最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「いやー……わざわざありがとね。
あんまりアタシと関わりなかったのに、わざわざ佐賀から小倉まで来てもらって、さ――クラジョウオー」
「いえ、別に気にしないで……というか、確かに日常生活ではあまり関わりはありませんでしたが、同じレースに何度も出た仲ではないですか、ネイチャさん」
クラジョウオー。
栄冠賞4着、イノセントカップ5着、JBCジュニア優駿では10着であった門別の同期にして、現在は佐賀トレセン学園に籍を置くウマ娘。
この戦績だけで言えば微妙に見えるかもしれないが、とはいえ彼女は門別においてオープン戦も含む3勝をジュニア級に挙げている。その点で見れば確かに上位層であることには違いない……というか地方重賞の舞台に出てきている時点で有力ウマ娘ではある。門別での優勝も1000mに偏っていることから恐らくはスプリンターであろうとネイチャは目星をつけていた子だ。
更に、佐賀転校後の初のレースでは1400mのダート戦で更に勝利数を1つ伸ばす結果となっている。
「そう言ってくれるとホントに助かるわー。ってか、レースと言えば最近勝ったらしいじゃん!
おめでたい話だけど、さ。そんな時期にアタシの付き添いなんかに巻き込んじゃったけど……今更ではあるんだけど大丈夫なの?」
「いえ、ちょっと休養を入れようと思っていたところでしたので、渡りに船でした。それに……ルビーさんが度々ネイチャさんのことは門別時代に話していたので、まさか転校後にこうして落ち着いて話せる場が出来るとは夢にも思いませんでした」
「ルビーさん……。……あっ、カネマサルビーね。付き合い長かったり?」
「はい、私もルビーさんも生まれも門別でしたので――」
意外と交流関係が狭いホッカイドウトレセン学園である。トレセン生になる前の幼少期から近くに住んでいた子というのが意外と多い世界であった。
そして『ルビーさん』と言われて、ナイスネイチャが一瞬カネマサルビーのことだと同定するのに時間を要した理由は、別の中央のウマ娘である『ダイイチルビー』のことを想起したためであった。
何故急にダイイチルビーか? と問われれば、ネイチャがメッセージアプリにおいてイクノディクタスとやり取りをしていた際に出てきた名前であったからだ。
シニア級ウマ娘であるイクノディクタスの次走予定は京都ウマ娘ステークスで、そこにダイイチルビーも出走登録を行っているとのこと。更に、既にイクノディクタスとダイイチルビーの間には3度の対戦歴がある……ちょうど、それは今目の前に居るナイスネイチャとクラジョウオーの対戦数と同じだったり。
2人の直接対決は今のところどちらも勝ち星をあげていないからこそ、意識するものもあるようであった。そうした話を直近に伺っていたナイスネイチャだからこそ、一瞬『ルビーさん』と言われてカネマサルビーではなくダイイチルビーを思い起こしたのである。
とはいえ、その反応速度は傍から見たときに、極端に違和感を生じさせるものではなかったためにクラジョウオーも、そして付き添いで来ていた彼女のトレーナーも特に指摘する程の間ではなかった。
そして彼女らが集まった小倉。
まず第一に。これは恐らく全ての小倉を知る者に対して非常に申し訳ないことだとは思うけれども、この地名の読みは『こくら』である。決して『小倉あん』とかで読まれる『おぐら』では断じてないことを最初に強調する。
なお『
もっとも『京都レース場』のある淀と嵐山の対面にある山を近い、というのは京都内部で話をする場合にはかなり暴論にはなるが。
そして第二に、その小倉が九州の地名だということ。
であるのだが、実際のところ『小倉』という地名のネームバリューに比べて場所の知名度は、多分既知の人間の想定よりは、かなり低いと断言せざるを得ないだろう。
なので、小倉は福岡県の北九州市にあるよ! ……という説明は、この文脈においてはあまり意味を成していなかったりする。というのも『小倉』は知らないが『北九州市』の場所は分かる、というパターンはなかなか少数派であるので。
ということで小倉、並びに北九州市が『どこ』なのかという問いをされた場合には、恐らく『九州のすげー右上』と答えるのが無難かもしれない。
この周辺の地名でピンと来ない方にとってみれば、関門海峡の近くとか本州との結節点、みたいな説明をされても、そもそも本州の西端の形があやふやであることが多い。きっとこれまで多くの九州人が、九州の地名の説明を丁寧にしたとしても全くピンと来ない本州人に『へー』で流されることを一度は経験していると思う。下手するとあいつら九州に9個の県があると思っていたりするし。
と、ここまで来て小倉レース場の説明に入るが、このレース場は北九州市内に位置しており、土地をかなり使うためにそれなりに辺鄙な場所にあるウマ娘レース場の中でも例外的にモノレール駅直結という神立地にある。
