酔っぱらいを寝かせたら寝ゲロに気をつけろと言われているが、霊薬トリップした未覚醒者にも気をつけることがある。
夢・深層意識の中でトラウマ刺激され悪夢に魘されて飛び起きた後、精神不安定で大泣きしたり暴力を振るったりすることがある。それだけなら被害は大したことないが、目覚めたばかりの霊能力が制御できずに暴走すると事態は大事になる。周囲にいる複数の未覚醒者が巻き添えを食って死亡なんてことも有り得るので、そのような者を取り押さえることのできる実力者が引率・介添役として傍にいる必要があるのだが──
「あいつら気持ちよさそうに寝てますね」
マッスルドリンコの副作用によるバッドドリップを引いたようには見受けられず、かすかな呼吸音だけで静かに深く寝入っている。
ミナミィネキ、文香ネキ、みくにゃんと二時間ほど駄弁りながら様子見していたが、不穏な気配は今のところない。夜も更けてきたし今日はこれで解散となったところで、最後に文香ネキが『おまじない』をしてくれるという。
「サイコダイブというほどではなく、ほんのり深層意識にイメージを流し込むだけですが……」
文香ネキは自信なさそうに照れながら、そっと目を閉じた。まるでお気に入りの詩を暗唱するかのように──
「──飛ばしたページを読み返す様に
心と向き合えば
少しは自分を変えられる
一歩を踏み出せそうで──」
「──星が眩しい空に
飲み込まれそうになる
いつか私も
輝ける日が
来るのかな──」
「──顔上げてみたら
見慣れた空
今日はいつもより
Bright Blue──」
囁くように歌うように、チーム東西南北の4人が一歩踏み出せるよう祈りの寿ぎを捧げる。
その姿はまるで、彼女たちが目指しているアイドルという存在そのもののようで。
「ああ、私と文香ちゃんと、後3人メンバーがいれば、ヴァルキュリア・アイドルとしてデビューしてもいいんですけど」
感極まったミナミィネキが何か言ったが、いまいち要領を得ない。それでも褒められたと分かった文香ネキは嬉しそうだ。
みくにゃんも文香ネキのことを絶賛しているが、ミナミィネキにアイドルが務まらないと毒舌を吐いているあたり、先程の意味深な台詞に思うところがあるようだ。
3人を玄関まで見送って、宴の後始末。オードブルの余りはラップして冷蔵庫へ、燃えるゴミ燃えないゴミは分別して袋詰めし、キッチンシンクに置かれた食器を洗い、食卓の上を拭き清める。
このまま帰ってしまおうかと一瞬思ったが、やはりトラブル対応として一晩近くにいるべきと思い直し、座布団を一枚借りて枕代わりにしダイニングキッチンの床にごろ寝することにした。
*
翌朝、まだ早朝といえる時刻。熟睡していたところを急に起こされて、何かと思ったら。
冷蔵庫の前で泣きじゃくっている亀井美嘉と彼女の周りに散らかっているタッパー、彼女の周囲を落ち着かない様子でおろおろしているだけの華鳥蘭子と大河くるみ。東ゆうだけが寝ていた俺を起こすことを思いついたものの、彼女も視線が定まらず胡乱な様子だ。
とりあえず今すぐ生命に関わる危機ではないと判断でき、何があったのか心当たりがあったので、COMPを起動してミナミィネキへ緊急通信を取る。
「すいません、【ガイアカレー】のレトルトパウチを4人前、大至急お願いします」
「朝カレーとは優雅ですね、何がありました?」
「おそらく魔素欠乏です、寝ているうちに体内のマグを消費したみたいで」
ミナミィネキが出前してくれるのを待つ間、挙動不審に陥っている4人を順に落ち着かせる。
マグ不足が原因なら補充してやれば良く、なかでも黒札の体液を摂取させるのが一番手っ取り早い対処法だろう。年頃の男女であればセックスで精液を…… いやこれはスケベ部の思考だな、昨夜ミナミィネキに『最悪ぱぁん』と言われたばかりだし、そもそもこの4人を引き取るときに枕営業不要ときりたんネキに啖呵切ったのだからそれを反故にしたくない。
