…やっぱり、休みだよな
士道は目の前にある見るも無残な姿になった学び舎を見て、はぁとため息をこぼす。流石のASTも、昨日壊れたばかりの校舎を再建するのは不可能だったのだろう。はたまた、世に
仕方ない、スーパーで軽く買い物でもして帰るかとフラフラ歩いていると、初めて十香と出会ったあの場所に辿り着く。
…この光景を見ると、精霊…十香が、どうしてASTに危険視されているのか分かる、分かってしまう。
だが、士道は彼女がただのモンスターでは無い事を知っている。
「…ドー」
彼女が周りから見てどんな風に思われているのかも知っているし、それが間違いでは無いとも思う。
それでも、あの全てに絶望している彼女に、手を差し伸べたいと思うのだ。
「…い、…ドー」
そういう意味では、フラクシナスと出会えたのは幸運と言えるだろう。士道1人では、どうするべきか分からずに迷走してしまっていただろう。
それがどれだけ受け入れられない─主に士道の恋愛遍歴的に─ものだとしても、助けるための道を示し、手伝ってくれるのには感謝をしてもし足りない。
「おい、シドー」
だが、流石にあの指示はどうにかならないものだろうか。恋愛経験0の士道にも、明らかに違うと分かるものをお出しされても対処に困る…
「…無視をするなっ!」
「…え?」
こちらに呼びかけられている事に気付いて顔を上げると、そこにはつい先程まで考えていた彼女の姿が…
「と、十香⁉️」
「ようやく気づいたか、ばーかばーか」
士道は慌てて辺りを見回すが、空間震警報も鳴っていないし、人々が避難する様子も見られない。
「お前、なんでここに⁉️」
なんでここに居るのか、なんで空間震が起きていないのか、なんで自分に声を掛けたのか…様々な意味が込められた士道の「なんで」に、十香は首を傾げながら、
「お前が誘ったのだろう。デェトとやらに」
と、心底不思議そうに答えた。
それから色々あって─具体的には、十香がデェトデェトと連呼したせいで士道がおばちゃんから生暖かい視線を送られたり、衣服の調達の為に一般通過女子高生が襲われかけたりした─士道は来禅高校の女子制服姿になった十香と共に、路地裏をぶらついていた。
「そういえば昨日消えた後、確か…隣界ってところに戻ったんだよな?そこってどんな場所なんだ?」
十香は少し考えてから、「よくわからん」と答えた。
「あちらに移った瞬間、私は眠ってしまうからな、暗い空間をふわふわ浮いている感覚がある程度だ」
「んじゃあ、目覚めたらこの世界に来るってことか?」
その士道の問いに、十香は首を横に振る。
「いつもは不定期にこちらに引き寄せられ、固定される…まぁ、強制的に叩き起されるようなものだ」
─なんだ、それは
十香の言葉に、士道は絶句した。
隣界からこちらに来るのは自分の意思では無く、そもそも隣界に行くと強制的に眠らされる?
それではまるで…
自分が起きたくもないのに叩き起され、行きたくもないのにこちらに送られ、そのせいで勝手に災禍が巻き起こり、それが原因で望まぬ戦いを強いられ、何も分からぬままに隣界に送られ眠らされる。
空間震は精霊が起こす災厄などでは無い。世界同士が、
…そんなものの所為で、町がめちゃくちゃになるだと?
……そんなものの所為で、鳶一は両親を失っただと?
………そんなものの所為で、十香は全てに絶望しきっているだと?
