最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
(ホシジョーが来ない、か)
ナイスネイチャはここで確信に至る。
ナスノホシジョーがマイル戦においてもロングスパートをかけられるほどには、スタミナ面では盤石ではない、ということに。
とはいえ、前走では1700mの地方重賞を、いつもより着差で迫っていたとはいえ1着で入線していた以上は、そのスタミナに対する懸念は完走が危ぶまれるほどのものではない。
(――で、あれば。
仕掛けてくるのは……最終直線、かな)
地方レース場でも有数の長さを誇る門別レース場の最終直線。普通であれば、差しウマ娘はそこで勝負するのが教本通りでセオリーだ。
「第3コーナーから第4コーナーに差し掛かろうかというところで依然先頭は、チェンバロリズム、そして2番手はドラールオウカン。ハートシーザーはやや後退して1バ身差の3番手、そのすぐ後ろ、外から後方から仕掛けたナイスネイチャと、クラジョウオー、ダンサーズクロスが横並び――」
徐々にペースを上げたナイスネイチャは、現時点で先行集団の前の方まで進出していた。ここまで出れば、おちおち進路を塞がれることもない。
ロングスパートによるデメリットはネイチャも重々承知であるが、位置取りを既に上げた以上は、現状における戦術を『臨機応変』に選び取らなければならない。何故なら、ナイスネイチャがフリーハンドで動くことの出来る時間は、最早限られているからだ。
そして、最終直線に入ったとき。
……ナスノホシジョーが動き出す。
*
「最終直線に入りまして、ドラールオウカン先頭! それをダンサーズクロスと、ハートシーザー、そしてナイスネイチャが追いかけます……が――」
「やはり、ここでナスノホシジョーが仕掛けますね。彼女も虎視眈々と狙っていたのでしょう、しっかりと外に抜けて進路は確保しております」
「王者・ナスノホシジョー、ここで動きます! 得意の差し脚を使って、徐々に先行集団との差を着実に埋めていきます!」
後方で動きがあったことを既に前で争っているナイスネイチャは、まだ認識はしていない。けれども、ナスノホシジョーが仕掛けるのであればここしかないはずだ、とあたりは付けていたので、ネイチャはその前提で考えを巡らせる。
(とはいえ。出来ることはあんまり無いんだけど……)
先んじてロングスパートをかけた身である以上、既に末脚のキレを十全に発揮することは不可能だ、そしてそんな場面で下手に練習もしていない状況をかき乱すような一手を打ったとしても自分が落ちるだけ、という結果になりかねない。
「ナスノホシジョーが先頭集団との差を詰めつつ、最後の200m! 先頭は僅かにダンサーズクロスが伸びていますが、他の子もまだまだ充分にあり得るぞ!?」
「かなりの混戦の様相となっておりますが、後ろから差を縮めてきているナスノホシジョーは果たして間に合うのか、そこにも注目ですね」
ラスト1ハロンとなっても、誰かが抜きんでることなく、複数人が混戦状態となっているレースは、ナイスネイチャにとって久しぶり――というかナスノホシジョーの出走レースでは彼女が早々と展開を決定付けるおかげで初めてである。
誰しもが、ナスノホシジョーに注目していた。
実況も。解説も。観客も。黒魔導士の男でさえ。
そして、レースを走る彼女以外のウマ娘も――それこそナイスネイチャも含めて『ナスノホシジョーがいつ仕掛けるのか』をずっと意識し続けていた。
今までのナスノホシジョーの実績と足跡を鑑みれば、それは当然の警戒であろう。
そして、事実。ナスノホシジョーは最終直線から伸びて、ゴール前最後のハロン棒を超えたときには既に先頭集団に追いついていた。ここまでデッドヒートするとは応援する観客は想定していなかったけれども、しかし想定通りの結果に終わる――そんな歓声が上がったとき。
「――違う」
それを、否定する少女の声が漏れた。
――トウカイテイオーは、この熱狂に惑わされていなかった。
「ネイチャ……っ! 今、前を行く子……笑ってる……」
5番人気・1枠1番ダンサーズクロス。
今日のJBCジュニア優駿において、最も不利で勝率の低い最内枠から出走していたはずの彼女の脅威を、今この瞬間に認識していたのは。
……トウカイテイオー、ただ1人であった。
*
「さあ、最後の攻防! やはりナスノホシジョーがギリギリですが絡んできます!
ドラールオウカンがやや後退した結果、1着争いは残り4人か!? 先頭ダンサーズクロスも粘っておりますが、流石に王者・ナスノホシジョーと、2番人気のナイスネイチャも加わる猛攻を躱しきれるかどうか!? 残り50――」
そこまで来て、ようやく観客席が遅ればせながら大きくどよめく。
「――っ、ダンサーズクロス、加速します! ダンサーズクロスが突き放す! ナスノホシジョーもナイスネイチャも追い付けない! そのままゴール板を通過! ダンサーズクロス1着!
