最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第10話 テセウスの船

 メジロマックイーンの次走は、函館レース場でのPre-OP戦になるとのことであった。彼女は、イクノディクタスと同じくクラシック級ウマ娘ではあるものの、ティアラ路線の最前線に出張っていたイクノとは異なり、ゆっくりと時間をかけて充分な準備期間をかけてからデビューしたこともあって、実は1世代違うジュニア級の今のナイスネイチャよりも出走数は少なかったりする。

 

 そして選ばれたレースは……1勝クラスの渡島特別――ダート1700mのレースであった。

 

「……なぜにダート!?」

 

「それは、イスネイ。メジマクとその周囲が菊花賞を狙っているからに決まっているだろう」

 

「……メジマクって、トレーナーさんそんな風にマックイーンのこと呼んでいたんだ。ってか、菊花賞に出走するなら、猶更芝の方が良いんじゃ……?」

 

「大方、消耗を避けたいという魂胆なのだろう――」

 

 そう言って男は、メッセージアプリの画面を見せていた魔法の杖によるホログラム画面を、レースの予定表へと切り替える。

 既に秋シーズンに突入しつつある現状、菊花賞まではもうあまり日が無い。にも関わらず現在のメジロマックイーンは1勝クラスのウマ娘であり、現段階ではそもそも出走すらほぼ不可能といった様相を示している。今の彼女に求められるのは、この僅かな期間で立て続けに連勝してあわよくばオープンウマ娘へと上って収得条件による除外を受けにくくするか、あるいは菊花賞トライアル競走に出走するかの2択となる。

 ただ後者のトライアル競走を選択する場合であっても、それらの諸レースの格付けはGⅡなのでやっぱりPre-OP戦で勝利をするに越したことはないのと、開催が9月後半なのでこの9月前半のタイミングでの勝利はほぼ必須要件となる厳しい局面であることは間違いない。

 

 更にどちらの場合であっても、連闘、になるまでは分からないが、近い日程で連戦となるのは確実。であれば、一応レース後の消耗が少ないとされるダートレースに狙いを定めるというのは、戦略性が垣間見えるレース選択である。

 

 ……後は、函館という場所は、メジロ家という家にとっては夏の調整でしばしば使うある種のゆかりの地でもあるというのも踏まえての決定だろう。

 

 

 とはいえ、函館である。

 一部の本土在住の人間からすれば『北海道がデカいとはいえ所詮都道府県の中の1つなんだから、1日で移動できるものなんじゃないの?』とか舐めた考えをする地理よわよわの民が、未だに絶滅危惧種ながらも非インターネット社会という『自然界』を中心に生存しているらしい。

 

 ということで賢明なる道民諸君には大変申し訳ないが、改めて注釈を入れさせていただくと、門別―函館間の道のりはおおよそ300km程度存在し、これを本州の物差しを使うならば概ね静岡―京都間が280kmであることからこれよりも遠い距離であることが分かるだろう。

 

 そして静岡県がまるで空間転移魔法やら認識阻害魔法が張られているかのごとく、兎にも角にも、東西移動には半端ない時間がかかることを知っている者ならば、漠然とそれが『日帰りで行けなくはないかもしれないけど、やりたくない』と思うのに足る距離であるだろう。この解釈には、静岡―京都間と違って門別―函館には新幹線は走っていないということも一応考慮して欲しい。

 

 ただ敢えて『自然保護』の観点から一応反論を述べておくと、馴染みの薄い地域というものは得てして距離感というのは掴めないものであり、これらの距離は『ロンドン―マンチェスター』間の約200マイルとほぼ等価である。

 世界地理よわよわ民からすれば『狭そうなヨーロッパの中の高々島国のイギリス1国』の移動なんて日帰りで出来そうと思うかもしれないが、実際のところイングランド地域の主要都市を巡るだけでも結構遠いものである。

 が、『昼はロンドン観光して、その後マンチェスターでサッカー観戦でもしよう』みたいな旅行計画が気狂いであることにピンと来る方が、恐らくは少数派ではあろう。

 

 ……まあ、この手の話は最終的には『そもそも門別ってどこ?』とか『マンチェスターって、イギリスだったんだ』みたいな感じでちゃぶ台返しされるのが常ではある。

 

 なので、函館という場所が、ホッカイドウトレセン学園からはあんまり気軽に行けない距離だという認識を持った上で話を進めようと思う。

 

 

 ――が。

 

