最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
ナイスネイチャは中央のレースと北海道を行き来することになり、割と移動がバカにならなくなってきた。
前走・福寿草特別にしても、年末年始はネイチャは実家で暮らしそのまま京都直行で。そしてレースが終わったら北海道・門別に戻るという中々の強行軍を行っていた。
一応、ここのナイスネイチャは転移魔法による身体再構成を是としているので、極論で言えばそうした移動に煩わされる必要は本来は無い。実際に昨年のメジロマックイーンの函館でのレースにおいては、函館―門別間の移動を日帰りで確実に行えるように男の転移魔法を駆使していた。
だからこそ、一度は男も移動による疲労や時間の浪費を軽減するための提案は行われている。
「ま、頼った方が良いのは確かなんだけど、さ。
でも、切羽詰まっているわけでもないのに、トレーナーさんに頼り切りになるのはちょっとね」
ナイスネイチャの言外に含まれた意図を、男は正しく読み取る。
というのも黒魔術による瞬間移動は、ナイスネイチャ視点で見れば男の存在に依拠する『一時的措置』である。
無論、男はこの中途半端な段階でトレーナーを降りることなど毛頭考えていないし、それはネイチャも同様ではあるものの、とはいえ未来に何が起こるのかが分からないことは異界の賢者たる男はよく知っている。
例えばそんなことが起こらないとは思うが、いきなり三女神像が動き出し、男という異物を排除に動くかもしれない。モンスターや軍と比べてしまえば神格との戦闘経験はあまり多くない男にとって、それは避けたい事態である。
と、諸々の不確定要素がある以上、低確率事象に対してもしっかりとリスクヘッジを行っているように見えるネイチャには、男は好感を覚える。
そして男の世界では『敢えて変えない』ことを文化的に貴ぶことがある。男としてはより便利になる選択を否認するナイスネイチャの言動はそうした男自身の価値観に照らし合わせても好ましいものに映っていた。
そうは言いつつも、男自身は門別に来るときには空港での荷物検査を面倒がって転移魔法で来ていたりしていたが。最大限に好意的に解釈してやれば、黒魔導士の男もこの1年で成長したということでもあるのだろう。
*
1月後半。屋内トレーニングを基幹として行っているナイスネイチャである。この点においては、完全屋内の坂路コースの存在並びに所属生徒数の減少がトレーニング効率の維持に寄与していた。
後は、北海道と聞いていて当初ナイスネイチャが覚悟していたようなテレビのニュース映像で見るような積雪量には程遠いことも安堵の一要因であった。
……もっとも、日高山脈に居を構えた男の小屋は、それはもうひでえことになっているが、あの男は別にそれを気にする性質でもないので割愛する。魔法で屋根の雪を消すことくらい造作もないのだから、心配するだけ無駄というものだ。
「イスネイ、そろそろ次走を決めようと思う」
「ひゃぁっ!? その急に背後に立つのやめてよ、トレーナーさん!」
トレーニングを終え一息ついていたナイスネイチャの間隙に這い寄るかのように、心理的な死角を突きつつ、彼女が脱力しているタイミングを気味が悪いほど指し示したかのように転移してくる男。
で、2人は一旦トレーナー室へと戻る……徒歩で。流石に公衆の面前で相談することは憚られる内容だからだ。というか、帰りは徒歩なら、最初から行きも歩いて来れば良かったのでは……というのはナイスネイチャ談。
「……おっ。これって……鮭とば?
