最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第12話 ジュニア級9月後半・イノセントカップ【H3(地方重賞)】(門別・ダ1200m)

「いやー、流石に晴れたねえ」

 

 ナイスネイチャは真っ暗となった夜空を見上げながら呟く。

 前々走・栄冠賞と前走・ペリドット特別はどちらも雨の不良バ場というコンディションでのレースであった。

 

 通例ダートは多少重い方がスピードは出るのだけれども、それにしたって限度がある。だからこそ久しぶりの晴れの良バ場というコンディションでレースを迎えることが出来たことにまずは一安心をしていた。

 

 そう。

 本日の最終第12レースであり、門別ではメインレースとなるレース名は――イノセントカップ。門別レース場において交流重賞を除いたジュニア級地方重賞の数は9つ。

 クラシック級以降の地方重賞数と比較すると充実しているとも言える量ではある……が。

 

 1年に9つしかない舞台に2回目の登壇となったナイスネイチャである。

 

「ネイチャは最近、ホントに雨が多かったからねー」

 

「お、言いますなあ。ソーエーだって前走不良バ場だったくせにー!」

 

 門別同室コンビで言い合っていると、更にもう1人のウマ娘がやってくる。

 

「……あっ! ネイチャちゃんとソーエーちゃんここに居たんだね。

 2人とは良く走ることになるよね? まあ、そりゃ同じ路線にはなるのは当たり前かー」

 

「というか別にアタシら以外とも良く走っているでしょ、ホシジョー」

 

 ナスノホシジョー……既に栄冠賞とフルールカップという2つの地方重賞を手に入れたウマ娘。ジュニア級地方重賞3つ目の頂を掴みに来た本日の圧倒的一番人気であり、既にファンの大勢の見方としては彼女が勝利数を伸ばすのか、あるいは誰かが『一矢報いる』のか、という話になってしまっている。

 

 ナイスネイチャにとってナスノホシジョーは3戦目となるが、実は直接対決だけで見ればソーエームテキは4戦目となり彼女の方がより戦って居たりする。まだデビューして数ヶ月ということを考えれば、確かにナスノホシジョーが『良く走る』というのも納得のことだろう。

 

 しかし、それだけの対戦カードがあったのにも関わらず、現状この2人にただ一度の敗北を許していない……というか1着を逃したのはただ1回のみ。

 

 

 そして2番人気は、カネマサルビー……栄冠賞で2着だったウマ娘だから、そうなれば3番人気がナイスネイチャとなるのはある種必然であろう。

 そんな感じで栄冠賞ベースで人気が決まっているような感じなので、地方重賞初挑戦のソーエームテキの人気が7番人気とやや低迷するのは致し方無いことかもしれない。

 

 そして、アナウンスが一度入って、前走を走っていたウマ娘が徐々に戻ってくる。

 

「じゃー、行きますかー」

 

「あっ、ネイチャ掛け声取った! ずるーい!」

 

「こういうのは早い者勝ちだからねえ、ソーエー」

 

「ふふっ、2人とも頑張ろうね」

 

「いや、ホシジョーはちょっと手心を加えてくれませんかね……?」

 

「それは無理かなー」

 

 緩い雰囲気ではあるけれども、殆ど面識ある子同士だし何回も似たメンバーでレースを経験してきたことで、独特の空気感を形成するに至ったのであった。

 

 

 

 *

 

(いやー、今日もトレーナーさん目立っておりますなー)

 

 ゲートの近くから観客席を見ていても、ぽっかりと開いたスペースに黒い物体が白ゼッケンを着ているのだから目立つことこの上ない。

 

 本日の3番人気、ナイスネイチャは7枠9番という外枠からの発走となる。彼女がゲートインしている間にもファンファーレは流れ、完了すると間もなくピリピリとした雰囲気に変わっていった。

 

 

「さあ、本日の最終レース……H3・イノセントカップ。ジュニア級の12人のウマ娘たちが間もなく発走いたします。1番人気のナスノホシジョー、ここを勝つといよいよ地方重賞の3冠目となりますが……」

 

「まだまだ本格化にバラつきがあり、早熟な子のアドバンテージが大きい時期ですが……それを差し引いても素晴らしいパフォーマンスですよね。ファンからも期待の声が挙がっておりますね」

 

「果たしてこのイノセントカップではどのような走りが見られるでしょうか……さあ、スタートしました!

