カーテンの隙間から朝日が差し込む。
チエルは学生寮にある自分の部屋のベッドの上で体をよじらせた。
「うぅ~ん…写真撮影は禁止ですよぉ~…むにゃむにゃ…」
なにやら幸せそうな夢を見ているようだが、そんな彼女の瞼を貫通し、太陽の光が網膜を刺激し夢の世界からチエルを戻す。
「ん~…ん? もう朝ぁ~…? ふわぁ~…」
大きな欠伸をしながら体を伸ばす。
IS学園にある学生寮は基本的に二人一組で使うのは通例なのだが、チエルの場合は『とある特権』を利用し一人部屋で暮らしている。
今回は、それが仇となってしまうのだが。
「今何時ぃ~………え?」
枕元に置いていたスマホに表示されている時間を見た瞬間、チエルの頭が真っ白になり、同時に一発目で目が覚めた。
「ちょ…ヤバ! 冗談抜きでマジヤバ星人なんですけどぉっ!? もうとっくに朝練が始まっちゃってる感じですかぁッ!?」
昨日、次の日の早朝から朝練があるとユニから連絡があり、優等生を自称しているチエルは遅れないようにちゃんとアラームをセットしてから早めに就寝した…筈だった。
「な…なんでアラーム鳴ってないのっ!? ちゃんとセットして……あ」
慌てて調べてみると、アラームはセットしてなかった。
単純にチエルの勘違い。
セットした気になっていただけだった。
「や…や…や…やっばぁ~い!! このままじゃ、またクロエ先輩からお小言言われちゃうぅ~!! いっそげぇ~!!」
かなり焦ってパニくっていたチエルは、髪も碌に整えずに顔だけ軽く洗い、朝ご飯も食べずに適当に制服を羽織ってからダッシュで自室を出た。
まだ早朝と言うこともあり、寮の廊下にはまだ殆ど人はいない。
仮に誰かがいたとしても、チエルは気にせずに走っていただろうが。
だが、そんな彼女の姿を自分の部屋のドアの隙間から覗き見ていた一人の人物がいた。
「なんか騒がしいと思って見てみたら…さっきのって同じクラスの風間さん…だよな? 一体どうしたんだ?」
IS学園唯一の男子の織斑一夏。
色んな意味でこの世界線における特異点のような存在の少年だが…この物語では大した意味は無い。
そんな彼の部屋の窓から、遠くの方に立ち上る謎の煙が見えたという。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
私の名前は『織斑千冬』。
少し前まではISの日本代表などをやっていたが、諸事情により引退をし、今はIS学園にて教員をやっていて、同時に『とある部活』の顧問もやっている。
教員をやっているとは言っても、私にとっては慣れない事の連続で、毎日が緊張の連続だったりする。
昔に比べて身体を動かす機会が減ってしまったが、それでも体を動かすと言うこと自体はそう簡単には止められない。
時折、今日のように朝早く起きて学園の周辺をランニングすることがある。
適度にいい汗を流せるし、ストレス発散にもなる。
まさに一石二鳥だ。
(現役時代は、こうして外をランニングしているとよく朝練の部活動の学生と出会ったりしたもんだ…)
私自身、事情があり学生時代は部活動に入った事は一度も無い。
だからだろうか、そんな光景を見ると不思議と憧れの念を抱いたりしたもんだ。
「ま…ウチの珍妙な部には全く関係のない話か」
あそこは一応『文化部』に属しているからな。
朝練なんて習慣とは最も縁が無いだろう。
なんてことを考えている内に学園まで戻って来ていた。
よし、ここらで止めて部屋に戻り、シャワーでも浴びてから…。
「これより、なかよし部の朝練を開始する」
「なぁぁぁぁ――――――っ!?」
こけた。盛大にこけた。
大人になってから初めて外でこけた。
「おや。織斑教諭、おはよう」
「ちーっす」
「真行寺に黒江っ!? こんな朝から一体何をやってるんだーっ!?」
校門前に椅子と教壇を並べて、明らかに違和感しかないぞ!!
というか、見た目は完全な不審者だ!!
「真行寺! 部活は放課後だろうが!!」
「だから朝練だ。さっきそう言ったではないか」
あ…朝練? こいつらが?
いや…黒江は見た目に反して割と真面目な奴だから分からなくもないが、真行寺は自他共に求める自堕落女だろう。
こいつを見ていると、どうも私の傍迷惑な友人を思い出す…。
「そんな話、私は全く聞いてないぞ」
「昨日、確かに狼煙を上げて通達した筈だが…?」
「もしかして、気が付かなかったんスか?」
「もし仮に気が付いても分からんわ…!」
こいつらちゃんとスマホを所持していた筈だよな?
どうして通話やらメールやらチャットやらの近代的手段を使おうとしない!?