ただ、小倉レース場周辺が都会かどうかは恐らく一枚議論を挟むことにはなるだろうが、それでも街づくりシミュレーションゲームにおいて最大アップグレードした道路のような、中央分離帯の上にモノレール路線があったり、ちょっと行けば高速が頭上を走っているタイプのメインストリートがあるエリアではある。
しかしレース場の立地が良くても、遠方からやってくる場合に恐らく利用することになるであろう北九州空港へのアクセスがそこそこ微妙なので、総合的にはトントンになる。それでもお隣の大分空港よりかは我慢できる範疇には位置している。
ただナイスネイチャは佐賀トレセンのクラジョウオーと現地ではなく博多で合流することにしていたために福岡空港を利用した。こっちの空港はアクセスが良すぎてむしろ逆に恐怖を覚えるレベルに突入している。
そしてクラジョウオーのトレーナーの運転する車で1時間と少しかけて、遥々小倉レース場までやってきたのであった。
それと全く同じタイミングでフィリピンのイロイロに居るイロモノ男は、アティ族の伝統ダンスの審査を行っていた。
*
「――けっこう、コースに特徴があったね。
ペース配分が鍵になりそう」
第2コーナー奥のポケット地点からスタートする1200mでは、男も言っていたようにほぼ下り坂……であることは勿論のこと、スパイラルカーブと呼ばれる入口では緩やかに曲がりつつ出口に行くにつれて急になるカーブが設置されていて、更に最終直線は平坦。
例えばGⅢの『小倉記念』に代表されるような中距離レースでは息を抜くタイミングも肝要となり、そちらもペース配分は重要になる。しかし短距離戦という意味では、向こう正面に居る間に上がり気味なペースに対してどのように処理をするかが恐らく大事になるだろう。
ナイスネイチャは、下見の必要性こそ感じていたものの、ここまで得るものがあるものとは思っていなかったために実際に見に来て良かった、と満足できるものであった。
……加えて言えば、クラジョウオーのトレーナーが細かく説明してくれた、というのも大きいだろう。親切心、では勿論あるだろうが、ネイチャの狙う芝の中央マイル路線とではクラジョウオーが競合しないという戦略込みの行動でもあった。事実、ナイスネイチャに対してダートコースの解説は、次走に無関係なこともあるが、それを踏まえても殆ど基礎的なレベルしか話をしていない辺りは、親切と同時にしたたかな部分でもある。
「……ってか、さ。クラジョウオー、さっきまでうどんを7杯も食べていたけど、ちょいと食べ過ぎじゃない?」
「はふ? ……そんなこと言われましてもネイチャさん。この豚まんはあげませんよ?」
「いや、もうアンタが口付けているでしょそれ……。別に奪おうと思って言ったわけじゃないから」
ウマ娘としてみれば、個人差が大きい以上なんとも言えないがクラジョウオーはそれなりに健啖家なようにみえる。加えて、このクラジョウオーは福岡空港でもネイチャの到着待ちの間に海鮮丼を食べていたりする。
それでもトレーナーが別に何も言って来ない辺りは、これが普通か、あるいはオフだから口出ししないだけなのかはネイチャには断定できなかった。
なおクラジョウオーが食べていた7杯のうどんは同じものではなく、彼女の所属する佐賀でも有名なごぼう天うどんに、焼きうどんに、かしわうどんなど様々なラインナップがあったので、選ばずに食べたいと思ったものを全買いした結果であった。
うどん杯7冠ウマ娘である。
「……ごくん。それでネイチャさん、まだチェックインには余裕ありますよね? この後はどこに
「……とは言われても、ね。
別にメインの下見は終わっちゃったし、どっか観光しよう! って意気込みで来たわけでもないから、ネイチャさんあんまり詳しくないのよ」
ナイスネイチャはひとまずスルーしたが、クラジョウオーが自分の食い気だけでそのような提案をしたわけではないことは薄々察していた。
というのも、前走・6着であることは周知の事実であるわけで、それまで1着と3着しかネイチャが取っていなかったことは当然クラジョウオーの頭にも刻まれている。彼女の対戦成績において全てナイスネイチャに先着を許しているので彼女の目から見たときにはナイスネイチャとは越えるべき壁であったのだから。
そういう要素を踏まえると、一緒に遊びに出かけるのが初であっても、ナイスネイチャがもしかしたら落ち込んでいる可能性を考慮して気を遣っている側面もあった。門別時代に日常的には深く関わってこなかった故に、その踏み込み方は慎重ではあったもののとはいえ3度も同じレースを走った仲でもある。そんなネイチャの初の掲示板外しに対しては、心配くらいはするものであろう。
「あっ! それならクラジョウオー、この近くに商店街ってあったりする?
