最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「そういや、ソーエーって門別の生徒会長さんと仲良いよね? なんで?」
「あ、コトノアサブキ会長のこと? まあ、憧れ……ってのも当然あるけれども、昔っから付き合いがあったからね」
寮の一室で、ナイスネイチャは夕食後の『マムシの粉末』をお湯に溶かして一服している最中の一幕。
ホッカイドウトレセン学園の現在の生徒会長であるコトノアサブキは、ここ門別の出身であり、北海道のローカル・シリーズレースで多大な功績を収めたことから生徒会長として君臨している。そしてソーエームテキもまた、同じく門別の出身であることから、トレセンに入学する前からそれなりに関わりがあったことを匂わせている。
色々出てくる身内エピソードに、
「なんか……。ソーエーとここの生徒会長さんの間柄って、テイオーと会長さんの関係に似てるよね」
と、零す。
「テイオー……って言うと、中央のお友だちで『シンボリルドルフさんみたいになる!』って目標を公言してるって子で、私達の同期だっけ?
いやー、私の場合は多分そこまでじゃないとは思うけど……。って、もしかしてネイチャってシンボリルドルフさんのことも詳しかったり?」
「あー……まあ、はい。向こうに居るときにはテイオーがちょくちょく愚痴っててさ……あ、今も電話とかで話は聞いているんだけどね。
それで、会長さん。意外とギャグが上手でさ……ふっ……くくくっ……。
ちょ、ちょっと待って……ソーエー。思い出したら……また面白く思っちゃって……あははっ」
「えぇっ!? それ何ヶ月前のギャグ!? ツボるの長すぎない?」
「……くくっ、テイオーにも同じようなこと前に言われたわー……あはっ。多分……10ヶ月前くらい?」
「どれだけ引き摺ってるの!?」
そして同時にソーエームテキは、これだけナイスネイチャが笑っているってことはギャグセンスでも抜きん出た才能を持っているのか、と地味にシンボリルドルフの評価を爆上げしてしまっているが、ネイチャに罪はない。きっと。
*
競走ウマ娘たちが日々トレーニングを積み、自己技術の研鑽を務めている……そんな環境に置かれていて、高名な黒魔導士であるところの男も、そうした鍛錬に対するエネルギーに感化されるところは少なからずあった。
非魔法使いの中には、魔法というのは万能ねぎよりも万能で何でも出来ると誤認しがちであるがこれは大いなる誤りであり、実際には理論的な組立があり、魔力伝播の効率や大気中のマナ濃度などの外的環境も踏まえて臨機応変に行使しなければならない代物、というのが男の考えである。
もっとも、世の中にはフィーリングと思い付きだけで魔法を使うヒヤリハットも辞さない技術者倫理に欠けた魔法使いもそれなりに多く居て、男からすればそれは容認し難い者たちとなるわけだが……それは、ひとまずさておいて良いだろう。
魔法体系のカテゴライズ手法は正直に言えば無数にある。だからこそ難易度の高い魔法と一口に言っても千差万別ではあるのだが、とはいえ複数の世界線を自在に横断している男にとっての『それ』は、『現地に根付いた魔法』であった。
「おいっすー、ナイスネイチャで……って、トレーナーさん、何してるの?」
「おお、イスネイか。
……まあ、見ておけ」
そう言うと男は杖を取り出し、高速で詠唱文を唱え始める。
基本ここまで無詠唱魔法だけでやってきた男が、ここに来て本格的な詠唱を唱え始めたことで、段々この男に順応しかけてきているナイスネイチャの顔も若干真剣みが増す。
そしてこの高速詠唱の技術は、男がこの世界に来て更なる磨きをかけた技術でもあった……それは、ウマ娘レースの実況という非常に高度な詠唱の担い手がこの世界には存在したからだ。少なくとも、この意味においてはこの世界でトレーナーをしているという事実が、男にとっても更なる魔法力の成長に繋がったと言えるものであろう。
しかし、それはあくまで付帯事項に過ぎない。
ここから引き起こされる魔法こそが。男がこの世界に来てからの神髄を引き出す所業に等しいのだから――。
そして十数秒に渡る詠唱の後、男の杖から無色透明の魔法エネルギーが放出されて……。
「……よし。これで、この魔法も完成だな……」
何と、男の執務用の机の上にあったパック入りの豆腐が、一切の封入水を零すことなく、それでいて包丁などの刃物類を一切使うことなく開いたのである!
