空間震が起きたからと言って、パニックに陥る生徒たちは居ない。「空間震に強い町」とはなにも設備の話だけでは無く、住んでいる人々の心構えも含まれているのだ。
…もっとも、「生徒は」だが。
「お、落ち着いてくださーい‼️おさない・かけない・しゃれこうべーっ‼️」
シェルターへ避難している最中に聞こえてくる担任の岡峰珠恵の慌てた声と言動に、ちらほらと笑い声が聞こえてくる。
おさない・かけないは分かるが、髑髏は流石にないだろう。まぁ、もしも逃げ遅れたらそうなるぞ、という警告なら全くもって笑えないのだが。
しかし士道にはそんなことよりも気がかりな事があった。
(鳶一のやつ、本当に大丈夫なのか…?)
先程避難を始めた時に、何故か鳶一が逆方向へと行ってしまったのだ。当然引き止めようとしたのだが、「大丈夫」の一言で押し切られてしまった。なんで出ていったのか、なにが大丈夫なのかさっぱり分からないが、あそこまで頑なに大丈夫だと言っていたのだ、きっと何かしらがあると信じよう。そう思い一旦このことについては考えるのをやめた。
ふと時計を見ると、時刻は丁度昼飯どきに差し掛かっていた。バタバタしてて忘れかけてたが、そういえば琴里も今日は帰りが早かったよな、と思い出す。
『絶対だぞ‼️絶対約束だぞ‼️』
…朝食時に、した約束と共に。
いやまさか、ありえない、さすがに避難しているだろう。そう理性が訴えるが、どうにも嫌な予感がする。
カバンの中に入れてたファイズフォンを取り出し電話をかけるが、繋がらない。そんなはずは無い、自分の思いすぎだ、そう自分に思い込ませながらスマホと比べると少々面倒な手順でGPSアプリを呼び出す。
そこに表示された場所は…士道が望んでいたシェルターの中ではなく…
「あんの、馬鹿…ッ」
ファミレスの前だった。
士道は先程の鳶一と同様にシェルターの反対方向に駆ける。殿町の制止の言葉が聞こえるが、適当に返して駐車場に向かう。
ヘルメットを被る時間さえもどかしく思いながらオートバジンに乗り込み、ファミレスへと向かう。
「なんで馬鹿正直に残ってやがんだよ…っ‼️」
法定速度はもう優に超えているが、どうしても頭の中から焦燥感と嫌な予想が消えない。
まだか、まだ着かないのかと焦りながらアクセルを回していると、ゾクっと背中に悪寒が走る。
慌てて止まろうとするが、急にブレーキをかけてもすぐには止まれず、まばゆい光や爆音と共に発生した衝撃波によって横転しながら吹っ飛ばされる。
「な、なにが起こったん、だ…」
起き上がった士道の前には、何も無かった。
いや、何も
つい先程まであった見慣れた街並みが、一瞬で無に帰した。
もしやと思いファイズフォンのマップを見ると、丁度士道のいるところから前方が空間震の予測被害地域だった。
「これが…空間震、なのか…」
初めて見たその現象に唖然としながら壊れた街並みを見ていると、その真ん中になにやら不可解なものがあった。それは普段の街中にあるはずがなく、ましてやこんな災害の中にある事はありえないものだった。
それは…玉座。下界に王が降り立ったことを示すかのような、堂々たる玉座が瓦礫の山に鎮座していた。
だが、士道が最も目を奪われたのはそこでは無い。
玉座に降臨している王の方だ。
その王…少女は、夜色の長髪にアメジストのような美しい紫色の瞳を持ち、ドレスとも鎧ともとれるものに身を包んでいた。
少女は気怠げな瞳でこちらを一瞥すると、玉座から巨大な剣を取り出し、
「うわぁっ‼️」
一閃。
オートバジンと、咄嗟に屈んだ士道以外の全てのものを同じ高さに切りそろえた。
理解できない状態に直面し、士道の頭を恐怖が支配する。早く逃げねば、だがどうやって、そもそも彼女はなんだ、琴里は無事なのか…様々な考えが頭をよぎっては消え、思うように体が動かない。
その時。
「─お前も…か」
先程まで近くには誰もいなかったはずなのに、頭上から声が聞こえる。恐る恐る顔を上げると、そこには玉座に座っていたあの少女が居た。