 ……っと、これはややバラけたスタートになりましたね」

 

 

(思ったよりも出遅れた子が出たねー、こりゃ)

 

 ナイスネイチャは係員をチェックしつつ内心でそう思いながらも、スタートが遅かった子よりは先行することを意識して、でも極力競り合おうとはせずに譲って内へと入っていく。

 

(ホントのことを言えば、ホシジョーのことを誰か捕まえておいて欲しいんだけど、さ。でも、あの子一番大外だったし、無理かなあ)

 

 前走、前々走とは打って変わってのパサついた感じのダートコース。普通なら踏み込むのにパワーが必要と感じるところだが、流石に不良バ場のときよりかは滑らかに進むことができる。

 そんなバ場状態のコンディションが大きく変わったことによる不利があるのかと言えば、実はそこまで大きくはない。というのも、この門別レース場でトレーニングを行っているのだから、ナイスネイチャもこの地の砂の感覚には慣れてきており、晴れの良バ場なんてものは、トレーニングで幾らでも経験出来るコンディションであった。

 

 とはいえ、それは今日出走する12人のウマ娘にとっても同条件ではあるため、アドバンテージにはならないが、さりとて直近では不良ばかりであったネイチャがそこまで不利になる要素でもない。

 

「さあ先頭はデュオジャヌイヤとハードコントロールの2人が行く! その2バ身後方、クラジョウオーとソーエームテキが引っ張る先行集団は横に広がっておりますね。その後ろにはスーパーノバが控えております――」

 

 短距離である以上は、前に付こうとするウマ娘の方が多い。それは教本通りといった内容で、実際に先行したまま、そのまま伸びて勝利するという強いレースを打ってくるのが最も脅威ではある。

 スタートがバラける辺りは、まだ荒削りな部分も多いけれども、それは確かに他の地方に転校してもトップクラスで競えたり……あるいは中央でも通用するだけの実力を有する何よりの証左であった。

 

 ……けれども。

 

(うっわぁー……。ホシジョーのプレッシャー……ヤバいんだけど)

 

 その多くのウマ娘の先行策はこのレースで後方の、しかもやや外気味に構えているナスノホシジョーが完全に野放しになる、という意味では悪手であったのかもしれないが、しかしそれは酷というものである。

 自分が少しでも前に出ることは、セオリーでは勝つ可能性を僅かなりとも上げることに繋がるかもしれない上に。

 自らの勝利を犠牲にしてまでナスノホシジョーを止めたところで、それは酷い成績になりかねないのだから。

 

(……正直、あわよくば1着……って気持ちが無かったと言えば嘘になるけど。このホシジョーが自滅するとは思えないわー)

 

 乗りに乗っていて、現・門別ジュニア世代の中でも頭一つ抜けた成績を残すナスノホシジョーが敗北することがあるとするならば、それは彼女自身の失策しかないとネイチャは考えていた。

 

 だとすると、今の乗りに乗っているナスノホシジョーはどうこうできる相手ではないと彼女は考えるだろう。更に言えば、ソーエームテキは先行集団を牽引する位置に居るので中団に控えるナイスネイチャから手出しが出来る場所には居ない。

 

 であれば、何かを仕掛けるとするならば。

 

(――カネマサルビー)

 

 栄冠賞2着で2番人気であったカネマサルビー。

 3着以上を狙うのであれば、今挙げたうちの最低でも誰か1人を引き摺り下ろさねばならない。そのために、為すべきことはいわゆる『デバフ』による相手のパフォーマンスの強制的な引き下げである……が。

 

 ここでのナイスネイチャの選択は……異なっていた。

 

(……やったりますか!)

 

 心の中で、自分自身を叱咤激励して仕掛け始める。

 

「各ウマ娘、第3コーナーから第4コーナーに入ろうとしたところで……おっと、これはナイスネイチャ仕掛けますね。早めのスパート、ということになりますか? ですが、この流れは……」

 

「ええ……差しの子がここから仕掛けるというのは……『栄冠賞』のときのレース展開そのままですね。となると、やはり……動きましたね。ナスノホシジョーがナイスネイチャにぴったりと追走です」

 

「1番人気ナスノホシジョー、これまでの勝ちパターンを想起させる早めのロングスパート! まだまだレース中盤ですが、これは決まってしまうのか!? それとも、このパターンを崩すウマ娘が現れるのでしょうか――」

