最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「や、やだなー。トレーナーさん。そんな『呪い』なんて大層な代物がアタシに憑いているなんて……」
ナイスネイチャは時間の巻き戻しと瞬間移動を見せつけられていたものの、かといって、それらの魔法はあくまでこの仮面黒ずくめ男が使っただけの『他人事』でしかなかった。
だからこそ、自分が『呪い』などという荒唐無稽な代物に侵されているなんて、すぐに信じることはできなかった。
――『よくある話のよくいるモブ』、それがナイスネイチャ自身の自己評価。
『呪い』という言葉に内包されているのはネガティブイメージだけれども、逆に自分自身に対して卑屈な彼女であるからこそ、そんな大それた『主要キャラ』のような特性を有していることを鵜呑みに出来なかったのである。
しかし、それは黒魔導士の男の言葉によって一変する。
「――『3着になる呪い』。それが貴様にかかっているモノだ」
「……っ!」
ナイスネイチャは、完全に硬直してしまう。
無理もなかった。……だって、彼女にはその『呪い』は心当たりがあり過ぎたから。
「試してみるか?」
「……た、試すって、どうやって――」
男は「脚を何日か休めたら此処に来い」と、地図の書かれた羊皮紙の端切れを渡して、そのまま歩いて去っていった。
「……帰りは魔法使わないんだね――って!
地図がすごく雑だし、何か文字が全然読めないんだけど!?」
*
「いやー……、中央トレセンってやっぱり凄いわー……。
まさか、未知の言語を解読できるウマ娘が居るとはねえ」
翌日の放課後に改めて羊皮紙を開いて眺めていたら、クラスメイトのトウカイテイオーとそのテイオーと一緒にいたキタサンブラックに見られて。
『人助け』ということで、ナイスネイチャとほぼ初対面なのに急に積極的になったキタサンブラックから「魔法なので!」という流れで、いかにも魔法使い! って恰好をしたスイープトウショウを紹介されることとなる。
では、そのスイープトウショウが魔法言語を解読したのかと言えば、別にそういうわけではなく。図書室で一緒に頭を悩ませていたときに偶々通りがかったゼンノロブロイにスイープが手助けを求めた結果、ゼンノロブロイが『未知の言語』に惹かれて全力を出して解読して今に至る。
なお、ロブロイがそれを解読したことに羨望の眼差しを向けたスイープトウショウによって「今度はこの植物図鑑を読んで!」と言われて、今はヴォイニッチ手稿なる代物の解読に取り掛かっているらしいが、それはナイスネイチャには関係無いので割愛する。
「『職員室と校長室の間にある寂れているのに何故か存在感の無い扉に、マムシの粉末をかける』……が答え、ねえ。
普通のウマ娘はそんなもの持ってないでしょ……まあ、アタシはちゃっかり手に入れちゃっているんだけど、さ」
何故ナイスネイチャがそんなものを持っているのかと言えば、彼女がしばらく前にみた通販番組で買いかけた『マムシの粉末』が『美味しくなって新登場』していたので、今回ばかりはあの黒光りするトレーナーに再び会うという目的も相まって購入に傾いたのである。
それが栗東の寮の自室に届いたとき、受け取ったのは同室のマーベラスサンデーで、彼女は『マムシの粉末』に対しては数分間悩んだ末で、マーベラス判定が下されない、という騒動もあった。
で、通常状態だとほぼ見落としそうなところにあった扉に、ネイチャがマムシの粉末をかけると、みすぼらしいはずだった扉が、いつのまにやら蛇を活け造りにしたような精巧な彫刻が施されたアンティーク調のものへと変化していた。
「――趣味わっる……」
振りかけたマムシの粉末はどうやらその活け造りの彫像が食べた? もしくは吸ったようで、後であのトレーナーに代金をあわよくば請求しようと決意を新たにしたナイスネイチャは、その扉の中へと入っていったのであった。
*
「遅かったなイスネイよ。『3着の呪い』については大体分かったぞ」
黒魔導士の男が『遅い』と断じたのは、既に先の選抜レースから1週間程度が経過していたからである。その間、ナイスネイチャは何をしていたのかと言えば――ゼンノロブロイの未知言語の解読待ちであった。
……というか高々1週間程度で何とかしたロブロイが割ととんでもないのだが、男は意に介さずに述べる。