「─君、は…」
その暴力的なまでの美貌に、胸中に抱いていた死への恐怖さえ消え、ただ呆然と尋ねる。
「名、か─そんなものは、無い」
彼女はどこか物悲しそうな声で…今にも泣き出しそうな顔で応えると、カチャリと音を鳴らし、剣を構える。
「ちょっ…、待った待った‼️何しようとしてるんだよ⁉️」
「何って…早めに殺しておこうと」
士道の慌てながらの質問に、少女はさも当然とばかりに答える。
「な、なんでだよ…っ」
「─だってお前も、私を殺しに来たんだろう?」
予想だにしない返しに、ぽかんと口を開けてしまう。
「そんなわけ、ないだろ…憎んでもいない人を傷つけるなんて…殺すなんて、出来るわけないだろ‼️」
「─何?」
士道の言葉を聞いて少女の表情に現れたのは驚きか猜疑か、はたまた困惑か…だが、その表情はすぐに消え、気怠げな顔をして空を見上げる。
「んな…ッ⁉️」
そこには、奇妙な格好で空を飛ぶ数名の人間がいた。
「お、俺が知らないだけで最近は本当に変身できるアイテムが流行ってるのか?」
極度の混乱からか、自分の持つアイテムを思い浮かべ、どこかずれた感想が飛び出す。しかしそれも、飛んできた大量のミサイルによって悲鳴に変わる。
しかし、そのミサイルの爆風が士道達を襲うことは無かった。まるで見えぬ手に掴まれてるが如くぴたりとも動かなくなったのだ。
「…こんなものは無駄と、何故学習しない」
少女が手をかざすと、空中で止まっていたミサイルが粉微塵になる。
「…消えろ、消えろ。一切、合切…消えてしまえ…っ!」
無造作に振られた剣先から凄まじい衝撃波を伴って斬撃が飛んでいく。飛んでいた人間も無事に避けられたようだが、それに安堵する暇もなく、別方向から光線が放たれる。
その光線も少女の手で花火のように光の塵と化し、その跡地に人影が降り立つ。
煙が晴れ、見えてきた人物に士道は驚きで身体を硬直させる。
「鳶一─折紙…?」
そこには
思わず漏れた名前に反応するかのように折紙もこちらを一瞥し、「五河士道…?」と名を呼び返す。
しかしそうして士道の方を向いたのも一瞬の出来事で、すぐさま少女の方へと視線を戻す。
そしてどこからか光で構成された剣を持ち出すと、
「─はあっ!」
「─ふん」
少女と激しく切り結ぶ。かたやどこか悲しそうに。かたや純然たる殺意を剣に乗せながら。
士道はなんでこの2人が殺しあっているのか、そもそも少女が何者か、折紙はなぜシェルターに向かわずにここで剣を握っているのかなんて、皆目検討もつかない。
ただ1つだけ確かなことがあるとするならば、『悲しい』と、ただそう思った。
少女とはここで初めて会って、まだ名前すら知らないが、あの世界全てに絶望しているような顔をしているのが、悲しくて仕方なかった。
折紙にしたってそうだ。彼女と初めて出会ったらしい時のことは覚えていないが、午前中の半日だけの付き合いでも、彼女が良い人なのは分かる。そんな表情がお世辞にも豊かとは言えない彼女が一目見ただけで分かるほどの殺意を纏っているのが、どうしようもなく悲しい。
2人が互いに互いの命を奪おうと剣を振る現状が、ただただ『悲しい』のだ。
…止めたい。この悲しい戦いを。自分に何か出来ることは無いのか、何か─
「─あった」
ふと、頭にある考えがよぎる。
それはあまりにも危険で、策とも言えない程幼稚なもの。でも、今の士道に思いつく限り唯一の手段でもあった。
「何が何だか分からないけど、これくらいなら、出来る!」
士道はまず倒れたオートバジンに近づくと、懐からファイズフォンを取り出す。そして背面のパーツ…『ミッションメモリー』を抜き取ると、ハンドル部分に挿入する。
「Ready」
無機質な音声が鳴ると共に、ハンドルがするりと抜け、赤光の刀身が現れる。
続けざまにファイズフォンを開き、手早くテンキーを押し込む。1、0、3、ENTER
「Single mode」