「そもそも、お前達の部活はいつも『本日の議題はエスパーだ』的な感じのやつだろう? どうして突如として校門前で朝練をする必要がある?」
「ここならランニングをしてる織斑センセーに確実に遭遇できるだろうからってユニパイセンが」
「勝手に私の行動を先読みするな!!」
真行寺由仁…やっぱりそっくりだ…あのバカに…嫌味な程に…!
「ん? そういえば風間はどうした? まだ来ていないのか?」
「ついさっき連絡をしたのだが、どうやら少し遅れるとのことだ」
まさか、あいつにも狼煙で連絡したんじゃあるまいな…?
「ったく…こちとら陸上部の朝練を蹴ってまでこっちに来たっつーのに…何やってんだか」
前々からずっと疑問に思っていたが、お前がそこまでこの部に執着する理由は一体なんだ…?
「すいませぇ~ん! 遅れちゃいましたぁ~!」
お。どうやら風間もやって来たようだな。
これで全員集合か…って!?
「途中で道に迷っちゃってぇ~…ハァ…ハァ…」
「パジャマの上に制服を着て、枕まで持っている時点で絶対に寝坊だろ!! 見ていて悲しくなるような言い訳をするな!!」
普段からお洒落に気を使っている風間が、髪もボサボサで制服をちゃんと着る暇もなく走ってきたという時点で、本気で遅刻を焦っていた事は分かるが…。
この三人のこの執着具合が本気で理解出来ん…。
「実は今日、いきなり朝練をする事になったのは急を要するからに他ならない。まずは諸君、我が『なかよし部』宛に届いた、このハガキの内容を是非とも聞いてほしい」
流れで朝練が始まり、私も思わず傍にあった椅子に座ってしまった。
というか、ハガキだと? そんな物がウチ宛に届いたというのか?
「『ペコリーヌさん、こんにちは。いつも楽しく番組を拝聴しています』」
「それ絶対に
「『今日は私の普段からの悩みを聞いて頂きたく、こうして筆を執りました』」
これ…絶対にラジオか何かのお悩み相談のハガキだろう…。
どうして、そんな物をこいつは持っているんだ…?
「『実は、うちの主人が全くの無作法者なのです。私の友人が家に来ても挨拶一つしないし、何をするにしてもとにかく雑。8歳になる娘が真似をしたりしないか非常に心配です』」
ふむ…内容はともかく、どうやら真剣な悩みのようだな。
「『その事を考えると、家事も碌に手が付かず、お蔭で我が家は毎晩がレトルト食品になっています』」
「完全に主婦の怠慢じゃないか」
「『主人の為にも、どうか正しい礼儀作法というものを教えてあげてください』」
真剣に考えてしまった自分がバカバカしくなってきた…。
途中のレトルト食品の話が無ければ、私ももっと真面目に話を聞く気になれたのに…。
「…以上。島根県在住の主婦。ペンネーム『仮面夫婦』さんからのおハガキだ」
「随分とリアルな名前にしたな…」
それでいいのか仮面夫婦さん。
「これは一大事ですね! 一刻も早く何とかしないと、仮面夫婦さんの家の夕食が永遠にレトルト食品になっちゃいますよ!」
「子供への発育への影響が超心配なんですケド…」
どうして、お前達がそんなにも真剣になる。
「というわけで、今日の我々は礼儀作法について考えていこうと思う。猶、一家離散の危機が掛かっているので、決して気を抜かないようにしてほしい」
急に場の空気を重苦しくするな!!
変な汗が流れてきてしまったぞ!!
「礼儀作法で最も重要な事柄と言えば『挨拶』。人間関係を潤滑にする上で最も押さえておきたい部分とも言えるだろう」
ふむ…確かにな。何事も挨拶は非常に大事だ。
それは分かる。分かるのだが…。
「そこで、まずは挨拶に関する問題だ。これから諸君にはそれぞれに絵柄の異なるフリップを配る」
そう言って、真行寺は私達三人にどこからともなく取り出したフリップを手渡してきた。
これ…どこから調達したんだ?
「その空欄には初対面の時に使う挨拶の言葉が入るようになっているのだが、きっと全員同じようになる筈だ。因みに、三枚を繋げると物語になるから、その辺りも考慮して空欄を埋めて欲しい」
ふっ…なんだ。そんなの簡単じゃないか。
小学生レベルの問題だな。
真行寺の奴、意外と可愛い所もあるじゃあないか。
「因みに、物語はエリックが外回りをサボって憂さ晴らしに立ち寄った喫茶店でとある女性客のナンパを試みるところから始まる」
「仕事をサボって何をやってるんだエリック…」
現代社会ならまず確実に叱咤される事をやってるぞ…。
まぁ、とっとと答えを書いてしまうか。
「では、織斑教諭から順にフリップを上げてくれ」
「私か。では…」
【『はじめまして』。ボクの名前はエリックです。お会いできて光栄です】
「次にクロエくん。頼む」
「へーい」
【『はじめまして』。私はトメです。あなたとはなんだか初めて会った気がしない。これって…もしかして恋?】
「最後はチエルくんだ」
「りょーかいでーす!」
【『はじめまして』。トメの夫の正吉です。エリック…貴様にだけは絶対にトメは渡さん…!】
【複雑な三角関係の行方は…? 次回に続く】
「正解」
「よっし」
「ちょっと自信無かったんですよねぇ~」
「なんなんだこの話は―――――――――――――――!!!」
しれっと次回に続くような言葉まで残して!!