「でもさ、トレーナーさんって。瞬間移動が使えたよね? それで、アタシのこともちょちょいって運べるんじゃない?」

 

 今までの話の全てを水泡に帰す魔法をこの黒魔導士は持っていた。

 

 しかし、男はこのナイスネイチャの問いかけに対して、意外にも歯切れの悪い返答を返すこととなる。

 

「可能と言えば可能ではあるのだが……しかし、本当に良いのかイスネイ?」

 

「ふぇ?」

 

「俺の転移魔法は分子レベルでの解体と、移動先での再構成を基軸とした技術だ。

 ウマ娘という種は基本的には『肉体』というものにそれなりに思い入れがあると推察しているが、そうした分子レベルの再構成プロセスを挟むことに、貴様の倫理は異議を唱えないのか?」

 

 男が問うたのは、自己同一性に関する問題で、ちょっとニッチな界隈向けに言うのであれば『テセウスの船』だとか『スワンプマン問題』だとかの類型例になるだろうか。

 魔法によって分子レベルから再構成された自分自身の肉体は、果たして本当に元の自分と同じなのか。『自分』という存在の連続性を担保する鍵は一体何か、ということを考える一種の思考実験だが、今のナイスネイチャにはそれは思考実験ではなく、転移魔法の実運用における最終チェックという場で問われてしまっていた。

 

 『答え』が無いというよりかは、個々人で如何様にも答え方が変わる問い、であると考えられる。とはいえ黒魔導士の男の視点から見れば、どうやらウマ娘は一般的にはこうした『身体の総とっかえ』を容認しないかもしれない、という見方をしているようである。

 

「何て言うか、さ。

 アタシの『呪い』を解く方法を聞いたときに、他の子の『魂』を捧げる……なんて言ってたトレーナーさんっぽくない気の使い方だよね、それ。

 もっと何も言わずにアタシのことをいきなり転移させるものかと思ってたわ」

 

「……? 『魂』はこの世界では受け継ぎ、引き継がれるものだが、『肉体』はそうではないのだろう?

 それに、俺の感性では『肉体』は、簡単に交換が出来て代替が容易であったから、敢えて変えないというのも、貴ばれたものだ」

 

 

 特に男の物言いの後者は明らかな世界の違いによるカルチャー・ギャップの一例であろう。

 男の身体については食事・睡眠不要であったり、冷暖房要らずといった生身の人間ではほぼあり得ないような機能を有していることはナイスネイチャも知っていた。だからサイボーグ、までは言わないけれども、おおよそオーガニックではない魔法による人工被造の側面が介在していることは薄々彼女も察していたし、その考えは全く間違っていない。

 

 だが、比較的簡単にそうした身体の部位や機能を交換することが出来る、という世界で生まれ育った男の文化が、逆に『アップデートしない』ことに重きを置く、というのは少々ややこしいというか分かりにくい。

 どちらかと言えば、交換可能になったら、それでも変わらない『不変』のものに価値を感じそうだ。なのに、逆にいつでも変えられる『中古品』の方を貴ぶ、という思想は、『文化の違い』と一蹴したくなるほどである。

 

 それでも我々の価値観と擦り合わせを行うのであれば、近い例は『スマートフォン』であろうか。移行にかかる費用と携帯ショップの予約状況を度外視すれば、私達はいつでもスマートフォンを最新のものに替えることが出来る。が、仮にお金に余裕があったとしても常に最新の携帯を買い続けよう、と考える人は多数派ではないだろう。

 

 というか、現行で最も主流となっている2年ごとの機種変更ですら面倒くさがってずるずると古いスマートフォンを極力使い続けようとする人も居る。

 もし『スマートフォンが数十年壊れることなく、機能面でも普通に使い続けることが出来る』のであれば、その数十年をたった1つのスマートフォンで生きていくのでは? と思うような人にきっと心当たりがあることだろう。

 黒魔導士の男の世界の価値観に近いのはきっとこれだ。

 

 高々スマートフォンレベルの身体拡張ツールですら、その機能アップデートやデータ移行を非常にしんどい、面倒と思うのが生き物の性であり、それが自分自身の腕だとか脚、なんてものになれば、多少便利くらいではそう易々とは替えない、ということなるのかもしれない。

 アプリに割と何でも機能が搭載されていても、それを1つ1つ使いこなせるようにするにはそれなりに労力がかかるのに、『眠る』だとか『歩く』、『呼吸する』といった動作までもが一々移行の手間がかかるとなったら面倒すぎる。