─ふざけるな
十香の存在が邪魔だと世界が言うのなら、俺はそれを否定しつくしてやる。…そして、その何倍も十香を肯定してやる。
それが、十香も鳶一も救う、そんなハッピーエンドを目指す士道が現状出来る唯一の行動なのだから。
ふぅ、と軽く息を吐き、覚悟を決める。
「
そう言って士道は暗い路地裏から、騒がしい街中の雑踏へと踏み出した。
それからまたしばらくして、2人はパン屋を求めて街中をぶらついていた…十香は心底楽しそうに、士道はげっそりとしながら。
事の初めは数分前、焼きたてのパンの香りに興味津々の十香を見て、士道がとりあえず軽食でもとパン屋に立ち寄ったら事だ。
とりあえず新メニューだというきな粉パンを頼んでみたらさぁ大変、きな粉パンに感動した十香が無限におかわりを始めたのだ。
最初は士道も「この世界を少しでも好きになってくれて良かった」と微笑ましく見ていたのだが、10個を超え始めた辺りでもしや自分の諭吉を飛ばして余りある量を食するつもりかと焦り始めた。
よくよく考えてみたら十香はまともにこちらの世界に居たことが無い…即ち、食事をする行為そのものが無いに等しいのだとしたら、これも致し方ないと言えるだろう。
おかわり、おかわり、も一つおかわり…と、ここで店側のきな粉の在庫が切れ─テスト的な意味合いの強い新製品だったので、きなこの仕入れ量が多くなかったのだ─たので、会計を済ませてまた別のきなこパンを探し歩いているのだ。
と、そこでなにやら騒がしい音が聞こえてくる。なんだなんだとそっちを見ると、そこには黒い特攻服を纏い、改造したバイクで隊列を組む暴走族の1団が赤信号で停止している。パラリラパラリラと言う音も相まってなんとも古風だと苦笑する。よくよく見たらパラリラパラリラと鳴っているのはスマホの音声を小型スピーカーで爆上げしたものだし、改造も見た目はそれっぽいが車検で通るラインギリギリ、青信号になると法定速度で走りだす。なんとも法律遵守な暴走族だ。
そんなことを考えていると、十香が暴走族のバイクをじっ、と見つめている事に気付く。
「どうかしたのか?」
「いや、あれは昨日私を襲ったメカメカ団もどきに似ているなと思っただけだ…まさか、あの者たちが私を仕留めるための精鋭か⁉️」
「違うから‼️…多分」
十香の頓珍漢な指摘に士道は思わずツッコむが、少し間を置いて「いや、オートバジンも昨日まで武器が搭載されただけのバイクだと思ってたし、あれもなにかある可能性は捨てきれない…」と思ってしまい、言葉尻が弱くなる。尤も、武器が搭載されているのを〈だけ〉で済ませる辺り、士道の常識もだいぶ毒されているが。
そんな士道を見て十香は訝しんだが、「そうなのか」と一旦飲み込んだ。その後食い入るように士道を見て、尋ねる。
「そういえば昨日のメカメカ団もどき…オゥトバジン?とやらはどうしたのだ?」
「…まぁ、色々あってな」
士道はそう答えて遠くを眺める。そう、士道は今オートバジンを持ってきていない…どころか、携帯さえも持っていないのだ。
なぜ、こんなことになったのかというと…
イヨーッ!(空耳)
それは昨日、十香とデートの約束をこぎつけ、フラクシナスに戻った頃に遡る。
「初めての実戦、ご苦労さま。デートの約束も出来たし、士道にしては上々かしら」
珍しく…ここ1週間では本当に珍しく士道を褒めた琴里は、「…で、」と言葉を紡ぐと、顔を顰めて、士道に問う。
「あれについて色々と納得のいく説明をしてくれるんでしょうね?」
「あれって?」
急な問いに首を傾げる士道に、琴里はなにかが爆発したように吠える
「とぼけないでちょうだい‼️あのバイクの事よ!さっきは問題無かったけれど、見慣れたバイクが急に人型になって行動し始めたのよ⁉️そんな顕現装置クラスの装置が、ただの中学生の元に届けられるはずが無いでしょう!一体どういう経緯で手に入れたの⁉️」
琴里はそう言いながら、内心様々な不安が渦巻く。もしもあのバイクが
そんな嫌な妄想が堂々巡りする琴里に、士道は気まずそうに
「…いやぁ、俺にも分からないんだよな、全くもって」
と答えた。
「…いやいやいや、流石に嘘でしょう?アホの士道とは言え、まさか出処不明で超技術満載のバイクを普段使いしていたなんてことあるわけ…」
「あるんだな、これが」
「バッッッッッッカじゃないの⁉️」
全くもって正論である。
「俺視点でもどうしたもんか分からなかったから流されるままに使ってたと言うか…てか、なんで最初に十香と会った時に聞かなかったんだ?」
そう士道が聞くと、琴里は不思議そうな顔で答える。
「十香って今会った『プリンセス』の事よね?あの時…
ん?と、ここで士道は違和感を覚えるオートバジンを初めとしたスマートブレインからの贈り物はどれもこれもとんでもない物ばかりだ。それを世界最高峰の観測機とこの場に居る全員が太鼓判を押すほどの
「…令音さん、あの時の映像って見れたりしませんか?」
「…ふむ、良いだろう。少し待っていてくれたまえ」
士道の物言いから何かただならぬものを感じとったのか、令音は約1週間前のあの日…4月10日の映像が流れる…それを見た士道が、1つ不可解な点に気付く。
─なんで、ファイズエッジが映ってないんだ…?