「まず……『呪い』とは言うが、絶対に3着だけしか取れなくなる……というわけではない」
「ちょ、ちょっとトレーナーさん!? あの後、アタシと一切会ってないのに、そう言い切れる根拠がネイチャさんには見えてこないって言うか……」
確かにナイスネイチャの下にこの1週間、男が訪ねてきたことはない。にも関わらず、陰気なローブの男はほぼ断言に近い形で話を進めていた。
「……ん? ああ。別に大したことではない。
ただ過去の貴様と、別世界の貴様のデータを見てきただけだ」
「いや、充分大したことなんですけど……。というか、過去はともかく別世界のアタシって一体何をしていたり?」
「なんか、良く分からんが誕生日に5000万円くらい貰っていたぞ」
「ホントに何してんの!? 別世界のアタシ!?」
実際にはナイスネイチャ自身が貰った訳では無いし、『再就職支援』テーマだったりするのだが、その世界は男にとっては、ちらりと黒魔術で覗いただけなので、細かいところは大雑把な理解であった。
「で、話を戻すが。
『呪い』があくまで順位を確定させるものではなく、傾向を強める程度となればそれなりに対策は出来る。……まあ、さっきの5000万円世界よりかは強く影響を受けているようだが」
「まー、確かに地元じゃアタシも割と1着も取ってましたし、ねえ」
絶対3着になるのではなく、3着になりやすい呪い。別の世界の中にはレース終盤で3着になると急に速度が上がり出す逆の現象が起きている所も、あるにはあったようだが、男にイスネイと呼ばれているこのネイチャはその対極に近い。
「……というか、トレーナーさんの魔法とやらでパパっと解決できたりしないんです?」
「『呪い』は当事者同士の契約に近いから難度は高い。とはいえ、やってやれんことは無いな。今後貴様に先着する予定のすべてのウマ娘の魂を、供物として代償に捧げれば――」
「あ、やっぱアタシが自分でやる方向で……」
そんなやり取りをする中、男は
もっとも、この部屋の角度的に中庭の女神像が見える場所ではないのと、あまり人目に付きたくない隠し部屋だからそもそも窓がないから、ネイチャが窓だと認識しているそれは、実は魔法で投射されているだけの映像のようなものだったりするのだが。
「ならば方向性は大きく分けて2つある。
別に今の貴様は1着が全く取れないわけではない。だから、過去のイメージなり、自分の自信なりを身に着け、メンタル的な抵抗力によって呪いをはねのける……まあ、あれだ。要は『気の持ちよう』というやつになる」
男は更に『もっとも、それなら頼るべきは俺ではないだろうが』と付け加える。そしてナイスネイチャ自身もある意味ではその男の言葉に納得していた。
『呪い』を自らの精神力で何とかするウマ娘……それは、まさしく『物語の主人公』と言って差し支えない、キラキラした主役のウマ娘像だ。
(――つまり、これってアタシみたいなモブじゃ……無い)
キラキラしたウマ娘が不屈の精神と、頼りになるトレーナーと二人三脚で問題を解決して1着になる。それは、理想形であったが、逆に『今』のナイスネイチャにはその姿を自分自身のものとして描くことが全くできなかった――あるいは。
それ相応のトレーナーと出会い、その者から請われてスカウトを受け切磋琢磨した、そんな経験があればネイチャの考えも変わったかもしれないが、皮肉なことに今現在最もナイスネイチャのことを気にかけてくれているトレーナーは、社会的に信用し難いこの自称黒魔導士なのである。
だからこそ、ネイチャは2つ目の選択肢が気になった。
「後は。
――3着で構わない、という考え方だな。『呪い』を打ち破るのではなく『呪い』と共生するという在り方だ」
「……。
――えっ!? 3着……でも、良いの? アタシが?」
それは完全にナイスネイチャの脳内には存在し得なかった言葉であった。キラキラの1番の栄光を掴みたいという欲求は彼女の中にも勿論存在している。しかし、同時に、そのビジョンが全く見えない中での試行錯誤はネイチャにとって深い霧の森の中を歩くも同然であった。
そんなナイスネイチャの慟哭を、男は少々勘違いして受け取る。
「ああ。その『呪い』が確定3着であったら俺でも困ったところであった。『収得条件』というより上位のレースに出ることの出来るレベルアップの条件が『重賞2着』以上だし、その収得条件のポイントが0ptのままだとGⅠレースに出走すら出来ないからな」