 どんなに便利な機能が搭載されていても、その機能を知らなかったり使えなかったりすれば、使用者目線では無いも同然だ……それが使用者の不勉強であったとしても。

 

 と、そこまで考えれば男の『簡単に身体を交換できる世界』にて、『替えない』ことが貴ばれるのも多少は理解が出来るかもしれない。

 それは、魔法技術革新の波に乗り切れなかった者かもしれないし、あるいは一度既に最適解と思われるカスタマイズをしたということかもしれない。

 

 そして、そうした価値観を根底に有した状態で、常に己の身体を鍛え続ける相手に、一側面としては『身体の総とっかえ』に見えなくもない魔法をいきなり使役するということが、一応曲がりなりにも『異世界カルチャー・ギャップ』を調査している男が安易に取りうる選択肢ではないのである。

 それは男の心根が優しいだとかそういう類の話ではなく、文明の『禁忌レベル』にいきなり抵触しかねない問題であり、それなりに溶け込んでいるつもりの男がいきなり排斥される愚を犯さないため、という利己的な理由でもあるのだ。

 それでも、男はネイチャの脳に直接情報を流すなど、割と軽挙妄動を繰り返しているようにも見えるが、そこはあくまで『男自身の価値観』も前提条件に含まれるので、それは如何に高名で優秀な魔導士であったとしても、『文化的タブー』を踏まないようにと細心の注意を払っていても、無意識でやらかすことというのは特に異文化では多いだけなのである。

 

 

 ……と、そこまでの説明を男から受けたナイスネイチャは。

 

「……ん。確かにちょっと引っかかることもあるかもだけど、別に大丈夫だよアタシは。

 だって、アタシはアタシなんでしょ?」

 

 そうあっさりと言い放つあたりは、少しずつではあるが確実に浮世離れしてきていた。

 

 

 

 *

 

「メジロマックイーン……惜しくも2着! 1番人気ではありましたが、アタマ差という僅差で敗れました!」

 

「あちゃー……惜しかったねえ」

 

 そして当日、さっくりと函館まで男と共に瞬間移動したナイスネイチャは、メジロマックイーンの出走レースを観客席から観戦するものの、そのマックイーンは惜しくも2着であった。

 

 ナイスネイチャは『やっぱりダートを選んだのが間違いだったんじゃ……』と薄々考えていたりもしたが、それは口には出さず黙って男について行って、レース後のマックイーンの控え室へと入る。

 そこにはメジロマックイーンと彼女のトレーナーの2人が出迎えてくれた。

 

「ネイチャさんとそのトレーナーさん! お久しぶりですわ!

 ……ですが、その。お恥ずかしながら不甲斐ないところをお見せしてしまいましたわね」

 

「いやー……久しぶり、マックイーン。

 ま、アタシもダートの難しさはこっちに来て割と痛感しているから、さ……うん。ドンマイ」

 

「あら……そう言えば、北海道のローカル・シリーズはダートしかありませんでしたね」

 

 なお地方レース場において芝コースがあるのは盛岡レース場だけなので、芝のローカル・シリーズレースが存在するのは岩手県だけになる。

 

 しかし男は、不興を買うことも恐れずに傲岸不遜に次のように言い放った。

 

「……メジマク、貴様体重管理に失敗していただろう。

 一応それなりには削っていたようではあるが、春先から見るに貴様の体重は――」

 

 まあ、マックイーン陣営としては既に把握済ではあったのだろう、彼女のトレーナーは男の発言に苦笑いだけで済ませていた。

 だが、しかし。メジロマックイーン自身は顔を真っ赤にしてこう答えた。

 

「わー! わー! 分かっておりますから、せめてネイチャさんの居る前ではやめてくださいまし!

 ……というか、トレーナーさんが美味しい北海道の特産品を沢山送ってくるのが悪いんじゃないですの!?」

 

「……確かに、一理ある。

 じゃあ、今後はメジマクに菓子の類を送るのは――」

 

「そんなっ!? ……って、でもそれも致し方ありませんわね……。

 ……次に勝つまでは(わたくし)も、断腸の思いでネイチャさんのトレーナーさんからの贈り物は――ッ!」

 

「……そこまで覚悟しなくても、マックイーンさ。

 しばらくは函館に居るんでしょ? だったらアタシのトレーナーさんもスイーツとか送らないと思うけど」

 

 

 そんなネイチャの諦観を尻目にしながらも決意を新たにしたマックイーンは、少し先の話にはなるものの、この後の短期間で2連勝することとなる。

 

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