異世界転生、或いは異世界転移。
今では当たり前のように語られる現象。かつては絵物語だと信じる者のいなかったそれは、人生に疲弊した人々が抱く希望の星となっていた。
所詮は物語の設定に過ぎないと理解していながらも、希望の明日を持たない人々にとって、それは救いだった。
最も、そういったものが科学的根拠を持って証明された訳ではない。
しかし漠然とした憧れを持って、人々の心の隙間に鎮座していた。
一介の学徒でしかないワタシも、そんな憧れを抱いていた、これまでは。
そんな話を目の前の存在から持ち掛けられた。
気付けばころりと死に絶えた。そんなワタシの魂を拾い上げたそれは、 管理者と名乗った。そうして、
自分が管理するもうひとつの世界に送るから。え? 理由? 文明促進と、人口増加と、あとは暇つぶしかな? まぁ、どうでもいいだろう? 俺TUEEEEとかハーレムとか何してもいいから。色んな種族とか選べるし、まぁ多少肉体も弄ってあげるよ。
あ、心配しなくても、ほら、噂のチートって奴上げるからさ。
なんて言う神へのイメージに対しての好感度が下がりつつも、その言葉には歓喜した。何せ念願の異世界転移に、チートも貰えるのだ。思わずどんな素晴らしいチートが貰えるのか尋ねたが、どれ程問い詰めても行ってからのお楽しみとぼかされた。まぁ、仕方ない。それ程誤魔化すからには、さぞ素晴らしいチートなのだろう。
転移する異世界の説明は、まぁいわゆる中世ナーロッパ風異世界との事。
文明が低く、社会保障も何も無い世界と言うのは少し不安だった。
しかしチートの存在もあり、身体能力もそれ相応に上げてくれると言うので、大丈夫だろうと高を括る。
じゃあ、
「行ってらっしゃーい」
そうして異世界へと放り込まれたワタシは、私になった。
そんなこんなで、大体400年がたった。
時を飛ばした訳ではなく、気付けばそのくらいの年月がすぎていた。
これ程の年月を生きると、前世の世界は幻だったのではとさえ感じる。記憶はまだ、ある。ただしそれが、本当にあったことなのかどうかさえ曖昧に感じる。長生きするのも考え物だな。なんて益なしな考えが浮かぶ。
ちなみに、ワタシ、私の種族は人間である。そして、この世界の人間の寿命は大体80年。
あぁ、辛い。
なぜ、私がこんなにも長い時を生きているのか。答えは簡単、管理者から貰ったチートのせいだ。
貰ったチートは、「残機無限」。その名の通り、例え死んでも無限に蘇る。
まぁ蘇ると言うより、世界の何処かで再生成されるといった方がいい。
それが問題だった。チートが発動するのは、私が死んだ時。
まぁ、人生が1度限りじゃないのは助かった。だが、それも限度がある。
人間として生まれた時、私は普通に死にたかった。やたらに長い人生は、むしろ苦痛になると前世で散々目にしていたからだ。
まぁそれなりに良い人生を過して、ああ、ようやく逝けると、そう考えて、スゥーと意識が薄れていき……。
気付けば、
この世界に降り立った時と同じ姿と年齢で、
見知らぬ場所に居た。
よく見れば見覚えがあった。
転生した時にいた森の中。
いや正確には、この世界に降り立った時と同じ場所に、その時と同じ姿で、倒れていた。
過去をなぞるように。しかし過去に戻った訳ではなく、死ぬ前までに持っていたある程度の持ち物はあった。そしてあの時とは時間も違う。
新しい肉体が再生成されたようで。
どうもこのチート、残機無限は、私の「死」をきっかけに発動するようだった。
それから色々と方法を試した。自害、相手に殺される、溺死、焼死、服毒死、転落死、その他諸々……また月日が巡り、老衰で死んだ。
そしてまた、この世界に再生成されたのだった。
死んだのに死ねなかった。
残機無限。
私に死がある限り、どんな死に方も、このチートは、選ばせない。
コンティニューありの人生は、
もう一度がある人生は、
なんて素晴らしいのか。
死んでも良い人生。
私だって、1度志半ばで死んだ人間だ。もう一度があれば。
そう願ったことが何度もあった。
しかしそれは、1度限りの人生だからだ。
もし、それが永遠に与えられて、
なおかつ、
「もう一度」が、
永遠に繰り返されるのならば?
神の祝福として与えられたチートは、
なんて、
――おぞましい呪いだと、乾いた笑い声を上げる。
そうして本当の意味で、この世界に、このチートに、絶望した。
私は、本当の意味で死なないのだと、理解した。
死ねない。
私は、世界に、チートというシステムに死を拒まれたのだ。
楽しかったはずの異世界での人生が、ここで色を失った。
与えられた祝福は、私を縛る呪いとなって。