それに変わる手段として血液なり唾液なりを飲ませるというプランもあるが、黒札の肉体は【高レベルな霊的素材】*1だから、精液と同様に未覚醒者に与えるのはリスクでもある。
暫定処置として優しくハグしながら背中に回した手に気を込めて軽くさすってやると、それまでの不安な様子が若干だが改善される。ただ手を離すとすぐに効果が失われてしまうので、気のコントロールをしながら4人とも撫でるのは結構な重労働だ。
「あらあら、さっそくのハーレムですか? ニコポナデポですか?」
いつの間にか入室していたミナミィネキが、頬に手を当てるポーズ*2を作って揶揄ってくる。
「勘弁してくださいよ、ペットの犬猫になでなでを要求されている気分です」
「おや、
「違います!」
ミナミィネキは『私は分かってますよ』の表情を浮かべて追撃を入れ、馬ニキの降参ポーズを見て満足そうに頷いた。
「ご注文のガイアカレーですが…… レンジで温めなくてもよさそうですね」
「マグ不足で確定ですね。せめてスプーンはつけてやりましょう」
鞄から取り出したレトルトパウチの封を切って食器に盛ると、スパイスの香ばしい匂いが漂う。それに釣られたのか東西南北の4人が一斉にそちらに視線を向け、ゴクリと誰かの喉が鳴った。
「昨夜の『おまじない』が効いたんですね、きっと。夢の中で【覚醒】イベントが発生し、それがマグ欠乏の原因」
「状況証拠から推察するに、明け方に急な飢餓感に襲われて目を覚まし、ふらふらと冷蔵庫の扉を開け、ほぼ無意識のまま差し入れの桃ゼリーを見つけて食い散らかしたのでしょう。亀井さんはそれでマグ不足から脱したものの、逆に過剰マグ摂取で精神錯乱して泣き叫んだ。他の3人はその泣き声で目を覚ますもマグ不足でまともに頭が働かず、ゾンビのようにふらふらすることしかできなかった」
「あれ? じゃあ亀井ちゃんだけ欠乏じゃなくて過剰?! ガイアカレーを食わせちゃ不味いんじゃ?!」
「そこは本人が本能的に忌避して手を付けていません、お皿が空なのは他の3人が横取りしたからです。平田さんは観察眼もまだまだですね」
ミナミィネキにそう言われると恥じることしかできない。
「数時間でマグの過剰・欠乏は落ち着くでしょう。そうしたら健康診断を受けさせて、【半覚醒】*3か覚醒かの違いはあれど今後の修行カリキュラムは見直しですね」
「うーん、こんなに早いとは予想外。文香ネキ凄いわー」
「あぁそれと、マグ過剰を見抜けなかったのはともかく、血なり吸わせてマグ欠乏を解消させなかったのは英断です。やってたらほぼ確実に『ぱぁん』してましたよ」
そう言われ、背筋に氷を突っ込まれたように恐怖で心が震える。
「未熟者の指導って、指導する側も気を抜けないんですよ。生半可な気持ちじゃ駄目だって早めに気づけて良かったですね」
ミナミィネキに耳元で囁かれ、腹の底にずっしり重い石を抱えたようなプレッシャーを感じる。
「どうします? 軽い気持ちで始めたアイドルプロデュース、投げ出しちゃいます? 今なら傷は浅いですよ」
「………………」
甘言がざわざわした俺の心にするりと巻きついてくる。まるで悪魔に唆されているようだ。
「……いえ、やります。やらせてください! きりたんに啖呵切ったんだから、吐いた唾は飲み込めない」
「そうですか、頑張ってくださいね」
ミナミィネキは一転して、慈母のような柔らかい笑顔で俺を見つめてきた。
「前に言った、
「ありがとうございます」
彼女の心遣いが身に染みる。とはいえそれに甘え切ってはいけないと自戒しなくては。
「ふふふ、
「ん? 今何か言いました?」
あれ、今ミナミィネキがなにか呟いたような気がしたけど、気のせいかな? ステーションバー怪人*4みたいな悪趣味なこと、彼女は言わないよね?