「……。
……これは?」
「『豆腐』は、この国では比較的ポピュラーな豆類の加工食品だと調べはついていたはずだが……。もしや、俺の調べ違いだったか?」
「あー……イヤ、分からないのはお豆腐じゃなくて、魔法の方。
それ……意味ある?」
「豆腐のパックの『封入水』とやらを一切零すことなく開けることができる」
「あ、その水の名前を知っているってことは、きっとその水自体に栄養価とかは無いことも分かった上での行動だよね……」
「無論だ。これで水を零してはならない場所でも豆腐を開けることが可能となる。
これは、この国の技術でも未だ到達しておらぬ……いや、もしかしたら普及していないだけかもしれないが、ともかく革新的な魔法であることには違いあるまい」
新魔法の開発に成功した男の口は、いつにも増して饒舌だ。
「お豆腐を台所以外の場所で開けることって多分無くない? というか、お豆腐は一回洗ってから使いたいし、やっぱ水回りは必要だよ」
そう言いながらナイスネイチャは水を零さないように既に開けられてしまった豆腐のパックを表面張力を頼りに給湯室まで持って行き、中の水を流して適当な深皿に入れた後に水を注ぎラップをかけて、トレーナー室の冷蔵庫に入れておく。
「開けちゃったからには、この一丁食べなきゃだけど、どうしよっか……」
ナイスネイチャの興味は既に『豆腐のパックの水を零さずに開ける魔法』ではなく豆腐そのものへと向いてしまっていた。
しかし、男もこの程度で今更狼狽えるような人物では無かった。稀代の黒魔導士と名を馳せ一世を風靡したのだから、時代の先駆者と言えるような魔法を産み出したことは1度や2度などではない。そのようなパイオニア精神溢れる男だからこそ、時にそうした技術的転換点を前にしたときに、身内の人間にすら理解されなかったことなどは慣れたものであったのだ。
なおこの魔法を開発するまでに数百程度の豆腐を使っているので、男は普段通りに自分で食べるか魔法生物の餌にでもして処理しようと思っていたが、ナイスネイチャが既に使うことを考えていたために、それは取り止めることとしたようだ。
*
ペリドット特別の後、8月中はトレーニングに勤しみ、9月の夏休み明けからは、マックイーンのレースを見に函館へ『転移』していたが、そろそろナイスネイチャの次走も決めなければいけない時期だ。
前走から1ヶ月と半分といったところ。特に怪我や不具合の無い中で、ジュニア級の早い時期から走っているウマ娘という集団の中で見れば、確かにこの門別においてはちょっとレース間隔が空いてきたかな? と思う者も出てきそうな頃合いであった。中央であれば、まだまだ過密ローテーションに近いだろうが。
「先に言っておこう。URAの規定によれば、先に中央トレセンで入学したウマ娘は、レース出走の是非を問わず地方トレセンへと転校した場合。
再び、中央へ戻るのには最低2勝が必要となる――まあ、細則は他にも色々あることはあるが、ひとまずペリドット特別の勝利で来年末までならいつでも戻れるようになった」
厳密にはジュニア級・クラシック級ウマ娘であれば転校のタイミングから1年以内に2勝すると、シニア級1年目の1月までに中央に戻ることが可能となる制度だ。それ以外の条件だと3勝が必要となる。
もっとも基本的には、これは一度中央でメイクデビューを果たしたウマ娘が、地方へ一旦転校した際に、再び中央に返り咲くための条件でもあるのだが、ネイチャのようにデビュー前転校の場合でも、この制度においては適用される。
「聞いてないんだけどっ!?」
「言ってないからな。言ったら、確実に貴様はプレッシャーに思っただろうからな」
「うっ……それは、確かに」
ただ、補足するとこの『中央トレセンへの転校条件』においてはナイスネイチャの身代は『元中央ウマ娘』として扱われるものの、基本的な部分においてはトゥインクル・シリーズレースに一度も出走することなく転校した都合上、実はソーエームテキやドラールオウカンなどの門別の他のウマ娘と同じく『地方ウマ娘』としての肩書きにはなっている。
だからこそ男がこのことを話さなかったのは、余計な負荷を背負わせないためという話と同時に、必要以上にナイスネイチャに対して自分自身が『中央ウマ娘』であったことを意識させないようにするための措置でもあった。
こういうところはちゃんとトレーナーをやっている変質者であるが、だがナイスネイチャというウマ娘に限って言えばそれは完全に取り越し苦労であっただろう。
「……じゃあ、もう戻れるって言うなら、向こうに戻るってこと? 中央も普通にレースやっているんでしょ?」
「俺としてはまだしばらくは所属を変えるつもりは毛頭ない。貴様がそれで良いならば、という注釈がつくだろうが」
「ま、アタシはその話を知らなかったから、元々此処に居るつもりだったし。
……それで。こっちに居るなら居るで良いんだけど、次のレースは決まっているの?」
ナイスネイチャの問いかけに対して、男は一旦間を取ってから告げる。
「……9月の後半に執り行われる地方重賞――H3のイノセントカップに出走登録を行おうと考えている。距離はいつもの1200mだな。
イスネイのMPは現在161.1まで溜まっているから……間違いなく出走は出来るだろう」
「MP……? あっ、前に話していたやつね」
ナイスネイチャは内心分かりにくいと思っていたが、MP――男が名付けた『門別ポイント』は、この門別にて開催されるレースの出走の可否を決める得点だ。1着から5着までの間に入れば一定比率のポイントが手に入る仕組みとなっている。だから1着と3着しかない今のナイスネイチャは全競走でポイントを入手出来ているので、除外される可能性は最早皆無となっていた。
「それに……このイノセントカップ。
栄冠賞で出走した上位陣は軒並み出走を表明している上に、貴様の同室のソーエームテキも出走予定に入れている」
そう言った男は出走するウマ娘の名を挙げていく。
ナスノホシジョー。彼女はメイクデビュー戦のスーパーフレッシュチャレンジで1着、そして栄冠賞でも1着だったウマ娘。
ソーエームテキ。同じくメイクデビュー戦での対決となり2着であった子。
更には栄冠賞上位陣ということで、2着であったカネマサルビーも出走登録を行っている。
「……! それって、つまり――」
「ああ。貴様より先着した経験のあるウマ娘が『3人』居る舞台だ」
つまり自己評価の未だ低いナイスネイチャからすれば、格上が3人居るレースのように映るレース。そして、それは彼女目線から見れば『4着』こそが定位置に見えるに違いない。
――しかし。
「……やっぱり『4着』ってワケにはいかないんですよね、トレーナーさん?」
「ああ。そして、ここはある意味では試金石となるであろう――」
次の舞台でも『3着が定位置』と言うためには、今まで負けてきた誰かを1人でも抜かす必要がある……そんな舞台を、ナイスネイチャは男に設定させられた。
ペリドットの輝きを手にしたナイスネイチャの挑戦が、始まる――。