「う…うぅぅ…?」
目を開けて最初に見たのは、見慣れない天井。
これがIS学園の保健室の天井であると理解するのに、少しだけ時間が掛かった。
「やっと起きたか」
「きょ…教官…!? うっ…!」
自分が寝ているベッドのすぐ横に千冬が座っていて、思わず半身を起こそうとするが、すぐに軋むような痛みが全身に走り蹲ってしまう。
「ここでは先生と呼べど何度言ったら…はぁ…まぁいい。今回だけは特別に許してやる。だから無理をするな。大人しく寝ていろ」
「は…はい…」
促されるがままにベットに横になるラウラ。
正直、こっちの方が今は楽だったりする。
「色々と聞きたい事があるんじゃないか? 目が覚めたら、いきなり保健室のベッドの上だったんだからな」
「…はい」
混乱していないと言えば嘘になる。
尋ねたい事は、それこそ山のようにあった。
「あれから一体、何が起きたのですか…?」
「どこまで覚えている?」
「試合中…風間ちえると、彼女の専用機の圧倒的実力の前に敗北して、そこから…そこから…」
そこから先は、まるで記憶に靄が掛かったかのように思い出せない。
まるで、脳が思い出すのを拒絶しているかのように。
「そうだ。確かにあの時、おまえは風間に敗北した。それ自体は何も恥じる事は無い。アイツの実力は、私から見ても異次元だ。風間と互角に戦える者がいるとすれば、それは恐らく同じ『なかよし部』の者達だけだろう」
伊達になかよし部の顧問はやっておらず、千冬は三人の実力は学園の誰よりも把握しているつもりだった。
故に千冬は断言する。
真宮寺由仁。黒江花子。風間ちえる。
あの三人の実力は、現時点でもう既に世界レベルに到達していると。
「…VTシステム」
「え?」
「それが、お前の専用機に極秘裏に内蔵されていた」
「そんな馬鹿な…!」
軍人であり代表候補生でもあるラウラは、VTシステムの事も勿論知っていた。
知識だけならば、そこらの候補生よりもあるだろう。
「シュヴァルツェア・レーゲンのSEが無くなった瞬間、強制的にVTシステムが発動して、気を失ったお前の身体を飲みこもうとした。だが、間一髪のところで風間が救出した。その結果、VTシステムは不完全な状態で発動し、それもまた風間と紅蓮によって鎮圧された」
「あいつが…」
ちえるの実力を肌で知っているラウラはすぐに納得した。
彼女ならば、それぐらいの事が出来ても決して不思議ではないと。
「その後、お前の身柄は教員部隊に託され、そのまま保健室にて治療を受け、今に至る…と言った感じだ」
「…あれからどれぐらい経ったのですか? 今は…」
「各学年のトーナメントの第一試合は全て終了し、一日目が終了した。今は放課後だ」
「そんなにも長い間、私は寝ていたのか…」
唐突に、ちえるとの試合を思い出す。
こっちの攻撃を全て回避し、向こうは一撃必殺の一撃を何度も繰り出してきた。
専用機である『紅蓮聖天八極式』も十分に凄まじかったが、その性能を極限まで引き出せていたちえるの実力も同じぐらいに凄かった。
言い訳のしようがない、完膚なきまでの完全敗北。
あそこまで派手にやられたら、悔しいと気持ちすら浮かばない。
「今回の事で、おまえは風間だけではなく、なかよし部の三人全員に大き過ぎる借りが出来た」
「三人全員に…?」
「そうだ。まず、真宮寺がお前の機体をハックした時に、機体内部にVTシステムが組み込まれている事を知った。その後、生徒会長と仲がいい黒江が、その伝手を利用して私を初めとした全教員にいち早くVTシステムの事を知らせて、それをどうにかする為の作戦を伝えた。そして…」
「風間ちえるが私の機体を戦闘不能にする事でVTシステムを強制発動させ、私を救出した後にVTシステム自体も破壊した…ですか」
「その通りだ」
最初から仕組まれていた事だった。
最初から…なかよし部はラウラの事を助ける為に行動していたのだ。
