「りーちゃん?」
――違う。
りーちゃんなわけがない。
あんな、ボロボロなわけない。
――間違えるはずがない。
あの髪、あの姿。
私が間違えるはずがない。
――違うよね?
気のせいだ。
きっと、違う人。
捜せばりーちゃんはいる。
きっと生きてる。
――りーちゃんだ。
なのはさんも倒れてた。
ここにりーちゃんがいなきゃおかしい。
...いるじゃないか、目の前に。
「ち、違う...ちがうちがう...。」
よろよろとした足取りで真がリーゼ『だったもの』に近づく。
そんなはずない、死んだりなんかしない。
何かの間違いだ。
そうであってくれ。
真の激情がクラレントにも流れ込んでくる。
真はそのまま、震える手でリーゼに触れる。
冷たい。
昨日まであった温もりは既になく。
美しかった肌は傷つき。
目から光が消え失せていた。
『...リーゼだ。』
「...」
クラレントが呟く。
真は崩れ落ち、ただリーゼだったものを見つめる。
『貴女を、まーちゃんを巻き込みたくない...!』
『私の幸せは私が取り戻します。だから、もし危なくなったら。その時は必ず、助けて下さいね...♪』
『...まどうしになっても、わたしをまもってくれますか?』
『いやです...まーちゃん、ひとりにしないで...!』
真の脳裏に響く思い出。
その声は確かに『これ』から、彼女から聞こえていたはずなのに。
守れなかった。
「ぁ...う...ああぁぁぁぁぁっ...!!!!!」
理解した途端。涙が溢れ、止めようのない慟哭が響き渡る。
「守る、って...!やく、そく...!私、が...っ!」
止まらない後悔と悲しみ。
そして。
『小娘が。スカーレットはしくじったか。使えん女だ、賊と同じく儂自ら始末してやろう。』
石動の言葉が真の耳に届く。
身体中に漲る『怒り』。
こいつだったか。
そういえばそうだ。
リーゼを放り投げたのもこのデカブツだった。
そうか。
こいつがリーゼを殺したのか。
何故殺したのか。
邪魔だったからか。
なるほど。
そんな簡単に人を、リーゼを殺せるのか。こいつは。
まあ、理由なんてどうでもいいが。
憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
リーゼが死んだ。
なのに何故笑っている。
何がおかしい。
何故こいつは今も生きているのだろうか。
何故生きていられるのだろうか。
イキルヒツヨウ、ナイノニ。
殺してやる。
潰す。壊す。ぐちゃぐちゃにして殺す。
死にたくなるくらい惨めに殺してやる。
あの時とは違う。
私は私自身の意思で。
この衝動に飲まれてでも、こいつを。
「コロシテヤル...ッ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――
□フェイトside□
真とクラレントの探知は可能だった。
事情を聞いた時に、クラレントの魔力反応を追えるように登録しておいた。
そのおかげでそう時間をかけずに、現場に追いつくことができた。
しかし間に合ったと思った瞬間、自分の考えが甘かったことに気づく。
ここは工事現場のはずだが、建築途中の建物は最早瓦礫の山と化し、先程私が破壊したドローンと似たような機械の残骸が散らばっている。
そして巨大なドローンが空を飛び、実弾兵器を飛び散らせている。
明らかに戦場だ。
ただ、ドローンが戦っている相手が何なのかが分からない。
何か黒い、影の塊のような。
強い魔力を感じる。
その黒い影はまるで獣のように四つん這いで戦場を駆け、弾丸の雨を避ける。
そのままドローンに飛びつき、乱暴にその腕を叩きつける。
金属がひしゃげる音に、肉が潰れるような嫌な音が重なる。
自らの体が傷つくのも構わず、影は何度も何度も拳をドローンに叩きつける。
「酷い...。」
影の凄惨な戦い様に目を背けたくなる。
堪らず少し目を逸らすと、そこには見知った親友が体を横たえているのが見えた。
「なのは!?」
「フェイト、ちゃん...。」
慌てて駆け寄る。
...うん、怪我はしてるけど重傷じゃない。
親友の無事に安心する私。
でもなのはは酷く憔悴した顔だ。
「リーゼ...リーゼが...。私、守れなかったの...!」
「!?」
なのはが示す方向には、既に事切れたリーゼの姿が。
...私があの時止められていれば。
胸の中が後悔で一杯になる。
この感覚は初めてじゃない。