 

 

 同じ距離の舞台、栄冠賞のレース展開の踏襲。それをナイスネイチャは引き起こすこととした。

 一見、前回の勝利を踏襲できるナスノホシジョーに有利にみえるような立ち回りではあるが。

 栄冠賞での上位陣が軒並み出走している今日のレースにおいて、『栄冠賞のレース展開』というものは、真っ先に対策して研究し直すであろうデータである。更に言えば、ソーエームテキのように栄冠賞には出走していなかったウマ娘にとっても、最も研究したデータであることには間違いないだろう。

 

 

 つまり。

 今、ナイスネイチャがここで仕掛けたことで、彼女は。

 ――全ての競走相手に『バフ』をばら撒いたのである。

 

 

 

 *

 

「さあナスノホシジョー、そしてナイスネイチャの動きに呼応して、後方のウマ娘たちも続々と迫っていきます! そしてまだ第4コーナーの中ほどですが、前を行くウマ娘たちも慌ただしくなってきました! これをどう見ますか?」

 

「ここで仕掛けるのは、普通では性急……と言いたいところですが。ナスノホシジョーが居るこの場においては正しい選択かもしれません。

 『栄冠賞』の例を再び出すのであれば、最終直線から仕掛けたナイスネイチャが、驚異的な末脚を魅せても3着、でしたので、そこからスパートをかけてもナスノホシジョーには間に合わないと思えば、悪くない……と言いますか、勝つにはここから追走するしかない、と考えることも出来るでしょう。

 ……とはいえ、それを易々許してくれる相手か、と問われれば難しいところでしょうが」

 

 『素晴らしい素質』であるところのナイスネイチャのレースにおける『素質』で最も一般的に評価されているものが何かと言われれば『末脚』である。

 中央でも指折りのレベルであった彼女の末脚は、ここ門別においては比類なきものとして称されるに至る。だからこそ、栄冠賞が雨の不良バ場であったとしても……いや、むしろそんな場面でもあれだけ効果的な末脚を繰り出したナイスネイチャが3着であったことから、彼女ほどには末脚に自信の無いウマ娘が、それでもナスノホシジョーに追いつくための方策として、このレース展開において選択するのがロングスパートしか事実上存在しないというのは、解説の通りである。

 

 そして確実に入着以上の戦績を残すナイスネイチャも当然、ナスノホシジョーほどでは無いにせよ、警戒対象であるが、その末脚をロングスパートで使い潰してくれるのであれば、他のウマ娘にとっては万々歳の展開である。

 

 最も警戒すべき相手に対する対抗の選択肢がロングスパートであり、同時にロングスパート時に後方で気を付けなければいけない相手も既に脚を使っている……となれば。最早他のウマ娘にとって、栄冠賞の反省とその研究を活かす千載一遇のチャンスが巡ってきたということも加味すれば、ここで仕掛けるのを躊躇うウマ娘の方が少数派であろう。

 

「先行集団から仕掛けて既に逃げの子たちを捕捉して先頭に立っています、ソーエームテキ。ですが後方からナスノホシジョーを筆頭とするウマ娘たちもそれを猛進しております!」

 

「これは高速での展開となりましたね。最後の直線でスタミナを切らさないか心配です」

 

(このペース、やっばー……。でも、アタシがやったことだから今更後に引けないし……って。先頭、ソーエーじゃん!?

 やっぱり、あの子も『分かっている』側なんだろうねえ……)

 

 4度目の対戦となるナスノホシジョーとソーエームテキ。だからこそ、ここから仕掛けるナスノホシジョーの怖さを知っているのであろう。

 誰も彼もかかったようにしか見えないが、とはいえこのレース展開となったのは誰しもが冷静にデータと実力に直視した結果であったからに他ならない。

 

 

 

 *

 

「しかし、最終直線に入りましてナスノホシジョーが先頭・ソーエームテキを抜き去ります! そのままぐんぐんと突き放していく! 他の子たちも懸命にスパートをかけていますが、その差は大きくなる一方です!」

 

 

 ナイスネイチャの末脚は、世代屈指と言って良いレベルの水準にある。

 ナスノホシジョーは最終直線からでは、そのナイスネイチャですら届かない。

 