もしかして、この前のスルメのお返しって感じだったり?」
「まあな、この前のあたりめの件もあって似たような海産物の加工保存食品を見繕ってきた。それに去年の秋鮭から作ったものだと聞いた」
「……聞いた、って誰に?」
「無論、生産者だが?」
「……トレーナーさんって、時折異様にフットワークが軽いときがあるよねえ……。ま、それは良いか、とりあえず、じゃ、いただきます。
――ほほう、これは癖になる塩味……」
不審者の一定ラインを大きく超過していることから、田舎の地域によっては一周回って逆に受け入れられることもあるのがこの男である。
住民や隣人としてみれば黒ローブの仮面男なんて最悪に近いが、観光客として考えればまあ変人程度で収まるものだし、見方によってはそういう芸能人やYouTuberのようにも見えなくはない。
で、煎茶ではなく暖かいほうじ茶が淹れられる。こいつら、最近いつも和のお茶会やってんな。
それはともかく、次走についてだ。
「前走で6着ではあったが、中央の特別指定競走への出走要件は依然満たしている。だから、中央Pre-OP戦への方針は変えるつもりはない」
……地方ウマ娘が中央のPre-OP戦で出走できるレースを示す『特別指定競走』は、一般認定ウマ娘であるナイスネイチャに課せられる要件として『直近の2走がいずれも6着以下ではない』というものであった。
確かに福寿草特別は6着であったが、前々走であるJBCジュニア優駿で3着であることから、片方が5着以上なのでこの条件はクリアしている。
「それ自体は別に良いんだけどね、トレーナーさん。
確かに前回はアタシの位置取りが微妙ではあったけど、さ。同じことの二の舞にならないようにはしたいんだよねえ」
「俺なりに対策は考えていた。
1つ目は、これは俺のミスではあったのだが。いかに貴様のスタミナが潤沢とはいえ、公式戦では初の芝の舞台を『中距離』で設定するべきではなかった――」
福寿草特別は芝の2000m。しかし、ナイスネイチャのジュニア級において出走したレースは全てマイル戦以下だし、何なら短距離の方が多い。慣れていないバ場と距離という二重苦を負わせていた、という意味では男の失策とも言えた。
擁護するのであれば、男にとってナイスネイチャというウマ娘は出会ったときには芝の中距離を志していたこと、更には『別世界』のナイスネイチャを知っていることから中長距離をダイレクトで狙ったのは全く荒唐無稽というわけでもなかった。
更に、男にとってここでのPre-OP戦は、NHKマイルカップのステップレースへの『選考会』にてダメ押し目的のレースであり、必ずしも高順位を収める必要があるものでもない。だからこそ、色々と『お試し』の意味合いが含まれていたことも否定できないであろう。
そこには、同室であったソーエームテキが勝利したレース場、同じ距離のレースにてナイスネイチャのパフォーマンス変化を確認する、というような実力の引き出し方への模索は伺えるのだ。
とはいえ、そこまでの意図をナイスネイチャに話す必要は無い、と男は自身の考えを秘匿している。恐らく、話したところでナイスネイチャは反感を抱いたりしないだろうことは間違いないが、さりとてこれは『棄却された仮説』だからだ。
無いと分かったものを共有するのではなく、良かったことを共有する方が建設的だと男は判断している。この考えが正しいかどうかは分からないが、それでも男はネイチャに対して最初から全てを話さない方針をずっと取っているのは確かである。
「2つ目。
貴様はずっと門別で走り続けてきていた……だから『ローカル・シリーズレース』特有の感覚に慣れ切っている。そういう意味ではいきなり
東京・中山・京都・阪神のGⅠ等の大レースもよく行われる場所だ。トゥインクル・シリーズ内におけるレース場間の格差問題は是正されてきているが、それでもこれらの『中央場所』の規模が大きいのは確かである。
比較すること自体がややナンセンスかもしれないが、一例を挙げれば門別レース場の収容人数は1300人程度。この数は京都レース場の『指定席』定員の半分強程度なのだ。京都レースの収容人数は12万人あると言われていることを考えれば如何に『ハコ』のサイズ感がいつもと違うかが分かるだろう。
