町市には機神社があり、地元の織物組合業者から篤く信仰されているそうだ。うちで奨励している養蚕は
<ヒメ>と同じく仲魔である道敷大神が入れ知恵を馬ニキに吹き込む。
日本神話の神なら、とその気になる馬ニキと、せっかくのシノギを横取りされそうになり顔面蒼白になるネペレー。ネペレーと道敷大神の視線が一瞬交錯したのは女同士の戦いかそれとも違うのか。
*
「馬の生え変わりに影響されたのかな、人の姿で風呂に入って肌を擦ったら、めっちゃ垢が取れた」
「垢太郎の民話があるように霊的素材になるとはいえ、垢はちょっと売り物にしづらいですね……」