士道のバイク…オートバジンの機能の1つにして武装の1つ、ファイズエッジはハンドルにミッションメモリーを挿入する事で使用可能で、特徴としてその刀身が真っ赤な光で構成されている。
しかし映像のどの場面を見ても、その光が映っていない…士道が十香と鳶一折紙の前に割り込んだ時でさえ、だ。
「令音さん、俺の手元のあたり…あ、ちょうどここら辺を解析してもらう事って出来ますか?」
「…前に調べた時は特に何も無かったが…ん?」
「どうしたの、令音?」
映像を解析する事数秒、令音が漏らした疑問符に、琴里が訊く。
「…無いんだ」
「無いって…なにがです?」
神無月の問いに、令音は神妙な面持ちで答える。
「…先程シンが指さした箇所、一見すると何も無いから最初は私も気付かなかったんだが…逆だ。
しかし、この箇所だけは違う。大気に大量の霊気は無く、一切の異常が無い…
その話を聞いていた貴虎はフムと頷き、
「確か、そのガラパゴスケータイにもあの光剣と同様の効果があるとの事だし、ここの
『了解!』
現状の把握と謎の現象解析の為に手早く行動に移す部下たちを見て琴里は満足気に頷くが、そういえば、と口から疑問がこぼれ落ちる。
「…ガラパゴスケータイって、何かしら」
その瞬間、ピタッと、手早く作業していたクルー一同が手を止める。
さして大きな声で発せられた訳でもない疑問が、大人になってしまった者たちの胸に突き刺さる。
「…知りませんか?ガラパゴスケータイ」
恐る恐る、神無月が確認するが…
「?知らないわよ、ガラパゴスケータイ」
琴里の無情な一言に、艦内が悲鳴に包まれる。
「うわーっ!今時ガラケーは絶滅危惧種なの忘れてたー!」
「発売されたの20年前くらいだもんな!JCが正式名称知る機会なんて無いよな!」
「…え、ちょっと待って。じゃあ私がマサルくんとのプリクラを電池パックに貼ってニヤニヤしてたのって一体なん、ねん、まえ…イヤァァァ‼️」
阿鼻叫喚になる艦内で、神無月と貴虎は「「これが、ジェネレーションギャップ…!」」と声を合わせて蹲り、令音は「…そうか。…そうか…」とこめかみを押さえ、世代ではない筈の士道も何故か心臓の辺りがキュッと痛くなった。
結果として唯一無傷だった琴里は、「え、私なにか言っちゃいけない事言った⁉️」と黒リボンを身につけている時にしては珍しく、非常に狼狽するのだった。
その後の検査でファイズギアについて分かったことが…
─まさかの対精霊・対顕現装置特攻武器だもんなぁ…
ファイズギアに含まれる赤色の光子…仮称・フォトンブラッドには、霊力や随意領域を構成する物質の影響を受けないという特性があったのだ。霧散しにくく、非常に高い熱エネルギーがある事も判明し、フラクシナスのスタッフ全員が卒倒した。
一先ず艦内でより詳しく調べる事となり、現在士道はファイズギア全てを持っていないのである。
士道の答えに十香はそうか、と頷くと、
「ところで、今どこに向かっているのだ❓」
と首を傾げた。
「俺のオススメの店だよ」
と答え、目の前の店のドアを開ける。店名は…『カフェ・マル・ダムール』
アイドルソングの流れる店内に入るとマスターが十香の方を見て、
「いらっしゃ~…あら、士道ちゃんの彼女さん?」
と聞いてきたので違いますよと返し、テーブル席に座る。
十香がメニューにきなこパンを見つけて目を輝かせているのを少し見た後、カウンター席に座る友人に声をかける。
「よ、渡」
すると友人…紅渡もまた、挨拶を返すのだった。
「こんにちは、士道くん」
Open Your Eyes For The Next Outside
「うん…プレゼント、どうしようかなって」
「…なまらびっくり」
「─観測機をを一つ、回して」
第9話/役者はここに出揃った