それなのに、何も知らなかった事とはいえ、自分は一方的に恨んで、敵意を見せて…。
「もし真宮寺がいなかったら、発動する瞬間まで誰もVTシステムの事に気が付かずに何も出来ずにいた。黒江がいなかったら、情報の伝達がスムーズにいかずに、いざと言う時に私達も観客もパニックになっていたかもしれない。風間がいなかったら…お前はVTシステムの負荷に耐えられずに死んでいたかもしれない。誰か一人欠けていても、お前を無傷で助け出すことは不可能だっただろう」
「そう…ですか…」
正真正銘の完敗だった。
ちえるにではなく、なかよし部の三人に敗北した。
「…あの三人は今どこに?」
「多分、食堂辺りにいると思う。風間は当然として、真宮寺も一回戦を突破し、黒江に至っては去年のトーナメント優勝者と言う事もあってかシードになっているからな。今頃はお互いの健闘を称えながら、ゆっくりと休んでいる事だろう」
当然のような勝利。
その事に驚く事は無かった。
流石にクロエが去年のトーナメント覇者だったのは少しだけ驚いたが。
「一つだけ聞きたい」
「…なんでしょうか」
「VTシステムが発動した瞬間…お前は何を考えた?」
「発動した瞬間…」
そう聞かれてラウラは必死に、あの時の事を思い出す。
ちえるに倒され、気を失いかけた瞬間…。
「…織斑教官の事を考えていた…と思います」
「私の事を?」
「はい……教官のように強くなれれば…と」
「…そうか」
それを聞き千冬は実感する。
世間では『千冬さま』や『ブリュンヒルデ』などと持て囃されていても、自分は人一人すら真面に導く事すら出来ない未熟な人間なのだと。
実際、こうして教師をやっている今でも学んでいる事は非常に多い。
「取り敢えず、今は自分の体を休める事に専念しろ。試合に負けた以上、時間はタップリとあるのだからな」
「そうさせて貰います…」
「そして、体調が良くなったら…アイツ等に礼でも言いに行け」
「承知しました…」
椅子から立ち上がり、ラウラの邪魔にならないように保健室を後にしようとする千冬。
扉に手を掛けた所で不意に立ち止まり、ラウラの方を振り向いた。
「最後に言っておく。何をどうしても、お前は私にはなれん。どこまで行っても、お前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。私が織斑千冬であるようにな」
「…はい」
小さく返事をしてから、ラウラは迫り来る睡魔に身を委ねて瞼を閉じた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
IS学園の食堂。
トーナメントの第一試合が終わったせいなのか、いつも以上に食堂は賑わっていた。
僕は、風間さんや真宮寺先輩、クロエ先輩や一夏や篠ノ之さん、他にも前にも会った生徒会長さん、他にも見た事が無い二年生の先輩方や三年生の先輩達と一緒にテーブルに座って自分の身体を労っている。
「まさか、俺がトイレに行っている間にそんな事が起きてたなんてなー…」
「一夏が戻って来た時にはもう終わってたからね…」
風間さんの動きは非常に迅速ではあったけど、それでもトイレ長すぎじゃなかった?
僕達の試合には間に合ったからよかったけどさ…。
「一夏くん。分かっているとは思うが、今回の事は外部には秘密だぞ? 後で学園側から正式に箝口令が敷かれるとは思うが…」
「わ…分かってますよ?」
これ…言われて初めて気が付いたって感じだね。
一夏らしいと言えば、らしいけどさ…。
「けど、無事にVTシステムを鎮圧出来て良かったわね。流石はチエルちゃんだわ」
「クロエちゃんと同じ『なかよし部』ッスからね~」
「これぐらいは当然よね。ね~クロエちゃん?」
「ん? まぁ…そうじゃネ? 知らんけど」
なんだろう…最初見た時から気になってたけど…クロエ先輩と更識先輩…距離が近くない?