だけど、一生慣れる気がしない。
また失ってしまった。
力があっても、私は全てを救えない。
...憧れと言ってくれたあの子と、なのはの大切も守れない。
「ごめん、なさい...。」
辛い気持ちを抑え、状況を確認する。
なのはとリーゼは確認出来た。
真はどこだ。
彼女の反応を追ったのだから、当然ここにいるはずだ。
『反応はここで間違いありません。平常時の何倍にも魔力が膨れ上がっています。』
バルディッシュが教えてくれる。
やはり。
あの影は、真なのか。
「...止めなくちゃ。」
ロストロギアの暴走。
ジュエルシードやナハトヴァールに感じたものを、あの影からも感じる。
きっと真の激情に反応してクラレントが暴走しているんだ。
止めなければならない。
恐らく相手は石動中将。
彼は彼で、捕らえなければいけないのは確かだ。
元々の所業に加え、リーゼを殺害した。
裁きは与えられるべきだ。
しかし、真にやらせるわけにはいかない。
真に、人を殺させるわけにはいかない。
石動は法が裁く。
私は執務官だ。
真が憧れる執務官として、彼女の夢を汚さない為にも。
あんな戦い、させちゃいけないんだ。
「待って、フェイトちゃん...。」
立ち上がる私をなのはが引き止める。
なのはもまた、悲しみを堪えて今すべきことを考えているようだった。
「あのドローン...ガーディアンにはAMFが搭載されてる。けど、問題はそれじゃない。石動中将は私的にロストロギアを所持していたの。その効果は、機械の操作制御。デバイスすら制御、使用不能にする魔導師殺し...。」
「!魔導師、殺し...?」
なのはが胸元のレイジングハートを見せる。
反応がなく、輝きを失っているように見える。
「私もリーゼも、レイジングハートたちを止められたの...。今フェイトちゃんがあそこに飛び込めば、バルディッシュを止められた上に真ちゃんと石動中将の攻撃を無防備で受けることになるかもしれない。」
「っ...。でもこのままにしておくわけには!」
無駄死にになる可能性がある。
それが分かっているならば行かない方がいいのは分かる。
だけどこのままにはしておけない。
大体、機械の機能停止が可能なら何故。
『何故だ!何故止まらぬ!貴様ぁ!獣無勢が!』
「あaaァaAaaぁaaァaアーーーッッ!!!」
変わらず真はガーディアンを攻撃、翻弄し続けている。
「石動中将のロストロギア。あれはたぶん、『理解できる』機械しか制御出来ないんじゃないかな?魔導師デバイスの仕組みなら、中将なら理解していてもおかしくない。
ただ、フェイトちゃんが言ってたでしょ?
真ちゃんはロストロギアを所持してるって。」
「そうか...。ロストロギアは『失われた技術』を指す言葉。失われた技術を理解するなんて、普通の人間に出来るわけがない。」
真は石動中将に対抗できる。
良い情報に聞こえるが、それは真が『人』として戦っていた場合の話だ。
今の『獣』と化した真では石動を殺してしまう可能性が高い。
...やはり、自分が行くしかない。
真を気絶させた上で一度退避し、ロストロギアへの対策を練る。
それを狙うしかない。
危険だが、それしか方法はない。
覚悟を決め顔を上げたその時。
目の前に車が迫っていた。
「へ!?」
なのはを抱き抱え飛び上がる。
危なかった。
一瞬遅れれば轢かれていたところだった。
...何故こんな場所に一般車両が?
不思議に思う間もなく、車は蛇行して派手に回転したのち瓦礫に激突。
漸く停止した。
「運転手さん、大丈夫かな...?」
なのはの心配を余所に車の中から人が出てくる。
白衣の女性だ。
ふらふらしているが、大丈夫だろうか。
女性は辺りを見回した後こちらに気づいた様だ。
「げっ!管理局の最凶コンビじゃない。終わった後の逃げ方も考えとかないとまずいかもしれないわね...。」
何やら、警戒されているようだ。
...じゃなくて。
「こ、ここは危険です!一般の方は早く避難を!」
「一般の人?私が?...ふふん。教えてあげましょう。私こそ、天才の中の天才。天才を越えた超天才!リーナ・バレンシュタイン博士とは私のことよ!」
「バレンシュタイン、博士...。」
確かあの研究所の?
博士が何で現場に...。
博士は名乗りを上げ満足したのか、車のトランクから何やら取り出している。
「お、重っ...!レディの腰に、これは...!」
あれは...大きめのキャリーバッグ?
