ある日、COMPの通話機能に見知らぬ相手からの通信が届いた。
滅多に鳴らない電話の呼び出し音に驚いた馬ニキは、通話開始前にCOMPに表示される相手情報を見て、軽く毒づいた。
「ちっ、非通知かよ。悪戯電話か?」
ジリジリと鳴り続ける呼び出し音のボリュームをとりあえず下げて、この電話を無視するかどうか考える。
オカルト全盛のこの時代、うかつに電話に出ることで呪われる可能性も十分にある。【黒札】というだけでいつの間にか他所からの恨みを買っていることは珍しくなく、それなりの自衛というものが求められるのだ。
『ただいま電話に出ることができません。伝言メッセージをお預かり致しますので……』
逡巡しているうちに留守電モードに切り替わる。このまま相手が無言で切るのか、それとも何者かがメッセージを残すのか。
馬ニキは興味を覚え、そのままCOMPを見つめる。
『うわあぁぁん! 最後の砦も駄目えぇぇ! どうして出てくれないんですかああぁぁっ! 平田さんの阿呆馬鹿間抜けぇぇっ!』
切羽詰まった女性の半泣き声が聞こえたと思ったら、いきなり罵倒された。
その声に聞き覚えのあった馬ニキは、COMPを操作して通話モードにすると言い返す。
「あぁん? 誰が阿呆馬鹿間抜けだって?」
「びやぁぁ! 居るなら応じてくださいよぉ」
「だって非通知だったし……」
少し間が空いた後、通話相手である戸隠神社のアメノウズメは何もなかったような澄まし声で取り繕った。
「その、戸隠神社は今、何者かの攻撃を受けていて、援軍をお願いしたいのです」
「罵倒しておいて援軍とか、ちょっと何言ってるのか分かりませんねぇ」
「わァ…… ぁ……」
メンタルブレイクしたちいかわのように泣くアメノウズメ、さすがに可哀そうになった馬ニキは不機嫌な声のトーンを納めて聞き返す。
「で、攻撃されているって、何に?」
「
「……はぁ?」
「本当です! うちのオモイカネが言うには、黒姫山の麓、大沼池の主である龍が何かしらの理由でパワーアップしたって! 今は籠城してますがジリ貧なんです! お願いします、助けてください! なんでも…… は、しませんけど」
何でもしますと言わないあたり、実は余裕があるんじゃないかと疑った馬ニキだが、彼の肩をちょんと突く存在が現れたのでそちらに意識を向ける。
するとそこには、新潟から勧請したばかりの奴奈川姫命がいた。
「この話、受けるべきです。大沼池の主を退治して黒姫山を取り戻しましょう!」
「なんでそんなに好戦的なんですかねぇ」
「わらわはヌナガワヒメであると同時に黒姫山の主『黒姫』である。わらわの織物の権能は黒姫が由来ゆえに、黒姫山を押さえることに意味はある」
ちなみに黒姫山は新潟県糸魚川市、新潟県柏崎市、長野県信濃町の3つに同名の山があり、奴奈川姫命は元は糸魚川市の黒姫山を居としていたとされる。
「いよっ、流石は黒姫、分かっておる!」
「アメノウズメさぁ…… お調子者みたいに囃し立てるんじゃなく、キングギドラの情報を寄越しなさいよ」
「あっ、はい。簡易アナライズしたところ、レベルは50後半、黒姫伝説の通り攻撃手段は水で火属性が弱点です」
黒姫伝説は長野県北部に伝わる民話で、岩倉池または大沼池に住む竜蛇が地元領主・高梨家の姫である黒姫に懸想する内容である。
黒姫との仲を認められなかった竜は怒り洪水を起こす。そこからは民話にバリエーションがあり、黒姫はヒョウタンを持って竜に嫁いだとするもの、神から剣を授かって池の主を退治したもの、地獄谷の山神が恩顧ある高梨氏一族を守るべく燃えたぎらせた地獄の火で竜を懲らしめたとする3種がある。
「Lv50後半なら総力戦でぎりぎり行けるか? 敵は1体だけ? 眷属とかいる?」
「いいえ、単体だけで眷属はいません。……あの、援軍を要請する側が言う台詞じゃないけど、御大将自ら出陣は博打過ぎるのでは? 報酬も満足に出せませんし」
「細かいことはいいんだよ、そっちは一時間耐えろ!」
COMP通信を打ち切って、馬ニキは仲魔全員に緊急招集をかけることにした。