二人は同じ部屋のルームメイトらしいけど…それでも近すぎる気がする。
あと、他の二人とも凄く仲が良さげだ。
ギリシャとイギリスの代表候補生らしいけど…。
(ライバルは多いなぁ…)
本人非公式のファンクラブがあるってだけあって、やっぱりクロエ先輩はモテるんだなぁ…。
けど、だからと言って負けたくはないよ…!
「けど、今回のはマジでファインプレイだろ。システム発動と同時に救出とか、常人じゃ絶対に不可能な芸当だぜ」
「その場にいたのが紅蓮だったというのも大きいでしょうね。右腕部をワイヤーで飛ばせる今の紅蓮にしか出来ませんから」
「それを絶妙なタイミングで出来てしまうチエル君のセンスも見事だがな」
小さな体で胸を張ろうとしている真宮寺先輩が可愛過ぎる。
見るたびに思うけど、この人って本当に18歳?
あと、先輩と仲良さそうにしてるアメリカの先輩が凄い格好…。
今回のトーナメントでタッグを組んでるらしいけど、一体どんな機体なんだろう?
そして、あの眼鏡を掛けてる人が布仏さんのお姉さん…なんだよね?
「本当に今回のチエルは凄かったな。見ているこちらも圧倒されたほどだ」
「チエルが本気を出せたのはー…後ろで箒ちゃんがボーデヴィッヒさんを守ってくれてたからですよー。だから、こっちも安心して動けましたしー」
「そ…そうか? そうか…うん…そうか…」
…あれ?
僕の気のせいじゃなければ、篠ノ之さんって一夏の事が好きじゃなかったの?
少なくとも、僕にはそう見えてたけど…今は完全に風間さんの事を意識してない?
風間さんの隣に座ってる上に距離も近いし…二人はルームメイトでもあるんだっけ?
その上でタッグも組んで…なんか凄い勢いで急接近してるね…。
「矢張り、ここにいたか」
「ん? 織斑教諭か」
「織斑センセー。ちぃーっす」
「お疲れ様でーす」
ここでいきなり織斑先生の登場。
保健室でボーデヴィッヒさんの様子を見てくるって言ってたけど…戻って来たのか。
「ボーデヴィッヒさんはどんな感じでしたー?」
「特に外傷なども無かった。気を失っていたのは、単純に試合でお前に叩きのめされたのと疲労に寄るものらしい」
あれは本当に凄かったもんねー…。
文字通りの蹂躙劇だったし…。
「さっきまで目を覚ましていたが、今頃はまたゆっくりと眠っている事だろう」
「そーですかー…」
「ま、とりま無事でよかったんじゃね?」
「そうだな。これでトーナメントに専念できる」
優勝候補が言うと意味が違って聞こえるんだよなー…。
「風間。真宮寺。黒江。今回はお前達のお蔭で本当に助かった。他の教員やボーデヴィッヒの代わりに礼を言わせて貰う。ありがとう」
「どーいたしまして♡」
「我々は、なかよし部としての使命を全うしたに過ぎないよ」
「そーゆーこと。ま、礼は素直に受け取るけどサ」
風間さん以外は照れ隠し。
特にクロエ先輩の破壊力が凄い。
淡々と言っていながらも、顔が赤くなって明らかに照れてるのが分かる。
これは…可愛過ぎるよ…。
「今日はゆっくりと休んでくれ。明日からの試合も期待しているぞ。ではな」
それだけを言い残してから織斑先生は食堂から去って行った。
「ちっふーの礼とか…レアなもんを見た気がする」
「そうですか? ちゃんと言うべき時は言いますよ?」
「マジで? 知らなかったわー…」
織斑先生…周りからはどう思われてるんだ…?
ともかく、こうしてVTシステムを巡る一件は幕を閉じて、本格的に学年別トーナメントが進んで行くのでした。
余談だけど、僕と一夏のコンビもなんとか一回戦を突破できた。
頑張れば、決勝戦で風間さん達と対決する…かも?
なかよし部で誰が好き?
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可愛いクロエちゃん!
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賢いユニちゃん!
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楽しいチエルちゃん!
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皆大好き!