……なんと、王者陥落! 地方重賞も含めて重賞初出走であったダンサーズクロスが、ジュニア級の頂点に君臨していたナスノホシジョーを下しての1着!」
「長い距離でも安定した走りが出来そうな印象でしたね。この結果は私も正直予想外ですが、期待のジュニア級の新星が誕生したことを祝いましょう」
「――JBC、ローカルシリーズ・レースの一大祭典のジュニア級の冠を掴んだのはダンサーズクロス! 彼女が新たな北海道の新女王となるのか、それとも他の舞台で活躍していくのか、今から来年が――クラシック級が楽しみとなるレースでした――」
――確定。
1着、ダンサーズクロス。
2着、1と1/2バ身差でナスノホシジョー。
3着、クビ差でナイスネイチャ。
(あちゃー……。これは、完全に出し抜かれちゃいましたねえ……)
ここでの『3着』に、流石にナイスネイチャ自身も苦笑が隠せないけれども。
もう彼女は、勝敗に一喜一憂することはなかった。
(短距離で4バ身とか5バ身とか、いつもふざけた着差を付けていたホシジョーとクビ差、か……。
若干、距離が合っていなさそうな感じもあったけれども。……それでも、アタシの成長と捉えても良いんだよね、コレ?)
『それでも、ダンサーズクロスのことを見落としていたのは、言い逃れできませんなー』と反省すべき点はしつつも、周囲を見渡して気付く。
「ちょ、ちょっとちょっと! 1着取ったアンタが、そんなに呆けた顔してちゃダメでしょ! ほら、ファンに手を振って!」
「……えっ、わわっ! ちょっと、ネ、ネイチャ!?」
テイオー曰く、最終直線で笑っていたダンサーズクロス。ただ実のところ、それは無意識によるもので彼女自身は今日のレースで本当に勝てるとは考えていなかったようである。それが掲示板を見つめてずっと硬直するかのように放心していたことからも分かるだろう。
それに最も早く気付いたのがナイスネイチャで。曲がりなりにも地方重賞の場数を踏んでいたからこそ、とにかく彼女を再起させることに迷いなく身体を動かす。
当初はぎこちなくネイチャにされるがままで手を振っていたダンサーズクロスであったが、そこにナスノホシジョーも混じり、ダンサーズクロスの背中を軽く小突きながらお祝いの言葉をネイチャに続けるようにして告げれば、ようやく実感が湧いたかのように自分で声援に返すようになった。
その様子をみて、ほっとしたように溜め息を吐くナイスネイチャに対してナスノホシジョーが一言、
「……やっぱりソーエーちゃんが言ってたように、ネイチャちゃんってちょっと過保護なとこあるよね?」
「……ソーエーに引き続き、ホシジョーも同じこと言っちゃいますかー」
2着・ナスノホシジョーと3着・ナイスネイチャが、言い争いという名のじゃれ合いをしていた姿は、ファンにも実況・解説にもしっかりと見られていて、王者とずっと持ち上げられてここまで6連勝していた少女・ナスノホシジョーが、そこまで気落ちしていない――どころか笑いながらナイスネイチャと話していた姿に対して、皆安堵の表情を浮かべていた。
それは、ここで負けたとはいえ今年のジュニア級戦線で間違いなく最大の活躍をした王者が、ただ1度の敗北を変に引きずらないという安堵もあったが、それ以上に。
そもそも少女が落ち込む姿は見たくないよね! って言う保護者面によるところが大きかった。
ナイスネイチャも大いに過保護でありお人よしではあったけれども。
ここ門別のファンたちも、それに負けず劣らずのお人よしであった……ただ、それだけのことなのである。
*
「すまん。俺もダンサーズクロスの存在は完全に気取ることができなかった。
これではディッキンメダル唯一の受勲者の名折れだ――」
「……『ディッキンメダル』ってイギリスの動物に与えられる勲章だよね?