重そうに引き摺りながらこちらに近づいてくる。
「何をしているんですか!?早く逃げて下さい!」
「そうはいかない、でしょ!リーゼ、ちゃん。このまま、じゃ!死んだ、ままだし!重っ...。」
「死んだままって...。」
「何をするつもりなんですか...?」
まるで『生き返らせる』ことが出来るみたいな言い方...。
「本当は取っておきたいとっておき、なんだけどね。真ちゃんが可哀想だし、レンレンも元気無くしちゃうだろうし。それに。」
リーゼの元に博士が辿り着く。
重そうなキャリーバッグを開き、中身を取り出した。
「この子の作ったプリン、絶品なんだもの。あれを食べられないのは、著しい損害だと思わない?♪」
白銀に輝く、美しい弓。
博士の取り出したそれは何かを感じ取るように光を放つ。
「絶弓、フェイルノート。何者をも捉え射抜く、絶対必中の弓。選ばれるかは貴女次第よ、リーゼちゃん。」
弓は光を放ちながら驚くべきことに、その姿を変化させていく。
「え...?」
「うそ...。」
そうして弓は『少女』の姿となってしまった。
ピンクブロンドの髪に、気の強そうな瞳。
見た目の年齢的にはヴィヴィオたちより年上くらいだろうか。
私もなのはも弓がそのまま人になる光景は初めてで、驚きを隠せていない。
少女は周囲を見回し真とガーディアンの戦闘を少し長く眺めた後、リーゼを見下ろして呟いた。
「理解したわ。貴女が、私のマスターね。」
―――――――――――――――――――――――――――――
□真side□
暗い。
どこまでも黒く、暗い空間をひたすら落ちていく。
私はりーちゃんを失った悲しみと自分への怒り、そして石動中将への憎しみに飲み込まれた。
現実の私がどうなっているかは分からない。
ただ衝動のままに暴れてるのかな。
人を傷つけるのは嫌いだ。
嫌いのはずだった。
だけど私は、りーちゃんを殺したあいつを殺したいと思った。
やっぱり私はヒーローじゃない。
結局自分勝手なだけだ。
子どもの時、りーちゃんをいじめる子がいた。口で言っても止めてくれなくて。
私は押されたり、叩かれたり。
本当はやり返したいと思ってた。
何で酷いことするんだろう。
酷いことするなら、酷いことされてもしょうがないんじゃないかって。
でも何故かやり返さなかった。
...思い出した。
私じゃなくて、りーちゃんだ。
りーちゃんは優しくて、私が傷つくのを嫌がってくれて。
本当はみんなと仲良くしたいって、そう言ってた。
やり返したりしたら、自分のせいでみんながケガしたって、そう思わせちゃう。
だからやらなかった。
そうやって歯止めをかけてくれたりーちゃんは、もういない。
私が守れなかったから。
昨日約束したばかりだよ?
危なくなったら助けてね。
こんなに単純な約束なのに、私は守れなかった。
勘違いしてた。
いくらフーカ師匠に鍛えてもらっても。クレアさんに勝っても。
私が強くなったわけじゃない。
みんなレンちゃんのおかげだ。
レンちゃんがすごいんだ。
もしここに来たのが私じゃなくて、もっと優秀な人だったら?
レンちゃんと契約したのがフェイトさんたちみたいな良い人で、優秀な魔導師だったら?
私がでしゃばった。
私なんかじゃなければ良かった。
レンちゃんを助けたのも。
りーちゃんの幼なじみになったのも。
私じゃなければ。
守れたはずだ。
全部私のせい。
「そうやって、いつまでも自分を責めて落ち込んで。そんで消えていくつもりか?」
声が響く。
私以外の声。
...レンちゃんか。
暗い世界にポツンと一人だったのが、目の前にレンちゃんが増えて二人になった。
「お前じゃなきゃ良かったって。本当にそう思ってんのか?」
思ってるよ。
私じゃなきゃそもそも殺されずにレンちゃんを助けられたし。
りーちゃんを失うこともなかった。
「それは違うぞ。お前みたいなバカは他にいない。」
何それ。
ここまで貶すために来たの?
いつもならいいけど、今はやめてよ。
冗談言う気分じゃないの、分かるでしょ?
