最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
前走・かささぎ賞での勝利は、ホッカイドウトレセン学園に戻ってからの話題性が大きかった。ここに所属するウマ娘が中央でも通用する、というのはソーエームテキの京都ジュニアステークス勝利の一件でも明らかであったのだが、門別所属のまま中央のレースに勝利する……というのは、そこまで頻繁に起こる事例ではなかったためである。
ということで、今までもローカルな注目自体はされていたが、その北海道ローカルのテレビ局や新聞社などの取材対応にやや追われることとなる。これは、既に次走がNHKマイルカップの前哨戦であることをあの黒魔導士が明言していて、裏を返せば2ヶ月程度は次走予定が無いことが分かっていたからこそ、今ならネイチャにかかる負担も少ないとみてのメディア判断であり、そしてそれを是としたホッカイドウトレセン学園判断でもあった。
そしてナイスネイチャが勝利した『かささぎ賞』……この『かささぎ』とは鳥の名前で、中国においては七夕伝説にて織姫と彦星の間を繋ぐ架け橋の役を担う鳥であることから、それになぞらえて『"伝説"の渡し役』という異名がナイスネイチャに付けられることとなった。
これには、ネイチャの数奇な遍歴も影響していた。
まず中央のトレセン学園に入学したのにも関わらず、何故か急遽転校して門別でデビューしたということ。
次に北海道の地方重賞路線でしのぎを削った強豪で、ある意味ではジュニア級における『伝説』的な存在であるナスノホシジョーに果敢に挑んでいた、ように見える点。
そして、中央重賞の勝者となったソーエームテキとは同室の関係。
去年の門別ジュニア級の隆盛のいずれにもナイスネイチャは多かれ少なかれ関わっていたことを思えば、客観視すればあながち誇張、という訳でもなかった。
「いやー……詐欺でしょこれ」
前に取材を受けたウマ娘レース雑誌の特集記事に書かれた煽り文句を見ながらナイスネイチャは改めて感想を述べる。
なお『かささぎ』という名前の鳥だが、種としては『カラス』に近く、鳥の『サギ』ではない。『サギ』ではない詐欺なのである。
それはともかく、この雑誌は北海道でしか販売していないため、ナイスネイチャは親に強く求められたこともあり、しぶしぶ実家へ郵送する羽目になっていた。既に今日は郵便局の営業が終わっていたこともあり、一旦は寮の自室へと雑誌を持ち帰ることとなる。
そこで、改めて新たな同室であるナスノホシジョーにこの話を振れば。
「……でも、ネイチャちゃんはまだ良いと思うな。
私なんかジュニア級って枕詞が付いた上でだけど、『王者』とか『女王』とか『覇者』とかそんな感じで呼ばれるんだよ?」
「ホシジョーはそれに見合った活躍してるから……ううん。
ごめん。一回自分が同じ立場にもしなったらで考えたら、確かに嫌だわ……」
ナスノホシジョーもナイスネイチャも2人とも夜の寮の自室で遠い目をしていた。
沈黙が場を支配した瞬間、ナイスネイチャのスマートフォンからメッセージアプリの通知音が鳴り響く。
「あ、ネイチャちゃん携帯……」
「誰からだろ……って、マーベラスか。あっ、中央のときの同室の子だよ、ホシジョー」
「へぇー、それでどんな内容? あ、別に言いにくいことなら――」
「そんなんじゃないから、気を遣わなくてもいいってホシジョー。
……ただ、遊びに行こうとか、そういう感じのやつだったから、さ」
話しながらネイチャは、マーベラスサンデー宛てに返信を送る。確かに言われてみれば、こうしたメッセージのやり取りや通話こそしていたが、面と向かって遊ぶ機会は久方無かったような気がする。
機会に恵まれなかったと言えばそれまでなのだが、とはいえイクノディクタスやツインターボとはそこそこ会うこともあったので、確かにそろそろマーベラスの顔も見たいな、と思う気持ちがネイチャの中にもあった。
ただ、そうは言っても北海道と東京である。そうそう落ちあうことも難しい距離だ。NHKマイルカップが中央のトレセン学園から目と鼻の先の東京レース場開催なので、上手いこと進んでいけば、その前後辺りで会うタイミングは作れるかな、と皮算用しつつ、そのまま詮無きことをホシジョーと話して夜が更け、そのまま就寝するのであった。
*
「……ん? なにここ」
「マーベラース☆ ようこそ、マーベラス草原へ~★」
マーベラス草原とは、『マーベラス星物語(著・マーベラスサンデー)』という不朽の名作の後継作として知られている完全オリジナル新作『マーベラス草原記』の舞台として一般にも広く知られている場所である。
もっとも、説明は不要かと思うが、世界マーベラス計画において根幹を担うであろう『マーベラス空間』との類似例こそあれど、基本的な機構としては『マーベラス草原』は卓越した――
「――オッケー、分かった。
夢だこれ、絶対」
よくよく考えてみれば、ナイスネイチャはマーベラスサンデーと一緒に暮らしていた当時、何度かこのような空間に引き込まれた経験はある。久しぶりで忘れかけていたが、この中央の同室少女はこの手の引き寄せが出来る子であった。
「そう! 夢だから、マーベラース☆
アナタたちも今日から、マーベラース★」
「……ん? アナタ『たち』?