何で、ネイチャのトレーナーさんが持ってるのさ……」
「認識誤認魔法で鷹に扮しているときに、偶々大英帝国の不時着した軍用機を見つけたから、これも何かの縁と基地まで送ったときに貰った」
「いや、突っ込みどころがあり過ぎて、逆に本当なんじゃないかって思えてきたよボク……」
ついでに収納魔法の中から取り出されたディッキンメダルを見て『ホンモノだ……』と呟いたテイオーの姿を見て、内心何で分かるんだとテイオーのお嬢様成分に戦慄しつつネイチャは、思い出したかのように話す。
「……あっ! 鷹、と言えば中央トレセンでも、なんか大きな猛禽類がたまに空を飛んでいたけど、あれってトレーナーさんだったり?」
「いや。あれはエルコンドルパサーのペットだな。ちなみにマンボらしいぞ、俺には鷹にしか見えなかったが、新種かもしれん」
「……そもそも寮ってペットOKだったっけか」
黒ローブのトレーナーのぶっ飛び具合に慣れてきたナイスネイチャにとって、逆に中央って別にこの明らか不審者然としたトレーナーではなくても、不思議な人がそこそこ多いな!? という気持ちになっていた。なまじ、門別で出会った子たちが比較的常識人寄りであったこともある。
「……で。そんなことより、さ。
レースの方はあんな感じでホントに良かったんですかね……? もう少し、やりようがあれば1着はともかくとしても、ホシジョーに届きそうだったから、そこはちょっとトレーナーさんの意見が聞きたいわ」
ここから話の軌道修正ができる辺り、ナイスネイチャもまたもう大分ぶっ飛んできているが、彼女が真面目な話に切り替えたために、黒魔導士の男はディッキンメダルをしまって、答える。
「最初に言っただろう? これは、俺の構想外のレースだ。
貴様が今日の『JBCジュニア優駿』に何らかの『意義』を見いだせれば、それで十分だ」
この話題の急転換にテイオーは『もーわけわかんないよー!』と内心言いたかったが、流石に真面目な話を中断してまで言うことでもない、と空気を読む。
そして男の『意義』という言葉の解釈をテイオーも一緒になって頭を捻る辺り、彼女もまた大概良い子である。
一方、ナイスネイチャも思考の海にダイビングして、脳内の考えを海女のように採集する。
「ホシジョーとの着差……? いや、それともホシジョー関係なく2着と近かったことのが大事?
うーん……合っているようで、どうにもしっくりこない感じがある、ような……?」
ある意味では、男の問いに明確な答えは無いのかもしれない。百の言葉を尽くされたとして、肝心なのはそれにナイスネイチャが納得できるかどうかだ。
レースの『意義』とは、指導的な正しさだけで決まるものではない。
……というところで、トウカイテイオーが口を開く。
「……ねえ。今日のレース、って……勝つとみんなが思ってた相手が2着だった、ってことで良いんだよね……?」
「ホシジョーのコト? それなら、そうだけど……どしたの、テイオー?
そんなに難しい顔してさ」
テイオーは自分が考えていたことを隠すように、糊塗するかのように声をあげる。
「ボクが、似たようなレースをしてたら絶対勝ったと思うけど! 思うけど……。
……でも。
もし、他の走る相手がさ。例えばカイチョーとエアグルーヴと、ボク……みたいな相手でも、きっとネイチャは――3着になっちゃう、ってことなのかな……って。
いや、それでもボクが1着だけどね!」
「会長さんとエアグルーヴさんとテイオーとアタシ……?
またまたー、そしたらネイチャさんは良くて4着ですよー」
イノセントカップの後に『3着になりやすい呪い』が実は大したことの無いものだと理解したナイスネイチャにとって、その競走条件では3着になることはない、と断言できるものであったが。
現時点で、ナイスネイチャの戦績には1着と3着しか存在しないし、テイオー目線では『中央でも』3着になるナイスネイチャしか見ていないのである。
そして、そのイノセントカップでは現に、ネイチャは自分自身が格上だと思っていた相手が3人居る中で1人を破って3着になっている。
というか、それよりもテイオーが言いたいことは。
「……どんなに荒れたレースでも、イスネイ。貴様は最低でも3着を取り続けてきた。
それは『呪い』でも『運』でも『素質』でもなく――『実力』だ」
「……っ!」
不良バ場であろうと、スタートのやり直しが起きようと――王者が目の前で陥落しようとも。それでも、ナイスネイチャには安定性があって、それはトウカイテイオーの目から見たときに、既に脅威に映るものであったのだ。
シンボリルドルフという『絶対』を知るウマ娘にとって、そんなシンボリルドルフとの直接対峙という条件は、自己の自信を揺るがせるものである。
ただ、その条件でもネイチャは多分揺るがない、という判断がテイオーの中で席巻しているのだ。
今日のレースを通して、トウカイテイオーにとってのネイチャの評価は変わった。
それは最早、意識しているレベルではなく。強敵でも、ライバルでもなく――これは言ってしまえば、そう。
――『魔法』であった。
ナイスネイチャはJBCジュニア優駿を……そして。
ジュニア級を終えて、『魔法』を使うことができるようになった。