トレーナーさんにお土産を何か買っていこうかなって思っていたから――」
この質問にはクラジョウオーのトレーナーが、市街の方にアーケードのレトロな商店街があるから車はここに置いてモノレールで行くことを提案して、それにウマ娘2人は了承の意を返す。
このネイチャの商店街要望は、彼女が話した内容も無論真実であったが、それとともに、まだ食べたりなさそうなクラジョウオーの食べ歩き成分を補給、という意味合いもあった。
お人好しウマ娘に対して、お人好しのカウンターを入れた形である。
そして、この後の小倉のアーケード商店街でのやり取りは、ネイチャがオートで商店街のおじさまおばさまを籠絡して虜にするハーレム系主人公と化すので割愛する。この辺のテクニックは世代屈指――どころか多分世代最強なのがナイスネイチャというウマ娘なのだ。
「ネイチャさんって、ご年配の方などに好かれるのが非常にお上手ですよね……やっぱり」
「……『やっぱり』?」
「前にホシジョーさんから『外の者には厳しいカラオケ屋のおばちゃんを一瞬でメロメロにした』……って話は伺っていましたので」
ネイチャと地方重賞以上の格式のレースで3回走っているということは、同じくナスノホシジョーともそれくらいの数は当然このクラジョウオーもブッキングしているわけで。
しかもそのエピソードだけではなく、ネイチャが普段使いするお店などは門別――つまりはこのクラジョウオーの生まれ故郷にある。
そして。ナイスネイチャの高年齢層の人気の高まりは地元民には直でキャッチされるわけだから、おじさま・奥様キラーウマ娘であることは最早周知の事実なのであった。
*
そして北海道に帰ってきて。
「はーい、トレーナーさん。小倉のお土産。
かまぼこ……なのだけど、フグの皮から作られているらしくて。面白そうでつい買っちゃった」
「そうか」
そう言って、男は無詠唱魔法でステータスオープンをかまぼこに対してかける。4秒くらい見つめた後にこう告げる。
「魚肉のすり身を熱した加工食品か。毒性のある生物を魔法も使わず無毒化するとは、優れた錬金術師の権威でも至難なことを成し遂げているな。
それなら、ほれ。俺も貴様に買ってきたぞ」
「マジ!? フィリピンのお土産って全然想像できないから気になるわー。
ちょっと、ここで開けても良い?」
男がそのネイチャの問いに対して是を返せば、箱の包み紙を破らないように丁寧に開く。
すると、中から出てきたのは肌がこげ茶色で、頭にカーニバルの衣装のようなカラフルな鳥の羽を被り、ラクダ色の腰蓑の15cmの人形が出てきた。
「……なにこれ?」
「Dagoyと呼ばれる『ディナギャン』祭りの公式マスコットキャラクターだ。『喜び』と『友情』を表現しているとのことだ」
「はへー」
結局、ナイスネイチャはその人形を自室には持ち帰らなかったので、トレーナー室に飾られることとなった。