ってことは、アタシだけじゃないってこと? いや、その疑問の前に――」
マーベラス草原に来たのは初めてであるが、もしかするとかつて訪問したマーベラス星のように、座して居ればそのまま話が進行しかねないことを危惧したネイチャは『目には目を』の精神で、とりあえず呼んでみる。
「……あー、トレーナーさん? ここから声が届くのかは分かんないけど、聴こえたらちょっと来れますかね?
ここは太陽が照ってるけど、多分深夜だと思うので申し訳ないし来る手段があるかは――」
「イスネイ、呼んだか?」
「……って、来れるんかい!? 呼んだのはアタシだけども!」
一見ナイスネイチャからしてみれば呼んですぐに男が来た、ように見えるが、この一夜の中で、ここに辿り着くまでに何度も世界線を渡り歩いて、まずナイスネイチャが別空間へと転送されていることに気付き、そして空間跳躍を試みることを繰り返してここに立っている。
その世界線移動の数は数百や数千といった規模に積み重なっていて、如何に最強の黒魔導士と謳われる男であっても、ここまで精微に練り上げられたマーベラスな空間への介入は困難を極めた、ということになる。
恐らく、この世界に来てから男が対峙したあらゆる現象の中で、最も突破が困難であったものと言えるだろう。
既に男は粗方外部からの解析は終えていた。が、内部空間に入っての実測は外から推測するのとはまるで段違いの情報量があることは、世界線探査学の初歩に習うことだから皆さんもきっとご存じのことだろう。
ウマ娘の感覚でも認識できない程の手早さで諸々の計測を終えた男は、こう結論付ける。
「……ここは。『マーベラス草原』だ」
「いや。それは分かっているんだっての」
呆れてナイスネイチャが突っ込むが、しかし男は真剣であった。
「あらゆる解析を行っても、ここが『マーベラス草原』であるという結論しか出ない。
イスネイ、貴様は『夢』を媒介としているはずだが、ここは貴様の夢の中ではなく本当に『マーベラス草原』なのだ。世界の上書き、混濁、支配……いずれでもない。観測手法と発現方法こそ差異はあれど、それで定義するのは不可能――なればこそマーベラスサンデーが呼称する『マーベラス草原』で呼ぶしかない場所だ」
「は、はぁ」
「ちなみに広さは、約2200ヘクタールある。品川区くらいの大きさだ」
「広いなっ!?」
面積はともかくとして、男の発言がどういうことかと言えば、『マーベラス草原』とは地名ではなく定義、と男は見做したというわけである。
しかし、そこで男の考察は続くことはなかった。マーベラスな声が辺りに響き渡ったからである。
「というわけでぇ~……。
マーベラスケイドロ、スタート☆」
そうマーベラスサンデーが言うと9人のウマ娘が、いつの間にかその場に居た。
「ネイチャさんとマーベラスさん……?