なおあくまで『収容人数』なので、実際の『入場者数』のレコードだと京都レース場はこれより2万人以上多い。
他のプロスポーツにおいて『ホーム』と『アウェー』という言葉があるように、慣れ親しんだ場所とそうでない場所というのは、スポーツ選手でも歴然とパフォーマンスを変えることがある。『同着』が許されないスポーツによっては、単純な勝敗数が同じだったときに特に『アウェー』での試合結果に重きを置くケースだってあるくらいだ。
ましてや競走ウマ娘は、同時に学生でもある。彼女らにプロスポーツ選手と同等のメンタルの強靭性を求めるのは少々酷である。同じ場所で狙ってレースをし続けるというのは、立派な戦術構築なのだ。
「えっと……それって、つまり……どういう?」
「トゥインクル・シリーズレースであっても。『ローカル』戦を狙うべきだったかもしれん。
……これを統合すると、次走は――『かささぎ賞』。
特別指定競走の芝・1200m。……小倉レース場の短距離戦を狙おうかと考えている」
「小倉レース場……」
地方トレセン学園所属のウマ娘による『ローカルシリーズ』と名称が近いが、中央場所ではないトゥインクル・シリーズレースのことを『ローカル戦』と呼ぶことがある。小倉レース場の収容人数は3万7000人。
確かに門別とは比べるまでもないが、それでも京都よりはコンパクトだ。
「――ただし、同時に欠点もある。
小倉の最終直線は293m。先の福寿草特別よりも更に短い。
それに1200mの短距離戦では、ほぼ下り坂だから――スピード勝負の様相がかなり強い。小手先の戦術はかえって通用しないぞ」
差しウマ娘であるナイスネイチャにとって小倉の短距離戦は必ずしもメリットだけではなく、むしろコースの形状としては不利な要素も含有している。
で、あったが。
「……もう。前に言ったでしょ、トレーナーさん?
アタシはどこに出れば良いのかなんてよく分からないから、そういうのはトレーナーさんに任せるって。
……うん。だから、アタシは小倉の『かささぎ賞』に出ようと思う――」
*
「分かった。
それで、今月末の週末に一度小倉の下見をしておきたい、と思ったのだが――」
「えっ、あー……でも必要かな。ちょっと遠いかもだけど……。
で、何さトレーナーさん?」
急に言い淀む黒魔術のトレーナーに対して発言を促すナイスネイチャ。確かに京都のレースではお正月明けすぐということもあり、下見をする余裕は確かに無かったこと。だから、事前に見ておくのもアリかもと、ネイチャも男の意見に賛同しているのだが、しかしどうにも男の歯切れが悪い。
「あー……すまんが。その日は予定が入っていてな。
――フィリピンの『ディナギャン』祭りの来賓で呼ばれているのだ」
「……はい!? なぜにフィリピン!?」
『ディナギャン』は、フィリピン中部にある9番目に人口が多い都市・イロイロで開かれるお祭りだ。フィリピン政府観光局の最高賞を4冠し、国際的にも名声高く、何なら異例の措置として国連の支援も受けているレベルである。そうしてついた異名が『すべてのフィリピンのフェスティバルの女王』。
女帝ではないが、実質的にはフィリピンお祭り界のエアグルーヴみたい、と言ったら多分エアグルーヴはめちゃくちゃ渋い顔をするだろう。
「……『ディナギャン』のダンスコンペの審査員をやっていてな。流石に断れん」
国内移動ならまだしも、国家間の移動――それも公的な行事を介したものとなると転移魔法で手軽に行き来してしまうと入国手続き等で極めて面倒なことになり、最悪国際問題に発展しかねない。
興行規則でもってナイスネイチャをGⅠに出走させようとするくらいには案外規律を重視しているこの魔法使いの男が、そういう煩雑な手続きにおいて手抜かりすることはない。それに自身が目立つことも理解している以上、小倉とフィリピン・イロイロの行き来を易々とやるわけにもいかないのだ。こういうところは変に常識的である。
「いや! 良く分かんないけど、多分それは行かなきゃダメなやつだ!?
わ、分かったからっ……! 小倉の下見は何とかするから!」
そして内心、いつか自身も別の何かで巻き込まれるかも、と覚悟して早めにパスポートを取っておこうと考えるナイスネイチャなのであった。