「違う。ちげーよ。あたしが言いたいのは...。お前じゃなきゃ、ここまで来れなかっただろって言ってんだ。」
私じゃなくても、私より優秀な人はたくさん...。
「違う!お前じゃなきゃダメだったんだよ...!」
ダメ?
「見ず知らずのガキ助ける為に逃げて、殺されて。魔導師に狙われるようになってもバカみたいにひたすらあたしやリーナの心配ばっかり。お前みたいなお人好しがたくさんいるわけねーだろ。だからバカだって言うんだ。それが何の得になる?何で人助けなんてする?」
それは...。だって。
目の前で困ってたら、助けないとスッキリしないし。私が辛くなるから仕方なく。
「バカ。それがお人好しだって言うんだよ。普通の人間は自分が一番大事だ。自分が助かる為ならガキだろうが犠牲にする。それが人間だ。だけどお前は違う。他人も自分も、一番大事なんだ。だから選べなくて、結局自分を犠牲にする。そんなお前だから、フェイトもフーカも。ジムの連中も力貸してくれたんだ。お前じゃなきゃ、ここまで来れないんだよ。」
私じゃなきゃ、ダメだった... ?
「そうだ。...あたしは他の奴らと違う。あたしとエンゲージ出来る奴はそういない。...そういないというか、お前が初めてだった...。」
初めて?
だってエンゲージした時もっと出力が!とか言ってたのに。
「そりゃおめぇ...リーナが、そう言ってたから...。」
照れてる?
「うるせぇ!...恥ずかしついでに言っとくぞ。...魔導師から逃げてたあの夜。あん時、本当はすごく怖かった。捕まったら何されるか分からねーし、リーナのとこにも帰れなくなるし...。だから必死に逃げてて、そしたらお前が手を引いて、一緒に逃げてくれたから。」
レンちゃん...。
「安心、したんだ。あたしは、マスターがお前で良かったと思ってる。だから...助けてくれて、ありがとよ。」
照れながら笑うレンちゃん。
そんな風に笑うんだね。
何かすごく、驚いちゃった。
怖がってたのは知ってたけど。
「なっ!?や、やっぱり今の無しだ!あたしは怖がってねぇ!」
あはは...。
お礼を言いたいのは、私の方なのにね。
先にお礼言われちゃったな。
「あたしと一緒だ。リーゼの奴も、お前に助けてもらえたのが嬉しかったんだ。他の誰でもない、お前だから嬉しかったんだ。お前はあいつの思いを無視して、あいつの信じたお前まで殺しちまうつもりなのか?」
りーちゃんの信じた、私...。
「死んじまったら、あいつとの思い出まで全部なくなっちまうのか?違うだろ!リーゼは死んだって、絶対にお前を信じてる!リーナもフーカもフェイトも!あたしも!お前を信じてんだ!だからこんな暗いとこに沈んでねぇで、さっさと自分が何を握り締めてんのか思い出せバカマスターーッ!!」
私が握り締めるもの。
...そっか。そう、だった。
黒い世界に光が差し、鮮やかに色づいていく。
そこには私とレンちゃんだけじゃない。
リーナさんにフーカ師匠。ジムの皆にフェイトさん。弓美ちゃんたちに、お父さんとお母さん。
そして。
「まーちゃん!」
―――――――――――――――――――――――――――――
黒い影が霧散する。
視界が拓ける。
目の前には、記憶にあるより損傷したガーディアン。
そして許せない仇、石動刃凱。
拳を握り締める。
「みんな、ずっと一緒にいてくれたんだ。...今もきっと、私のこと信じてくれてる。...バカだな、私。大切なものならまだ残ってる。やらなきゃいけないことがあるんだ。りーちゃんの分まで、私がやるんだ。だからまだ頑張れる。戦える...!」
もう忘れない、私が信じて握るもの。
それは。
『何だ貴様は!?...何故、止まらぬ!何故倒れぬッ!貴様の身に纏うそれは何だ!何なのだッ!!』
「紡ぎ合う絆がくれたッ!私のッ!魔法だあぁぁぁッッ!!!」
流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして――。
星は再び舞い上がり、輝き照らす。
自らが照らす宙が、決して墜ちないと知ったが故に。
第19話『流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして――』
立ち上がる星と、甦る翼。
2つの希望は輝きを増し。
閉ざされた修羅の心でさえ、照らすことを諦めない。
行っておいで、リーゼ。
信じてるよ、真。
次回。魔法少女リリカルなのは外伝、Lostword。
第1部最終回『Synchrogazer』