それにこの全力で走っても問題なさそうな広々とした空間は一体……」
「わっ! イクノもマーベラース☆★☆」
「成程。理解しました、マーベラスさんもマーベラスですね」
「……イクノ先生、流石の順応度だわー」
「……はっ! ターボのおっきいケーキは!?」
「……なんかごめんねターボ。結構良い夢見てたのに急に呼び出しちゃったみたいで」
「うわっ!? ネイチャが居る! わあっ、ネイチャだ!!」
「むにゃむにゃ……って、なんか眩しいし立ったまま私、寝てた!? あれ、ここどこ!? 寮でフクちゃん先輩と一緒に寝たはずなのに――」
「おおー……タンホイザのリアクションは普通で落ち着きますなー」
「あっ、ネイチャにそれに皆も! おはよ~……って、ありゃ? これだけ太陽が昇っていると、もしかして『こんにちは』だったり……?」
「そこで挨拶の心配する『
なんだか、速攻で目の前の現状を受け入れた3人は、ネイチャとマーベラスとともに残りの子たちが落ち着けるように声をかける。
とはいえナイスネイチャを含めて10人のウマ娘が居るこの場でなにが行われるのかは既に自明であった……マーベラスケイドロである。
「トレーナーさん……」
「うむ、分かっている」
ナイスネイチャは黒魔導士のトレーナーにアイコンタクトを取ると、すぐさまおとこからの反応が返ってきた。その以心伝心の様子はさながら長年の戦友のようにも見えるものであった。
「――中央ウマ娘と地方ウマ娘が、遊びにしろこれだけ集まってしまったら合同トレーニング……とも言えなくはない、ということだな。
始まる前にちょっと許可を取ってくる。少し、待っておけ」
「ちょ、ちょ! そっちも大事なことだけど、思ってたのと違う!?」
男はそう言った後に、魔法で1つの人形を取り出す。それは『Dagoy』と呼ばれたフィリピン・イロイロで開催された『ディナギャン』祭りの公式マスコットキャラクターであった。
このマスコットは『どこに居てもディナギャンの祭りを思い出せる』ようにという『想い』が込められた人形である。そして男はその『Dagoy』人形の手を掴んで握手するような素振りをみせると、そのまま男の居た空間が割け消えていった。
『Dagoy』と握手すること。それは単に『イロイロの街に来たことを歓迎』していることを示す。であれば。
魔法使いである男は、それを権能として応用することで、この人形を媒介として『イロイロ市』に転移――即ち『マーベラス草原』からの脱出手段を用意していたこととなるのである。まあ、拡大解釈の類だ。
当然、密航で犯罪なのだが、『マーベラス草原』という超常現象を相手では流石の男も自論である遵法精神を曲げざるを得なかった。極力は法を守ろうとした努力は度重なる世界線移動の果てに妥協しなければならない代物だったということ、そしてそれは今この瞬間に男がこの場に居たことがそれほど困難であったことを指し示していた。
「じゃ、早速ですが、マーベラスケイドロのルールを私ことマチタンが説明しまーす!」
「マーベラス★ とっても楽しみでマーベラスね!」
「って、そこはマーベラス説明しないんかい……」
10人居るので、警察・泥棒チームの5対5に別れて制限時間内に全員捕まれば警察陣営の勝利、1人でも逃げていれば泥棒陣営の勝利となる。
で、一度捕まった泥棒も、まだ捕まっていない泥棒の手によって救い出す事も可能だ。
なお日本かくれんぼ協会に記載のケイドロルールとは異なるが、そこはあくまでマーベラスなケイドロなのでご了承いただきたい。『かくれんぼ』の方は世界選手権大会があるけれども、『ケイドロ』はまだそこまで整備され切っていない部分もあるから、まだまだ統一されたルールで運用されることは少ないであろうとは思う。
『ぐっぱー、ぐっぱー、わかれっぴょい! ……ぴょい! ……ぴょい!!』
地域差のある掛け声でチーム分けを終えたタイミングで、ようやく男が戻ってくる。
「無事、中央トレセンの秋川理事長から許可は頂いた。
しかし、あの理事長の扇子……まさか魔道具だったとはな……」
「あのー、トレーナーさん?
その話、もっと何でもないときにしてくれればもうちょっとリアクション出来たのですけど。流石にこのマーベラスな場所だと普通に『そっか』で流しちゃうよ、アタシも」
「……そうか」
そんな男の声をかき消すかのように、マーベラスサンデーが元気よく宣言する。
「それじゃ、改めてぇ~……!
マーベラスケイドロ、スタート!!」
かくして、マーベラスケイドロが始まったのであった。