 それらの前提を加味した上でのレース。だからこそ、ある意味ではこの展開は規定通り……なれば、順当に終わるのが常である。

 そしてそれは最終直線に入ると顕著になり、ナスノホシジョーが完全に抜け出し、もう勝負を決める運びとなりつつあった。そしてそれに離されながらも何とか食らいつこうとしているのはナイスネイチャを含む栄冠賞上位陣の面々。前評判から見れば唯一違うところは、その集団を、栄冠賞未出走のソーエームテキが率いていることくらいか。

 

 ただ。そのソーエームテキもナイスネイチャにとってはメイクデビュー戦の先着ウマ娘であって認識としては格上である。

 

「さあ、残り200mとなりまして前を突き進むのはナスノホシジョー、2バ身ほどのリード! そして2番手争いはクラジョウオー、カネマサルビー、ナイスネイチャ、ソーエームテキの4人が競っております!」

 

「2番手は大分混戦しておりますね。ここから誰が前に出るか見ものでしょう。いずれも、実力のあるウマ娘ですが、ずっと先行を走っていたソーエームテキが多少不利でしょうか――」

 

「おっと、そのソーエームテキとカネマサルビーが更に加速してきます! 残り100m!」

 

 

 ……1番人気ナスノホシジョーは最早セーフティーリード。

 そして2番人気カネマサルビーと、先に述べた通りネイチャにとって格上のソーエームテキが突出し出した終盤戦。

 

 やはり、最初からナイスネイチャが『格上』と考えていた3者が彼女の前に立ち塞がった。

 全てはデータ通り。全ては予期されたレース展開。

 

 ロングスパートによって末脚を使い切ったナイスネイチャにとって、この競り合いにおいて良くて4着、競り負ければ5着が見えていた。

 

 

 しかし。

 誰しもが忘れていたことがあった。……というより、この場に居る誰も知らない――否。

 黒魔導士の男だけが知る事実が1つだけある。

 

 

「出走5レースの内訳が、1200mが3つ。1100mが1つ、1700mが1つで短距離戦が最多。

 ……ならば、思い違いするのも止むを得ないだろう。確かにイスネイのデータはそれで全てだ。

 

 ――門別(ここ)ではな」

 

 

 ナイスネイチャと黒魔導士の男が出会ったときの『中央の模擬レース』。

 その施行距離は芝の……2000mであった。

 

 そう。

 ナイスネイチャは『中距離』ウマ娘としてデビューしようとしていたウマ娘である。それを捻じ曲げたのはこの黒魔導士であり、その前提に立つのであれば、見えてくるものが1つあった。

 

 

 ……ナイスネイチャは、これまでの門別のレースで一度もスタミナを使い果たしたことが無かったのである。

 

 

 

 *

 

「ナスノホシジョーと後方の差は4バ身ほど! これはもう決まりでしょう!

 続けて2番手争いは僅差ですが、カネマサルビーとソーエームテキの一騎打ちですが、これをソーエームテキ躱して……いや! ここで、ナイスネイチャだ! ナイスネイチャが2番手争いに絡んできた! ロングスパートをした上で更に自慢の末脚も見せ付けてくる! そのままもつれるようにしてゴールイン!!

 

 2着争いは3人での接戦となりましたが、どうでしょう――」

 

「……カネマサルビーは、最後の最後でスタミナを使い果たして僅かですが後退……いえ、加速が鈍ったような感じがありましたので、実際には2人の争いでしょうが……いや、これは放送席からでは分かりませんでしたね……」

 

 

 ――確定。

 1着、ナスノホシジョー。

 そのナスノホシジョーとは5バ身差の2着は……。

 

 ソーエームテキ。

 3着、ハナ差でナイスネイチャ。

 

 続けて4着は1/2バ身差でカネマサルビー、5着も1/2バ身差でクラジョウオーという結果であった。

 

 

 ――そして。

 

(結果だけ見れば、いつも通りの3着……なんだけど。

 ……どうしよう。アタシ……この『3着』にドキドキしちゃってる。『いつも通り』じゃない、かも)

 

 

 かつて栄冠賞で2着であったカネマサルビーを下しての『3着』であり。

 メイクデビューでは1/2バ身差であったソーエームテキとはハナ差まで縮めての『3着』。

 

 これまで『いつも通りの3着』でしかなかったその順位に。

 淡く弱い光ながらも――『キラキラ』が灯り始めた瞬間であった。

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