活躍するまでもなかったシキオウジロボが池の下にある格納庫に戻った後、十日町シェルターの金札・重下は事後処理のため市街へと戻り、諏訪神社には馬ニキが残った。かねてからの懸案であった織物の職能神を勧請する*1ためである。
ここ諏訪神社の境内には
この黒姫様は黒姫山の主であり、その正体は
黒姫様こと奴奈川姫命を選定したのは、古来から越後の国で織物の守護神をしている*3ので麻や絹のみならず動物の毛織物もできること、また『浦野牧』に縁深い建御名方神のファミリーであることの二つが理由である。こじつけ・三段論法っぽい感じもするのだが、とにかく縁深いと言い張ることが重要だ。
「えー、黒姫様、奴奈川姫命様、織物の神として是非とも我が『浦野牧』に来ていただきたく、伏してお願い申し上げます」
自シェルターで養蚕を奨励していること、牧場を営んでおり羊など毛織物も手を付けたいこと、また奴奈川姫命は諏訪大社では子宝・安産の神として祀られているが『浦野牧』ではそのポジションも空いていることをアピールし、マッカやお神酒などを奉納する。
すると馬ニキの熱意に応えたのか、やや年増…… もとい、小娘というには貫禄のある、子育てと機織りに一家言ありそうな女性の分霊が顕現する。
「我が子の信者から熱心に勧誘されたなら仕方ありませんね。よろしい、ヌナカワヒメ、其方の求めに応じ新たな分霊を遣わしましょう。コンゴトモヨロシク」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
米つきバッタのようにペコペコ頭を下げる馬ニキと、三方に乗せられたお供え物にご満悦の奴奈川姫命。これで話が終わるなら良かったのだが、そうは問屋が卸さない。
「うぅー、なぁにが『仕方ない』ですか。今をときめく【ガイア連合】に求められたからって、浮かれすぎ」
柱の陰から恨めしそうに見やる女性の神霊が、ハンカチの隅を噛み締めて悔しさを盛大にアピールしている。
「あ、あのぅ、麻績屋媛命でいらっしゃいます?」
「そうです、其方のお眼鏡に叶わなかった、オウミヤヒメですぅ。わたくしの何がいけなかったのです?」
鬼女もかくやとばかりの恨みの圧力を受けて、たじたじになる馬ニキ。ちらりと視線で奴奈川姫命に助けを求めるが、奴奈川姫命はこの程度自力でなんとかしなさいとばかりに目を逸らす。
「ええ、と、その。麻績屋媛命様は伊勢・松坂の機殿神社からこの地に勧請され、機殿神社は伊勢神宮の管理下にある。つまり、アマテラスの下で機織りする存在と私は認識しているわけですが」
しどろもどろになりながら麻績屋媛命の顔色を窺うと、彼女は馬ニキの言い分を否定せずに無言で続きを促した。
「その、私は霊的に『馬』の要素が色濃くてですね、はい。アマテラスが天の岩戸に隠れるきっかけとなった事件、スサノオが逆剥ぎにした
それを聞いた麻績屋媛命は、柳眉を逆立てるとハンカチを引きちぎらんばかりの勢いで力を籠めて握りしめ、憎々しげに呪詛を吐いた。
「ぁんの、粗野な暴れん坊がっ!」
思わず首をすくめた馬ニキだが、呪詛の対象が自身でなくスサノオだったと気づいて小さく安堵のため息を吐いた。
「そもそも小千谷・十日町の織物守護なら、わざわざ『建葉槌命』など招かずとも*6、元からこの地に在った我らで良いではないか。上司にこき使われるだけで信仰も大して稼げず、それなのに同僚はブラック環境から一抜け、おのれ碧神凍矢許すまじ、おのれ平田維茂許すまじ……」
さめざめと悔し涙を流しながら崩れ落ちる麻績屋媛命。本気で黒札二人を呪っているのでなくあくまで愚痴の範疇のようだが、奴奈川姫命が慌てて手のひらで空気を散らすジェスチャーをして呪いを散らそうとしているあたり、馬ニキも引っ込んだはずの冷や汗が盛大に流れ出る。
【終末】後のこのご時世、零細神霊も苦労が多いのだな、と危うく呪われる寸前だった馬ニキも思わず同情してしまうのであった。
*
後日、新潟技術開発班から機神社への寄進の話が出るも、勘違いだということでその話は流れてしまい*7、麻績屋媛命がダークサイドに落ちかけて懸命に奴奈川姫命が宥めたとか。
そんな話を勧請した奴奈川姫命の分霊から聞かされる馬ニキも、お手上げである。
田舎ニキはLv90以上あるので、零細神霊の麻績屋媛命が本気で呪っても効かないし、麻績屋媛命もそれは分かっているので本気で呪うことはない。
なおLv40しかない馬ニキには…… 麻績屋媛命から見て二人ワンセットで扱われて良かったね!