携帯の上半分を傾けることによって、携帯はアンテナを銃口とする銃へと変わる。
こうして士道の手元には2つの武器…ファイズエッジとフォンブラスターが現れる。それらをなにか決心するように握りしめると…2人の少女が殺し合いをしているそのど真ん中に、躊躇無く突っ込んだ。
そしてそのまま、剣先を少女に、銃口を折紙に向けて突きつけた。
「…なんのつもりだ」
そう問うのは、少女の方だ。
「戦いを止めるため」
士道は両方から自分越しに相手に向けられている殺気で震えそうになる腕をなんとか抑えながら、そう返す。
「なぜ。貴方には関係ない事のはず」
そう聞くのは折紙だ。
「2人を見てて…心が苦しくなったから─だってそうだろ‼️2人とも、どこか悲しい顔しながら、ただひたすらに相手を殺そう、殺そうってしてて…そんなもん、見てらんないだろうが‼️」
士道の身を包んでいた恐怖が、言葉を紡いで行く内に、激情へと変わる。
それに気圧されたのか、なにか考えさせられることがあったのか…空間を静寂が支配する。
「…なんで2人は殺しあってるんだよ」
今度は、士道が問うた。
「理由など無い」
少女は気怠げに、
「それが私の使命だから」
折紙は淡々とそう答える。
「ど、どうしてだよ…っ‼️」
士道は呆然となりながら聞く。
「そうしなければ死ぬからだ」
と少女は言い、
「コイツらはこの世に存在してはならない生物だから」
と折紙は断言する。
「どうしても、戦うのかよ…なんとか、止められないのかよ」
士道のどこか縋るような声は
「「無理(だ)」」
…鎧袖一触された。2人は同じ回答をした事が気に食わなかったのか鼻をフンと鳴らし、再び斬り合いを始める。
「なんでだよっ…」
士道の嘆きは争いの騒音で掻き消され、士道の意識もまた、土煙の中に消えた。
「─士道君の意識の喪失が確認されました」
「そう、なら巻き込まれる前にちゃっちゃと回収しちゃって」
「はっ」
「…まったく、精霊の近くに居ること自体想定外なのに、ASTとの間に割り込むなんて…バカもここまでくるといっそ感心するわね」
黒いリボンを付けた少女はそう悪態を吐くが、表情は言葉にそぐわずにほっとしたものを浮かべていた。
「そんなこと言って司令、お兄さんが無事で安心してますよね」
「うっさいわよ神無月‼️」
司令と呼ばれた少女は指摘された事に対する照れ隠しのように、金髪の男性のスネを思いっきり蹴る。
「アリガトウゴザイマスッ!!」と男は嬌声を挙げるが、クルー全員もう慣れた事なのか、眉のひとつも動かさない。
「…彼を回収すると言うことは、そろそろ作戦を始めるのかい?」
「えぇ、もう見ているだけというのにも飽きてきたことだしね。令音、秘密兵器が起きたらこっちに案内する役、任せても良いかしら?」
「…ああ、了解したよ」
眠たげな眼をした女性が医務室へ向かうのを確認すると、少女は棒付きキャンディの梱包を剥がしながら画面に映る士道を見る。
「─歓迎するわ。ようこそ、
そう言って
…悪いわねラタトスク。あんた達のやる事に、少しばかり便乗させてもらうわよ。
精霊と五河士道が接触したことを報告されたスマートブレイン社長、櫻田加奈は、非常に上機嫌だった。
なにせラタトスクの計画が順調に進めば進むほど、彼女とその友人の悲願が叶うのだから。
「須藤君をいつでも動かせる状態にしておいて。ヤツらが目的を達した時、こちらの計画も始まるのだから」
「はっ、全てはオルフェノクのために」
「えぇ、全てはオルフェノクのために…」
…そして、全ては真士にぃのために。
「精々踊ってちょうだいな、〈ラタトスク〉」
櫻田加奈は、より一層その笑みを深めた。
Open Your Eyes For The Next Outside
─やっと、やっと会えたね、シン。
「精霊を倒すのが、ASTの仕事」
「…本当に琴里、だよな?無事だったのか⁉️」
第4話/真相
「精霊に─恋をさせるの」