連載してるのか? これは連載しているのかッ!?
「チエル、この話知ってますよ。確か次回、エリックは若さ故の暴走でトメの愛犬であるポチと結婚しちゃうんですよねぇ~」
「本気でどうでもいい情報を言うな!!」
誰もエリックたちの三角関係の行方なんて求めてないわ!!
完全に話が脱線してるぞ!!
礼儀作法云々はどこに行ったッ!?
「どうやら、挨拶に関する一般常識はちゃんと備わっているようだな。それじゃあ次は…」
「今度は何をさせる気だ…?」
真行寺が教壇から離れて、どこかへと歩いて行く。
その先にあったのは…。
「作法の方を見せて貰うとしようか」
「なんでここに野点があるっ!?」
今まで気が付かなかった私も私だがな!!
「あらゆる状況に置いてそつなく作法をこなしてこそ真の礼儀を知る者…即ち淑女と言えるだろう」
「言いたい事は分かるが…茶道具なんて一体どこから用意したんだ?」
心配になって置いてある茶道具を調べてみると、そこにはこう書かれた一枚の紙が貼りつけられてあった。
【茶道部。持ち出し厳禁】
「…ちゃんと許可は取ってあるとも」
「その間は一体なんだ―――!? ちゃんと私の目を見てから言えぇ―――!!」
絶対に無断で持って来てるだろ―――!!
はぁ…ちゃんと後で元に戻しておかなくては…。
「細かいことはさておいて」
「早く茶席につきましょ!」
いや…全く細かくは無いんだがな。
「そうだな。今回、この為だけに屋外で活動をしていると言っても過言じゃない」
じゃあ、さっきまでのフリップ問題は一体何だったんだ…。
精神的に疲れ果てた私を余所に、三人は茶席についていた。
これ…私もやらないといけない流れなんだろうな…。
「それでは、まずは部長であるこのボクが試しにやってみせるので、よく見ておいてくれたまえ」
真行寺がするのか? こう言っては何だが…本当に大丈夫か?
「では……」
急に空気が引き締まった…!
本気でやる…ということか…。
「まずは茶」
おぉ…!
「次に湯」
おぉぉ…!
「そして混ぜる」
おぉぉぉ…!
「どうぞ」
「す…凄いな真行寺…。まさか、お前にこんな才能が有ったとは…。茶道でも習っていたのか?」
「特別にという訳じゃないんだが、ボクの母が茶道の師範をやっていてね。その影響なのか、ボクの家族は全員、背が低いんだ」
「お前…自分が変な事を言ってるって自覚あるか…?」
話せば話すほど、アイツに似ていると思ってしまう…。
実際に会ったらどうなってしまうのか、想像も出来ん…。
「んじゃ、次はウチがやってみるわ」
今度は黒江か。
要領のいいこいつなら大丈夫か…?
「まずは茶」
茶杓が折れた―――!?
「次に湯…だったっけ?」
柄杓で茶釜を吹っ飛ばしてお湯を零した―――!?
「そして混ぜーる…っと」
茶筅で茶碗を粉々にした――――!?
「どーぞ」
「飲めるか」
どこにも原形が残ってないぞ…。
これの何を飲めと?
「違うぞ織斑教諭。そこは飲む前に一言『頂戴致します』と言うんだ」
「これ私の方が間違っているのかッ!?」
どう考えてもおかしいのは黒江の方だろうがッ!?
どうして私が責められるッ!?
「やっぱぁ~…朝はコーヒーがぶっちぎりナンバー1ですよねぇ~」
「風間は一人で何をやってるんだぁぁぁ――――!!!」
いきなり和風から洋風に変わるな―――!!
少しは空気を読まんか―――!!
「はぁ…全く…どうする気だコレ…茶道部のだろう…?」
「心配は無用だ、織斑教諭」
「なんでだ」
「こんな事もあろうかと、密かに全く同じ物をもう一セット予め購入してある」
「ならそっちを使え」
割ってしまったぞ…本物の方…。
「しかし、ようやくウチにも部費が出たのか…」
「近日中に織斑教諭宛に引き落としの明細が届くだろう」
「なん…だと…?」
今…猛烈に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが…?
いや…気のせいじゃない…こいつは確かに言った…!
「無断で私の預金を使うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
この後、念の為に自分の通帳を調べてみたら、ちゃんと茶道具分の金が引き落とされていた。
真行寺由仁…ある意味、あの束のバカよりも遥かに質が悪いぞ…!
なかよし部で誰が好き?
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可愛いクロエちゃん!
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賢いユニちゃん!
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楽しいチエルちゃん!
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皆大好き!