「……魔法を使っている割に、そういうところは理論派なんだねえ、トレーナーさん」
「――どうやら『非魔法使い』は、魔法のことを神秘主義的と捉えがちで、それは大いなる誤解だが……今は良いか」
一度話を整理すると、メイクデビューや未勝利戦において昇格条件は1着を取ること……より正確に言うのであれば、男の言う『収得条件』のポイントを0ptではなくすれば良い。だからこそ『確定3着の呪い』であった場合には、未勝利戦を突破出来ずにクラシック級夏を過ぎて出られるレースが無い、ないしは出走すらも運次第となる『除外にならないようにするお祈りゲーム』なってしまう。
その辺りの細かい話まではナイスネイチャも理解していないが、さりとてレースの階級分けがクラスアップ形式を取っていて、実績の無いウマ娘が上位のレースにはいきなり出にくい制度であることはトレセン学園の授業で既に習っている。
「――無論、勝つ必要はある……が。もし、イスネイが本気で俺と共に付いてくるのであれば、俺は少なくとも貴様に重賞レースで1着や2着を取ることを求めん。
『3着』であったとて、貴様を最高峰の世界へと導いてやる――これが第2の選択肢だ」
男の出した条件は、この時のナイスネイチャにとってみれば破格であった。
……きっと。もっと一般的な……というか彼女自身に寄り添い、闘志の奮起させるまで『待てる』ようなトレーナーが先に話しかけていれば、このような話をナイスネイチャも受け入れることはなかったかもしれない。
彼女の『素晴らしい素質』を見抜き、目先の順位に囚われずにその素質を信奉出来るトレーナーと出会っていれば。ナイスネイチャは確実にその人の手を取っていただろう。
――しかし、それらはこの場においては全て仮定の話である。
一度の重賞の勝利なく。ただ『3着』であることで、頂に――キラキラを手にする可能性の提示は、ナイスネイチャにとって文字通り……。
「――そんな、魔法みたいなことが……本当に……?」
「俺は、黒魔導士だからな。この程度、魔法でも何でもない。
……だが。本気で俺の手を取るのであれば、1つだけ重要な話がある」
「……まあ。そりゃ、そうですよねえ。
対価くらいは要求――」
自称・黒魔術使いで怪しいローブを着てて、マムシの粉末が無ければ入れない部屋の住人なのだから、そりゃ美味しい話には裏があるに決まってるとネイチャは直感的に思ったようである。そこには、男が呪いを強制解呪するには他のウマ娘の魂が必要、と言ったことも重なって、割ととんでもないスピリチュアル的なものを要求されるくらいに考えていた。
「――イスネイ。まだメイクデビューもそれ以外の公式戦も一度も走ったことは無いよな?」
「……え? あ、はい。そりゃー、選抜レースに出てるくらいだし……」
「よし。であれば、充分だ。
なら、メイクデビューは来月の――5月前半にするか」
「……それだけっ!? え、えっと……じゃ、じゃあー、よろしくね。トレーナーさん」
こうしてナイスネイチャと最強黒魔導士のタッグが誕生したのであった。
*
そして1ヶ月も経たない内に、ナイスネイチャのメイクデビュー戦はやってきた。
「――URA認定スーパーフレッシュチャレンジ競走、ジュニア級9人のウマ娘が今日、メイクデビューを飾ります」
「1番人気を紹介しましょう――4番ナイスネイチャ。2番人気は3番ナスノホシジョー、そして3番人気に2番のソーエームテキとなっております。
さあ、着々とゲートインが完了しています。
……門別レース場、第5レース。新設距離のダート1100mのメイクデビュー戦。間もなくの発走です――」
……北海道のローカル・シリーズレースでのメイクデビュー。事前に編入のための試験を終えて、ゲートインまでしたこの期に及んではナイスネイチャは声こそ出さなかったが、内心では大声で叫びたい気分であった。
(……どうしてこうなった!?)
史実ナイスネイチャ号のデビュー期には門別競馬場がまだ出来ていませんが、本作においてはアプリとそのアプリがおおむね基にしている2020年日程を目安にしつつも、やりたいことを優先して独自に再構築しております。(具体的には中央重賞日程は極力アプリ準拠にしていますが、それ以外においてはその限りではない場合もあります。)
そのためナイスネイチャ以外の一部のウマ娘も史実とは異なるレースに出走することもあります。予めご了承ください。